夢魔
MIN:作
■ 第20章 恋慕17
学校の旧生徒会室で、狂は真剣な表情で、携帯電話を切り、ポケットに収める。
「どうしました狂? 貴男らしくも無い顔をして…」
通話を聞いていた稔が、モニターから顔を上げ、狂の顔を見ながら問い掛けた。
「ああ…お前に構っている暇はねえ…かなり真剣だからな」
狂はぶっきらぼうに言うと、荷物をまとめる。
「絵美ですね、こっちはやって置きますから、行って下さい」
稔が狂の背中に声を掛けると
「ああ…悪いな…行ってくる」
素直に感謝し、旧生徒会室を後にする。
残された稔と庵が顔を見合わせ
「驚きました…狂があんな事言うなんて…初めて聞きました…」
「俺も、耳を疑いましたよ…狂さんどうしたんですかね…」
お互いに驚き、狂を心配した。
学校を出ると、狂は純に変わり公園へ向かう。
純も絵美の電話を聞いているため、この後の行動は理解していた。
だが純は、絵美の状況の変化は理解して居らず、相談の内容が解らなかった。
学校での事もあり、狂からの情報で絵美が不審を抱いているのも、知っていた純はその件かと考えながら、不安を抱え公園に急ぐ。
公園に着いた純が、誰も居ないのを確認していると、絵美が小走りに現れる。
2人は合流して、一路カラオケボックスに向かった。
カラオケボックスに着いた2人は、ソファーに座り緊張した面持ちで黙り込む。
沈黙に耐えられなくなった純が、口を開いて絵美に問い掛けると、絵美の口から出た言葉は、純の思いも寄らぬ物だった。
「純君! どうしよう…私お金持ちになちゃった…」
そう言いながら、ポケットから小切手を取り出し、純に見せる。
純はその小切手を見て固まってしまう。
純が固まった理由は、小切手の額面では無く、その払出人だった。
(ジェネシス・ユニバーサル・ネットワーク…! 狂兄ちゃん…やったな…)
純は直ぐに気が付いた。
グッと唇を噛みしめ、ワナワナと震える純に、絵美が夢中で話し始める。
絵美は今日起きた出来事を、純に捲し立て始める。
純は項垂れ、ただ黙って頷いていた。
絵美はその純の態度に苛立ちを覚える。
「ねぇ純君、聞いてるの? 彼女がこんな大変な1日を送ったのに、どうして何も答えてくれないの?」
絵美が純の肩を掴み、揺さ振りながら縋り付くと、純は後ずさりながら弱々しく
「ゴメンね…」
小さく呟いた。
その言葉と態度に、絵美は切れた。
「そう、そうやってまた私を遠ざけるのね…。ううん、私をあざ笑ってるの…。2人で、私をからかって楽しんでるんでしょ! 知ってるんだからね、純君が2人居るの! 今もどこかで見てるんでしょ!」
絵美が感情的になって言った言葉に、純の表情が凍り付く。
純は絵美の顔を見詰め、口をパクパクさせ、言葉が出ない。
「純君が2人居るのは、直ぐに解ったわ…でも、私も悩んでたの! 私も解らなかったの…優しい純君と、強引な純君。どちらが好きな純君か、私にも解らなかったの! どっちも同じくらい好きだって思ったけど、こんな風にからかう2人なんて、大ッ嫌いよ!」
絵美が泣きながら立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
だが、その絵美の腕を純の腕が掴んでいた。
驚き振り返る絵美の顔。
驚き見詰める純の顔。
その純の顔が、ジワジワと変わり始める。
「や、止めて狂兄ちゃん! そんな強引なコトしたら…」
純の言葉が終わる前に
「ああ、この後大変だ…解ってるが、これだけは譲れねぇ…」
そう言いながら、狂が現れた。
絵美はその目の前で、純から狂へ人格が変わる様を見た。
絵美の顔は恐怖に引きつり、状況が全く飲み込めなかった。
そんな絵美に、狂が思いの外優しい言葉を掛ける。
「脅かしてすまねぇな…。お前が言う所の、もう1人の純だ。まぁ、識別するのに、狂と名乗ってるがね」
絵美の腕をしっかり握りながら、ニヤリと笑い掛けた。
絵美のその時のリアクションは、狂は存在し続ける間、忘れないだろう。
絵美は顔に浮かんでいた恐怖を消し去り、狂に向かってペコリと頭を下げたのだ。
充分なインパクトを持って現れた狂を、それを上回るリアクションで迎えた絵美。
狂は暫く固まり、大声で笑い始める。
その笑いをキョトンとした顔で見詰める絵美。
ひとしきり笑った狂が、絵美に向かって話し始める。
「信じる信じないは別だが、お前には全部聞いて欲しい。その上で決めてくれ。俺達から離れるかどうかを」
真剣な表情に変わりながら、狂は自分の生い立ちに関する事を、全て話す。
絵美は狂に腕を掴まれたまま、ジッと見詰め、黙って話を聞いている。
「俺達の生い立ちは、そんな所だ…こいつは、絵美が離れていくのが恐くて、中途半端にしか接しられ無かった。俺は表舞台に立てねぇから、仮面を被ってた。どちらも、お前を傷つけるつもりはなかった」
狂は胸に向かって親指を立て、純のことを指摘し、そのまま顔に手を移動させ自分を指して、最後は絵美を指さし言った。
全てを話し終えた狂は、絵美の腕を掴んでいた手を離す。
絵美は狂の前で両手を胸の前で組み、ジッと狂を見詰めている。
沈黙が重くのし掛かり、呼吸が苦しくなるようだった。
(色も滲んで無いし、澱みも、濁りもない…心が揺れてないって事だわ…。でも…)
狂をジッと見詰めていた絵美が、ポツリと呟く。
「本当? …よね…」
一言呟いた後は、怒濤のように言葉が溢れ始める。
「うん、嘘は吐いて無いし…辻褄も合う…でも、余りにも突飛な話し…分裂症? 二重人格? …前、本で読んだ事が有るけど…本当に居るんだ…。あれ? …あれ、あれ? …」
絵美の言葉は、狂に向けられた物では無く、情報を整理する為の独り言で有った。
■つづき
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