花畑の方から滲み出る霧雨が、炎を黒く見せる。男が焼かれていて、炎は濡れた裸の女に抱かれて守られ、傍らに独り立つ男がそれを見下ろす。低い空は昼を過ぎても暗いままで、炎は凍りそうに見える。風の唸る乾いた音が響いて来て霧雨を吹き払うと、そこは空っぽな賑やかさに少し明るくなって、焼かれていた男が、立って炎を見下ろし、見下ろしていた男が、炎に焼かれていた。炎は虹のように透け、それに倣ってこの世界が透けて行くのを、その炎を見下ろす事になってしまった男は願った。やはり自らが先に焼かれるべきだと、それを願えなくもないが、今更叶わないのは明らかで、黒い炎に包まれる自らの姿は、世界が透けて行くより速く見失われた。焼かれる事になった男の方はもう、何かを願える筈もない。或いは願いはその焼かれる姿によって叶っていたが、それを彼は、何一つ叶わない果てに願ったに違いない。広く開いた扉から、風の音を接いで薄く眩しい陽が流れ込んだ。見下ろす男の体は冷え切って、疎らな周りの人の動きにさえ、自らの命を吹き払われそうで震えたくなったが、震えは来なかった。代わりに焼かれている男を気遣った。しかし焼かれる男に何を気遣うのか。炎はごく当たり前に熱く、ゆっくりとでも滞りなく、焼かれる身を灰に変えている。空気は乾いて常に入れ替わっていた。裸で黒い炎を抱いていた女は、今は、捩れたままの細い服に全身を締め付けられ、透けた炎を見下ろす男の後ろで小さくなって、焼かれる様を怖々覗き込む振りをしながら、何処か違う辺りに目を遣っている。瞼の閉じ方を忘れたようで、採られるばかりの光りが、その目の底に溜まって透けて行く。時はそこでは、眠るようにして先にしか進まない。

 焼かれる男の首が曲がっていたが、女は勿論、それを見下ろす男も、それには見向きもしなかった。焼かれる男自らの仕業ではないか、などとも囁かれそうだ。男と女の二人だけは確かなところを知っていて、他の者達は、炎に包まれる姿によって初めてそれを確かめられるだろう。穿鑿する目付きは巧みに隠されるようなまま、一行は広い扉の方へばらけて行く。付いて行こうとする男女二人の、老いて痩せた足は動かなかった。

 傾いた花畑は荒れているようでもあったが、季節が幾らか早いせいもある。それでもちらほらと見える開いた花を、私は、頼りない足取りで追った。近付くとそれらはどれも、風に吹き晒されたせいでカラカラに乾き、花の色と形のまま枯れたに等しく、それを恐れ戦くかの傍らの蕾の瑞々しさは、却って私の目を背けさせた。私独りだった筈が、尖った感じの小さな人影が畑に入り込んでいて、足を滑らせては動き回る。滑った足に削られる地面は、傷付けられたように白く煌めいた。何かを探しているにしても、何なのか私には分からなかった。狐の絵柄の紫色っぽい靴を履き、立ち止まるのが根っから嫌いには違いない。子供だろうか。それも遠過ぎて分からない。花畑の広さばかりが目に迫って押し倒されそうだが、狐の絵柄の靴の跳ねるような動きに支えられた。その狐の絵柄は、もう何処へか抜け出しているらしい。遠い小さな靴に狐の絵柄の見えてしまう方が怪しい。その絵柄は、私にずっと古くから知られていたのではないか。

 跪いていて、膝にぬるぬるした地面の感触が伝わる。柔らかいすべすべした生地の服が、何着か乱雑に重ねて敷かれ、その上に乗る私は、膝が滑って地面の傾く方に倒れ込みそうなのを、上半身を無理に拗らせて危なっかしく堪えていた。子供を呼ぶ、布のように柔らかい声が届く。別の人影が、花畑と狭い川を挟んだゴツゴツした岸辺を動いている。狐の絵柄の靴を履く影は消えていた。気配からして後ろに回り込んだようだが、振り返るより、それが近付いて来て私の体に触れるのを待ちたかった。岸の人影のこちらへと走り寄る姿は、寧ろ遠ざかって、その川筋の遠ざかる方だけは、赤っぽく明るく霞んでいた。狭いが渡れない川なのだ。それを私は、足元の服を一着翳して振り回せば、岸辺の人に伝えられそうに思えて、そうしようとした。それより早く人影は、自らの白い上着を脱いで、私の方に大きく振り翳した。それで私は、私の体を覆うのがほんの僅かの布切れでしかないのに気付いて、恥じ入った。それは直ぐに、そのような姿にさせられた怒りに変わったが、そうしたのは私かも知れず、恥と怒りが頑なに膨れて交ざり、収まり所を失った。岸辺の人は、上着を脱いだ下に、また同じ白い上着を着重ねているように見えた。

