売られた少女
横尾茂明:作

■ 性の玩具1

 初夏の日差しが路面に短い陰を作っている。
逃げ水に霞む坂を大きな風呂敷包みを抱えた美由紀がフラフラと登ってくる。
坂を登り切った所で電柱に寄りかかり汗を拭いながら3kmの道のりを反芻してみる・・・途中何人もの男達が・・「手伝おうか」と言ってくれた。
美由紀は柔らかく断り道を急ぐ・・。一人の高校生が諦めきれないという顔で、しばらくの間美由紀の横を歩きながら色々と質問をしてきたが・・、美由紀の微笑むばかりの寡黙さに途中で諦めて引き返していった。

美由紀は肩で息を整えながら・・以前・・紙芝居のおじさんの自転車の後を追ってこの坂を登ったのを思い出した・・。
黄金バットのおどろおどろした絵は恐かったけど・・おじさんはスゴク優しかった。
まだ数年前の出来事なのに・・想い出はもうセピア色に褪せていた。

お昼頃・・美由紀は黒塀町の借家に入った。
しばらくして・・久三が美由紀の僅かな荷物をリヤカーに積み、なんて重いんだ! とブツブツ言いながら家に入って来た。
しばらく家の中を見回し、そして投げる様に美由紀の荷物を家に放り込み、怒った顔で帰って行った。

その冷たさに美由紀は呆然として上がり框に佇んだ・・。

(これからどうしたらいいの!)

朝・・光子が「これからは若旦那にせいぜい可愛がってもらいなよ!」
「イヤになってここに帰って来ても、お前の部屋はもう無いんだからネ!」
光子は頭を掻きながら冷たく言い放ち、ピシャンと玄関の戸を閉めた。

孤独には慣れっこの美由紀であったが・・閉められた戸を見つめながら不思議と涙が次々に溢れた。


玄関に面した六畳間に座り・・美由紀は荷物を解いて整理を始めたが、美由紀の身の周り品は・・一つのタンスに全て収まるに・・数十分とかからなかった。

家財道具は殆ど無く・・美由紀はこれからどうやって暮らしていけばいいのかと途方に暮れ・・窓から射し込む日差しが畳を黄色く輝かせ眩しかった。

ご飯は朝に少し食べたきりであり・・空腹が今の美由紀の心を余計に惨めにしている。

美由紀は財布の中を確認した・・五百円札1枚と百円札が2枚だけ・・。
芸子のお姉さんが餞別にくれた700円だけが今の美由紀の全財産・・。

(あー・・お腹が空いたなー)

中庭の木に鳴く蝉が一際大きく騒いだ。

美由紀は借家の筋向かいにお好み焼き屋が有ったのを思い出し、草履を履いて外に出てみた。

外は初夏の日差しで眩しく・・美由紀は小走りに雑貨屋に走ってバケツと箒・雑巾を買い、帰りにお好み焼きを買って帰った。

お好み焼きを頬張りながら・・あと三百円かーと溜息が洩らした。

昼から夕方まで家中を掃除し、くたくたになって・・うたた寝をした。

気が付いたら外は真っ暗で、時計も無いから時間も分からず
ただ・・今夜、旦那さんは来るんだろうかと考えて身震いした・・。

光子が昨夜・・破瓜の痛みは思い切り演技しなよ! それが若旦那を喜ばすことだからね!・・と言ったが・・どんな痛さなんだろう・・
美由紀は想像して・・また身震いした。

(あー・・お腹が空いたなー)
美由紀はまた財布を覗いた・・
(これを使ったら・・困るしなー・・)
(これからどうやって暮らしていけばいいの・・旦那さん・・お小遣いくれるのかしら・・)

美由紀は唐突に訪れた生活への不安に心がゆれた。

美由紀はやることもなく・・教科書を見だした時、玄関を叩く音が・・。
美由紀は玄関口に降り「どなた様ですか?」と問うた。

「政夫だよ!」の声に美由紀は一瞬躊躇して・・そして鍵を開けた。

政夫は満面の笑みを湛えて、
「遅くなっちまったナ!」

「組合の会合がなかなか終わらなくてナー」

政夫は美由紀に寿司折を差し出し、
「お前腹減っただろう!」
「さー食べろ・・きょうはお前も疲れてるだろうから儂は帰るヨ」
「楽しみは先に取っておく方が倍増するからな! ククククク」
「明晩は八時に来るからな!」
「旨い牛肉を買ってくるから、酒の用意をしておいてくれヨ」

「これは今月のお手当だヨ」と言い美由紀に封筒を渡し、美由紀の体を舐め回すように見上げ・・政夫はそそくさと帰って行った。

美由紀は見たこともない豪勢な寿司折を見て嬉しくなった。
(こんなお寿司・・見るの初めて・・)
美由紀は貴重なものを口に入れる感覚で、咀嚼することが勿体ないと感じた。

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