2006.02.28.

母はアイドル
01
木暮香瑠



■ アイドルが家にやってきた1

 耕平は、五日間の合宿を終え、家路に急いでいた。バンド仲間の龍一と一緒に……。

 耕平は、仲間たちと四人でロックバンドを結成している。メンバーの一人、小林龍一が父親の伝を頼り別荘を借りることができた。龍一の父親はカメラマンをしており、芸能人とも人脈がある。その知人の一人が別荘を貸してくれたのだ。それも、小さいながらも録音スタジオがあり、バンドの練習にはうってつけの別荘だった。知人の好意により、ドラム、キーボード、アンプなど使わせてもらえると言う好条件。何より、ドラムとかキーボードなど嵩張る楽器を持ち込まなくて良いのは夢のような条件だ。特に、キーボード担当の耕平とドラム担当は、大喜びした。避暑地の別荘は、周りに気を使うことなく練習が出来るし、外に出れば自然を満喫でき気分転換も出来る。高校生活最後の学園祭に出演するための練習合宿。メンバー全員が、心弾ませ練習に励むことが出来た。

 音楽漬けの五日間を過ごし、心地よい疲労感の中、同じ最寄り駅の耕平と龍一は電車に揺られていた。残りのメンバー二人は、ひとつ前の駅で降りた。

「夏休みもあと一週間か……。宿題も残ってるしな……」
 高校三年生の耕平は、残りの夏休みのことを思って溜め息をついた。受験生でもある耕平は、これからの受験生活を思うと、高校生活最後の夏休みに音楽漬けの生活を味わえただけでも幸せだと思う。
「龍一、お前、宿題済んでんのか? 今度こそ落第点取るぞ?」
 耕平の問いにも返事が無い。龍一を見ると、ヘッドホンで音楽を聴いていた。

 耕平は、龍一が勉強をしているところを見たことが無い。勉強をしている気配も無い。ギターを弾いているか、女の子と遊んでいる龍一しか見たことが無いのだ。しかし不思議に赤点が無い。いつも赤点すれすれなのだ。龍一が赤点を取らないこと、学校を留年しないのが不思議だ。

 龍一は、学校でも評判のプレイボーイだ。バンドのリードギターを担当している龍一は、実際、女に持てた。180cmの長身に、ちょい悪の顔、少し危険な感じを漂わせる雰囲気は女たちの注目を浴びる。ギターテクニックも素晴らしく、プロに通用するのはバンド仲間でも龍一だけだろうと言われている。そんな龍一の演奏を聞きたくて、ライブに来る女の子も多い。そんな龍一だから、彼女がいなかった事なんてない。それも毎月、彼女が変わる。学校内に一人、他の学校にも彼女がいるなんてこともしばしばだ。そして、付き合いが一ヶ月もてば良い方で、何人の女の子が龍一に泣かされただろう。その全員と肉体関係を持っていると言うのは事実みたいだ。街で見かける龍一はいつも女と一緒で、近くにラブホテルがある場所でだ。

 そのような龍一を見て、悪い噂も立っている。落第しそうな科目の担任に、自分の彼女を抱かせて買収していると言うのだ。この噂も本当かもしれない。バンド仲間も耕平も、龍一とはバンド練習の姿しか知らない。集まっても、音楽の話か女の話しかしない。プライベートで知っていることと言えば、親父さんと二人暮しで、親父さんはプロのカメラマンと言うことぐらいだ。
 親子二人暮しと言う事は、耕平と同じ境遇である。耕平も、十二年前に母親を亡くしてからは、中学教師をしている父親と二人暮しなのだ。耕平は、女癖が悪い龍一に対して嫌悪感を持ちながらも、不思議な親近感を感じていた。そして何より彼のギターテクニックは、彼以外スターメンバーのいないバンドには欠かせないものだった。

 問いかけに答えない龍一に少しムッとなって、耕平はヘッドホンを龍一の耳から剥がした。ヘッドホンからは、アイドルの歌声が聞こえてきた。
「なんだ、また星野奈緒か」
 ロックバンドが聞くには相応しくない音楽に、耕平は舌打ちした。

 星野奈緒、今、一番注目されているアイドルだ。今年の春公開された映画で主演を演じ、好評を得た十七歳の女優。CMにも多く登場し、知らぬ者がいない正統派美少女女優だ。初主演で演じた女子高生役の彼女は、膝丈のスカートから伸びたすらりとした脚と大きな瞳、さらさらの背中の中腹まである黒髪、そして誰もを癒してしまう笑顔で一躍トップアイドルに伸し上がった。お年寄りから子供まで好感を得ている。もちろん一番のファン層は十代から二十代の若者だが……。龍一が聞いていたのは、その映画の挿入歌として彼女が歌った初シングルだ。

