■ 1
わたしは中2だった。13歳、今から考えると、だいぶ若くて、幼い。
そんなわたしは、性に関することのはなしとか、そういうことが苦手だった。
これは凄惨なレイプ劇などではなく、また泥にまみれた関係でもない。ただ初々しい(死語)、青春(これも死語)っぽいはなしとして受けとってほしい。
理科室
このはなしの舞台について、少し説明をしておく。
主人公であるわたしは、「スズキ」で通す。あまり人好きのする顔ではない。人付き合いも苦手。典型的な「愚図」タイプだった。中2、性干渉についての猥談は苦手だ。
相手である男子は、「阿山」。これも本名ではない。同じく中2で、同じクラスの同じ班。わたしと恋愛関係にあったわけでもないが、男子のなかではまともに扱ってくれていたほうだったはずだ。背が高くて浅黒い、気さくな奴だったように記憶している。
舞台は放課後の理科室。そとでは雨が土砂降り。説明会のせいで先生たちは体育館に総動員、雨だし説明会ということで部活も委員会もなく、また理科室のある館はカギがかけられていて、なかからは外に出れるが外からはひとは入ってこれない。
理科室は、なかからカギが閉められる。そのときは、閉めていた。
これぐらいだろうか。ああ、ふたりの服装のことを話していなかった。
阿山は制服。夏服だった。わたしことスズキはスポーツブラ(胸だけはいっちょまえだったのに、はずかしくてふつうのブラをかいたいと母親にいえなかった。わたしは生理のときも親にいえず悩んだ。つまり、そういう子だったのだ)に、半袖Tシャツ(学校認定の白いやつ)に、黒いハーフパンツ。夏なので、そういう薄着だったのだ。
それでは、語っていこうと思う。
「遅れてごめん。自転車小屋に用事があってー……ってみんなは?」
わたしはびしょぬれだった。どしゃぶりのなか外を歩きまわっていたからで、そのあとダッシュで理科室まで来たから息も乱れていた。
スポーツブラが透けているのが気になった。でも理科室に行けば掃除当番の女子がいるはずで、なんとかフォローしてくれるだろうと思ったし、まず男子じたいそんなに早熟でもなかったから、わたしは結局そのままの姿で理科室にはいっていった。
「家の用事」
そんなわたしをでむかえたのは、同じ班の男子、阿山だった。のっぽで、浅黒い。わたしの質問に適当なように答えて、ふてくされたようにそっぽをむいた。
わたしたち2年4組3班は、昼休みの掃除が適当だからと担当の先生に居のこり掃除を命じられた。説明会があるから先生来られないけど、ちゃんときれいにしてかないと担任の先生に言いつけますよと言われる。わたしたちはそれなりに担任が好きだったが、いかにもはかなげで、24歳の年のわりに「いつ逝くかわからない」的な要素があり、ショックを与えるのが怖くて、わたしはさぼらずに理科室まで来た。
すると、阿山だけがいて、阿山しか来ないという。
「さっさとやって帰る予定だから、おまえもキリキリやれよ」
透け透け(この言葉いやらしい)の濡れ濡れ(この言葉も嫌らしいが、びしょぬれという意味だ)のわたしを一瞥してから、阿山は手に持ったほうきでさっさと床をはきはじめた。こんなまじめな阿山ははじめてだった。
「はいはい。でもちょっと髪ふかせてくれる?」
持っているバッグのなかから長いタオルをもちだすと、阿山はいいよとうなずいた。こういうところ、素直であるといえる……かもしれない。
わたしは扉を閉めて、なんとなくカギも閉めて、それからカーテンも閉めた。阿山は「居のこり掃除なんて見えると、恥ずかしーもんなあ」とつぶやいた。
妙なところでガキっぽい。わたしは特にときめきもせず、自分もほうきをもってはきはじめた。
キリキリやる、といったわりにたらたらした掃除になった。阿山はほうきをふりまわして「ひとりホッケー」をはじめ、わたしは黒板に落書きをはじめる。
落書きにもあきて、わたしはしかたなく(?)ほうきを掌にのっけて遊びはじめた。
「ていうか髪ふけよ」結局髪をふかずたらたら遊びはじめた自分に、阿山がいった。
「めんどくさいじゃん♪」というと、「風邪ひくだろ。明日休んだらクラスメート全員に髪ふかなかったこと話すからな」
わたしは「休まない」とつぶやいただけだった。そしてまたほうきでぶらぶらやりはじめたのだけど、なかなかうまくバランスがとれない。すると、相手はせせら笑って、
「おまえさ、バカじゃねえの」
「なにが?(ここでまたほうきを落として、立て直す)あんたのほうがバカじゃん」
そういってから、今日のテスト8点だったんでしょ? ときくと、なんだとガリ勉といってふざけてほうきをつきだしてきた。
ほうきといっても、ブラシのほうではなく柄の先っぽだ。しかも、それが……
まだ透けてる胸にクリティカルヒット。
笑ってる場合ではない。あっちはふざけて、あてるつもりもなかったのだろうが、こっちは大事だ。痛いと呻いて、胸を抱えて座りこむ。本当にわたしは間が悪い。なんで、さらりと流さなかったのか。さらりと流して、「痛いじゃん」と言えばよかったのに、真に受けて座りこんでしまった。
ツボにはいって、涙が出るほど痛くて、また乳房にあたったせいで痛がる自分も恥ずかしかった。羞恥心がわく。うつむいて、わたしは膝をついた。
しばらく、しんとしていた。それから、阿山がおそるおそる近寄ってきて、わたしのまえにしゃがみこんだ。流してほしかったのに。そう思うとまた涙が出てきて、それがバレないようにわたしはまたうつむいた。
「悪ぃ……ヒット? ヒットした? マジでごめん。そのぉ…狙ったんじゃないんだよ。ごめんっ。おいおい泣くなって。泣くなよお……ごめん」
ごめんを連発してくれる。こっちも困っていると、阿山は急に立ちあがって、わたしのタオルをとってきた。
「とりあえず拭こうぜ。髪。なあ? 風邪ひかないようにさあ。あと、制服もってねぇの? それじゃ……そのー……マズいだろう。トイレいっても準備室ででもいいけどさあ。なあ?」
流してくれたのだろうか。そう思うと、かすかに心が軽くなって、わたしはタオルをうけとった。「ありがと。でも、制服はもっとびしょびしょなんだ」
また、沈黙。それを、阿山がやぶった。恥ずかしかったのかすごい早口で、
「むむむ胸にあてちゃったのはあやまるからさ。恥ずかしいんならそれでもいいから、とりあえず根に持つなよ。わざとじゃねえからな!」
こっちも恥ずかしいよ。流せよ……。げんなりしながらも、髪をふく。ふきおわって、てぐしで整えると、阿山が急にぶっと吹き出した。
「おまえ、髪ストレートになると顔変わるんな」
濡れたせいでまっすぐになった髪を、阿山は言ったのだと思う。それで、「ふうん」といってみると、阿山はシャイっぽく笑った(ちょっとひいた)。
それでわたしはたちあがろうとしたのだけど、足がもろっとなった。かくかくっと足がまがって、まえのめりに倒れそうになった。やべっとうしろにのめろうとしたらマトリックスのような姿勢になり、しかもそのまま阿山のほうに倒れこんだ。
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