特別授業−現場主義
百合ひろし:作

■ 2

特別授業―――聞いたことがあった。何だか訳有りの生徒が受けさせられるといわれる授業―――。しかし夏奈子はその内容までは知らなかった。何故なら、聞いた事があっただけで本当にあるのか無いのか分からない事について調べる必要など無いと思ったからだった。しかし恵子は特別授業とはっきり言った。
「特別授業……?私は何の特別授業を……?」
夏奈子は手をドアノブに掛けたまま恐る恐る顔だけ振り向いて聞いた。恵子は含みのある笑いをして、
「私が授業するって言うんだから体育よ。それにさっき昨日水着を忘れた事について言ったばかりでしょう」
と言った。夏奈子はそれを聞いて、
「じゃあ、水泳って事ですか?」
と聞いた。恵子は、
「そうよ」
と答えた。それなら話が矛盾する―――。さっき恵子は準備する必要は無い、と言ったが水泳だったら思いっきり準備する必要があるではないか?水泳どころか体育の授業さえ無かったのだから体育の準備が無いのは当然である。準備をしないといけないのではないか―――?
「水着―――今持ってませんが……」
確認する様に夏奈子は言った。恵子は、
「だからなのよ―――。貴女は今ある意味"ビキニ"着てるでしょ?」
と呆れるように言った。その位気付けよ、といった表情で夏奈子の背中を指差して―――。

夏奈子は恵子が何を指差しているのか気付いた。今は夏服―――、しかも少し暑い体育教師室の中なので夏奈子は汗をかいていた。その汗で白いワイシャツは肌にべったり付き始め、ブラジャーのラインがはっきりと見えていた。
「それは幾等なんでも無理です。生徒に対するセクハラじゃないですか?」
夏奈子は向き直ってきっぱりと言った。要は水着を忘れたのだから下着姿で泳げ、とそういう事なのだったので夏奈子は拒否した。すると恵子はクスクス笑って、
「そんな事言っていいのかしら?貴女にチャンスが漸く巡ってきたのに……。これを受ければ貴女の罪は無しにしてあげられるのに―――ね」
と言った。夏奈子は恵子の言っている意味が分からなかった。自分が犯した罪とは一体何なのか?そもそも校則を大きく破る等そんな事をした覚えは全く無い。スカートが短い事を言っているのであれば夏奈子だけでなく殆どの生徒が特別授業を受けないといけない事になってしまうのである。
「身に覚え―――無いんですが」
夏奈子は後ろ手でドアを開けようとしながら言った。こんな言い掛かりをつけてくるのだから兎に角逃げないと何されるか分からない。そしてセクハラをされた事を教育委員会に訴えてこの教師を首とまでは言わなくても謹慎位にはして貰わないと被害者はどんどん増えると思った。それ以上に、恵子がこんな事を言って脅してくる教師だとは思わなかった―――。
「これは何かしら?」
恵子はA4の紙にプリントアウトされた写真を手に持って見せた。丁度夏奈子の目の高さに―――そして夏奈子に奪われぬよう夏奈子に近づき過ぎずに―――。
「こんな写真……撮られていたなんて……」
夏奈子はその写真を見た後、観念して目を伏せて言った。その写真は、夏奈子が春に屋上で煙草を吸っていた時のもので、遠くから撮ったものの様だが、解像度が良く、写っているのは夏奈子だと分かる写真だった。恵子は、
「これを見せられてもまだ拒否するのかしら?逃げるのかしら?受ければ、これ、つまり煙草を吸った事は無かった事になります。逆に逃げたら―――」
と言った。夏奈子は、恵子の机の上にパソコンが置いてある事に気付いた。今恵子が手に持っている写真を奪っても意味が無い。元を断たなければ何枚でも複製されてしまう。しかしここにパソコンが置いてある―――。叩き壊せば写真の元データはもう無い事になる。後は今恵子が持っている物を奪って燃やしてしまえば―――。
夏奈子はパソコンを奪いに行った。すると夏奈子がそう動く事は予想していたとばかりに、恵子は素早く間合いを詰めて夏奈子に裏拳と回し蹴りを見舞った。夏奈子は勢い良く倒れて頬を押さえて蹲った。恵子は、
「諦めの悪い娘ね。残念だけど特別授業の教師全員がこの写真持ってるわ。今の食らって分かったと思うけど、私達全員格闘技の心得もあるわよ」
と言った。今の夏奈子の様に証拠を奪おうとするのが居るのでそれをさせないように格闘技を習っているのである。ここまで完璧に巧妙にされたらなすすべは無い―――。夏奈子は頬を押さえながら床にはいつくばったまま悔しそうに下を向いているしかなかった―――。因みにこの写真は恵子が撮ったものではなく、特別授業を担当する事になっている恵子を含む5人の教師に対して匿名で送られて来た写真だった。その写真を撮って送った人は夏奈子を狙い撃ちにしたものではなく、屋上で煙草を吸っている人が居ないかどうかを常に観察していた、という事だった。
「私は―――、何をすればいいんですか?」
夏奈子はゆっくりと立ち上がって頬から手を離して聞いた。恵子は、
「そう―――、最初から素直にそう言っていれば痛い目見ずに済んだのに」
と笑顔で言った。それからA4の紙に印刷された写真を二つに折ってノートパソコンに挟み、夏奈子の胸元を指差した。
「制服脱いで下着姿になりなさい」
と言った。夏奈子は恵子から目を逸らして左前に視線を落とし、ふぅ、と諦めた様に溜息をついた。

