夢魔
MIN:作

■ 第32章 崩壊57

 絵美はその日、仕事先から依頼されていた、イラストを仕上げていた。
 HPのメインページを飾る物で、かなり絵美も気に入っている出来だった。
 普段の絵美は、こんな遅くまで居残りで描く事は無かった。
 先ず第1に、妹達の世話が有るからだ。
 ところが、今日は妹達は老夫婦と景品で当たった旅行に出かけている。
 そして、その次の理由は、老夫婦が居ない時には、自分の主である狂達にベッタリ寄り添うからだ。
 しかし、これも主人は朝から忙しく動いて、全く構ってくれない。
 そして、第3の理由は、画材を注文し忘れたからだ。
 この市内には揃って居らず、いつも注文していたが、コロッと忘れていた。
 仕方が無く、重いカンバスを持って来て、学校の美術室で描いているのだ。

 そんな中、絵美は最初気乗りしないまま描いていたが、美術室特有の油絵の具の匂いや、静かな雰囲気で筆がドンドン加速して行き、殆ど仕上がってしまっていた。
「むきゅ〜…。良い出来〜」
 絵美はニッコリと微笑み、その絵を自画自賛する。
 夢中に成って絵を描く絵美は、今が何時かなど全く気にして居なかった。
 窓には早い時間から、遮光カーテンが掛かり、夜が更けているのにも気付かない。
 時刻は21:50少女1人が外で過ごす、適切な時間とは決して言える時間では無かった。

◆◆◆◆◆

 分院の前で、柏木を呼び出した佐山の怒りは、ピークに達していた。
「一体どう成ってるんだ! この有様は、一体何なんだ!」
 そこら中に倒れている、ヤクザや伸一郎の部下を見て、気が触れたように手を振り、怒鳴り散らす。
 そんな佐山をベンツの中から見ている明日香は、後部座席から聞こえる美香の呼吸音に心を砕く。
[ぜぇ〜、ひゅ〜]と苦しそうな呼吸を繰り返す美香は、意識が朦朧としていた。
 全身を締め上げられ、呼吸もままならない状態で、既に40分が経過しようとしている。
 この責め具を付けられ、自分が耐えた時間の倍を、少女は耐え抜いていた。
(この子…凄い…。私は無理だった…。目の前が暗くなって、直ぐに心が折れてしまったわ…。でも、この子は折れない…)
 明日香は美香を賞賛の眼で見詰め、ソッとその手を美香に伸ばし、責め具の解放ボタンに触れようとする。

 だが、明日香にはそのボタンが押せなかった。
 佐山が怖くて仕方が無いからだ。
 明日香は伸ばした手を引き戻し、美香に心の中で謝罪する。
(ご免なさい…やっぱり怖いの…。私は、駄目な女…)
 明日香は美香が、狂の関係者である事を知りながら、助けられない自分が悔しかった。
 そんな時、美香が明日香の目を見て、ニッコリと微笑むと、チアノーゼの浮いた唇で
「だいじょうぶ…、わたしは、まだ…だいじょうぶ…」
 明日香にソッと告げる。
 美香は明日香の行動を見て、何をしようとしているか理解し、明日香をねぎらったのだ。
 明日香の胸は激しく締め付けられ、この少女の強さの一握りでも欲しいと感じた。

◆◆◆◆◆

 狂は自分の仕掛けの補填作業を終え、調べ物を始める。
 モニター上に様々なデーターが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
 そんな中で、狂は数件の事件を探し出し、羅列し始めた。
 狂はそのデーターを見詰め、不機嫌な表情を浮かべると、1人の男の写真を映し出す。
 その写真には、顔を真っ白に塗り、オールバックで大きなサングラスに、ひげを生やした男が写っていた。
 10年程前一世を風靡した、マジシャン[Mr.S]で有る。

 様々なスキャンダラスな報道が為され、芸能界から消えたが、その行方はようとして知れていない。
 そして、更にこの男と騒がれた、アイドルや女優達も、数名を残して消息が不明になっている。
 その中の消息が知れている、当時のトップアイドルの7年前のゴシップ記事があった。
 それは、[落ちた偶像、トップアイドルの今]と題された記事で、SMクラブで働くハードM専門の女性の手記形式の記事だ。
 その記事の中で、女性は[私は有る方に、自分の本来の姿を教えられ、その快感に全てを捧げるのが、私の役目であり、存在意義なんです]と書き、[私の身体は、壊される為に存在し、それが私の快感なんです]と続けられていた。

 別の記事には、[元女優の壮絶な死]と書かれた新聞や、[有る、モデルの死]等と書かれた記事が、並んでいる。
 どの女性も、荒淫の跡が有り、身体に無数の傷が確認され、人体改造のまで確認されていた。
 そして、Mr.Sが活躍し、芸能界を追われた年の翌年まで、女優やアイドル、モデル達の失踪事件が多発している。
 狂はその失踪した、数人の芸能人の行方を知っていた。
 いや、その芸能人の末路を確認したと言った方が、確かで有る。
 それは、以前伸一郎傘下のデーター管理会社に管理されていた、映像に残っていたのだ。
 どの女性も美貌を踏みにじられ、儚く命を散らし、処分される映像だった。

 狂は深く椅子に腰を掛け、ギリッと歯噛みすると、稔が今まで調べていた物を時系列で並べ、ネット上で拾った物を当て嵌める。
 すると、有る人物の半生が浮かび上がった。
 稔が調べた物とは、悦子の事が最初である。
 ドンドン権力を付ける悦子に脅威を感じ、狂がその打開策を見つける為に、調べさせた。
 その結果、悦子が普通の環境に育って居ない事や、幼少時代に受けたPTSD等が浮かび上がる。

[中山悦子]この市内に5代続く、地回りのヤクザ[中山興業]社長の一人娘。
 中山興業はヤクザと言っても、自警団の色が濃く、その収入は殆どがトラブルの解決から得ていた。
 義理人情に厚く、公平な裁定を行い、トラブルを収める為市内でも様々な者から、絶大な信頼を得ている。
 その中山興業が他組織に狙われ、悦子が遠縁に預けられたのが、8年前。
 悦子はそこで美香と同じ[連続幼児暴行事件]の被害者になる。

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