内側の世界
天乃大智:作

■ 第4章 再会5

 気が付くと、そこは神社の境内であった。
そして、きよしちゃんの後に付いて、神社の中に入って行った。
「ここなら安全だ。ここは、鬼神を祭った神社だ。奴らはここには入って来る事が出来ない」
きよしちゃんの声は、かすれて弱々しかった。
こんな所に、神社があるなんて、僕は知らなかった。
洞窟神社であった。
神木が林立し、入り口に、しめ縄が張り巡らされている。
「悪鬼には、この洞窟が見えないんだ」と、きよしちゃんが言った。
暗い洞窟の中に入ると、古ぼけた木彫りの像があった。
紅蓮の炎を背に負った不動明王立像の様に見えた。
「鬼神像だよ―」
僕の視線に気付いたきよしちゃんが、吐き出すように言った。
大きな目を見開き、口を開けていた。
口の中から、牙が突き出している。
挙げた右腕は肘で曲がり、下げた左腕は肘で曲がって腰に当てている。
挙げた右掌には、立派な神鋒(ほこ)が握られている。
大きな立派な角が、曲線を描いている。
角が三本あった。
額に縦皺(たてじわ)が寄り、眉が吊り上る。
逆髪の忿怒相であった。
周囲のものを睨み付けている。
珍しい鬼神像であった。
相当に古いものだと分かった。
かなり荒削りな代物であった。
 そこで、僕はきよしちゃんに目を向けた。
「どう言う事? さっきのヤツらは、何? あれは、人間じゃなかった」
「うーっ」
きよしちゃんは、顔を顰(しか)めて、倒れ込んだ。
「あっ、さっきの傷。大丈夫? 」
 きよしちゃんの背中の傷は、ぱっくりと口を開け、大量の血液を吐き出していた。
シャツの背中は、血で真っ赤に染まっていた。
 僕は、唖然とした。
「ああ、キーボー。お前の手を俺の傷にかざして、『治れ』と強く念じてくれ。頼む」
「えー? 」
 僕は、理解出来なかった。
「いいから、やってみてくれ。“気”を注入するんだ」
僕は、恐る恐る言われた様にしてみた。
でも、何も起こらない。
血は、どんどん噴き出してくる。
きよしちゃんの心臓が脈打つ毎に、鮮血も溢れ出した。
相当の深い傷であった。
ピンク色の肉が、見えている。
きよしちゃんの顔が、だんだんと青ざめてきた。
「はあはあ」きよしちゃんの呼吸が速く、浅くなる。
「きよしちゃん、死なないで・・・」
「もう一度、やるんだ。自分を信じて。強く念じるんだ」
 きよしちゃんの声は、かすれて細く弱々しかった。
苦痛に耐える声である。
よく聞き取れなかった。
僕は、気持ちを落ち着かせ、深呼吸をした。
その間も、血は流れた。
きよしちゃんの体の下の地面に、血が広がった。
そして、僕は、傷が治っていく様子をイメージして、強く念じてみた。
きよしちゃんを助ける方法は、これしかないと思った。
 すると、手が温かく、うっすらと光に包まれた。
その柔らかい光が、きよしちゃんの背中を照らす。
 僕は、驚いた。
見る見る血が止まり、傷口が、塞(ふさ)がっていくのが分かる。
「そうだ。その調子」とは、きよしちゃんだ。
十分もすると、傷口は完全に治ったように見えた。
更に十分、僕は続けた。
きよしちゃんは、気持ち良さそうにしている。
エステでマッサージを受けている様だと言った。
「キーボー、お前の手には、治癒能力がある。知らなかっただろう? 」
そう言うと、きよしちゃんは蝋燭(ろうそく)に明かりを点した。
 その時、僕は気が動転して気付かなかったが、暗闇だったのである。
それでも、僕には見えていたのだ。
 一本の蝋燭が、明るく洞窟を照らした。
「・・・」
僕は、自分の掌(てのひら)を見詰めた。
ほんのりと熱を持っている様子であった。
前を見ると、「ゲーッ」僕は、びっくりして、飛び跳ねた。
 天狗(てんぐ)? 
 きよしちゃんの鼻が、ピノキオの鼻のように伸びていた。
「これが、俺本来の姿だ」
大きな鼻に、赤ら顔。
背中に翼もある。
鬼、天狗、僕は古代の神話の世界に、入り込んでしまったような気がした。
頭が混乱した。
何がなんだかよく分からない。
夢を見ているのか? 
それにしてもリアルだ。
さっき殴られたところが痛い。
僕は痛む両の頬(ほお)に、両の掌(てのひら)を当ててみた。
すーっ、と痛みが引いた。
「キーボー、お前は鬼神だ」
僕の頭が、拒絶反応を示した。
現実に対応出来ないで居た。
もう少し、時間をくれ。
「それで、俺は、喧嘩が強い訳だ」
「冗談を言ってる場合じゃない。俺は、キーボーを迎えに来た」
「どこから? 」
 僕の拒絶した脳細胞は、条件反射で反応していた。
きよしちゃんの言葉の意味が分らない。
僕は夢を見ているのか? 
これは、僕が作り出している空想の世界か? 
 僕の頭は、おかしくなったのか? 
 僕の寂しい気持ちが、きよしちゃんを思う余りに、幻影を見せているのか? 
 僕の脳細胞が、現実逃避を始めたのか? 
 僕は、僕の殻の中に閉じ篭(こも)ってしまったのか? 
「鬼が島! 」
どうやら、きよしちゃんも頭がおかしくなったみたいだ。
僕は、掌を額に当てた。
すーっ、と微熱が下がる。
僕は興奮の為、顔が紅潮していた。
「オ・ニ・ガ・シ・マ? じゃ、さっきのヤツらが、桃から生まれた桃太郎ってヤツか? 」
「真面目に聞け! 」きよしちゃんは、怒った。
それは、ちょっと無理な相談であった。
「真面目に聞け、だと? 」
きよしちゃんが、天狗の顔をしていなかったら、到底、信じられなかっただろう。
でも、信じた訳ではない。
頭を整理する時間が欲しかった。
「OK、分った」
きよしちゃんの声が、急に優しい響きになった。
沈黙があった。
きよしちゃんは、どう説明したらいいか考えている様子であった。
僕は、額や頬に手を当てたりしていた。
そうすると、気分が落ち着いた。
「キーボーは、人間の世界に生まれてから、14年、ずっと居たから、分からないのは、無理もないし、前世の記憶もなければ、信じられないのも当然だろう。でも、キーボーは、気付いていた筈だ。自分は、他の人とは、何かが違う。どうしても、馴染めない。そんな気持ちが、あった筈だ」
「―確かに」僕は、認めた。
自分の超能力を隠すのが、大変だったのである。
だから、一人だったのかも知れない。
「前に地獄の夢の話をしていたよな? まだ、見るのか? 」
「―うん」僕は、頷(うなづ)いた。
「それは、夢なんかじゃない。キーボーの前世の記憶だ」
「―前世? 」
きよしちゃんは、説明し始めた。

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