鬼の飼い方
鬼畜ヒスイ:作

■ 檻ノ壱・首輪をつけよう1

 翌日、目を覚ましたのは午前九時。
 微かな肌寒さに毛布を羽織ったまま起き上がり、ベッドの上を見る。そこには、昨夜のことが幻であったかのようにあるべき姿はない。
 ただ、彼女――クイナとの邂逅を示すように二つのカップ麺が覚めたスープを残して置かれていた。
「出て行ったのか……。ちゃんと家に帰ったのかねぇ」
 寝癖の付いた髪を掻き乱し、ノッソリと立ち上がって洗面所へ向かう。
 顔を洗って歯を磨き、一度欠伸を噛み締めれば朝の目覚めは終了。
 朝食は、食パンをトーストしたものにバターを塗り、インスタント珈琲を用意すれば十分だ。もう少しまともな朝食を作りたいところだが、この借家には肝心な台所というものがない。正しくは、無くなった。
 まあ、最近は電気だけでお湯を沸かしたりできるので困りはしない。ちなみに、台所があった場所はこの部屋の直ぐ後ろ、ベッド際の壁の向こうである。
「さて、今日はどうしようかね」
 テレビで天気の確認をしつつ、特にこれといってない予定を空想し始めた。
 昨日の二の舞にならぬよう、もう少し体を動かしに外へ出るのも良し。そろそろ買い溜めしてあった食料も底を尽き掛けているので、近所のコンビニに出かけるか。
 と諸々を考えてみて、軽く着替えを済ませる。ワッチ帽に革ジャン、ジーパンという相変わらずの格好だが。
 今日の予定で決まったのは、とりあえずレンタル期間が終わったビデオを返しに行くことと、適当に新しいビデオを見繕ってくることだった。
 決まれば尚のこと、愛車のDIOちゃんに跨って走り出す。
「盗んだバイクで走り出す、行く先も、分からぬまま〜略、十五の夜〜」
 などと口ずさむ懐かしい音程の外れた歌声が、通り過ぎる人々を少なからず振り向かせる。

 新宿までとはいかないが、俺がたどり着いたのはそれなりに人で混み合う街中。目的のレンタルビデオ屋は街の入り口近くにあり、ビデオだけではなくCDなども置いてある。DVDプレイヤーのない俺は、もっぱらビデオを借りることの方が多い。CDも、使い古しのミニコンポでたまに聴くぐらいか。
 それからビデオを選ぶこと小一時間。気付けば、選び終えた頃には腹の虫が騒ぎ始めていた。
「ありゃ、もう十二時前ですか。う〜ん、最近は新しいビデオが出るのも早くなったものだね。目移りしちゃうよ」
 独り言などを言いながら、店を出る俺。
 どこかで空腹を満たそうかと思えば、近くにあるのはMがトレードマークのファーストフード店だけ。
「十分か……最近、まともな飯も食ってないな」
 健康のことなんか最近になって考え始めた。数年前までは、食べることは考えずに済んだというのに。
 フッと脳裏に過ぎる誰かの姿を、俺は頭から振り払う。
「今更、何だって言うんだよ。俺を理解できもしないのに、俺に言い寄ったあいつのことなんか……クソッ」
 腹の虫が空腹の相乗効果で暴徒となりかける。
 俺は原付を走らせ、近くのファーストフード店へと赴く。昼を前にした店内は多少なりとも混み合っており、十数分ほど並んでようやく注文を受け取れた。
 コーラとポテト、エビのフライを挟んだハンバーガ。普段からスポーツをしない俺なら、それだけで十分に空腹を満たせる。それらを持って、俺は店を出る。
 店内で食べるという選択肢があったにも関わらず、なぜか俺はテイクアウトを選んだ。最近の俺は、どうも理性では説明の出来ない気紛れを信じるらしい。そして、その気紛れが面白い方向へ流れるのだ。
 そう、今回のように。
「それでさ、ババアがなんて言ったと思う? 勉強はしてる? だって、ホント鬱陶しいよねぇ〜」
 どこからか聞こえてくる聞き覚えのある声に、原付に腰掛けながら租借していたハンバーガーへ向いていた視線が、自然と持ち上がった。
 そこには、水鳥水鶏なる少女が、数人の女子高生と一緒に歩いていた。時間にしてみればまだ学校がある時間だから、サボタージュということか。他の同じ制服を来た女子高生達は、親しそうな話方からしばしばつるむ仲のようだ。話題は、歳相応の高校生に多い両親への不満不平。
 クイナがどうして、昨夜家出をしたのか納得がゆく。
 声をかけるかどうか迷っていると、不意に両者の視線がぶつかってしまう。俺は久しそうに手を上げてみるが、クイナは驚いたように視線を外した。
 感づかれないようにしたのだろうけど、友人はあざとくクイナの焦りに気付いた。
「なになにぃ〜。知り合い? へぇ、鬼のクイナにも男の知り合いがいたんだ。ちょっと、紹介しなさいよ」
「るせぇッ! 知らない奴だよ。ちょっと目が合ったぐらいで、調子に乗るなつーの!」
 クイナが怒鳴って友人を黙らせる。顔を赤くしているのが、友人にもバレバレである。
 どうやら、『鬼』と形容したのは正解だったらしい。そして、恥ずかしいと粗暴な口調になる辺りは興味深い。
 外では他人――元から赤の他人だが――ということのようなので、俺は視線を外して再びハンバーガーを噛み千切る。
 昼食をとり終えた俺は、今日以降の食料を買出してしばらく時間を潰してから借家に戻った。クイナを追いかける必要はない。
 既に、彼女の首には首輪が巻かれているのだから。

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