夏奈子はツインテールを後ろに流してから蝶ネクタイを外して隣の机の上に置いた。それからワイシャツのボタンを1つずつ外した。そして全てのボタンを外した後、ワイシャツの袖から腕を抜いて隣の机の上に置いた。白いブラジャーが露になり、肩や背中には少し汗が浮いていた。そしてスカートからベルトを引き抜き、スカートのホックを外して足元に落とした。すると白地に水色の縞模様のパンティが露になった。
「……」
夏奈子は何も言わずに頬を赤らめて足元に落ちたスカートを拾って机の上に置いた。それから指を通してパンティを直した後、上履きを脱いで靴下を右、左と脱ぎ、上履きを再び履いた。
「……これで、いいでしょうか」
夏奈子は恵子に目を合わせずに顔を赤らめたまま聞いた。恵子は満足そうに笑い、
「そうね。いいでしょう。じゃ、プールに行きましょうか」
と言った。そして、パソコンのキーを叩いた。するとドアの鍵がカチッと音を立てて外れた。恵子は、
「自分で開けてプールに向かいなさい。私は後ろから付いて行くわ、貴女が万が一逃げないように―――ね」
と言った。この時の表情はまるで餌を追う肉食獣の様であった。

全ての生徒は部活動を終えて帰宅し、夏奈子の耳にカチッと鍵が動作する音が入って来た。夏奈子はビクッと反応し、逃げ出したくなった。人が出て来たら下着姿で歩いているのは丸見えである。もしそれが生活指導部の教師だったとしたら大問題になりかねない―――。
「早く行きなさい」
恵子が急かした。しかし鍵の音が気になってそれ以上進めなかった。
「人に見られたら……もう学校来れません」
夏奈子は顔を赤らめながらも恵子を睨みつける様に言った。恵子はクスクス笑い、
「その心配はいらないわよ。今日の見回り当番は私と養護の佐伯先輩だから。他の人はもう居ないわ」
と答えた。夏奈子はそれを聞いても安心は出来なかったが、進まなければ急かされるだけなので急いでプールに向かった。

プールに着いた―――。
恵子は昨日の授業と同じメニューを夏奈子に課した。違うのは夏奈子の姿のみ。授業ではみんな水着だったが、今たった一人で泳いでる夏奈子は下着姿である。更に恵子はツインテールをほどく事は許さなかった。夏奈子は当然相当恥ずかしかったがプールは外からは見えない―――いやさ、覗かれない様にと言った方がいいかも知れない―――様に高い壁で仕切られていて、その上、その壁をよじ登って来れない様に壁の上に有刺鉄線が張り巡らされていた為、少なくとも他の誰かに覗かれる心配は無かった。
兎に角、この時間を耐えて水泳の授業を終えれば煙草の件は忘れてくれると言うのだから気が楽になった気がした―――。

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