内側の世界
天乃大智:作

■ 第5章 別れ2

冷え切った晩御飯を食べて、食器を流しに運んだ。
流しには、使い古したスポンジが有った。
母さんが、毎日使っているスポンジであった。
今になって、もっと母さんと一緒に過ごす時間を持てば良かったと後悔した。
また、涙が出てきた。
「人は、気付いた時には、もう手遅れだ」という言葉が、僕の頭に木霊(こだま)した。
いっそこのまま、出て行こうか? 
いや、駄目だ。
でも、今は寝よう。
僕は心の中で、母さんにお休みを言った。
薄汚れた傷の付いた古い薬缶、鍋、フライパン。
どれもが綺麗に洗ってある。
僕は、台所を見回す。
これが見納めの様な気持ちであった。
汚いアパートの部屋でも、母さんは小綺麗にしていた。
僕が、アルバイトをしてプレゼントしたエプロンが、椅子に掛けてある。
母さんは、もう何年も使っている。
母さんへのプレゼントを買うお金は、チンピラから巻き上げた、汚い金ではない。
僕の気持ちであった。
壁の傷、ドアの凹み、消えない落書き。
腐った畳の臭い。
排水溝からの腐臭。
どれもが懐かしかった。
僕は、汚れた食器を洗うと、僕の部屋に入った。
部屋を改めて見回した。
母さんに買って貰った入学祝のグラブ。
野球のグラブである。
僕は中学に入って早々に、三年の先輩を殴って顎の骨を砕き、退部させられた。
僕のプロ野球選手への夢が、絶たれたのだ。
一人では、野球は出来ない。
バイクに乗っていた頃の、黒塗りのヘルメット。
きよしちゃんの形見であった。
僕の部屋には、きよしちゃんから貰ったものが、沢山あった。
ガンダムプラモ、「三国志」、ビー玉、などなど・・・
 僕は布団に入ると、頭が混乱して、いくつものイメージが浮かんだ。
 人の顔が、鬼へと変貌する身の毛もよだつ光景、
 ぶくぶく膨れ上がり、衣服を張り裂いて巨大化する青い肉体、
断末魔の鬼の顔、
飛び去る夜景、
きよしちゃんの天狗顔、
血が噴出す背中、
古い鬼神の木像、
光り輝く掌(てのひら)、
鬼神神社・・・
もうずいぶん昔のような気がする。
一度に、歳を取った様な感じであった。
とても眠れない様に思ったけど、いつの間にか、イメージの中に溶け込んだ。
僕は、疲れていた。
そして、前世の記憶・・・

また、悪夢を見た。
前回の続きであった。
僕は光に撃たれて、しばらく立ち上がれなかった。
もう立ち上がる力が、なかった。
しかし、何かが僕を突き動かすのであった。
目の前に、何かが居る。
邪悪なもの。
究極の悪。
真っ黒い存在。
祟(たた)りをなすもの。
妨げとなるもの。
禍々しいもの。
凶悪なもの。
病の根源となるもの。
不幸を呼び寄せるもの。
死を招くもの。
災いとなるもの・・・
悪霊。悪魔。
不吉なその姿。
破滅をもたらす顔。
悪の中枢、死の介添人。
暗黒の顔。
闇の帝王。
魔王、魔神の顔。
その顔が見えた。ぼやけた視界に映った顔・・・

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