優等生の秘密
アサト:作

■ 48

 待ち合わせたのは、電車で二駅離れた場所にある繁華街だった。行き交う人々は貢太に目もくれずにそそくさと歩き去っていく。顔見知りと会う確立の低いこの場所なら、逢瀬には丁度いいだろう。
「ごめんなさい、待たせたかしら?」
 ふいに背後から声がして、振り返ると、そこにはマタニティドレスと思しきワンピースを着た聡子が立っていた。お腹だけが少し目立つようになってはいたが、以前と変わらず、美しい身体をしている。その姿に、貢太は思わず息を呑んだ。
「いや、俺も、今来た所……」
「そう、それはよかったわ。」
 聡子はそう言って、にっこりと微笑んだ。以前の妖艶な笑みではなく、どこか年相応の少女のような明るい笑顔だった。その笑顔に、貢太は思わず頬を赤らめてしまう。
「それにしても、これだけ見た目変わってるのに、後姿でよく分かったな。」
「横顔、変わってなかったから。」
 その言葉に、また貢太の頬が赤くなる。以前は話しかけるのすら許されないような、別世界の人間のように思えた聡子が、自分と同い年の人間だと思えるほどに、表情も仕草も柔らかくなっている。
「それより、話って……」
「言ったでしょ、二人きりで話したいって。行きましょう。」
 言うなり、聡子は貢太の手を取り、足早に繁華街を抜けた。路地に入り、すぐ、そこがどういう場所か貢太には分かった。ホテル街だ。
「つ、辻野……っ!?」
「あら、二人きりで話すのに、丁度の場所だと思ったんだけど。」
 動揺している貢太とは裏腹に、聡子は余裕の笑みを浮かべている。困惑する貢太を見て楽しんでいるようだ。ふいに、聡子が貢太の胸に顔を埋めた。
「ちょ……っ、辻……」
「静かに!」
 声をひそめて、聡子はそう叫んだ。抱き合う二人の横を、中年のカップルが通り過ぎていく。その女の方の顔は、どことなく聡子に似ているような気がした。
「……親子って、考えることや行動パターンも似るのね。最低だわ。」
 中年カップルが姿を消してから、聡子が吐き捨てるように呟いた。
「親子……って?」
「さっきの女、私の母よ。一緒にいた男は京介のお父さん。」
 聡子の言葉に、貢太は何と言っていいか分からず、ただ二人が消えた方をぼんやりと見つめていることしか出来なかった。
「……とりあえず、中に入りましょう。こんなところで立ち止まってると、目立つわ。」
「そ、そうだな……」
 聡子は貢太の腕に自分の腕を絡めさせると、自分でリードするかのようにホテルへと入っていった。個室へ入ると聡子はすぐにソファへ腰掛けた。
「やっぱり、お腹にもう一人いると、予想以上に体力使うわね。」
 そう言って、小さくため息をついたが、そのため息はどこか幸せそうな音を含んでいる。お腹を擦る手は細く、その聡子の姿に、貢太は今までとは違った魅力を感じていた。
「辻野……その、お腹の子供……」
 聡子の姿を見ていれば、嫌でも自分のしでかした事の大きさを見せ付けられてしまう。そんな貢太の様子を察したのだろう。聡子は少し困ったように微笑んでから、口を開いた。
「安心して。この子は、貴方の子供じゃないの。」
 聡子の言葉を、貢太はすぐに理解する事が出来なかった。
「それって、どういう……」
「貴方が、私よりいい成績取った日があったでしょう? あの日……私は京介の子供を身篭ったの。」
 聡子はゆっくりと話し始めた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