2007.11.03.

皮膚の壁
01
一月二十日



■ 1

でも疑心暗鬼という鬼が頭の中を駆け回って仕方がない。
もう充分だろう?
真美はこうして自分の隣でいびきまでかいて眠っているじゃないか。
真美に愛撫の麻酔をかけて陶酔の密室に追いやった陰で、真美の真紅の髪に混じった白髪の一本、太股の毛穴に出来た赤黒い吹出物、充分手入れされた手の爪の輝きと対になった足の爪のかすかなゴミまで、恥ずかしい部分を至近距離で眺めて、その一つ一つに鼻を当て、掃除機の様に思い切り吸い込んだんだ。
そして真美はきっと、そんな部分まで見せてもいいと思って裸になったんだよ。その事実を「勝ち」と喜ぶべきじゃないのか?
それでもまだ鬼は踊るのか…?

「真美…」

私が許せないのは行為の後で真美がパンティーを履いたこと。
当たり前のことじゃないかと自分に言い聞かせるのだが…あぁ、なぜ納得しないんだ? 私の心は。
切なくなって布団を捲る。
真美の白い肌が露わになる。
まるで死んだ少女の様に真美は動かない。だらしなく口許が開いている。その横顔から視線をずらすと、25の年齢にしては幼な過ぎる黄色掛かった桃色の乳首が浮き沈みしている。その周りの乳輪にはぽこぽこと白い乳イボが立っている。 
乳輪は小さな乳房から一段上がって己を主張している。その勢いはそのまま乳首をツンと立てている様だ。それは起きている時の真美の気性そのままだ。
そうだ、この気性の強さと、甘える時に歪む真美の白猫の様な顔のギャップに私はのめり込んで行ったのだ。
そしてそんな時、真美は絶対に私から離れないと言う。そうまで言って、こうして全てを曝け出した真美をなぜ信じられない?
そう思いながら眺める真美の胸の上で、ふたつの乳頭が薄明かりの中で先を光らせている。
私は狂気の視線でその光を眺めている…
…右手がパンティーに掛かった…

真美はピクリともしない。すっかり眠りの世界に入っている。私は身を起こし、サイドから両手で慎重にパンティーを下ろす。尻・恥丘・表腿・裏腿と、あちこちに引っ掛かりながらもどかしくパンティーが下りて行く。
脛まで来るとパンティーはスーッと流れる。真美の脚の細さを手に感じる。今日会った時、黒いストッキングに包まれていた脛が今、白く儚い。それを思うと、そこにある細かな毛穴がたまらなくいとおしい。点在する紅い吹出物…少女の様な脚…
鼻を近付け、舌を出し、少し舐めた。

踵に掛かったパンティーを膝を片方ずつ折って外して行く時も、真美は全く動かなかった。
自制の利かない真美の体重の一部を片手で引き寄せ、パンティーを抜いて伸ばす。
その時は丁寧に真美の踵を手のひらに包み込む。
すっぽりと手のひらに収まる踵の冷たさを少し温めて。
そうしていると自分の体温が真美の踵から脚を伝って、秘部へ伝わり、また真美を少し洗脳している様な、微かな征服感を味わう。
しかしこの小さく軽い、少し桃色掛かった真美の踵を握っていると、なんでこんな小娘の虜になってしまったのだろうと悔しさを覚える。

「電話しちゃいけないんですか?…」
眠っている真美の枕許にあるワインレッドの携帯…
そう、かつてこの携帯から真美は私に何度電話をして来たろうか?
そしてその度私は何の驚きもない声で「もしもし」を繰り返した。
「あぁ、何?」
もしもしの次に必ず出るセリフ。
驚かなかったのではない。驚く暇もないくらい嬉しかったのだ。
嬉し過ぎて感情が声に乗れなかっただけだ。
「あ、電話しちゃいけないんですか?」
真美は毎回少し怒った様に、いいや、がっかりした様にそう言う。
「え? そんなことないけど…」
と、私は平坦な口調のまま、言ってはいけない「けど」を言ってしまう。
「『けど』って? やっぱりいけなかったんだ…」
電話の向こうで真美は口をとんがらせる。
「いやそんなことないよ。何?」
「あ、やっぱり迷惑なんだ…何? なんて迷惑そうに聞く…」
「いや違うってば。」
「何が違うんですか?」

と、毎回こんなやり取りで始まっていた私と真美の初期の日々。
真美の声は、その育ちや風貌に反して気品がある。
その声が最も似合う「ですます」口調と、最もギャップがある「おねだり口調」を感情のまま交える真美の話し方は、私の中にある「知」と「痴」を同時にくすぐった。
そしてそれは今、本物の気品になりつつある。
真美のこの紅い髪にOLのスーツを許すあの男が出て来てからは。

