とある悪魔のものがたり
紅いきつね:作

■ 4

見慣れた教室に、オレンジ色の夕日が差し込んでいる。
目の前には香織が立っているだけ。
他には誰も居ない。
物音ひとつしない教室の中で、香織が微笑んでいる。
どうした?
祐悟はそう言おうとした。
しかし声が出ない。
身体も動かない。
ただ微笑んでいる香織を見ることしかできない。
どれくらいそうしていただろうか。
香織の身体から砂がさらさらと零れ落ち始めた。
いや、よく見れば彼女の身体が少しずつ砂になって崩れている。
香織!?
祐悟の叫びは声にならず、ただ空気だけが喉からひゅーひゅーと流れていく。
声を出すことも駆け寄ることもできないまま、香織は砂になって消えていった。
祐悟は何もできなかった。

「香織!?」

大きな声を出した…つもりだった。
しかし何故か叫ぶこともできない。
身体も動かすことができない。
(な、何だ!?)
ぼんやりとしていた意識がだんだんとはっきりとしてくる。
そうしてようやく自分が猿轡をかまされ、椅子に縛り上げられている事に気が付く。
椅子は肘掛の付いた大きなもので、食事のときに座っていたものだ。
半ばパニックになりながら自分の身体を見てみれば、胴体は背もたれに、両腕は肘掛に、両足は椅子の足にロープで縛り上げられていた。それも硬く何重にも巻かれている為びくともしない。祐悟は懸命になって腕や足を動かしてみたが、むなしい努力だった。
(一体どうなってるんだ!?)
「あれえ、彼氏クン起きたのかな?」
その時になって初めて誰かが部屋に居ることに気が付く。
さっきまで自分が居たテーブルの周りには中年男性が4人椅子に腰掛けており、食事をしている様子だった。
(あ、あれは香織の手料理)
自分が味わうはずだったご馳走を見ず知らずの親父共が食べている。
祐悟は彼らを睨み付け、罵詈雑言を発した。しかし猿轡のせいで出たのは「うー!!うー!!」という音だけであった。
「ふふふ。そんな怖い顔しちゃいやだなあ」
一人が立ち上がり、祐悟の方へ近づいてくる。
頭は禿げ上がり、腹が突き出ていた。
しかも何故かトランクス一枚だけの姿であった。
「初めまして。私はベルフェゴール。勿論本名じゃないよ」
にやにや笑いながらベルフェゴールと名乗った男は祐悟の前に立つ。
「いや、正確には初めましてじゃないね。バスの中で会ったでしょ」
祐悟はここに来るバスの中で香織を見てニヤニヤしていた中年男性4人を思い出した。
(まさか香織を追いかけて!?)
「ふふふ。その通りだよ」
血の気を失った祐悟の顔をベルフェゴールが愉しげに見て、まるで祐悟の心の中を読んだかのように答えた。
「さて、観客も起きてくれたところで私の仲間を紹介させてもらおうかな。彼はアスモデウス。」芝居がかった仕草で病的に痩せた男を示す。
「彼はマンモン」続いて背の高いがっちりとした筋肉質の男を示す。
「そして彼はレヴィアタン」ベルフェゴールが話している間も一人食事をしていたでっぷり太っている男を示した。
「そして今夜の哀れな生け贄は彼女だ」
テーブルの向こうには香織が祐悟と同じように椅子に縛り付けられていた。気を失っているらしく俯いたまま身動きもしていない。
(お前らっ香織に何をするつもりだ!?)
叫んでも唸り声にしかならない。
「ふふふ。彼女は最高だね」
ベルフェゴールがニヤニヤしながら香織に近づく。
そして見せ付けるように香織の顎を持ち上げ、頬をべろりと舐めた。
祐悟は怒りで顔を真っ赤にして何とか止めさせようと身動きするが、縄は緩む様子が無い。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