2010.07.21.

セレブ欲情調教
01
影山有在義



■ 庭師

「いってらしゃいませ、どうぞお気おつけて」
のり佳は、夫の正樹を見送って深深と頭をさげた。
進藤正樹は貿易商として一代で財をなし、多忙な日々を送っていた。

2ヶ月にも及ぶ長期の出張に果たして寂しさをがまんできるものか、のり佳は不安げな表情で憂いをおびた目で夫の車を見送った。
今年で三十になるが、子供もおらず幼さが残る顔立ちから、とてもその年齢には見られなかった。
顔立ちとは逆に、胸は巨乳とまではいかないものの、大きく張り出して、締まったウエストがその胸とヒップを際立たせていた。
背丈も168センチと大柄のほうで、180センチの正樹とお似合いであった。

65歳の正樹と結婚したのは、5年前であった。正樹が経営する会社の社員として働いていたのり佳は、見初められ玉の輿となった。
一社員からセレブの奥さまになったのり佳であったが、決して偉ぶる事無く、むしろより控えめな態度をとっていた。
容姿だけではなく、立ち居振舞いから、セレブ界でものり佳の人気は絶大であった。

 夫を見送った後、のり佳は寂しさを晴らすかのようにスポーツクラブへでかけていった。自らベンツを運転した。
ロビーで受け付けをしている間でも、男達の視線は、のり佳に注がれた。
タイトなワンピースからのぞくすらりと伸びた足。型の良いふくろはぎにキュッと
締った足首にハイヒールがよく似合った。
大きく張ったヒップに細いウエスト。突き出した胸。
その後姿を見ただけでも男達はみな振りかえった。

特に熱の上がっているのが、二十歳の大学生の義男であった。
経営者として成功した父をもつ義男は、スポーツクラブの会員であった。
スポーツクラブでのり佳に人目ぼれした義男は、その若さの勢いのままにのり佳にさかんにアプローチをかけてきた。
人から好意を寄せられることは、うれしいことではあったが、夫を持つ身としては、迷惑な話であった。
邪険に扱うわけにもいかず、そこそこに構って逃げていた。

プールで泳ぐのり佳は、羨望の的だ。
さりげなく、言寄ってくる男達をうまくかわすのり佳。
あくまでも、若いセレブとしての品位と気位を保っていた。

 スポーツクラブで義男に会う事も無く、ほっとした気分の中でのり佳は邸宅のある世田谷に向かった。
すでに日が落ちて暗くなっていた。
駐車場には、今朝、夫を乗せて空港へ向かったボルボが止めてあった。
運転手をはじめ、使用人達は夫のいない間の2カ月間、暇をだしていた。
給料の支払はしているので、みな喜んでかえっていった。

暗く誰もいない邸宅は、のり佳の心を暗くした。
玄関に向かおうとしたところで、突然、黒い影が現れた。

ひっ!

思わずのり佳は、声をだして飛びのいた。
「奥さま、お帰りなさいまし」

 庭師、源蔵。
のり佳はこの男が、苦手だった。
年齢は70歳位に見えるが、体の動きはずっと若々しい。
ごましお頭の小男。
のり佳の168センチの長身と対象に160センチ位だろうか。
いつも、どこかで見られている様な気がする。
それにのり佳を見る目が、妙に粘っこかった。

「一体何をしているのです。今日から皆には、暇を出したはずですが。給料もその分もお出しすることになっています。あなたもお聞きしているでしょ」
「はい、存じております。ただ、庭に一匹ねずみがおりましたもので」
「ねずみ?」
「はい。この様な頭の黒いねずみめが」

源蔵は、そう言って庭の奥から後ろ手に縛られた人間を引きずり出してきた。
のり佳は、あまりの出来事に、身を引きかけた。
暗がりでよく見えず、恐る恐る近寄ってみると、義男であった。
「義男さん!」
「帰り支度をしていましたところ、庭に人影がございましたので、泥棒かと思いまして。捕まえましたところ、奥さまをお会いになりたいと、こ奴が申すものですから、奥さまをお待ちしていたしだいです」
「まあ、一体どうゆうことです、義男さん」
「すみません。僕どうしても奥さまにじかにお会いしたくて」
「それでは、なぜ庭に忍び込んだのだ。さては、覗き見するつもりであったな」
源蔵は、義男の横腹を踏みつけた。
「乱暴はよしなさい、源蔵。あなた、本当に何を目的にこの家にやってきたのです?」
「奥さまに直接会って、お話したかったのです。いつも僕のことなど取り合ってくれず、とっても寂しかったのです。呼び鈴を押したけど、誰も出なくて。それでついつい、中に入ちゃって」
「いいかげんなことを申して、この泥棒ねずみが」

のり佳は、庭で惨めな姿で横たわっている義男を見ているうちに、この若い男が可愛そうになってきた。
「わかりました。源蔵、この子の縄を解いてあげなさい」
「しかし、奥さま…」
「いいから、早く解くのです」
ぴしゃりと言い渡され、源蔵は開放せざるを得なかった。
「義男さん、そこまでおしゃるのなら、一度だけご一緒いたしましょう。だけども、本当に一回だけのデートですよ。よろしいですか」
義男は、縄を解かれ、すばやく立ちあがって、急に元気を取り戻した。
「本当に! ありがとうございまず」
「よろしいですか、一回だけですよ。私は、夫のある身。そこをしっかりわきまえて下さいね」
義男は約束を取り付けると、元気に帰っていった。

「源蔵、このことは、他言無用ですよ。わかりましたね」
源蔵は、慇懃に頭を下げた。
「あなたも早く自分のうちに帰るのですよ」
 源蔵が、影が引く様に消えてゆくのを見届けて、のり佳は邸宅に入った。
 やがて進藤邸の広い家の一部に明かりが灯った。
その明かりを源蔵の濁った目が見つめていた。



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