 川は二股に分かれ、一筋は岸辺の人を更に遠ざけて赤く霞ませ、こちらに回り込むもう一筋は、花畑の端を縁取って途中から地下に潜ろうとする。その先の、花畑と乾いた砂地の境がぼやけてしまうのが気に障った。後ろを向いたが狐の絵柄も人影も見付からず、乾いた砂地の、川の直ぐ側からずっと遠くまで、疎らに低い木が生えて花を咲かせ、ぼやけた境界ばかりが何処までも続くようだった。木はどれも酷く傾いて、細いが数の多い枝は殆ど砂地を這っていた。小さな人影はその木のどれかに隠れていて、風を受けた枝の揺れる様は、私にそれを探すよう促すようだった。膝の下の服を一着、引っ張り上げた。色は着いていたが、生地が薄過ぎて何色か分からず着る気が失せた。もう一着引っ張り上げて重ねると、白っぽい虹が動き回るような色が現れたり消えたりする。ただ、一着ずつなら服の形を手に取れたが、二着重ねては、どうしても服の形が見えて来ない。仕方なく、取り敢えずそれを頭から被ってみて、体に感じ取れる布の感触を頼りに服の形を探す事にしたが、そうしながら膝を滑らせた。仰向けになって、その生地を通して見る逆さの景色は、花も木も砂も水も、一つ一つがバラバラに、何処となく真下に向かって尖っているように見え、更にそれらが組み合わさる景色全体は、垂直な巨大な矢印のように地下を目指している。分かれて行った川岸の赤っぽく明るい筈の辺りは、寧ろそこだけ目立って暗く黒々と霞んで、じわじわと私の景色から剥ぎ取られた。腹這いになって上下を元に戻しても、景色は、ただひたすら地下にのめり込もうと更に切れ味鋭く、真下に向けて尖って見える。私は立ち上がれなくなり、仰向けと腹這いを繰り返して、無理にも交わろうとでもするように尚も服に袖を通すのに拘った。

 川が地下に潜り始める辺りに向かって、透けた服が一列に、蛇行しながら花畑の傾斜を滑って行く。じたばたする私が、それらを順に押し出していて、私の体もその列に乗り、花畑を川の方にゆっくりと降りている。そう気付くと体は自ずと腹這いで固まり、地面はもう傾いていないのか、そこで止まって、磁石の針のように降りて来た方に頭がぐるりと振れた。列の始まりでは服はまだ重ねて敷かれ、そこから間を開けず一着ずつ流れて来るのが見える。そこに、剥き出しの白い脚が、逆さにぐるりと回るように持ち上がった。私と同じように、何とか服を着ようと藻掻いている者がそこに居る。合わない服はさっさと放って、着られる服を着ようとしているのなら、私より巧い遣り方だ。しかし最後まで合う服が見付からなければ、裸で放り出されるしかない。そうして蛇行する服に身を投げて、服を掻き集めながらでもこちらに降りて来ようと、着られる服はないのだから、私を通り越して最後には川に落ちて仕舞うのも仕方ない。

 真下に尖る景色の中に押し出されたままなのが怖くないのか。後ろを振り返らないでなら立てるだろう。しかし迂闊に立ち上がるのもまた怖い。腹這いのまま戻れたら良いが、頭から服を被ったままだ。両腕を拡げ櫂で漕ぐようにしたが、滑る手応えしかない。いや、私は何もしていない。腕はもう、溶けてなくなったかのようだ。被った二着の服は恐らく、幾つも結び目を作ったり綴じ合わされたりして一繋がりの閉じた袋になり、私の全身をすべすべした布地の感触で包んでいて、そののっぺりした感触が、腕だけでなく脚や胴体の動きまで感じ取れなくしてしまっているに違いない。何時からそうだったのか。事によると蛇行する服の列にしても、目に触れて来るその生地の表面の、白っぽい虹が動き回るような綾に過ぎないのではないか。兎に角動こうとすると、私を押し込める袋の、複雑に接ぎ合わされたようでもつるりとした卵に似た形ばかりが頭に浮かぶ。袋に留まらず、私の体の形も、布越しに触れる地面の凹凸も、これから出逢う何もかもまでが、卵の形に成ってしまいそうで、卵の形ばかりの所から遣って来て、またそこへ去って行くしか能のない私なのだと決め付けなければ、溢れ返る卵の形に耐えられそうにない。他の形を思い出そうとすると吐き気がして、堪えられず数珠繋ぎの透けた卵の形を次々に吐いた。服の列か布地の綾か定かでないが、その蛇行するのだけは卵の形を免れているのが、キラキラと輝いて見えて、吐いているのを少しだけ忘れられた。

