2007.12.06.

人身御供
01
非現実



■ 怪奇伝1

「やぁ、島が見えてきたよ?」
「そうですね」
「あそこならば平穏に暮らせよう……」
「はい」

ポツンと、海原に浮かぶ木造り船。
乗り合わせるは5つの影。
両端で舵を操るは、大男と思しき二者。
座る位置にして先頭は、武将たる振る舞いの者。
寄り添い座りたるは、長い裾の朱色が主体の打掛(ウチカケ)を羽織る者。
その衣と中の小袖を見る限り、高貴なると解る。
最後に座るは小柄な女にて、着物こそ平凡なれど目付き鋭い女子。

「安芸まで……長かった」
「はい」
「よく我慢して着いて来てくれた」
「いえ、貴方様の思うがままに」
「礼を申す、琴乃」
「そんな……お慕いしておりまする、栄弦様」

小船は最短の島を目指していた。
そこに乱世の地獄が無い事を信じて……。



時は戦国時代…… ……。
全てが狂っているこの世。
親兄弟までが対立し、血を血で洗う狂気の時代。
自分の愛娘を道具にしてまで、生き残る事を願う者達。
上に立つ者の「言葉」で、一度に何百人もの罪無き人々が死んでゆく。
地は荒れ果て、義は踏み躙られ、欲望渦巻くこの世界の被害者は弱き者。
ただ強き者が生き残る世界。

こんな日ノ本の海上に、忘れられた3つの島が紀伊半島沖に浮かんでいた。
本国からも遥か遠い3つの島は、地図上では三角形を描くように置かれている。
地図では確認できる島だが、名すらなく本国では無人島と思われており、誰も寄り付かなかった。
だがこの3つの島も、本国同様乱世の地獄絵図は展開されていたのだ。
三角形たる一番上の島に「総布家ーそうぶけー」、左下に「云宇家ーうんうけー」、右下には「可木家ーかぎけー」。
確たる3つ巴最中の孤島。
5つの影を描く小船が「総布家」の島へ辿り着いたのであった。



1年後……

簡単に言うと、ここでも私は血みどろの世界に身を置いている。
世の中の全てを破棄しそれで尚、伴侶である琴乃と一緒に居たいと思い出奔したのに……。
この乱世は、何処へ行けば平穏を得るのだろうか?。
私は大広間から続く廊下を歩きながら、虚空を見つめていた。

「栄弦殿、栄弦殿っ!!」
「む?」

半月も経たず島中の者達から「どの」を付けられて、私は呼ばれるようになった。
今呼びたるは、「総布家」党首の「総布兵重」。
傲慢で考えるよりも、先ず行動という性格の党首。
お世辞にも豊かとはいえない「総布家」の長である。
そう、3つの島において偶然辿り着いた「総布家」は一番貧困に喘いでおり、人口数も劣っていた。
だが……これまで、他2島勢力と戦争を構えても負けない。
「総布家」の島には神が宿る。
不可思議な言い伝えられている程、圧倒的な戦力を覆してきた歴史があった。
特に優秀な人材がいるでもなく、現党首に人望がある訳でもなく……。
各将達は理由もなく、ただ戦おうと連呼するばかり。
そこに知略の「ち」の字もない。

「栄弦殿、そろそろ評定が始まる頃ぞ?」
「はい」
「軍師殿がいなくてどうする?」

1年前より私は「総布家」の軍師として迎え入れられたのである。
当初私達は、忍の者として捕らえられた。
幾重にも説明を繰り返しすが、血の気の多いここの者達には全く以って意味を成さず。
私は機転を変えて、ここで雇って欲しいと願い出たのだ。
無論、すぐにで出てゆく予定で……。
その願い出に対して、総武兵重は卓上試合戦で私の実力を試したのだった。
なんとまぁ容易い事、私は名乗り出た各将を看破してしまった。
今思えば、調子に乗りすぎた……。
元就公の下の下の下で奉公していた私は、少なからずの軍学と知略を持ち合わせていた。
それを党首たる総武兵重が目を付けたのである。
かくして私は望まぬ地位、軍師としていつの間にかbQの地位に身を置いていたのだ。

「軍師殿、如何した?」
「…… ……」

私は小さく歩幅を変えて、振り向く事無く云う。

「あの行事を遂行するおつもりで?」
「ん……軍師殿はご不満か?」
「全く以ってして」
「何故に?」
「神懸りを以ってして、人の命を殺めたるはどうかと。
ましてや信仰に過ぎず、それが実績とは思えませぬ故。」
「したが……ワシ等は今もこれで勝ち続けておる」
「負けられぬ戦、それこそが信仰であり、その行いは意味は無いかと……」
「なんとっ!!」

後ろで激昂するのを感じ、仕方なしと立ち止まり、ゆっくりと振り向いて云う。
仰々しい総布兵重の顔を心眼する。

「さにあらんっ、この島の娘はあと幾人か?。
さにあらん、子を産む娘が無ければ島は滅ぶのみっ!。」
「……っ!?」

実際私は、この行いについて島中を歩き回り調査をした。
すると驚くほどに婚期に達する娘は少ない。
またこういう話も多々耳にした……。
娘が生まれると両親は、この先の事を不憫に思い幼子の時に成仏させてしまうと。
選ばれた娘の大半は、半ばで衰弱して死を迎える。
死を免れた娘達でも、帰ってきても心ここに在らず、まるで呆けて何を聞いても全く答えが返ってこないという。
更に深刻なのが、選ばれた「人身御供」の任期が終わると、こぞって娘達は自害をした。
その理由は何故に…… ……。

