人身御供
非現実:作

■ 落日4

今日は最前線再築の仕事始めだ。
久々に戦事以外の仕事に、私の心は躍っている。
支度を整え、いざという間だった。

「軍師様、お館様より書状を預かってまいりました」

思わず桔梗と顔を見合す程、珍しい事だった。
これから城へ行くというのに?。
普通であれば朝一番の書状など、考えられない事だ。
(火急の件か?、それとも……)
私が不審に感じたのを察したのだろう、桔梗が素早く戸の前に立ち、左右に金剛と不動が備える。
(よろしいですか?)
桔梗の目配せに、小さく頷いてやる。
金剛と不動は鯉口をきり、いつでも刀を抜けるような体勢。

「お待たせを……」

桔梗が外の伝令兵に言った後、戸に手を掛けた。
(やれっぃ!!)
ガラララッラ……。
開いた瞬間、飛び込もうと構えていた金剛・不動が勇み足となる。
目の前には、方膝を付いたままの伝令兵2名。
……拍子抜けであった。
そして、驚いた表情の伝令兵。
(其方も何事かという感じか……)
思わず苦笑する。

「朝一番で、ご苦労だったな」
「い…え」
「書状を預かろう、桔梗?」
「た、ただ今」

緊張を解いて平然を装った桔梗から、書状が手渡される。

「下がってよいぞ?」
「ははっ」

金剛が戸を閉める。
伝令兵が走り去るのを待つ間、私達は苦笑を漏らす。
そして開口一番……。

「考え過ぎだったな」
「そのようです」
「見たか、伝令兵の顔?」
「はい、まさに蛇に睨まれた蛙のようでございました」
「まさに…な」
「……」
「……」

4人が揃っているのだが、私と桔梗のみしかない会話。
相変わらずの我が家の風景だった。

「書状の中身は、我らが驚く番かな?」

その場で私は書状を広げる。

「ご冗談……を……?」

私の冗談に付き合っていた桔梗の言葉が止まる。
眉間にシワが寄る私の表情を読み取ったのだろう。
(な、なんと!?)
奥歯をギシリと噛み締めて、書状を放り投げた。
驚く以上の書状の内容だった。

「は、拝見させてくださいませ」
「金剛、不動っ、登城は取りやめだ!」

尚も無言でただ頷く2人を置いて、私は足音怒鳴らせて奥へと下がる。
後へと続く桔梗が、背中から声を掛ける。

「これは……どういった了見でしょうか?」
「党首殿の戯れであろうっ!」
「しかし、考えられませぬ」
「そうじゃ、ここの党首等は所詮、海賊の出だ。
作法など知る由もないのであろうっ!。」

怒り心頭である私は、奥の間の上座にドカリと腰を下ろして言葉を繋げる。

「私も忘れておった、ここの者等が元海賊だという事を」
「しかし、宴を開くから奥方様同行の元とは、あまりに無知でございます」
「うむ、知らぬ事とは恐ろしい……」

例え重臣配下の者であっても、その奥方を呼び付けて宴を開くなど、考えられない事だ。
姫という立場でなくとも奥方は、他の男のいる場には長居はしてはならない。
家に遊びに来た場合のみ、挨拶がてらの茶出しくらいである。

「如何いたしましょうや?」
「仮病でも使うか?」
「それが宜しいかと」

桔梗も当然ながら反対のようだ。
無意識に奥の間へ視線が泳ぐ。
当の本人琴乃は、未だ夢の中。
どんな男の目にも晒させたく無いのだが、よりによって総布兵重にとは。
(だが、あの性格だ……余計な無理難題を言いかねんし)
それこそ家に来られたら拒めない。
そう考えると大勢の宴の間なら、私の傍に置いておけるし安心かもしれない。

(ヤレヤレ……面倒な事になった)
せっかくやる気になっていた仕事だが……。
気が削がれた。

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