 吐くのではなく、吐かれているらしい。卵の形のどれかが、私を卵の形の中に吐き、卵の形の一つになった私は、その形の中にすっかり紛れた。どうやらその私は、蛇行する流れに乗せられている。それともその流れを、傍らで眺めるだけか。そうだとすると、他の卵の形は殆ど全てそこに流れ込み、私だけがその外に居て卵の形でなくなっていそうだ。私独りで蛇行を止められないなら、助けを求めるしかないが、その求める先は卵の形ではない。卵の形が幾ら寄って集っても、蛇行する流れに逆らえないのは今見ている通りだ。見詰める内、時々表面にうっすら花柄を染めたものが流れ過ぎるのは分かったが、それらだけは、卵の形かどうか見極められない。それを掬い取ろうとする人影を、私は捉えようとした。それも私と同じに流れの外に居て、流れを眺めているに違いないが、私には流れの外は見えず、如何にも掬い取られそうな整った花柄を目で追い、それが流れに呑まれる刹那の、流れに映る人の形を探った。人影は気配もないが、消えた花柄は確かに掬い取られ、流れより少し低い所に綺麗に重ねられている。それは段々と流れに食い込むように積み上がり、遂には流れの向きまで変えた。その辺りでだけ、卵の形がいきなり別の形になって、そこで刺々しく脹れる流れは、私の体を揺さぶり傾けているに違いない。何とか流れの外に目を向けて、巧く重心を取らなければならないが、微かに見えたらしい流れの外には何もなく、却って足場を失い、流れの向きとも花柄の積み上がる向きとも交わらない方へと、私だけが吸い込まれて行った。

 蛇行する流れに手足を絡ませて獅噛み付く人の姿が、流れに翻弄されるまま上になったり下になったりし、時々体勢を整えては素速く片腕を流れの中に伸ばして、花柄を掬っている。流れはそこで途絶えていた。まだその先、或いはそれは地下に潜るのかも知れないが、その人の姿によって堰き止められているように見えた。綺麗に重なっていた花柄が崩れ、螺旋を描きながらばらばらに拡がろうとする。人の姿は、今にも流れの終わりの中に逆さまに落ちて行きそうなまま、巧みにそこに留まり、真っ直ぐな片腕を流れに逆らって突き上げた。卵の形が何処からも吐き出されなくなり、蛇行が僅かずつ逆流し始めたかの表面には、どんな形も柄も現れなくなり、流れも見て取れなくなった。逆さまの人の姿が助け起こされた。その自らの腹を覗き込むと、そこに別の人の姿が嵌まっていて、助け起こしたのは、その嵌っている姿の他にない。細長い体で渦を巻くように丸まり、その真ん中の小さな頭だけが突き出され、口から花柄を吐いている。助け起こされた人の姿が、その吐かれたものを掬い取ろうと腹の下に掌を添えると、腹の中の人の姿ごと外に押し出された。腹に大きな穴を開けた人の姿は、そこを満たすものを求めて体を投げ出し、体を寝かせたまま蛇行に腹の穴を擦り付けようとするが巧く行かない。蛇行がその形を活かして、じっとしたまま身を躱すようだった。穴から押し出された人の姿が、ぎこちなく立ち上がってそれを跨ぎ、小さな頭で振り返ると、暗く沈んだ色の蛇行は、流れの跡を残すだけにも見えた。

 その口はもう花柄を吐かなかったし、見渡しても、螺旋を描く花柄も何処かに吹き散らかされている。両手の人差し指を交わるように踊らせて、宙に何かの柄を描くようだが、なかなか形に成らない。それと向き合う別の人の姿が、やはり両手の人差し指を踊らせて、その出来掛かる形を悉く切り刻んでいるからで、その指の動きは、ずっと鋭く必ず左右対称でどんな柄も適いそうにない。それともその指もまた何かを描こうとして、向き合う指にそれを妨げられているのか。二人は少しずつ近付いている。指同士が当たって動きが何度か途切れると、腹から押し出された方は、諦めて両腕を垂らした。もう一人は伸ばした腕を相手の肩に乗せ、その背中の後ろで指を踊らせた。その指の間から、透けた花柄が螺旋を描いて零れ落ちた。その花びらの一枚一枚は薄い刃のようで、花柄は順にその下の、白く細長い柔らかそうな背中に、薄い独楽のように回りながら突き刺さって埋もれて行く。その背中がゆっくりと螺旋を描こうとする。背中だけでなく首から足までが螺旋を描いて相手の胴に絡まり始めるが、絡まるより、相手の鳩尾の辺りに全身を捩じ込ませたいらしく、相手もその為すに任せるようなら、二人の思いは同じだろうか。輪郭だけなら二人はもう貼り合わされて殆ど一人に見えるが、脹れた腹に目を遣れば、その人の姿をした輪郭は、何か別のもので拵えた見せ掛けで、その腹の脹れた形に身を乗り入れて蜷局を巻く者だけが、ただ独りでそこに居る人の姿に見える。その姿は裸で、そこだけが肌色なのだと分かる。それを腹に収める、人の姿の輪郭に過ぎない方は、ただ暗い色としか分からない。その裸の姿の何処にも、男らしい色と形が見当たらないなら、女らしさが見当たらなくても、それは女にしておくしかない。

