2006.05.22.

Netに舞う女
01
羽佐間 修



■ 第1章 投稿小説「ちなみ 陵辱」1

― 小説の中へ ―

 古びたマンションに日付がとっくに変わった時間に酔っ払って戻った。
 藤堂 真介 38歳、冴えないフリーライターを生業にしている。
 冷蔵庫から取り出した水を飲みながら、いつものように亜久里 香が主催する投稿エロ小説サイト-香の部屋-をチェックした。

 最近、このサイトで注目している小説がある。
 ほぼ毎日更新される投稿小説「ちなみ 陵辱」は、その背景があまりに真介の環境に近しく、妙に気になっていた…

 亜久里 香…
 真介好みの陵辱小説を書く素人作家だ。
 幼い頃からたくさん本を読んできた文学少女だったんだろうなぁ… 真介はそう感じていた。

 主人公の女子大生「湯浅 ちなみ」が、小説の中で展開される「露出命令Blog」で命ぜられる恥ずかしい命令に、徐々に秘めた性癖を露にされ、穢されていくストーリーのようだ。
 東京と埼玉の境目、東村山市に住む「ちなみ」が、アルバイトをする喫茶店も、通う大学も、利用する駅もどれもが真介の日常で接する施設がモデルにされているようで、亜久里 香はこの近隣の地理に詳しいことが想像できる。
 少なくともこの辺りに住んだことある事は間違いないと思っていた。
 そして主人公の”ちなみ”がまるで実在しているかのようなリアリティがあり、妙に小説に引き入られていた。

――いよいよ露出命令の実行かぁ…
 AVやHPでこの手の露出物が増えているが、真介はそんな女に出遭った事も、女に求めた事もなかった。
 願望がないかと問われれば、きっと持っているだろうが、考えたこともなかった。
 冷静に考えてみても、Netのネタはあくまでも男の願望であって、そんじょそこらにそんな女が転がっているわけがないと思っている。
 しかし、最近40歳を目前にして、仕事先や街角で出遭う賢そうな女が、恥かしそうに肌を晒し羞恥に震える姿を想像し、ツンと清ました楚々とした女をひん剥いて本性を暴いてやりたい!とやたらと思うようになった。

 そんな妄想に執りつかれるのも、喰うために風俗ルポをやるようになり、綺麗に着飾った女の性(さが)を嫌と言うほど見せ付けられたからかもしれないと自嘲気味に思うこの頃だ。
――ふっ そう言えば暫く女を抱いていないなあ

          ◆

「あっ! 更新されてる」
 本城 綾のお気に入りの投稿小説「ちなみ 陵辱」が今日もUpされていた。

 綾が受験勉強の合間、「投稿小説」をキーワードに出逢ったのがこの投稿小説サイトだ。
 主人公に同化して読み進め、気付けばショーツを濡らしてしまう事が度々だった。
 今、連載中の「ちなみ 陵辱」はサイトの主催者、亜久里香が春から連載を始めた小説で、流行のブログを題材にしたものだ。

 京都の田舎町から志望校の立京大に進学し、今春から西武池袋線秋津駅近くのワンルームマンションで一人暮らしを始めた綾と、時を同じくして連載され始めたこの物語は、主人公の名前を「綾」に置き換えると、描かれている環境が極似していて、まるで自分のことのように思え、いつも以上に熱中して読んでいる。
 今日、更新された物語の中では、主人公のちなみに寄せられた数多くの恥ずかしい命令の中から自分で選んだ”今日からノーパソで通学する事”を実行すべきか悩んでいた。
 白いミニスカートを穿いて、赤い雨傘を持って駅に向かえと命じられている。
――この作者も、主人公も、この近所にホントにいる人なんじゃないかしら… 西武池袋線沿線の駅って絶対秋津よ、これ…

 綾は、ちなみが命じられたような超ミニではないが、デニム地の白いスカートを持っている事に思い当たった。

 夜が明け、身支度を終えた綾は、膝上10cm程のミニスカートを穿いた。
 マンションのドアを開けると、空はどんより曇り、今にも降ってきそうな空模様だ。
 傘立てには、先日急に雨に降られた時にコンビニで買った透明のビニール傘と、お気に入りの赤地のチェックの傘がある。
――この傘を持てばまるで”ちなみ”だわ
 綾は小説の中の主人公になったようで、迷わず赤いパラソルを持って駅へと向かった。

          ◆

「チェッ! 買い置きが切れてたっけ…」
 徹夜でルポの原稿を書き終え、眠る前にいっぱい引っ掛けるつもりでビールを飲もうと冷蔵庫を開けたが、1本もなかった。
――煙草も残り少ないし、散歩がてらコンビニに買いに行くか…

 表に出ると、今にも泣き出しそうな空模様で、人は駅への道を足早に歩いて真介を追い越して行く。
――普通の人の一日は今から始まるんだな

「ん?」
 今追い越していった若い女が目に留まった。
 足首が引き締まった綺麗な足をしている。
――白いミニスカートがよく似合ってるなぁ。 大学生かな?! 赤い傘かぁ…?

