The Report from a Fallen Angel
ぽっけ:作

■ 4

「おめぇには、取り敢えず給仕をやってもらいてぇと思っでる。まぁ、早ぇ話、オラさ作った膳を客のとこまで持ってってくれっべか」
「はい、わかりました」
「慣れたら、注文さ受けて、会計やってもらいてぇけども、初めは配膳だけで十分だべ」
「いいえ、私、できると思います。注文も会計も私にやらせてもらえませんか?」
「だども、定食の代金さ、覚えねばなんねぇぞ?」
「あそこに書いてある分のお金を貰えばいいんですよね?」

少女が見ているのは、壁に貼り付けてあるボロボロになった品目の一覧だった。
ずっと昔に親父が知人に書いてもらったもので、取り敢えず貼ってあるものの、自分には何が書いてあるのか分からない。

「おめぇ、字が読めるのけぃ?」
「はい」
「こりゃーたまげたぁ。そんじゃ、お願いできっぺか?」
「はい、わかりました」

少女は随分、張り切っているようだった。
下ごしらえをしていると、横から顔を出して「何か手伝えることはありませんか?」と聞いてくる。
仕事がないと分かると、自主的に物置からほうきとちりとりを持ってきて、食堂の掃除を始める始末。
こちらが一仕事終える頃には、食堂は見違えるほど綺麗になっていた。

「あのー、……サブさん」
「んだ?」
「お店は何時に開店するんですか?」
「ああ……」

絵美子は客が誰一人来ないこの食堂が、まだ開店していないのだと思ったのだろう。
実はとっくに開店している、単に客が来ないのだ。
このようなことは珍しくない、むしろ、この時間帯に客が来ることの方がまれである。
彼女がこれほどやる気になっているにも関らず、このような店の状況を説明するのは何とも心苦しい。
そもそも、自分一人でも手に余るようなこの店で、彼女の手伝いなど必要ないのだ。
そのことを彼女に悟られまいと言葉を濁しながら説明しようとしたそのとき、救いの神が現れた。

「よぉ、サブちゃん」
「おぉ、玄さん」

親の代からの馴染みの客だ。
こうしてたまに顔を出して昼食を食べに来てくれるのだ。

「いらっしゃいませ、ご注文は何に致しますか?」
「あ?」

玄さんが豆鉄砲を食ったように割烹着姿の絵美子を見ている。

「なんだ? この娘っ子はぁ?」
「今日からここで働くことになりました。よろしくお願いします」

こちらが説明する前に絵美子はテキパキと自己紹介を始めてしまう。

「サブちゃん、こいつぁ、ほんとっぺか?」
「あぁ、そげなことになったんだぁ」
「あの……ご注文はお決まりでしょうか?」
「お、おお……んなら、塩鮭定食……」
「サブさん、塩鮭定職一つお願いします」
「あ、あいよー」

本当は反復しなくても十分ここまで聞こえていた。
だが、注文を受けるという役割を彼女に与えたのだから、ここは彼女を立ててやるべきだろう。
定職の膳が揃うと、隣でじっと待っていた絵美子が小さく頷いて、盆を玄さんの所まで運んでいく。

「塩鮭定職になります」
「あ、ああ……どうも……」

あの玄さんが小さな少女におずおずと頭を下げているのが何とも滑稽だった。

「八十円になります」
「おう。ほれ……」
「はい、二十円のおつりになります……ありがとう御座いました」
「あ、あぁ、また来るでな」

入り口のところまで客を見送る。
誰が教えたわけでもないのに、完璧な接客だった。
いや、些か完璧すぎる嫌いすらある。
あそこまで仰々しい態度では、玄さんのような固定客もそのうち来なくなってしまうのではないか。

「絵美子……おめぇ、おつりの計算もできっぺか」
「はい。お金はここにきちんと分けておきますね」
「ああ、それはええ。だどもな……絵美子、さっきみてぇな客は……」

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