 女なら、蜷局を巻かずにも済むらしく、絞るように丸い形を歪ませて、そこを抜け出そうとするらしいが、精々が腹の脹らみを卵の形に浮き出させて、それをぐらぐらと回すのがやっとだ。そうなってしまうのは、女にしておかれた訳が、人の姿の輪郭を保つためで、そうであるなら、その見せ掛けに過ぎない輪郭を描いた別の人の姿が、そこに影を落としていないだろうか。しかし女は決してそうなるのを許さないようで、自らだけが人の姿であるためなら何でもしそうだ。五枚の花びらが萎えるように、人の姿の輪郭は大の字に仰け反った。独楽のように回りたそうで、それを女は恐れるらしく、卵の形に浮き出るのは控え、真上に向けて突き出された腹の輪郭の中に寧ろ沈み込もうとする。女の体は、萎む五枚の花びらの奥に包まれるようになって、その丸い形を潜ませた。そうして女の形を隠すために現れる形は、少なくとも花の形には似ていないが、新しい形を見付けるためには取り敢えずどのような形が相応しいかを、あれこれ探っているような形には似ていそうで、どうやらそれは、声を出したい形らしい。しかし女を包むものは、声など出せる筈がないと嘲笑うように、それを易々と妨げて、何処か行く先が決まっているかのように歪に震えた。

 その歪さの向く方に、何着か透けた服が、水底に泉を潜ませて動く水面の綾のように散らばって揺れる他に何も見当たらないなら、その見えるだけのものを震わせて、まだ見えないものがその震えの陰に潜んでいるかも知れないようにしなければならないが、そうするには、女を包むものの震えは歪過ぎるようで、歪さの影が、散らばる服の裾に僅かな模様を飾り付けるのが、やっとのようだ。その模様も透けて見難いが、裾の揺れるのをそっと押さえているのかも知れない。服は順に、風よりももう少し硬い脹らみを孕んで、水面で浮き彫りにされたように動きを止めて行く。その形はどれも何処か尖った感じがして、少しでも傾けば、その角度のまま水の中に切れ込み、沈んで消えてしまいそうではないか。そして初めの一着がその通りになり、後も続く気配だった。女を包むものは、それを止めなければならないが、またも震えの歪過ぎるのに妨げられて、服の数は少しずつ寂しくなって行く。どうやらその度に、女を包むものの表面に、消えた服の裾を飾った模様が乱雑に写し取られ、女を包むものの形も、何処か尖った感じになっている。女を包むものは、その尖った感じに身を添わせるようにして、確かな行く先に狙いを定められた。そうして、恐らく最後に残る筈の、最も遅く脹らみを孕んだ服に向かい、それとの隔たりは段々と狭まった。目論見通り最後の一着になり、それに触れそうにまでなると、その下に隠されていたもう一着が剥がれ落ちて、そちらに気を逸らされる。その隙を狙って、現れたばかりの服は、女を包むものの下に滑り込んだ。触れそうで触れられない内に、また次の透けた服が剥がれ、先の服の下に滑り込んで重なった。その繰り返しで透けた服が何着重なっても、透けた一着にしか見えず尖った感じもない。女を包むものは、その重なる中にゆっくりと沈んで、その中に包まれたいらしいが、下に向きを変えようとしただけで、そこに入り組んだ模様が刻まれ、上面の生地はざらざらと硬く歪み、透けているかどうかも分からなくなった。

 それでもどのようにか透けるのなら、何処か決められた方を向いて透けていそうだ。その透ける様は、重なり続ける服の、或いは同じ時に付いたかも知れない、どれもほぼ同じ辺りの瑕のようで、それは、服の重なりの厚みをはっきりと見せた。上面の一着だけでなくその下に重なる服も、もう透けるばかりではない。その服の重なるのが已まなければ、瑕の繋がりは深くなるばかりの筈だが、服の重なりの中でその瑕だけが透けては、深さは見て取れない。女を包むものが、その透けるのを当てにするなら、透けるままにその深さをどのようにか捉えなければならないが、やはりまた歪な震えに阻まれるしかなく、そこに自らを滑り込ませて瑕を埋める望みなど端から虚しそうだ。

 代わりにその深さを測ろうとする人の姿の首に、女を包むものは、その首を締め付けるようにぶら下がる。その人の姿は、女を包むものが触れようとして触れられなかった最後の一着を片腕に引っ掛けて、重なる服の瑕より少し遠い辺りに、じっと動かない目を向けているが、その目は、動かないまま地面を巡っていないだろうか。その人の姿が、重なる服の周りをゆっくりと巡っているのだ。そこを離れたくても、女を包むものに首を掴まれて離れられないのかも知れない。片腕に引っ掛けた服が、裾を地面まで垂らして足の運びを隠すので、突っ立っているだけに見えてしまう。いやその服だけは、裾を僅かな模様で飾り脹らみを孕みはしても、まだ瑕一つなく透けるままではなかったか。それがどうして足を隠せるのか。女を包むものの表面を溢れそうな模様が、その影を映すように流れ出て、透けるままの筈のその生地を汚して曇らせているに違いない。

