2002.10.06.

淫辱通学
01
木暮香瑠



■ 始まりは、卑劣な痴漢

有紗

「早く起きなさい! 有紗。学校、遅れるわよ」
 母の声に、有紗は、ゆっくりとベッドから起きた。パジャマから制服に着替えてるとき、また、母の声がした。
「大丈夫なの? 遅刻するんじゃないの?」
「大丈夫!」
 有紗は、キッチンの母に言った。

 電車通学の有紗は、いつも早い電車に乗って通学している。30分あとの電車でも、十分に始業時間に間に合うのだが、満員電車を嫌ってのことだった。30分あとの電車は、通学・通勤が重なって、いつも満員なのだ。その時間帯の電車を利用する学校も多く、いろんな制服の学生と、通勤に利用するサラリーマン、OLでぎゅうぎゅう詰めになる。そんな状況の女学生やOLを狙う痴漢も多いと聞いている。幸い有紗は、ラッシュを嫌って早い電車に乗っているため、痴漢の被害には遭わずに済んでいた。クラスメートとの会話の中、痴漢に逢ったという話はよく聞かされていた。

「おかあさん、ひどいんだよ。数学の先生!」
 制服に着替えて、ダイニングに来た有紗は言った。
「何がひどいの? 先生を悪く言うのは感心しないわね」
「夏休みの数学の宿題、提出しなくて言いから、その代わり小テストだって言うんだよ」
 有紗は、ちょっと口を尖らせ不満気に言う。
「そう、先生も考えたわね。提出だけじゃ、あなたみたいに友達のを写すだけの子もいるからよ」
 母親は、テキパキと有紗の為の朝食を並べながら言った。
「そのおかげで、昨日は寝たの遅いんだ。きっと、最初からそのつもりだったんだよ、先生。それなら、最初からそう言っててくれれば、夏休み、有効につかえたのに」
「それはいいけど、あなた、間に合うの?」
「間に合うよ。満員電車に乗らなくちゃいけないけどね」
 有紗は、簡単な朝食を済ませ、出かけていった。

 思ったとおり、聖愛学園へ向かう電車は、込んでいた。四十数分の間、我慢しなくてはならない。有紗が、電車に乗って四十分以上かかる高校に通う羽目になったのは、小学時代から空手を習っていたのも一つの原因になっている。空手の腕も、力はないがそのスタイルのよさと切れのある動きは見るものを魅了した。中学の時には、「型」の部門で県大会で優勝するほどだった。全国大会にも出て、その整った顔立ち、愛くるしい瞳から、「美少女拳士、現る」と雑誌に特集されるほどだった。男性の中で空手を習っていれば、どうしても男っぽくなってしまう。高校生になるまで、自分のことを「ボク」と言っていた。空手を習うのも、有紗自身の希望だった。もともと活発なほうだった有紗が、これ以上男っぽくなるのを心配した両親が、女子校であり良家の子女が多く通う聖愛学園を選んだのだ。空手を習うことも止めさせられた。それは、正解だったかも知れない。二年生になった今では、自分のことをちゃんと「わたし」と呼ぶようになったし、髪も肩まで伸ばし、少女と呼ぶに相応しい制服姿が様になっていた。もともと小顔で、瞳が大きく整った顔立ちの有紗は、聖愛学園の制服と肩まで伸びた黒髪がよく似合い、空手で鍛えた引き締まったスタイルと姿勢のよさは、中性的な魅力に満ちていた。

 9月になったと言っても、まだまだ暑い日が続いていた。ラッシュの電車の中は、冷房の吹き出す風さえ跳ね返すほどの人で、身動きさえ出来ない。女子学生のリンスの香り、OLのコロンの香り、サラリーマンの汗の臭いが混じりあった生暖かい空気が、全身を包んでくる。
「あああ、やっぱり早起きすればよかった」
 有紗は、この電車に乗ったことを悔やみ始めていた。身長160cmの有紗は、周りを170cm以上のサラリーマンに囲まれ、視界を遮られていることも気を重くさせた。

「だめ……、やめて……」
 周りを囲んだ男性の肩越しに、流れていく窓の外の景色を眺めている有紗の耳に、小さな声が聞こえてきた。
(えっ、なに?)
 電車の騒音でよく聞き取れなかった有紗は、聞き間違えかと思い耳を澄ました。
「さ、触らないで……、そんなとこ……」
 有紗は、声の主を探した。サラリーマン達の肩越しに辺りを見渡してみる。
(聞き間違いかな?)
「いやっ、だ、だめ……。そこは……」
(間違いじゃない。痴漢だ! 誰か、痴漢に逢ってる)
 もう一度見渡すと、ドアの傍に一人の女性が頬を染めて俯いているのを見つけた。サラサラの黒髪を背中まで真っ直ぐに伸ばした、細面のおとなしそうな女性だ。その女性は、有紗との間に男性二人を挟んだ向こう側にいた。

