■ プロローグ
1人のセーラー服を着た少女が走っていた。
少女は鞄を抱きかかえながら、懸命に走っている。
誰かに追われている訳でもないが、少女は切羽詰まったような表情を浮かべ、全力で走っていた。
スラリと伸びた足には、赤黒い痣や青い痣が所々に見える。
卵形の輪郭と小さな顔に、黒目がちな大きな目が印象的だ。
整った目鼻立ちは、一言で言うと美少女と言える。
だが、その表情には暗い影が落ちており、全体を陰気な物に見せていた。
身長は140pを少し出たぐらいで、体重は40sを越えていないだろう。
細く華奢な身体は、今にも折れそうな程儚げだったが、抱きかかえた鞄により隠された胸と薄汚れたプリーツスカートに覆われたお尻は、驚く程発達していた。
少女は近くの公立中学に通う3年生で、もう10ヶ月もすると高校受験と言う時期である。
だが、そんな時期でも、少女は学校で公然と[幽霊]と呼ばれ、虐めの対象になっている。
それは、少女の持つ雰囲気がそう呼ばれる原因で、教師達もどうしようもなかった。
何度も教師達はその虐めを解消しようとしたが、生徒全員の無視が止む事は無い。
再三、保護者である姉に、現状を説明しても何ら改善される事もなく、少女もその無視を全く気にしていない。
最初は熱心だった教師達は、そんな少女の家庭環境や、反応の無さにその指導も諦めきっていた。
だが、少女にはこの教師達の諦めこそ待ち望んだ物だった。
同級生の[無視][無関心]も、心の底から望んだ物だったのだ。
少女は自分に関心を持たれ、自分の事情が皆に知られる事こそ、最大の恐怖だったからだ。
その気持ちを知るべくもない近隣の住人達は、既に少女の望む状態に成ってかなりの月日が経つ。
少女の走る姿を見掛けても、近所の住民は声を掛け無い。
いや、その姿から視線を逸らし、見ようともしなかった。
それはまるで、関わり合いに成る事を避けているように見えた。
しかし、それも仕方が無い事なのである。
少女の住む家と古い住民達の流す噂が、少女やその家族と住民達との間に大きな壁を作っていた。
少女の自宅は、まだ築10年も経たない洒落た鉄筋コンクリート造りの1軒家なのだが、いつも全ての窓に雨戸が引かれ、手入れをしていない庭は雑草が伸び放題で、庭から伸びた蔦が家全体を覆い、その外観は廃屋かお化け屋敷のようだった。
更に昼夜を問わず奇声が上がるため、近寄り難い雰囲気を漂わせている。
その上追い討ちを掛けるように、少女達の家庭の過去を知る住人がまことしやかに語る言葉がそうさせる。
長女は何度も半狂乱で暴れて警察沙汰を起こし、次女は自閉症で引きこもりだと言う噂が広まっていた。
そんな家の住人に、親しく話し掛ける者など、居る筈も無かった。
有る意味その噂は事実で有り、家の外観から真実味も有った。
だが、事実は少し違っていた。
少女とその家族の事情を知れば、誰一人今の態度を恥じるだろう。
いたいけな少女が[幽霊]に徹し、[無視]され続けた方が、数億倍マシと思う事情。
それは、5年前に起きた有る事件が原因だった。
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