 その人の姿は、鎖に繋がれたように同じ所ばかりを巡り続けるので、そこに小さな環の道が出来た。その人の姿はずっと、その環の、自らと向き合う側に目を凝らしていて、環の形を刻んだのは足ではなく、その目だったかも知れない。環は歪みのない円で、その精確さは内側の縁を薄い刃のように見せ、中に囲われた服はどれも、脅されたようにまた透けようとし瑕は見失われた。その人の姿は、首にぶら下がる女を包むものを、空いた方の腕で引き千切ろうとして、却って首を絞められた。女を包むものは、ギリギリと捻れながらその首を真横に曲げた。それはもう脹れた太い縄のようで、中の女は、その縒り目から搾り出されるしかなく、逆に、女を包んでいたものに巻き付く形で綺麗な螺旋を描いた。女を包んでいたものは、それでも首を絞め続けたので、形としては女もそれに加担するしかない。その人の姿は、脚を隠す服を引っ掛けているもう片腕も使って、首を絞めるものに抗った。それで服は環の外にふわりと飛んで、戸惑うように波打った。そのように宙に漂わせるのは、その服を着たい女かも知れない。隅々まで細かな模様が刻まれた服は、透ける筈の生地を曇らせるままだった。環の中で重なっていた方の服はもうすっかり透けて、一着の服の形をしているかさえ覚束ない。逆にその中に、すっかり透けるのを辛うじて拒んでいる瑕が、ただ一つ、形を現していた。最後の望みを託すように、曲げられた首がそちらに向いた。その人の姿は、その瑕を、それとだけ極狭い中に閉ざされたかのように、有り得ない程の間近で見た。当然、それを見るのは片目で、もう片方の目は、その見られている瑕に違いない。或いはその瑕の中に片目が潜んでいたのかも知れない。何れにしろ、ねっとりした涙の膜で覆われていそうなその尖った目が、女の目なのは明らかだ。目と目は、探り合うように見交わすのを已めない。

 はっきりさせるには、その目を磨き出さなければならないが、どちらがどちらをか。その人の姿は、足を止めている。剥き出された脚は、長い間歩けずにいたように痩せて、皺だらけで酷く老いて見えた。それをそう見るのは、女の目だけに違いなく、その目は、その脚の立つ環の道に狙いを定めていた。環の何処かを裂いてしか、その外に出られないだろう。環の内側の縁の何処かに、僅かでも必ず瑕が見付かる筈だ。女の描く螺旋は、細いバネが細かな伸び縮みを繰り返すように震えて、もう何にも巻き付いていない。そう見るのは、もう片方の目だけに違いなく、その明ら様に挑むような目は、女の描く螺旋の伸び切った先に狙いを定めている。しかし女の目には、自らの姿は、狭い環の中に窮屈に埋まり込んで蜷局を巻き、はち切れそうな白い肌から幾重もの脂の匂いの滲み出すものだった。匂いは決して環の外に漏れず、ただ内へと入り組んで重なり、何か別の匂いさえ環の中に染み込ませそうだ。女でない方の目は、自らの人の姿を見失った。いや、首の曲がった人の姿なら、環の道の途上で倒れていて、その首を縄のように絞めた女を包んでいたものを、胸の下に押し潰している。それなら見失われたのは、それを見ているのが、女でない方の目であるという事に違いない。それでもその目が何かを見たいなら、女のもう片方の目であるしかない。女でない方の目で見られるものがなくなっているのだけは、そこに見えて来そうだ。

 自らが勝っている、もう片方の目を従えたと、それで女の目は確信出来た筈だが、それで得られるものは何とも見窄らしくはないか。そんな筈はないと、女の目は辺りをまさぐった。それとも蜷局を巻く女の肉がまさぐるのか。女にまさぐれるのは、環の中だけで、つまりは自らの肉をまさぐるだけだ。その中に埋もれるしかない女の目は、潰れて、脂の匂いの染み込んだ肉の一部になってしまっているかも知れない。その蜷局を巻く白い姿が、丸々全て女の目であるように見えて来た。それをそう見るのは、もう片方の目であるよりない。しかし、その見る目は、自らが女の目か女の目でないかを直ぐにも見極めなければ、何一つ見続けられないと分かったがどうにも出来ず、潰れた肉片のように直ぐに環の外に弾かれ、一着だけ残された服に飛び散って、幾つかの小さな青っぽい染みになった。青味はじわりと赤くなる。腐るせいでも干涸らびるせいでもないなら、女のせいだ。女が、青と赤のどのように人の目に授けられたかを、思い巡らしているからに違いない。青は赤から生まれ、赤は青から生まれ、その青は赤から生まれ、その赤は青から生まれ、そうして青と赤は、互いの起源を互いに拠る事で、人の目に映るまでの鮮やかさを備えたのではないか。そうでないとしたら、そうでないとしたら…