 有紗は、サラリーマンの間に肩を割り込ませ、場所を移動した。サラリーマンが、怪訝そうに有紗を見下ろす。
「ちょっとすみません」
 そう言いながら、サラリーマン二人の向こう側の女性の傍まで行った。女性の着ている制服も、有紗と同じものだ。聖愛学園の生徒だ。背中まで伸ばした髪を揺らし、窓の外を向いた女性の後ろに、痩せ型の男性が身を寄せている。大学生だろうか、スーツでも学生服でもない私服姿の男だ。ギューギュー詰めの状態をいいことに、身長175cmはある身体全体を女性に密着させている。色白の女性は、頬を赤らめた顔で俯き、荒い息を吐いていた。
「はあ、はあ……、あう……、ううう……」
(やっぱり痴漢だ。……この娘、感じてるの?)
 有紗は、視線を下に落とした。痴漢の手が、女性のスカートを捲り、もう一方の手がその中に隠れている。男は、股間で大きくなっているものを女性のお尻に擦りつけながら、はあ、はあ、と息を女性の首筋に吐きかけていた。
(許せない、痴漢するなんて!)
 有紗は、スカートを捲っている男の手首を取り、捻り上げた。空手道場で、護身術として教えてもらった合気道の関節技が見事に決まり、男が悲鳴をあげる。
「い、いてて……、何するんだ」
「こ、この人、痴漢です」
 有紗は、男の手を背中に廻すように捻り上げる。男は、眉を歪め悲鳴を上げながら首を横に振る。
「ううっ、ううう……、ち、違う……」
 ちょうど駅についた電車は、有紗たちの側のドアが開いた。有紗と男は、ホームに出る。男の手は、背中で捻り上げられたままだ。

 有紗は、ホームにいた駅員に男を突き出した。
「痴漢です。痴漢です。この人、痴漢です」
「ううっ、ううう……」
 男が悲鳴をあげているのを見て、駅員が驚くように言った。男より15cm以上身長の低い少女に、手首を締め上げられている。
「この男が痴漢ですか?」
「はい、この人、痴漢してました。痴漢です。……」
 有紗は、ドアのところにボーッと立っていた少女を振り返りながら言う。
「ねえ、あなた! お尻触られてたよね!」
「えっ、ええ……」
 少女は、急な展開にどうしていいのか分からず、曖昧な返事をした。

 電車のドアが閉まることを告げるベルの音がホームに響いた。
「あっ、大変!!……。遅刻しちゃう! は、早く、早く……」
 有紗は、男を駅員に押しやった。そして、少女の手を取り、締まりかけたドアの飛び込んだ。二人が飛び込むと同時に、ドアが閉まった。

 痴漢騒ぎに、ザワザワとする中、電車は走りだす。有紗とその女性は並んでドアの脇に立っていた。女性は、有紗より少し背が高い。165cmくらいだろうか。
「わたし、2年の高木有紗。あなたは?」
 しばらくの沈黙の後、有紗は、痴漢に逢っていた女性に話し掛けた。
「3年の小林美由紀」
「先輩なんだ。でも、黙ってちゃダメだよ、痴漢に逢ったら。声を出せば、痴漢は逃げちゃうんだから」
「う、うん。今日は、ありがとう。助けてくれて……」
 ガッタン、ゴットンと音を響かせながら、電車は有紗達の通う聖愛学園のある街に向かって走っていった。

 権堂康次は、公衆の面前で受けた恥辱に怒り狂っていた。
「ちきしょう! だだじゃ済まさんぞ、あの女……」
 眉を吊り上げ、怒りに肩を震わせている。痴漢を発見されたうえ、自分よりはるかに小さい少女に逆手を取られ締め上げられた。そのことが怒りに拍車をかけていた。
「あの野郎! 絶対見つけ出してやる。そして、俺の受けた辱めよりもっと酷い目に逢わしてやる」
 権堂は、有紗に駅員に突き出された後、証拠不十分で開放されていた。痴漢行為は誤解だと言い張り難を逃れたのだ。有紗達が立ち去った為、痴漢行為を証明できるものは何もなかった。証拠がない以上、駅員も権堂を捕まえることは出来なかった。
「確かあの女、聖愛学園の制服を着ていたな。見つけ出して酷い目に逢わしてやる」
 有紗は、謂れのない恨みを買っているとは知らないでいた。



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