優等生の秘密
アサト:作

■ 34

「辛気臭い顔してんな。」
「俊樹……」
 いつの間にか、背後に俊樹が立っていた。学校の玄関だと言うのに、かまわず煙草の箱を手にしている。
「ちゃっかりテストの時間確認して、準備万端だな。」
「そんなこと……」
 ない、と言いかけたのを、本当に? という思いが止める。貢太は、自分が何人もいるような、そんな感覚に襲われていた。
「まぁ、あのでかい奴は何とかする目処が立った。後は明日、俺達は早めにここへ来る。それだけでいい。」
 俊樹はそう言って、煙草を一本取り出して、口にくわえた。火はつけずに、そのまま学校の外へゆっくりと歩いていく。貢太は慌てて靴を履き替えて、俊樹の後を追った。
「おいおい、あんまりついてくるなよ。不良がうつるぜ?」
「けど……」
「まぁ、明日だ、明日。楽しみだ。」
 俊樹はそう言って、貢太に背を向けたまま歩き始めた。どこからともなく現れた、茶髪にピアスの男と、金髪の男が俊樹について歩く。制服姿で堂々と煙草をふかしながら、三人は歩いていった。
 貢太はそんな三人の背中を眺めながら、自分だけが違う世界にいるんじゃないかという疎外感を覚えていた。
 家に帰ってからも、その疎外感は消えなかった。母親は、最近貢太が真面目にしているため、あまり貢太に関わらなくなっていた。成績以外のことは、本当にどうでもいいんだな、貢太は心の中でそう呟いて、台所に立って夕食の準備をする母親の背中を見た。貢太が小学校に上がる前ぐらいまでは、確かに細かったその身体は、今では見る影もなく太り、ブラジャーが食い込んだ背中はボンレスハムを連想させた。聡子の美しい身体から比べると、雲泥の差だ。
 ふいに、貢太の横を父親が横切っていった。いつの頃からか、父親は挨拶一つ、ろくに言わなくなっていた。気がつけば仕事に出ていて、気がつけば帰って来ている。そんな人間だった。スーツを脱いでネクタイを緩めただけの姿で、父親はソファに腰掛けて、帰りに買った夕刊を広げていた。その目は死んだ魚のようによどんでいて、その表情は疲れ切っていた。
 この家に、自分の事を気遣ってくれる人間などいない、分かってはいたが、この日の貢太にとって、それは耐え難い事実だった。逃げるように自分の部屋へ入り、ドアを閉めると、着替えもしないでベッドに身体を投げ出した。
 そんな中でも、頭の中には聡子の事が思い浮かぶ。白い肌に、黒い髪、猫のように挑発的で妖艶な目、桜色のふっくらとした唇、美しいラインを描く身体……その存在全てが、貢太にとっては魅力的なものだった。その姿を思い描くだけで、貢太は自身が膨張するのを感じていた。
「明日こそ、明日こそ……」
 うわ言のように呟きながら、辛い現実から逃げるが如く、貢太は自身を扱いた。想像の中で悶え、喘ぐ聡子の姿は決して自分の名を呼ばない。
『京介……』
 そう呼んでいる彼女しか、貢太は知らない。その事実に、押しつぶされそうな虚しさを感じながらも、貢太の手は止まらない。
「っ……く……!!」
 先端から迸る白濁液は、まるで自身の切なさや虚しさが詰まったもののように思えた。後味の悪い自慰行為そのものを捨てるかのように、貢太は丸めたティッシュをゴミ箱にねじ込んだ。

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