 環の中はただ白い。蜷局を巻く女の肉とも、脂の乗った女の肌とも見えない。それをそう見るのは、女の目だけでも、もう片方の目だけでもない。そのそれぞれの見たものが重なって、そう見えるらしい。ではそれが重なるのを、どの目が見るのか。そんな目がないなら、目でないものによって見られているとされるしかない。環の上に俯せに倒れている人の姿は、環の中に身を乗り出そうとする恰好で、その斜めに向けた左胸を、環の内側の縁に押し当てている。その縁の刃のような鋭さを求めるのか。それともその鋭さの先の、環の中の白さが求められているのか。環の縁を深く食い込ませた胸から、真っ白な小さな花柄が次々に環の中に流れ出し、ゆっくりと内に向かう渦を巻こうとする。しかしそれは直ぐに拒まれて、花柄の一列は、渋々そうに揺れながら環の上に打ち上げられた。環の中が波立つ海であり、花柄が漂流物でもあるように。環の道の途上で、なくした自らの目を探す女が、何もない空を手探りしている。その手が、環の外側を向いて限り限り環の外側の縁に立つ人の姿の脇腹に触れた。その人の姿も、自らの目をなくしていて、頑なに環の内側を向こうとしないのも恐らくはそのせいで、動かないまま女の手を払った。その女の片手だけが急に重くなって道の上にぽとりと落ち、それに靡くように女の体が続いた。女の体は、片手と比べれば柔らかそうに脹れた影のようで、道に這い蹲って、頼り切るように片手に擦り寄った。片手は黒っぽく輝き出し、そこに吸い込まれる薄い影のように女の体は消え、その片手だけで女はそこに居られる。それを楽しむように女の片手は踊り、指がコツコツと道に硬い音を立てた。音は、環の縁に立つ人の姿に届く筈で、その人の姿は、音から逃れようと、両腕を水平に拡げて環の外に身を投げる恰好になった。殆ど裸で、下は全て剥き出されている。咄嗟に身を覆う両手は、環の外に一着だけ残された服を知らずに掴み取っていて、その生地の素肌に触れる勢いのまま、その人の姿は、服を頭から被った。ほぼ全身が覆われた。道の硬い音が遠ざかるが、それはその人の姿が、環の縁に沿って動いているからかも知れない。初めて後ろを振り返ると、直ぐ足元で、片手だけの女が、ガリガリと音を立てて、打ち上げられた花柄を掻き集めている。目を逸らそうとしたが遅い。もう自らの身内の何処かにその逸らしたい目を導き入れていては、それに従うしかない。女は片手だけではない。それどころか片手は殆ど目立たなくて、肌の透けた大きな体が、捩れてはピクピクと細かく跳ねている。透ける肉の中は魚のように動き回る花柄で満ちていたが、どれも色は汚く濁って見えた。その肌の真ん中に黒光りする手の形が浮き出たが、それは、その形のままの女の片目に違いない。人の姿は、すばしこい水中の魚を手掴みする要領で、腰を落とし、女の体を囲うように両腕をそろりと拡げた。すると思い掛けず、纏っている服の隅々まで刻まれた細かな模様が、肌を隠すのではなく、寧ろその模様の一つ一つの中に、それぞれの体の部位のありのままの形をレンズのように拡大して見せているのが分かった。下半身も、裸の時より更に克明に目の前に剥き出されている。しかしそれは、どの目の前にか。いやその前に、そうして剥き出された体のどの部位も、同じようにのっぺりとしてただ汚れているだけで、その色も形もどのようにも表されていないではないか。それともその表されようのなさで表された様こそ、ありのままの体の色形であると認めるしかないなら、それは、ただ辱められるために暴かれた裸の姿であるよりなさそうだ。布に覆われていない手足の先だけが、それらしい形をして獲物に挑み掛かる体勢を続けたが、女の片目は、その自らの手の形を擦って消すように、悠々とまた花柄の肉の中に消えた。そしてそれだけで、服の模様の一つ一つの中に剥き出されていたものも、ただのっぺりと汚れている見掛けはそのまま残して、体の部位のありのままの形であるのを已めた。そうなると裸ではなく、裸をなくした事を恥じなければならなかったが後の祭りで、その消しようのない恥ずべき汚れだけが、女の肌との間に漂うようだった。それは、それを嫌う女の肌によって、汚れであるとされてしまっているだけかも知れないが、女の肌がそれを受け入れてしまえば、なくされた裸は、愈愈取り戻されようもなく何処かに置き去りにされ、女によって繰り返し汚され続けるに違いない。

 誰かの腹が空いていた。いや全く違う。そして腹が空いているのもそれが違うのも一瞬で過ぎた。それを捕らえて切り開いて中身を知り直したく、執濃く一瞬を追っていた。それは、何周も巡った環の道の終わりに逃げ込もうとしている。追い詰めたのか。と、そう思う一瞬がまた過ぎ、環の道はそこで大きく裂けた。裂け目の手前の沈み込んだ方に居て、跳ね上がった方を見上げる人の姿は、確かに一瞬の形をしていたが見るからに抜け殻で、その纏っている服を脱がせば、形をなくしているのも直ぐに暴かれそうだ。腹を空かすとはそう言う事か、と誰かが思った。女かも知れない。他に名乗り出る者もなさそうなら。或いは女は、そうしたいだけかも知れないが、そうしたいとは、何をしたいのか。しかし裂け目の幅は、その何をかしたがっている女に比べて明らかに拡がり過ぎている。いやそれより、女がその裂け目から環の外に流れ出てしまっていないだろうか。そのように裂けた環の中にこそ、止め処なく溢れる女の姿は、あって然るべきなのに。環の中から目を逸らせるならそうしたいが、そう出来ないのをただ一人嬉しがるのが、私だった。ずっとそこに居たかは定かでないが、周りが私のために変わるのを、じっと待っていたらしい。そんな私が嫌われ拒まれる程、私は環の内側の歪んだ輪郭にのめり込んだ。或いはそこは環の内側ではなく、歪んだ曲線の外に閉め出された私のためだけの隠れ処かも知れない。そうして私はまた、あちらともこちらとも示された事のない方へと、攫われてしまわなかっただろうか。腹が空くのも全くそれが違うのも一瞬で過ぎるのが、至極尤もであるとだけ思われた。

