内側の世界
天乃大智:作

■ 第1章 想念4

悪魔は、幻影なんだと思った。
ジャンボジェット機が、悪魔の後頭部から侵入し、牙の生えた口から出て来た。
その時、巨大な悪魔が、ジャンボジェット機を挟み込むように、合掌した。
巨大な掌が、左右からパンとジャンボジェット機を叩く。蝿を叩く様であった。
危ない。
僕は、一瞬ヒヤリとした。
ジャンボジェット機は、何事も無かった様に、飛び続けた。
「天鬼の魂を召還せん」
 悪魔の太い良く通る声が、聞こえた。
 僕の腰が、後の方から強く引かれた。
くの字に体を曲げて、引き込まれた。
僕は、落下した。
地球に引き込まれた―
まるで、吸い寄せられるように、・・・巻き込まれるように。
どんどん速く、・・・どんどん深く。
今まで僕を無視していた地球の引力が、急に気付いた。そして、引っ張り出した。そんな感じである。実体を持った僕は、落下した。堕天といった方が、良いのかも知れなかった。僕は、広大な「無」のなかを落下していく・・・
人間の世界がずっと下の方に見える。
地表が、近付いて来る。島が近づいてくる。都市が近付いてくる。白い建物が近付いてくる。
ユーラシア大陸の東の果て・・・、小さな島のほぼ真ん中に―
落ちた。
白い大きな建物に落下する。
屋根を通り貫け、床を通過した。
その中に入る前に、僕は見た。
女の人が、ベッドに横たわり、さっき見た悪魔と握手をしているところを―
女の人の顔は青白くやつれ、二十歳を幾らも超えていない様な、幼い面影を残していた。
握られた手から、何かがたれている。
きらきら光る綺麗なもの。
その周りを、医師と看護婦が、忙しく立ち振る舞っている。
皆、悪魔に気付いていない。
見えないんだ・・・
その悪魔が、僕をチラリと見た。
そして、満足げに、口元の髭を波打たせた。
微笑したのだ。
僕に見えたのは、それだけであった。
僕は引き返そうとしたが、何も抵抗出来ずに、吸い込まれた。
暗く、狭いところに向かって―湿気の多い、熱いところ、僕の退化した感覚が蘇る。
「暗い」
「狭い」
でも、なんだか、居心地が、良い。
大きな愛を感じる。
私の大切な、・・・大切なもの。
大きく育って・・・
ここは何処? 
今、誰が喋ったのだろうか? 
何か音が、聞こえる。
ドンドン。ドンドン。
絶え間なく、規則正しい音が。
ドンドン。ドンドン。
その音が、次第に速くなってきた。
ますます、速くなってきた。
すると突然、ギューッと物凄い圧力が掛かってきた。
押し出される。
嫌だ。
ここにもっと居たい。
大きな愛に抱かれていたい。
嫌だーッ。
・・・僕は、押し出された。
気が付くと、物凄く居心地の悪い小さな所へ、ぎゅっと押し込められていた。今までのような無限の広がりはない。
体が、ぬるぬるして気持ちが悪かった。
そして、寒い。
今までの一体感もなく、ただただ眩しい。
とても目が見えない。
僕の全感覚は、この状態を拒否していた。その拒絶反応も虚しく終わる・・・
「はい。元気な男の子ですよ」と言う女の人の声がする。
「私に・・・」と言う別の女の人の声が、聞こえた。弱々しい声である。
この赤ちゃん、歯が生えてるわ・・・
鬼っ子?
僕は、その女の人に抱かれた。
僕は、何も出来ない。
ただただ、嫌だ。
「帰してくれ・・・」と叫んでいた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