「したがっ、この総布家を守るは……」
「否っ…… ……人です、神ではありません」

総布兵重の言葉を断ち切り、私は珍しく声を荒げて遮った。
……考えただけでも身が捩る重いだ。
最弱の総布家が、ここまで生き残ってきた理由……。
それが戦の度に、神に献上するという「人身御供」。
うら若き娘を適当に選び、「神? と呼ばれる者」に献上する儀式。
一番高い山の祠に選ばれた娘を放り込み、戦の戦勝祈願とする儀式。
その山の祠は、代々言い伝えられし伝奇があった。
「神の化身あり、之なる神は白き蛇の神、之なる神に祈願すれなれば是非に必勝なり」。
そしてその供物は、昔から娘だという……。
昔は天災や凶作に対して、若き娘を人身御供に差し出されたらしい。
だが乱世のこの世において、戦の度に恒例の如く儀式は行われだした。

選ばれし娘達の運命は過酷。
戦が終わるまで、選ばれた娘は帰る事も食事も許されないと聞く。
明かりも光も差さぬ小さな奥地で昼夜も解らず、ただ1人取り残される……。
食事も取らされぬまま、ウジやその他の害虫に怯え眠る事も出来ないであろうに……。
精神も狂うに決まっている…… ……。
そう思うと、私は怒りで身が震える。
(まず以ってありえぬ)
神などなし、生き抜くば人の団結こそ。
その行為に反吐が出そうだった。
そして此度、再び戦火が起こるであろうその前に、人身御供を選ぶ評定が開かれるのだ。

「我ら総布家は、神のご加護を得ておるのだ」
「加護を信ずる者もおる、だがさにあらん……。
それは人1人の働きと意思のみ……。」
「じゃがそれはっ、神に娘を献上してその加護を得るこそ信仰の意思じゃ……」
「これ以上の討論意味無し、ご勝手にどうぞ……我かんせず」

私は廊下をギシギシ言わせながら、帰りの帰途へと足を運んだ。
後ろで喚く総布兵重を無視して……。


早く家に帰りたい……。
最近は城に居るのでさえ嫌気がさしていた。
(隠居するが為に出奔をしたというに…何をしておるのか……)
そう考えると、つくづくやるせない。
(いや、考えまい)
深く考える事を破却し、我が家でくつろぎたい。

帰る足取り城の時よりも早いものだ。
私も城内に住まいを設けられている。
以前の屋敷と違い、酷くオンボロの小さな御家。
門構えにはいつものように、山伏の格好をした2人の大男が立っている。
左に髪を剃り上げた「金剛」、右に長髪の「不動」という名の者達。
優遇されていた毛利家を出奔した私に、迷わず付いて来てくれた大切な部下である。

「いつもすまぬな」
「……」
「……」

必要以外は話さない怪力達に、私は奥へと促す。

「寒かったろう、入ろう」
「……」
「……」

いつものように無言の2人は、私の後ろに着いて行く。
彼らに背中を守られていると、心強い事この上なし。
私達は敷居を跨ぎ、戸に手を掛けた。

「只今帰った」
「あ、お帰りなさいませっ」
「大事無いかい、桔梗?」
「はい、万事」

いつも迎えるは、世話人でもある目付きの鋭い女子。
名を「桔梗」という。
我が家の家事を一手に引き受ける、気立ての良い女子である。
この女子がいなければ、我が家はどうなってしまうのだろうか……。
私は足を洗う桶に水を汲んだ。
自分の事は自分でやる、ここに来てから習慣になった事である。
当初は「主様にそんな事」と言って聞かなかった桔梗だったが、私は頑なに断り続けた。
世話人が1人しかいなくなってしまった今、桔梗の手を煩わせたくない。

洗い終えた足を拭いていると、奥から我が妻が姿を見せに来た。
桔梗が呼びに行ったのであろう。
お気に入りである朱色の打掛の裾を正して、三つ指を付いて姿勢正しくお辞儀をする。
美しき振る舞いである……。

「お帰りなさいませ、貴方様」
「おぉ琴乃、只今帰ったよ」
「今日もお早いお帰りで」
「うむ、特にする事もなくてな」
「ようございました」
「さてと、今日は何をしていたのかな?」

奥へと入る私の後ろに続く琴乃と大男2人。
小さい屋敷ゆえに玄関口と居間の差は廊下も無く、襖1枚で仕切られているのみ。

「ほぅ、貝合わせか」
「はい、今日は2枚合わせました」
「それは見事だ」
「姫様は、お強うございまする」

桔梗が床に散らばる貝を片付けながら言った。
琴乃が座っていたであろう上座には、4枚の同じ絵柄の貝が手元に置かれていた。

「貝は私が片付けるから茶をくれぬか」
「畏まりました、姫様もですよね?」
「ありがとう」
「はいはい、全員分のを煎れてまいりましょう」

(桔梗……つくづく気の利く者よ。)
残った貝を集めながら、隣に座る琴乃を見つめた。
今の琴乃にとって、既に茶しか興味がない。
台所に消えた桔梗を、今か今かと待ち遠しそうに視線を送っている。
(不憫なる……。)
琴乃…… ……。

「はい、お茶が入りましてございまする」
「うむ」
「はい、姫様も」
「わぁ〜〜い」

眼前に置かれた湯気立つ茶に、頬を綻ばせる琴乃。
まるで新しい玩具を手に入れたかのように……。
琴乃……。
麗しき姫よ…… ……。
髪を愛でてやると、琴乃は顎を肩に乗せてきた。
妻よ…… ……。
山陰の落ちぶれた公家から、26歳と婚期を大分過ぎた齢で私に嫁いできた綾乃姫。

婚期を遅らせ続けた最大の理由は…… ……。
この愛する姫の精神は病んでいる。
今も、身体は立派な28歳。
未だに、心は幼き14歳。
身体の成長に対して、精神の成長は14歳で止まったままなのだった。



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