 そのそれ一つ切りの思いを引き取らされ、嫌々環の道を辿らされるらしい人の姿が、その行く手の少し離れた先の、これ見よがしに荒っぽく拡げられた道の裂け目を見詰めている。酷く腹の空いているのは分かったが、食い物の代わりにそこを根深い痛みが満たし、それを元にして力は幾らでも湧いた。力は痛みを痛みでなくし、力だけが腹に満ちた。それは空回りしてだけの力で、何にも触れられないし、何からも触れられず守られもするだろう。そしてそれが決して女に出来る芸当でないなら、その体の何処にも男らしさが見当たらなくても、その人は男であるしかない。男は先ず、裂け目より手前で彼の行く手を塞ぐ者の肩を掴んで引き寄せようとした。その者は、裸をなくした事を暴かれるための服を着せられていて、それもまた、女には出来ない芸であるので、その者は男であるしかない。しかしその服の隅々まで刻まれた細かな模様だが、空回りする力の男の目に、それが模様と映るだろうか。目の前に、服を着せられた男は無防備に長々と横たわった。いや服を着せられていると、どうして見えるだろう。そして裸もなくしてもいるのであっては、その何を見られるだろう。その身の丈にだけ見覚えがあるなら、その身の丈の精確な長さを道の裂け目の手前に据えようとしているだけではないか。それでも男は、道に横たわる身の丈だけの姿を見下ろすのを已めようとはしない。それは、環の道の終わりに向かって歩き続ける二人の男の内のどちらかの影に、目を向けたくないからに違いない。その影の唱え続けるただ一つの言葉の、その繰り返される声の響きだけを、空回りする力の男の耳は、微かな律動として辛うじて捉えなければならない。目は背けられても耳を塞ぐのは許されないなら、それは、空回りする力が、耳の働きを必要とするからでもありそうだ。

 環の道が閉じた。裂け目が塞がれたのだが、裂け目の形は残った。その形の中を、道はまたどのようにか環として巡ろうとするらしい。そこを行く人の姿は、唇の色を消す程に口を冷たく閉ざしていた。空回りする力の男は、その口からの声をこそ聞きたかったのだという思いに駆られたが、それとは隔たるばかりで、どちらもが小さくなって行く。裂け目の形の奥に閉ざされた人の姿が、独りだけで、環となって続く道の後を追っていた。その纏う服にも隅々まで細かな模様が刻まれていたが、それはその人の体の何も暴いてはいない。男の耳の奥で、どうしてなのかと尋ねられると、そう尋ねられただけで、その人が服を裏返しに着ているからだと分かる。それなら、その細かな模様がレンズのように拡大して見せるものも、内と外が裏返って、その服の外に拡がる裸のままの世界か、或いは裸をなくした世界の拡がりが、その人の肌に向かって暴かれているのだ。どれ程の事柄が、その肌に映り込もうと彼方からも遣って来て、窮屈に競い合っているだろう。空回りする力が、その競い合いに駆られるように盛り返し、服の模様に絡んで来る。世界中から遣って来てそこで競い合う事柄が、空回りする力と同じものであると誰かに分からせたいらしいが、同じである筈はない。そこから遠い所で、空回りする力の男は、その力も失い、もう一人の男の身の丈の記憶だけの前に取り残された。

 環の道へは追い着けそうにない。替わりに裂け目の形を追ってはその裏側をなぞり、遂にはその裏の形に体を擦り付けるだけのようだったが、その積もりでも、裏返しの服の粗く硬い凹凸が邪魔して、裂け目の裏側からずり落ちそうなのを、やっと堪えているだけなのだ。そしてその布地の凹凸は、裂け目の凹凸と激しく擦れて、繋がり合って行くようではないか。その人の姿は、着ている服の内側を、自らの体がそこに包み込まれているか確かめたいように、覗き込もうとしていた。裂け目と服の凹凸が、直に境目も分からない程に一繋がりになるのは明らかで、それに連れて変わってしまうだろう自らの体の形をよく見て置かなくてはならないが、何処を覗いているのだろう。体は、服に包まれる中ではなく、その外の服の裏返された側に、丸ごと食み出していないだろうか。体に限らず、服が何かを包むとすれば、裏返された外の側を包むに違いない。その裏返された服はもう、裂け目の凹凸の中に包み取られて動きが取れず、まるでその服が、服の背丈を超える裂け目の形をぴったり纏っているようだ。それでも服は服であるなら、飽くまで裏返された外に向かって、裂け目を纏っているのかも知れない。しかしそんな事は、何処が境目か分からなくなれば、どうでも良さそうだし、もう人の姿もそこにはない。