あの男が私の上司になった時の第一声は
「君の心が見えんね…」
だった。
自分の心…
「嬉し過ぎて声が乗れなかったんじゃない…あの時…」
私は真美の踵を手のひらに載せたまま思わず呟く。
「天邪鬼だ。」
自分でもこうして自分の心が見えなくなる。
そして知らない間に私は何もかも失って来た。
あの時あの男の質問に私は「ですが…」「なんですけど…」を繰り返していた。
そしてその後私は会社での地位を徐々に落として行った。
真美からの電話もそれに比例して回数を落として行った…
私の隣には必ず天邪鬼がやって来る。
そしてそいつのせいで真美のこの儚い身体が、いつか空気になって行きそうな気がする。
もう一度思い出そう、初めから。
真美の足先の爪がゆらゆら揺れて光っている…

その男の来るまでの私の上司…私の勤め先は建築会社で元々私は現場で建物を造る労働者であった。上司は営業部長で、時折現場視察に訪れていた。上司と私はひょんなことから上司の視察の度、世間話をする間柄となっていた。…は、私のいい意味煮え切らない様な所が逆に営業的能力であると言い、一介の現場にいた私を営業部に引き抜いた。
「君のそのなんともはっきりしない物言いには、相手をはぐらかす魅力があるね。」
私のその軟派な物言いは、上司の狙い通りある程度の実績を上げて行った。私はただ、もっともらしい企画を立て、その曖昧な物言いで相手をその気にさせ契約を取り、後はただこまめに足を運び、曖昧な褒め言葉で相手の信頼を得、トラブル発生の折もまたはぐらかす口調で本当にトラブルをはぐらかせて相手を曖昧に安心させていた様だ。トラブル解決に当たる現場の者にも、曖昧な怒りと笑いを以ってその不満をはぐらかせていた。
そんなはっきりしない日々の中に、真美が現れたのだ。それは能面の様な真美の表情そのままの、ごくごく地味な出現であった。

真美は上司の遠縁にあたった。
真美の家系は実はある風光明媚な土地の旧家だったが、真美の父親の放蕩が原因で、真美が生まれた頃はその家は既に無く、父親は真美の母親を残して行方をくらましてしまい、真美自身父親の顔を知らずに育ったらしい。
実は父親の放蕩は真美の母親の浮気に端を発していたらしい。それは私が真美と出会って後日、上司から聞かされた話だった。
真美の父親は母親を責めたが、母親は豪胆な女性で、反省するどころか開き直って次から次へ男を替えた。それはまるで父親を精神的に陵辱する如くであったらしい。とは、真美が眉間に皺を寄せて私に語った話だった。
しかし父親はそんな母親しか愛せなかった。そして陵辱を忘れる様に賭け事や浪費に走った挙句、何もかも失ったというのだ。
母親は真美を祖母の家に預けたまま「ニ人暮らし」…パトロンを得てはその男の家に寄生するその繰り返しを続けていたそうだ。
後日私が真美と親しくなって不思議だったのは、真美がそんな母親を電話口で汚く罵りながらも、反面労わりの言葉をそこに混ぜていることだった。

「抱いて…」
「ん?」
真美と初めて二人きりになった自分の車の中で真美と唇を交わす…即ちこの疑心暗鬼という鬼の卵が植え付けられた瞬間の会話がこれだ。
真美は私が何かを聞こうとしたら必ず抱擁を求めた。
「抱いてくれたら話すから。」
絶えずその細い身体は何かに怯えている様だった。
怯えてだんだん細くなったのかと思うくらいだった。
真美の身体を抱きしめると、抱いている自分の腕が真美の呼吸に同調して膨らんだり縮んだりした。
そのリズムに目を瞑って、暫く一緒に呼吸していた。
体温が交流し始める。
そのうちにいつも唇を吸いたくなった。
腕の力を緩めると
「ん?」
真美は猫の様な目を怪訝そうに輝かせて私を見た。
「なんで僕に話す時は口調が違うの?」
「あんただもん…」
私は毎回その質問をした。それは真美という女性を独占した自尊心の確認だったと思う。
「ん? なぁに?…」
そして真美のその言葉を待って唇を合わせた。
「まさかこうなるとはね…」
「…ホント。」

上司が初めて真美を私に紹介した後、上司は密かにこう言った。
「この子は君に面倒を見てもらう。実は歪んで育った所があると思うから、人に馴染めないと思うんだ。人を信じずに育って来た子だから。君ならこの子をなんとか社会人の端くれくらいまでには持って行けるだろう。頼むよ。」
その言葉を忠実に実行しようと、改めて私の所へ連れて来られた真美に先ず微笑んでみたが、返って来たのは氷の様に固まった猫の目だった。



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