「星野奈緒ちゃん、かわいいだろ」
 龍一は、胸ポケットからトレカを取り出し自慢げに見せる。
「可愛いけど、どこがいいんだ? 歌だってそんなに旨くないぜ? 第一、歌謡曲じゃないか。お前にそんな趣味が有ったなんて聞いたことないぜ」
 プレイボーイの龍一の趣味とは違う清純派の星野奈緒のトレカを見て、耕平は呆れたように言う。
「声がいいんだな。この声……」
 龍一は最後の言葉を濁した。その声、奈緒の声は、なぜか龍一の心に心地よく響いた。なぜだか判らないが、懐かしささえ覚える。もう記憶も薄いが、六年前、父親の女癖の悪さに愛想を尽かして離婚した母親、龍一父子を捨て家を出て行った母親に似ている気がする。本当に似ているかは定かではないが、そのような懐かしさがするのだ。いや、妹がいたら、こんな声なのではないかと言う親しみさえ感じていた。

「龍一、抱きたいんだろ。龍一にとって女は抱くものだからな」
 女好きの龍一を茶化すように耕平が言う。
「バカ言うな。奈緒にそんなこと出来るわけないだろ」
 龍一は真顔になって否定する。
「お前、アイドルはトイレにも行かなけりゃ屁もしないなんて思ってんじゃないのか?」
 演奏中以外見せたことのない真剣な顔が可笑しくて、耕平は龍一を冷やかした。
「そんな訳ねえだろ。アイドルって言っても、たかが女だぜ。他のアイドルは、所詮男たちのマスターベーションの為にいるんだぜ」
 いつもの女好きの表情に戻った龍一は、そう言い終えたあと真顔になる。
「でも……、奈緒はそうかもしれないって思ったりもするな。実際、そんなこと無いだろうけど……」
「当たり前じゃないか」
 いつもと違う雰囲気を感じ取った耕平も、真面目な顔になる。
「どちらかと言うと、彼女より妹にしたい女の子だな。なぜか抱く気が湧かねえ……、珍しい女だよ」
 耕平は、星野奈緒が『妹にしたいアイドル』でNo.1に選ばれていたことを思い出した。化粧っけのない顔、トリミングしなくても形のいい自然な眉毛、それでいて華がある笑顔……、それに喋り方も、今時の女子高生のようにチャラチャラしていない。確かにあんな妹がいれば自慢の妹になるだろう。
「プレーボーイのお前らしくない台詞だな」
「オレだって真面目なとこ有るんだぜ。音楽と奈緒に対しては真面目なんだ」
「そんなこと言っていいのか? あの娘、結構スタイルいいぜ。お前好みの巨乳だぜ、我慢できるのか?」
 耕平は、星野奈緒が昨年ブレイク前に出した写真集を思い出した。「ラスト水着写真集」と副題の付いた写真集に写った彼女は、あどけなさの残る顔に大きな胸が話題になった。その写真集を発売後、女優一本に活動を絞ると発表し雑誌に水着のグラビアが載ることは無くなった。そして、出演した映画が大ヒットし押しも押されぬ人気アイドルとなった。
「まあ、会ったこと無いからなんとも言えないがな」
 龍一は冗談ぽい笑みを浮かべてそう言うと、ヘッドホンを直し再び星野奈緒の歌を聴き始めた。

 しばらく電車は走り、耕平と龍一が降りる駅にたどり着いた。
「これから一週間で宿題か……」
「大変だな。俺には関係ないけど」
「関係ない? お前だって受験するんだろ? 大学。受験勉強もそろそろやらないとまずいだろ」
「俺は大学へは行かない。高校卒業したらプロになる。あるバンドから誘われてんだ」
 龍一のテクニックならありえる話だ。この前のステージにも、明らかに学生ではない観客が数人いた。一目で業界人とわかる格好の観客が……。
「だから、今度の学園祭が最後だ、みんなと一緒にやるのも……」
「そうか……」
 耕平は、それだけしか答えられなかった。自分の好きなことに真っ直ぐな龍一を羨ましく思う。女も、音楽も、龍一は好きなものに真っ直ぐなのだろう。

「じゃあまたな」
 耕平と龍一はお互い反対方向に、各々の家に向かう道を歩き出した。
「あっ、そうそう。すげえDVDが手に入ったから貸してやるよ。本当に凄えぜ! モロだぜ。モザイクなんて入って無い本番物だぜ」
 龍一が振り返り、耕平に声を掛けた。耕平は、サンキューと手で合図する。
「明日持って行ってやるよ。午前中なら家にいるだろ?」
 耕平のOKサインに、龍一も手を振り答えお互い家路に着いた。



 家の前まで来た時、耕平は雰囲気がいつもと違うと感じた。
(何が違うんだろ?)
 不思議に思う耕平は、家を見上げてはっと気付いた。
「あれっ? カーテンが替わってる。どうしたんだろ?」
 二階の三部屋のうち、親父の部屋とその隣の部屋のカーテンが明るいパステルカラーの物に換わっていた。残る一つは耕平の部屋だ。
(オヤジ、どういう気なんだ? それにあの部屋は使ってないぜ)
 普段使ってない真ん中の部屋までカーテンが替わっていたことに疑問を覚えながら、耕平は玄関に入っていった。しかし、家に入るとカーテンのことなどすっかり忘れていた。



NEXT ▼



この小説は、完全なフィクションであり、実在の人物、
団体等と何の関係もありません。
この小説へのご意見、感想をお寄せください。
感想メールはcopyright下のアドレスまで


NEXTBACK TO NOVELS INDEX


18's Summer : 官能小説、恥辱小説とイラストの部屋