内側の世界
天乃大智:作

■ 第5章 別れ7

 僕は、きよしちゃんに抱き抱えられて、飛行していた。
 飛び上がって気持ちが、落ち着いた。
 天空に上った太陽が照り付け、早くも気温は30度を超していた。
上空は、風があり地上よりは、まだ良い。
 さっきから、一言も口を利いていなかった。
 眼下に山火事が、起きていた。
黒い煙が立ち上り、消防車が何台も出動していた。
 僕は、その様子をボーっと見ていた。
「あれは、お前がしたんだぞ」
 きよしちゃんが、僕の体を揺らした。
「俺がしたって? 」
僕は、小さな声で聞いた。
「気砲だよ。歳を経た鬼にしか出来ない技だよ。それで鬼も殺せる。山の一つ位なら、吹き飛ばせる。だから、もう俺にはしないでくれ」
「・・・分かった」
僕は、反省した。
僕の手は念じるだけで、人を助ける事も、殺す事も出来るんだ。
恐ろしい事だと思った。
「それを、良い事に使えば良いだけの事だよ」
 一瞬の沈黙。
「・・・? どうして、俺の考えが、読める? 」
「テレパシーさ。人間は、頭脳を使うと、ある種の波長を生み出す。それを、読み取っているんだ」
「・・・? それで、きよしちゃんは、俺の攻撃を避けられた訳? 」
「そう」
 きよしちゃんは、平然と答えた。
「ずるいな・・・、すると、昨日の鬼も? 」
「そう。だから、自分の心を閉じなければいけない。要は、頭の中で考えていても、それを全部、口に出している様なものなんだ」
「・・・。俺も、相手の心が読める様になるのかな? 」
「勿論、そうさ。しかし、人間の間は、無理かも知れない。人間が、テレパシーを使う為には何十年も修行する必要がある。相手の考えを読み取る事を“スキャン”と言うんだが、スキャンのほうが簡単なんだ。心を閉じる事の方が、何倍も難しい」
「俺は鬼だろ? どうして出来ない? 」
「まだ、鬼に化身していないからだ。化身し始めると、角が生えてくるから、すぐに分かる」
僕は、自分の頭を触ってみた。
角は、まだ、生えていない。
きよしちゃんが、口元を綻(ほころ)ばせたのが雰囲気で分った。
「・・・? おいおい。俺の心をスキャンしても無駄だ。俺は、口を閉じるように心を閉じる事も出来る。でも、やり方は間違ってないよ」
「それは、不公平だ。プライバシーの侵害だ」
僕は、断固として抗議した。
「俺は人間じゃないから、その法律は、適用されないね。はっはっはっ・・・」
きよしちゃんは、高笑いをした。
僕は、不満であった。
「でも、どうやって、心を閉じるんだ? 」聞いてみた。
「意識には、表層意識と深層意識とがある。スキャン出来るのは、表層意識だけなんだ。自分の思考を深層意識に閉じ込めてしまえば、そう簡単にスキャンできなくなるんだ。高度なテクニックを使えば、わざと表層意識の中に偽の情報を潜ませておいて、敵を混乱させる事も出来るんだ。ま、これは、応用編だな」
 話が難しくなってきた。
 表層意識は、思考、感覚、意志などを含む広い意味での精神的心的なもの。表層の部分で、精神活動か行われるって事である。
 深層意識は、自我や本能などの根本的なもの。深層の部分は、変える事の出来ない部分って事である。
 深層意識から、無理矢理情報を引き出そうとすると、精神的に障害を負ってしまう事も、死に至る事もあると、きよしちゃんは付け加えた。
僕は、振り返った。
僕の住んでいたアパートはもう見えない。
人口数万人の田舎町が、小さくなる。
どんどん視界から遠ざかり、日本列島の一部になった。
新しい街が、眼下に広がる。
 こうして、鬼が島への旅が始まった。
 僕は、前を向くしかなかった。
 僕には、きよしちゃんが居る。



 女は、逃げた。
ひたすら、逃げた。
その後ろを三人の人影が、ゆっくりと追った。
まるで、獲物をいたぶる肉食獣の追い詰め方であった。
真夜中の大都会を、半裸の女が駆け抜けた。
猥褻(わいせつ)な光景であった。
下半身を露にし、ブラウスの胸をはだけ、裸足で走っている。
淫媚(いんぴ)であった。
ブラウン・ヘアを靡かせ、白い乳房が揺れ、細い素足が地面を蹴った。
白すぎる肌をしている。
ぼー、と仄(ほの)かに燐光を帯びている様であった。
透き通る様な白い肌とは対照的に、赤すぎる唇、赤い乳首。
血の色であった。
その乳首が、広がったブラウスの下で踊っている。
白い素肌は傷付き、赤い筋を流していた。
豊かな乳房、臍(へそ)の辺り、艶(なまめ)かしい曲線を描く太腿、丸い尻、露出している白い肌は、三人の人影に犯され、泳がされ、暴行を受けていた。
子猫が、傷付いた鼠をいたぶる、あれである。
女は必死に後ろを振り返り、人間業とは思えない跳躍力を見せて、通りを飛び越え、高層ビルを、垂直に駆け上がった。
高層ビルの屋上から、女は下を振り返った。
「はー、はー、はー、ふーっ」
 女の荒い息遣いが聞える。
誰も居ない。
どうやら、撒(ま)いたようだわ―
女は自分の姿に、初めて気付いた。
全裸の体に、ブラウスを羽織っているだけであった。
しかも、血だらけである。
股間には、大量の白い男の体液が付着している。
女の口元が歪む。
苦笑いをしたのだ。
女は、渇きを覚えた。
女の安堵感か、食欲を掻き立てた。
早く狩をしないと、夜が明けてしまう・・・
癒しの血が欲しい。
一晩中、三人の人影に追い詰められて、体力を消耗していたのである。
三人の人影のうち一人が女を犯し、ことが済むと、わざと逃がした。
そして、また追う。
嫌らしい笑みを湛えて追うのである。
女を再び捕まえると、今度は別の一人が、女の白い肢体を犯すのである。
女は、高層ビルの夜景から目を離し、急に、振り向いた。
ぞくぞく、とする悪寒を背中に感じたのである。
「はーっ」女は息を呑んだ。
そこに、獣臭を発散した三匹の悪鬼が居た。
額から突き出た角。
振り乱れた蓬髪。
太い眉毛、大きな嫌らしい目に、拉(ひしゃ)げた鼻。
耳の所まで大きく裂けた獅子口。
ゴリラの様に逞(たくま)しい肉体。
それを覆う鱗と獣毛。
地獄から抜き出て来た悪魔さながらである。
悪鬼は気味悪く、せせら笑っている。
その口から、濃い粘液質の涎(よだれ)が垂れていた。
女は、躊躇なく逃げた。
その場から、突然消えたかのようなスピードであった。
「あっ」女は、小さく叫んだ。
悪鬼の一人―餓鬼(がき)が、女の白い、細い足首を掴んで、取り押さえた。
そして、そのまま持ち上げた。
逆さ吊りにしたのだ。
女は必死になって、身を捩(よじ)り、足を蹴り、手をバタつかせ、逃れ様とした。
白い裸体が、くねるのである。
ブラウンの陰毛が逆立ち、美乳が波立った。
刺激的な、欲望を掻き立てる動きであった。
「シュー、シュー」
女は、牙を剥いた。
ヴァンパイアであった。

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