2007.11.22.

アルバイトリンド
01
一月二十日



■ 1

「そこそこかわいい女の子が、そこそこイケる男の子と、そこそこお金になることを始めることって出来るかなぁ…?」
「なに言い出すの? 急に。」
「ん? うん…」
「また何か途中で終わってしまう物語でも思いついた?」

日曜の夕方のハンバーガー屋。
僕は土林という国文科の大学生だけど。
音読みすれば「ドリン」だ。
いつの間にかそれが訛って「リンド」になった。
僕の前にいるのはミミという同じ学部の女の子。
童話作家になりたがってる。
別に恋人じゃない。
でも彼女とは奇妙な約束をしている。
来年セックスしようって。
そうやってそれまでお互い期待に興奮しながらこうやって会っているんだ。

「紙の上に言葉書くのに飽きちゃったんだ…」
「そりゃそれだけ未完成品ばかり作ってちゃ嫌になるよ…な、ミミ…」

(とにかくひとつ書き上げなよと言いたかったのだが)

「ね、リンちゃん?」
「え、え?」
「あのさぁ、私思いついたんだけど…」
「え?」
「紙の上じゃなくさぁ、先にね、やっちゃうの。」
「え? 何が言いたいの?」
「物語…お話…先にやっちゃってさ、んでね、それを写すの、紙に、私が。」
「う〜ん、半分は分かるけど、そのお話っていうのはなんなんだい?」
「来年、私とあなた、セックスするもんね〜」
「おいおい、ここでなに急に言うんだよ。」
「ううん、ちょっと考えちゃって興奮しちゃった。」(笑)
「物語は!?」
「あ、う〜ん、それとちょっと関係したこと。」
「え?」

「リンちゃんさぁ、八木先生のこと意識してない?」
八木先生…八木恭子先生は心理学の講師だ。確か肩書きは助教授だったと思う。年齢は29。微妙に色気が出る年齢だ。
ミミの言う通り僕は八木先生にムラムラするものを持っている。「八木先生」って聞いただけで身体が反応する。
一度八木先生の授業で質問があって、講義が終わったあとの広いホールで…八木先生の授業は人気があるから小さい教室では追いつかないのだ…先生と二人きりになった。
先生は謙虚で真面目な人だから、片付けが済むとわざわざ壇上から降りて、僕の座る真ん中辺の席まで来てくれた。
八木先生を見ると、まずどうしても胸に目が行ってしまう。紺のスーツから覗く白いブラウスを突き上げるその胸を、僕はどう表現していいかいつも考えていた。
そしてすべてを数字で表す快感を発見した。
八木先生の乳房の高さ=15pくらい
八木先生の乳房の直径=18cmくらい
八木先生の身長=155cmくらい
八木先生の足の大きさ=22cmくらい
八木先生の身体の重さ=50kgくらい
八木先生の手の中指の長さ=8cmくらい
八木先生の上唇の高さ=1.2cmくらい
八木先生の目の最大の高さ…分からない

分からないから質問した。
八木先生の目をじっと見て、僕の質問に驚いた時に見開かれた目の高さを記憶しようと思って。

「お待たせしました。」
先生は僕の目の前に立った。
一瞬先生の腿しか視界に映らなかった。
なぜか僕の頭はその画像を記憶した。そして反射的に腿の直径を探り始めた。

八木先生の腿の直径=18cmくらい
あ、乳房の直径と同じくらいだ…と思った時、その乳房が視界に入った。
先生は僕の前にしゃがんだのだ。
そして僕の顔を見ている。

「質問って?」

先生の眉ははっきりしている。
髪と同じ綺麗な黒で、手入れしなくても充分美しく揃って伸びている。
睫毛も濃くて長い。
肌は透き通るほど白くてきめが細かい。
だから毛色の黒がより映える。
ごくごく日本的な色彩だ。
えてしてこのタイプはあの部分の毛も濃いと思う。
などと瞬間的に僕の頭は推測してしまう。

「あ…えっと、先生は驚愕の心理と目の開き具合について考えられたことってあります?」
「は?」

あ、目が見開いた。
元々くりくりした瞳だけど、こうして不意を突くと小さく爆発したみたいにより大きく感じる。

「え? 土林君、今なんて言った? え? 目と? 何?」
「いや、驚愕、つまり驚きです。」


「リンちゃん?!」
「え?! …あ、あぁ…」
「また考えてた? 八木先生のこと。」
「あ…あ、うん。」
こっちがミミに不意を突かれてしまった。

「私ね、知ってるんだ…」
ミミはすっかり薄くなったコーラをチューチュー飲んだ。
「え、何…」
「八木先生の…秘密って言うのかな?」
「秘密?」
「うん…まぁ偶然見たんだけどね。」
「何を?」
なんとなく妖しい香りがした。
「ねぇ、何をだよ、ミミ。」
「うん、八木先生、男を買ってると思う。」
「え?!」
信じられない。あの学問一筋…とまでは行かなくても、常識と上品と貞淑の塊みたいな八木先生が?
男…買ってる? って。
「でもあれは八木先生だよ、間違いない。」
「いったいいつ? どこで見たんだよ?」
「○○…それも夜よ。」
○○とは、この街の繁華街だ。
この一帯は夜になると飲み屋やホテルのネオンで一遍に妖しくなる。ナンパも多いし、暴走族も走り回る。
それを追って警察がうろうろする。そんな所にあの八木先生がいること自体信じられない。
しかしミミはなぜそんな時間そこにいたんだ?
「なぁ、ミミは何しに行ったんだ?」
「ん? あぁ、高校の時の先輩に会いにね。ちょっとした相談聞きに行ったの。」
「ミミが相談に?」
「ううん、先輩がね、ちょっと男のことでさ。」
「へぇ、後輩のミミが相談にね。」
「かなり年上の男性に恋したんだってさ。それも不倫みたいよ。」
「へぇー、それは辛いな。」
「でもその先輩、なんか相手の気持が分からなくて不安みたいね。」
「ふーん。」
「あ、逸れちゃったね。」
「あぁ、そうだよ、で、なんで八木先生が男を買ってるなんて分かるんだい?」
八木先生の身体の至る所が数字になって駆け巡った。

「簡単なこと。ナンパしてたんだもん。」
「ナンパ? …って先生がしたの? されてたの?」
「意外な方。」
「意外って…え? 先生が?」
「うん、あれは絶対そう。」
「え? どんな具合に?」
「うん、見事に至近距離で見ちゃったの。先輩とね、飲みに行ったパブから出た時ね、向かいの店の前でさ、若い男が何人か話してたの。私たちとその子らとの間にフッと人が止まったの。それがね…」
「せ、んせい?」
「うん。びっくりした。」
「何か聞いた?」
「うん、あんまりびっくりしたから思わずちょっと逃げた。で、振り向いたら、先生とその子らがこっち向いて歩いて来てたの。」
「で?」
「ちょっと後ろ向いてやり過ごして、先輩とさ、後つけてみたの。」
「うん。」
「そしたらね、入ったの。」
「どこに?」
「ラブホよ。」
「え? 数人で?」
「うん。数人だからさ、あれ、絶対買ったって思ったのよ。」
「買われたんじゃなく?」
「あんたさ、ま、見てないから仕方ないけど、あの子らどう見てもお金持ってないよ。どっちがお金持ちかくらいあの場にいたらリンちゃんだって分かるよ。」



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