夢魔
MIN:作

■ 第33章 終幕32

 ある場所にひっそりと建つ、極秘の研究所の一室。
「おい、今日は何を試す?」
 白衣を着た白人男性が、同じく白衣を着た白人女性に問い掛ける。
「昨日の電極まだ付いてるんでしょ? なら、今日は直に神経を刺激してみない? ほら、この間の肉蠅もまだ、完全に死滅して無いでしょ? それに神経が感じる、周波数と電圧の関係も調べなきゃ成らないし」
 白人女性が提案する。
「あぁ、そうだな…、そうするか」
 白人男性が頷いた。

 白人男性はコンソールパネルを操作すると、円筒形のガラスケースから、男が1人吊られて出て来た。
「この実験体も、10年か…、最長記録だな…」
 白人男性が見詰める男は、ガックリと首をうなだれさせ、細い声で呟いている。
「ころ…して…。い…たい…。ころ…して…」
 男の身体にはあらゆる種類の傷がビッシリと付いている。
 白人女性は、皮膚がはぎ取られた腹部に付いた電極にクリップを付けると
「は〜い、今日も言い声で、鳴きましょうね」
 ニコニコと微笑み告げる。
 男は虚ろな目を絶望に染め、力無くもがく。

 白人女性がクリップを止め終えると、白人男性がスイッチを入れた。
「ぎひぃぃぃぃぃぃ」
 男の身体が突っ張り、小刻みに震える。
 白人男性がスイッチを操作すると、男は悲鳴を変える。
「がぁぁぁぁ」
 大きく口を開け、目を剥きよだれを垂らしながら、悲鳴を上げた。
「お〜っ、この電圧と周波数、新記録よ。相当痛いみたい」
 白人女性はモニターを見ながら、心拍数や脳波を見つめパチパチと手を叩く。
「じゃ、これはどうかな?」
 白人男性は、再びコンソールパネルを操作した。

 男の顔が跳ね上がり、口と目を見開いて、口の端から泡を吹く。
「う〜ん…。駄目ね〜…脳内麻薬でちゃった。今、身体は反応してるけど、脳が感じる痛みは薄れたわね」
 白人女性が残念そうに告げる。
「チッ、やり直しか…」
 白人男性は舌打ちして、スイッチを切る。
 男はガックリと首を落とし、荒い息を吐く。

 暫くして、白人女性が
「OK、脳内麻薬止まったわ」
 白人男性に告げると、白人男性は再びスイッチを入れ、先程最高値を叩き出した電圧と周波数に合わせる。
「良し、今日の実験は、この数値が何分保てるかだ」
 白人男性はそう言いながら、コンソールパネルを操作した。
 男は神経に直接電流を流される拷問をこの後1時間受け、心拍数が落ちたため解放される。
 白人女性に延命処置を受け、円筒形のガラスケースに戻された。
 男は10年間、毎日拷問を受けるためだけに、生かされ管理される。
 この男が誰で、何故こんな目に逢っているか、今の研究員の中で、それを知る者は誰1人居なかった。

◆◆◆◆◆

 男はドロドロに汚れたボロ布を纏い、建物の影でうずくまっていた。
 うとうと眠っていたが、ゴソリと言う物音を聞き、ビクリと跳ね起きる。
 キョロキョロと辺りを見渡し、耳を済ませる。
 人の気配が無い事を確認すると、またうとうとと眠る。
 男はこの10年間、常にこの眠り方をしている。

 それは、この男が追われているからだ。
「見〜っけ」
 2階の窓から身を乗り出し、男に対してニンマリと笑った。
 男は顔面を蒼白に変えると、急いでその場から離れようとする。
 だが、男の歩みはノソノソとしか動かない。
 男の両足の筋肉は、1/3が繋がって居ない。
 6年前に台湾の組織に捕まって殆どの、運動する筋肉を分断されたからだ。

 男はバタバタと這い周り、その場から逃げようとするが、男を見つけた者達はあっと言う間に男を取り囲み、男を見下ろす。
「あ…あぁ…。も、もう…、殺してくれ…。頼む…お願いです…」
 男が懇願すると
「知らねーよ、それを決めるのはカシラだ! 俺らは、お前を見つけたら、小遣いが貰えるんでな」
 チンピラの1人が答える。
 もう、この男を狩る人間はその理由すら知らない。
 だが、男はこの後、チンピラに引き摺られ、事務所に連れて行かれる。
 男は場所を移動し、一昼夜責め抜かれる。
 それが、ルールで有った。

 男は責め抜かれた後、解放されボロボロの身体で日本中を這い廻る。
 男に取って一切安息の地は無く、不自由な身体で地べたに蠢く。
 10年間眠る事も出来無い男は、再び傷だらけの身体を引きずり、夜の街に消えて行く。
 男の悪夢が覚める事は無い。
 人を操り自らの欲望を満たし続けた男の末路だった。
 夢を操り、夢を壊し、夢を弄んだ魔物は、死を望みながら、町の片隅でゴミのように怯える。
 そこには、何の救いも無かった。

夢魔−完−

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