「ふん まさかなぁ。 あははっ」
 夕べ読んだ亜久里 香の小説を思い出した。
 小説では、『ショーツを穿かずにパンストを直穿きで出かけろ! 俺の命令に忠実に従うのかどうか、試してやる! 』と”ちなみ”は命じられていた。
 指定の格好をして駅前で5分間、人待ち顔で立っている事が”ちなみ”に課せられている。

――どうせ今からは寝るだけだしな
 暇に飽かして前を行く女を付けてみる気になった。

 まもなく駅の南口に着いたその女は、券売機の横の柱の陰で誰かを待っているような雰囲気で佇んだ。
――オイオイ マジかよ・・・

 しきりと腕時計を覗き込み、中々女は動く気配がない。

――5分かぁ… 
 やがて真介は、切符を買う振りをして女に近づき、女のヒップにショーツの線が浮いているか確かめるつもりで女の背後に回った。
 無遠慮に後姿にくまなく視線を這わせたがはっきりしない。
――ははっ あんな分厚いデニム生地じゃ分からんか、、、 それに素足じゃねえかよ

――んな訳、ないわな
 真介は自分の思い込みに苦笑いを浮かべ踵を返して、駅を後にした。

          ◆

 真介が目覚めると、外は暗くなりかけていた。

 熟睡できたのか、すっきりとした気分で目覚めだが、また朝まで眠れない事を思うと少し憂鬱になる。
 パソコンの電源を入れ、メールをチェックすると、今朝書き上げた原稿を送った雑誌社から、来月も引き続き頼むとメールが入っていた。
「ふん。 味も素っ気も無いなあ。 労(ねぎら)いの言葉のひとつも寄越しやがれ」
 新聞社系列の雑誌で、妙にお高く留まっている編集者の態度が気に喰わないが、しがないフリーライターの身分だから致し方ない。
 別に渾身のルポでもないが、それなりの物に仕上げた自負はあった。
 都条例の「迷惑防止条例」「ぼったくり条例」改正後の歌舞伎町の現状ルポで、夜の街で流離(さすら)う青少年を追跡取材してきた。
 暗澹たる未来の日本を想起させる実像に迫った迫真のリポートとしてかなりの読者の支持を得ているらしい。
 来月は風俗嬢をレポートする予定だ。

 煙草に火を点け、お気に入りに登録しているサイトをチェックする。

――おや?! 早くも更新されてるじゃないか。
 「ちなみ 陵辱」が更新小説のTOPに位置していた。

 今日のちなみの行動の顛末が記されていた。
 小説の中で設定されているBlogに陵辱者「Mr.M」と名乗る男のちなみへの叱責と、ちなみの詫びが続く。


投稿者:Mr.M  
おまえ!約束を破ったな! あんなものはミニスカートって言わないんだよ!
それにショーツを穿いていただろ! 
ストッキングだけだと命じたはずだ! どう償う気だ?! 言ってみろ!

     
 RE:ちなみ−
     ごめんなさい。明日はもっと短いスカートを穿きます。 
     そして下着は穿きません。どうか許してください。


――えっ、やはり、今朝のあの子が”ちなみ”なのか… もしそうなら、香は現実の世界を小説に仕立てているってことなのか?
「そんな訳ないな、あはは」

 小説は、明日の朝、お前の真意を確かめてやるとのBlog主の命令で終わっていた。
――ふっ。 何か面白いな。 ついでだ。
 真介は明日の朝、もう一度駅に行ってみる気になっていた。

          ◆

 ケーキ工房ロートンでのアルバイトを終え、綾がマンションに戻ったのは、22:30を少し過ぎた頃だった。

 綾はこのアルバイトをとても気に入っていた。
 コンクールで何度も入賞した神内シェフの経営する店で、人気のスウィーツショップだ。
 綾は、この店の喫茶ルームでウェイトレスとして働きだして3週間ほどになる。
 おしゃれな店の雰囲気と、メイドのようなユニフォームも綾の好みだ。
 持ち前の愛想良さと笑顔で、たちまち綾目当てと思える男達が度々訪れるようになっていて、『可愛いね!』と声を掛けられる事も満更ではなく、尚のこと懸命に接客に努めた。

 オーナーの神内シェフも綾を可愛がってくれ、店の人気者となった綾を『あんな親父やお兄ちゃん達に度々ケーキを食べに来させるなんて、綾ちゃんも罪な事だね〜』とからかいながらも大事にしてくれているのが実感できる。
 今日も、50歳前後と思われる綾の父親と同じ年頃の男が、本を読みながら時折綾にねめつけるような視線を送り、店の看板まで2時間も粘っているのを神内シェフが気にして、マンションまで車で送ってくれたのだった。
「シェフ。 ありがとうございました。 じゃ、おやすみなさ〜い」
 ペコリと会釈して、マンションに駆けていった。
「ふふ。 可愛い子だ。」
 車を出して店に向かう道、神内は久しぶりにときめきを感じていた。



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