真梨子
羽佐間 修:作

■ 第2章 目覚め21

「くっそ〜〜〜!! どいつもこいつもバカにしやがって…!!」
 プロジェクトルームに戻る廊下を歩きながら、秋山は、所在の無い憤りに戸惑っていた。

 普段からエリートで優秀だと自負しているだけに、思い通りにならない局面に異常に苛立ってしまう。

 秋山の指先には、弄った真梨子の秘部の淫らな感触が、まだ鮮明に残ったままだ。
 席に付くと、目の前で軽やかにキーボードを叩く真梨子が目に入る。
 今直ぐにでも押し倒して犯してやりたい欲望に駆られてしまう。
 しかし、その思いを遂げる事で人生を棒に振る事など出来るはずがないのは、秋山には分かりすぎるほど分かっていた。

「秋山さん。 久美ちゃんの担当していた売上分析データ、私のマシンに送って頂けますか?」
 苛立ちの原因の女が、爽やかな笑顔で秋山に話しかけた。
「あ、ああ OK! ごめんね、久美ちゃんの分まで押し付けちゃって… 頼りにしてます、羽佐間さん」
「とんでもない。こんな時ですもの、何でも言ってください」
 テキパキと仕事をこなす真梨子の仕草の一つ一つが、どうすることも出来ない秋山をますます苛付かせていた。
   ◆

「横田さん 秋山が電車の中で真梨子に痴漢してたんですよ」
「はぁ〜… なんだって?!」
 星野の意外な報告に、横田は絶句し、やがて噴出してしまった。
「真梨子には、虐められオーラがあるとしか思えないなぁ」
「ええ。確かに 僕もお店で色んな女を見てきましたが、真梨子ほど虐めたいって衝動に駆られる女はそうはいませんね」
「そうか その道のプロの君が言うんだから間違いないや」

 会社も、マンションも、電話もすべてモニターしているのだが、秋山が真梨子の”何か”を知ったその接点がどうにも分らなかった。
 外出先で何かあるとしか考えられなかったので、店のスタッフを使って土、日も真梨子のマンションを終日見張らせていた。
 通勤途中もモニター出来ない時間帯の一つなので今朝は、星野自らマンションの前から真梨子を尾行していたのだ。
 同乗した電車で星野の目の前での出来事だった。

「真梨子は、痴漢が秋山だって知ってるのか?」
「いえ、知らないようです。 後ろから暫く尻くらいは触ってたんでしょうが、拒まれて諦めたのか途中の駅で、慌てた様子で電車を降りていきました」
「ふふふっ 何だ、それ。 未遂か!? しかし秋山が真梨子の下半身の秘密を知ったのは、電車の中でのようだな。ってことは今日が初めてじゃないって事かぁ… ふ〜ん… 
あぁ、それと”ショウタ”って誰だか判ったか?」
「いえ… それはまだ…」
「そうか。 引き続き調べてくれ!」

 2日前、真梨子がオナニーをして果てる時『ショウタ君、もうやめて〜…』と叫んだのだった。
   ◆

 母親と食事をしていると、珍しく早い時間に父:梶 純二が帰宅した。
「お〜、翔太! 久しぶりに顔をみるなぁ 母さん、俺の分も直ぐに用意をしてくれ」
「はいはい… 食事をされるなら、電話してくださればいいのに…」
 翔太の母、千鶴子はとっくに興味を失った夫の為に箸を置いた
 親子3人が揃って夕飯を共にするのは、何ヶ月ぶりかの事だ。
 顔をあわせる事すら滅多にない。
 それは、父:純二の帰宅がいつも遅いせいもあるが、翔太が純二を毛嫌いし、家の中に父がいる気配がすると、部屋から出て行かないからでもあった。

 台所に向かった千鶴子と入れ違いに、ビールを持って純二が目の前に座った。
「お前も飲むか?」
「ああ…」

グラスにビールを注がれる間、何気にみた父親のスーツ襟に目が釘付けになった。
―えっ!? この社章… あの電車の男と同じだ… ええ? じゃあの男は、親父とも真梨子さんとも同じ会社の人間?! 

「ねえ、とうさん」
「なんだ?」
「とうさんの会社のマークって、前からそんなだったっけ?」
「ああ、そうだよ。5年前に転職した時からこれだったな。ITコンサルティング株式会社で”ITCC”だ」
「そう…」
「どうした?」
「いや、別に…」
父親の勤める会社なんて、名前すら知らなかった。
「あのさ、父さん…」
「うん? なんだ?!」
「父さんの会社って、代々木に事務所ってあるの?」
「代々木? いや、ないぞ。 東京支社が品川にあるだけだ。 コンサルティングのプロジェクトチーム単位で、何ヶ月もお客さんの事務所に通う事はあるがな。 代々木なら父さんの部署から、3人程毎日行ってるが… 誰かに会ったのか?」
「いやぁ… あのさぁ… 父さん…」

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