2011.12.28.

狂喜への贐
003
非現実



■ くたびれた街3

「それにしても・・・さっきのフロントの奴、嫌な感じでしたねぇ」
「あんなもんだろ、普通に」
「スかね〜ドラマとか結構良質な情報とかくれたりするじゃないっすか」
「ドラマだからだろ、話が進展しないと先に進めないからな」

山手線に揺られながら気怠そうに目黒は言った。
両手で吊革に捕まる五反田ヒデオは納得いかないのか、尚もぶつくさと文句を垂れている。
今回の依頼の対象者こと佐伯タカユキが利用したビジネスホテルでの聞き込み調査は見事に空振りに終わった。
一応場所を変えての逢瀬というのは有り勝ちな話ではある。
不倫相手だった今野マサミいわく佐伯タカユキはそこのビジネスホテルの常連だったらしく、フロントは写真を見せた時点では「ああこの人なら」という表情だった。
だが詳しい話を聞こうとすると、お客様のプライバシーでどうのこうので結局はぐらかされてしまう。
警察機関であればもっと踏み込めるのだが所詮は探偵という一般人、出来る事は限られているのだ。

「明らかにマルタイはあのホテルで出会い系で釣った女の子と会ってましたね」
「まぁな・・マルタイとかこんな所で口にすんな」
「あ、そうでしたね」

叱られた割にはあまり答えていない表情だった。
五反田のヤル気に満ちた態度の初々しさに苦笑しながら目黒は同意する。
助手としての初仕事がこんな難解なものになるとは運の無い奴だな、と少しばかり可哀相にも思えてきた。
今朝、五反田には忠告しておいたのだ。

「これはある程度の事は解っても決して解決は出来ないんだ」

五反田は「ご謙遜を」と言って笑っていたが目黒は確信していた。
探偵はあくまでも情報提供者や対象である人物が確定していないと何も出来ない。
先のビジネスホテルの件もそうだが、探偵という職種には何も拘束力はないからである。
せめて対象者及び関連する人物がいればそこから張り込み等の選択肢が生まれるのだが、今回は対象者は消息不明。
そして関連者であった今野マサミも過去の事例であり、連絡は途絶えているのでまさに全くの0からの状態。
この依頼を受けた時点で目黒は解決を諦めていた。
取りあえずの3日間調査の報酬分、それ以上は期待できない仕事。
完全に警察の仕事である。

「これからどうします?」
「そうだな・・・初心に戻るしかないだろうな」
「と、言いますと?」
「ただひたすら現場を徘徊してるだけ、だ」
「は?」

これからの作業の事を考えると気が重くなるが手段はもう絞られている。
今回初めて助手として五反田を連れているのも、猫の手すら借りたいという理由の1つでもあるのだ。

「風俗紹介所は頭に入ってるか?」
「え・・・あぁ昨日言われた通り勉強しておきましたから大丈夫っす」
「俺とお前とで時計回りに風俗紹介所を回って行くぞ」
「あーーなるほどって・・・マジで?」

五反田が驚くもの無理ない程に明らかな人員不足、かつての眠らない街K町には5つの風俗紹介所が点在している。
それをたった2人でローラー作戦してゆくのだ。

「無理を承知で言ってんだよ、それに駄目元なんだから」
「運良くってレベルじゃないっすよ、そんなの」
「解ってるわっどうせ遭遇なんてしねぇよ、でもそれしか無いんだよ!」

電車内だというのも忘れてつい声を荒げてしまい、目の前に座る老人に咳払いをされてしまった。
だが初心者に言われると物凄く腹立たしい限りだ。
一番面倒くさくて成果のない方法なのだ。

「で、でも変な人に見られませんかねぇ?」
「変人を装えばいいだろ、解ったら口応えすんなっ、あと店の待機は5分な」
「りょ・・・了解ッス」

かなり強引に話を纏めて丁度良い具合に電車はK町の駅に停車した。
寂れた街とは言えどここの駅は様々な線が繋がっているので人の往来は激しく、目黒達は人の波に揉まれながらホームへと降り立った。

「アレッ、逆行くんすか?」
「夜までは少し時間あるだろ、ちょっと時間潰してくるわ」
「まぁたスロットですかぁ、どうせスるのにぃ」
「黙れ、40分後に改札前に集合な」
「はいはい、僕は一度戻ってますね」

背中で五反田の言葉を聞き流して目黒は繁華街と真逆の出入り口へと歩を進める。
(すまんな五反田よ)
改札を出て、巨大ショッピングモールを抜け、着いた先はとある雑居ビルの4階で細々と経営している麻雀店「フリテン」。
相変わらずどういうセンスで名前付けたのかが分からない。
目黒は一度裏手に回り非常階段で4階へと上がり、鉄製の扉を2回足蹴にした。
暫く返事がなく、目黒はもう一度蹴ろうかとした拍子に扉がゆっくりと開いた。

「全く・・・普通に入って来てクダサイヨ」
「普通だろ?」
「ココは関係者以外立ち入り禁止デスヨ」

詫びれる様子もなく目黒はさっさと部屋へと入り、薄汚れたソファーに深々と腰掛けた。
後に続く店主は溜息を付きながら扉を閉めて、向き合うようにパイプ椅子動かしてを座る。

