内側の世界
天乃大智:作

■ 第7章 鬼が島2

一瞬のことであった。
超音波の影響かも知れない。
「今、SOSを発信しておいたから、救助隊が来るはずだ。次に、何かあったら、迷わず逃げろ。いいな」
「へーぃ」承服出来ない、へーぃ、である。
「ちゃんと返事しろよな。俺の任務は、キーボーを無事に、送り届ける事なんだ。それに、俺は、命を懸けてる!! 」
 きよしちゃんの赤ら顔が、ますます赤くなる。
「ふーん、任務ね」
「この任務に、俺は、志願した。お前のお父上には、お世話になってるし、それに・・・」
「それに? 」
「お前は、親友だ」
 きよしちゃんの赤ら顔は、茹(ゆ)で蛸であった。
「それを、早く言え。バーカ」
 僕は、きよしちゃんをからかってやった。きよしちゃんは、意外と生真面目なところがあるのだ。
「馬鹿とは何だ。馬鹿とは」
「天狗と鬼の友情って、本でも、書いてやろうか? 」
「好きにしろ!!」
 きよしちゃんは、怒ってしまった。それから、またしばらく飛行した。海の上のハング−ライディングは、気持ち良かった。
海鳥が近寄って来て、僕の肩に止まった。羽を整えると、また、どこかへ、飛んで行った。
その時、海鳥が落とした白い糞が、落ちて行くのを眺めた。下で、回遊魚が、泳いでるのが、透明な海の水を透して見えた。蒼い海に、白い波が立っている。
海豚(いるか)の群れが居た。本当に海面を飛び跳ねている。
あそこに、大きな黒い影が見える。小さい影も。今、潮を吹いた。抹香鯨(マッコウクジラ)であった。
でかい。20m位かな・・・
僕も、魚のように泳げたら・・・、ん、ん、・・・あれ・・・
あれは、何だ?
人魚? 
何かが、見えた。
「あれは、魚人(ぎょにん)だよ」
「はあ? 」
 僕の問いを無視して、きよしちゃんが言った。
「さあ、ここだ」
僕は、夢中で海を観察していたので、きよしちゃんが、何の事を言ってるのか、理解出来なかった。
「鬼が島、上空だよ」
「えっ、鬼が島って、島だろう? 見渡す限り・・・何もないよ」
 あるのは、さっきから見えている濃い雲だけである。その一団の雲の塊は、海面ぎりぎりのところで、浮遊していた。遠く離れたところから見れば、島に見えなくもない。
 蓬莱山(ほうらいさん)伝説を知っているだろうか、仙人が住み、不老不死の神薬があると信じられている山である。
蓬莱山は、古代中国の思想が生み出した幻の島である。
実在しない。
東の海にぽっかり浮かび、遠くから見ると雲のようだが、近付くと海面下にある。覗き込むや、大風に船が引き離されるので、誰も辿り着けないのだという・・・
そんな伝説がある。
「あるよ。海底に」
「・・・って事は、潜るの? 」
 無論、僕は蓬莱山伝説のことは知らなかった。
「そう」
「まさか、このまま? 」
 きよしちゃんは、それには答えずに、急降下を始めた。
突然、強風が吹いてきた。濃い雲から吹き付けてくる。僕は、思わず叫んでいた。
「止めろ。俺は、人間だ。息が出来なければ、死んでしまう」
ザブン。ブクブク・・・、目の前に白い泡が広がった。
僕は、出来る限り息を止めていた。直ぐに、胸が酸素を求めて、熱く、苦しくなってきた。もう、我慢出来ないと思って口を開けたら、何かがおかしい・・・そうだ。
水が、ない。
ギャ、ハ、ハ、ハ。きよしちゃんが、笑った。
「やったな? 」
「やった? なって・・・、普通、気付くだろう? 防御シールドを張った。息も出来るよ」
「まったく、人が悪いよ、って言うか、天狗が悪いね。本当に、早く言えよな。それに、人の考えを勝手に読むのは、個人情報保護法に違反するぞ」
「俺は、天狗です。その人間の法律も、適用外です。ハイ」
 どんどん、潜った。周りはもう、暗闇であった。
「きよしちゃん、子供の頃、こういう暗い所で、よく遊んだよな。あの時は、・・・きよしちゃんは、何をしに来てた訳? ・・・偵察? 」
「お前を連れ戻す準備さ。ずっと、居る筈だった。だけど、悪魔に見付かったから、お前の事が知られる前に、引き上げる事になった」
「どうして、その時に、言ってくれなかった? 」
「まだ、お前に準備が、出来ていなかったからだよ」
「準備? 」
「鬼っ子は、15歳で角が生えてくる。お前も、もう直ぐに化身する。化身したら、もう人間界には、いられないからな。・・・んっ、魚人(ぎょにん)が来た」
「魚人? 」
 さっきも、きよしちゃんは、「魚人」と言った。僕は、同じ問いを発していたのだ。
「いちいち、吃驚(びっくり)するなよな! 」
「人間なら、誰だって、吃驚するよ」
「魚人は、鬼が島の防人だよ。鬼が島が、地殻変動で海底に沈んでから、ずっと守ってるのさ。今は、内側の世界(インサイド・ワールド)への入り口としては、使われていないが、今回は、緊急と言う事で、通る事になった・・・」
 きよしちゃんは、急に黙り込んだ。どうやら、魚人とテレパシーで会話している様子であった。
きよしちゃんが、右手をかざし、光を放った。周りが明るくなり、魚人たちが見えた。
体は黒く、どことなく、鯱(しゃち)の様でもあり、大きな鰭(ひれ)が付いていた。体長は、7〜8m位、大きな鋭い歯の生えた大きな口を開けて、その大きな黒い目が、僕を見ていた。
少し怖かった。
しかし、その泳ぎは、優雅で、気品すら感じさせた。
僕達の周りを泳いでいたが、それは、まるで獲物を狙う鯱が、獲物を見定めている様であった。
僕には、獰猛な野生のハンターに思えた。
ちょっと、グロテスクだと思った。
「そんなこと考えたら、駄目だ。魚人が怒り出す」
きよしちゃんは、慌てて言った。
「プライバシーの侵害の次は、言論の自由の弾圧か? どうせ、言葉は通じないだろう? 」
「馬鹿、テレパシーに言語は、関係ない。想念が、伝わってしまう」
前方に、巨大な四角錐が、見えてきた。
ピラミッド?
こんなところに?
「そうだ。あの中に入る」
「また、プライバシーの侵害だ。これじゃ、きよしちゃんの悪口も、おちおち言えないよ」
「お前は、無防備だよ」
すると、突然、言葉が聞えて来た。
「グロテスクな魚人防人(ぎょにんさきもり)だ。獰猛なハンターだよ。儂の名は、シーズ。鬼神の子倅(こせがれ)よ。道中、気を付けて行くがいい。今度、機会があったら、泳ぎを教えてやろう」
「あ、ありがとう。お願いします」僕は、そう答えていた。
そして、魚人防人たちは、去って行った。巨大な尾鰭(おびれ)を上下に動かせて、優美な泳ぎを見せながら、闇の中に消えて行った。
「魚人防人は、水の中では、魔鬼並みに強い。とにかく、泳ぎが速い。そして、超音波を繰り出す。あれを、食らうと、やばいね」
「魔鬼って、あのー、一本角の悪鬼のニュータイプ? 」
「そう」
「襲ってきた三匹の悪魔とでは、どっちが強い? 」
「一概には言えない。しかし、強いか弱いかを見分ける簡単な方法は、角の大きさだ。歳を経た鬼は、角も大きくなる。さ、中に入るぞ」

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