「最近どうだ?」
「最悪ヨ、全然儲からないネ」

フリテンの店主、「李」は再び溜息を付いて言った。

「ソんな事より別の用件がアルんデショ?」
「また、ちょっと噂を聞きたい」

目黒が裏口からこの麻雀店に入るのは決まって裏の情報を仕入れる為であり、普通の客ではない関係だ。

「ちょっとコーヒー入れるネ、待つネ」

李は裏の情報をある組織から仕入れており、寧ろ情報の売り買いで食っているといっても過言ではない。
ヤバい話から有名人のスキャンダルと情報の宝庫なのだが、損得以上に気を使うだろう組織から消されないように情報を上手く商売にしている。
当然組織が有益に傾くようには第一条件であろう。
だが李が目黒には頭が上がらないのは、目黒が警察を辞めるキッカケも李なのだからだ。
そんな闇の世界に通ずるのが裏口入店のフリテンだ。
さすがにまだ真っ当な五反田は連れては来られなかった。

「オマタせたね、ハイ」
「とある依頼を受けてる・・・捜索だ」
「ソうなの」
「男性でな、行方不明なんだよ」
「・・・ソう」

目黒は小出しに説明しつつ、李の反応を見ていた。
頭が上がらないとは言えど李も情報を迂闊には引き出さない。
言ってみれば駆け引きである。
李にとってみれば、この情報を提供して大丈夫かというのは常に頭で考えるのは当然である。

「男性が自由意思も無く消える、というのは随分と妙だと思わんか?。
彼は結構良い所に努めているし、家族間では全く問題も無かった。」
「・・・ ・・・ ・・・」

何気なくだが、目黒は強い意思を込めてゆっくりと言葉を選び発言をした。
頭の良い李は何が言いたかったのかを即時に理解したのだろう。
小さく頷いた李が口を開いた。

「結論ハ・・・無いネ」
「無いか」
「無イかもしくハ、聞いてナイのどちらかネ」
「・・・邪魔したな」

目黒は飲みかけのコーヒーを李に手渡しして立ち上がった。

「モう帰るカ?、今日は随分と早イのネ」
「待ち合わせてんだよ、まぁまた来るわ」
「裏口からカ?」
「普通に打ちに来るよ」
「ソ、久々に目黒サンと打ちたいヨ」

せせら笑いながら目黒はカウンターを跨いで表の店側から出て行った。
外は丁度夕暮れ差し迫るという感じで、ビル群は赤く染まっていた。
今日は穏やかな気候とテレビで言っていたが、さすがにこの時間帯は寒さが身に染みる。
目黒は煙草に火を付けて集合場所へと歩を進めた。
(流石に李に情報が来ないというのは無いだろう・・・)
見事に予想は外れたのは幸いと思う。
どこぞの組織が佐伯タカユキを拉致したとなると、もうお手上げである。
それこそ警察に駆け込むしかない。
人を拉致・解体・輸送するのには大掛かりになるし、表も裏も顔が利く李も何かしら手を貸してるだろう。
李は決して嘘は言わない、情報を提供するかしないかの2択だけだ。
それでああもハッキリと「無い」と口にしたという事は信用できる。
(佐伯は犯罪に巻き込まれた訳では無いと・・・)
だが、これで正真正銘捜査は迷走した訳だ。
(さて・・・どうしたもんかねぇ)
冬の夕暮れは早い。
太陽が傾くにつれ、凍て付くような寒さと闇が同時にやって来た・・・。



暗い・・・暗い・・・
いや暗いという話どころではない。
闇という言葉が相応しいだろう。
この世界はオカシイ・・・
いや自分がオカシイのか?。
オカシイのだろう。
天井も床も解らない程に気が狂っている。
狂喜狂気驚喜・・・果てしなく狂った世界で溺れ続けている。
時間という概念は既に捨てられた。
この世界にはそんなものいらない。
目に映るものは自分に跨る1人の少女のみ。
それだけで十分だ。
他には何もいらない。
行為に溺れ、自分がよく解らなくなるまで果てしなく快楽に酔いしれる。
もう何も解らない。
怖いんだ。
恐ろしいんだ。
男性器がビクンビクンと波打ち、チョロリとごく僅かな精液を出した。

「ンふぅ・・・」

少女は自らの膣で受け止めた精液を指ですくい、小さな舌で舐めとり喉へと流し込んだ。
そして・・・ ・・・ ・・・

再び少女は腰を動かしだす。

どうしてこんな事になったのだろうか?。
狂気の宴は終わりがないのだろうか?。
怖い怖い怖い怖い怖い。
もう嫌なんだ。
もう止めたいんだ。

「元気なくなっちゃった?」

跨る少女は淫らな笑みで問うた。
コクコクと、男は激しく首を縦に振る。

「そんな事ないよ、私の中にいるコは十分元気だよ?」

男は首を横に激しく振る。

「まだまだよぉんもっと頂戴ぃ〜〜濃くてネバッこい精子」

狂気だ狂っている。
夢でも見ているのか、男はゆっくりと瞼を閉じた。



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