 零れた小さな玉でも拾うように、地面の小さな花を摘もうとしていた。見回しても人の姿がないなら、そうするのは私であるしかない。いや、そうしようと出来るのは恐らく女だ。それも、私の知らない柔らかい指をした女だけに違いない。私は女でないから、それは私ではないが、居ない女に代われるのは、やはり私かも知れない。それなら私は、それを妨げる方に回りたい。花など見たくもない。何処からか何処かへ、玉のように花柄は確かに零れ続けていると分かったが、それはもう終わっているかも知れないのに、何によってそうと知れるのか。花柄の形が全く思い出されない。花柄とは私の知っている女の事だったか。それとも、その女が何かを顔より高く掲げる時、その女と何かが組み合わさって出来る形が花柄だったか。それとも、それを裏返すか逆にして出来る、まるで違う形だったのか。それとも、その違う形に触れようとする私の知らない女の、光りの方に崩れて行く影のような姿だったか。そのどれとも違うようなのに、零れ続ける花柄は失われなかった。それに背を向けて落ちるように、急な斜面を急ぎ足で駆け下りる痩せた人の姿が、その先の暗い方に呑まれた。裏返しの服の破れた半分が、ふわりと浮いて、川の水にゆっくり流されるように少しずつ沈んで行く。裏も表もなくなるのは水のせいだろう。そして細かな模様も消え、生地は人の肌のようにのっぺりした。水は、ほんの僅かずつその生地に染みて、そこに直ぐに次々にまた細かな模様を浮き出させるが、それは今消えた模様とは違っていた。そのどれとどれを比べても同じ形はなさそうで、そのようにバラバラでありながら、どんな模様が描き出せているかまるで見て取れないが、そうであればこそ、決して外からの力に左右されない、模様以外の何ものも受け付けない模様に思えてしまう。そしてその新しいもの程、順に奥へ奥へと描かれ、その色形を目を凝らしてやっと見て取れば、一つとして掠れているものはない。その中で溺れているのは誰か。湧き出る模様は、その誰かの隠れ処にいきなり流れ込んで来て乱れ舞っていた。それともその模様の夥しさが、模様自らを溺れさせるのか。模様は、その湧き出るのを止められる花柄を求めて、湧き出すのを已められないのかも知れない。

 花柄は人の姿だと思い出された。それで全ては繋がって行くようだったが、繋がってしまえば、そのまま閉ざされて全てが遠ざかってしまいそうだ。花柄が人の姿であっても、肝心の花柄の形が甦らなければ、人の姿まで却って形を失う。生地の奥に湧き出るのは果たして模様なのか、やはり考え直すべきだ。それらは、何かの形を取ろうとして、互いに絡み合おうと湧き出すのを已められないもの共の姿に過ぎないのではないか。せめてその絡み合おうとする形でも見て取れれば、そっくりそれを花柄の形にしてしまえそうでもある。水に溶けたように、半分に破れた服の形は失われ、形といえば、水の動く形だけになった。水の形は、暗い方を向いて跪き、片腕に似た出っ張りを斜め下に伸ばした。その腕の形の届かない直ぐ先で溺れているのが私だった。しかし溺れていては何も出来ない。私であり続けるのも難しいし、それが初めから私でないのも、幾らかは確かであるしかない。いや、水の形しかないなら、確かさは水に独り占めされていて、私であるもないも、少しも確かさには与れないだろう。その私の代わりに、また水とは別に確かさに与れるものがあるなら、何に不足もなさそうだが、それも私と同じで少しも確かではない。しかし水に何の確かさを保っていられるだろう。確かさは幾らでも水の外に振り撒かれるのではないか。いや、水にさえ確かさを保てなくて、確かさの何を問えるのか。

 それならこれも少しも確かさとは関われないが、水の形は、私が溺れていたより先へと動いていた。肝腎な事はもう終わっていて、水は、その終わりにそれなりの見栄えを与えるために、その周りに並べて飾りになりそうなものを探しているらしくもある。私には近寄れない所で、湧き出すしかないものが湧き出していた。水だけがそこへ近寄れた。それによって私は、そこへ近寄れない自らを見失いさえしなければ、私であり続けられるのかも知れない。水はまた跪いて、そこを覗き込む形になった。その水に守られていた明るみに、湧き出すものの形が照らされるに違いない。それらは水の中の暗い方に映って、初めだけゆらゆらしていたが、直に硬い表面に覆われるように動かなくなって、何処かへ落ちるように消えて行く。いや、消えるのではなく、消える様を私に見せれば、却って消えていた姿を現すのではないか。少なくとも私には、そのようだった。私の方から、それらに近寄るべきだった。それらと私の間に、まだ人の姿になっていない人の姿が、一本の柔らかい細い線のように流し込まれたのかも知れない。それは、水の求める、終わりを飾るものにもなりそうで、恐らくは、その人の姿を掬い取ったのは、その水の明るみに違いない。その人の姿は、現れた他の姿を全て、水の暗い方へ退けて近寄れないようにした。それからその人の姿は、自ら望んだように、その姿を水の明るみに曝したに違いない。そしてその人の姿は、そのまだ人の姿にならない形を、自らの中に様々に見出しては水の形の脇に並べるらしい。花柄がどんな形であれ、決してそこには近寄れないだろう。一方、水にはまだ、それがただ一つの頼みである程に、形が求められていた。それはしかし、水に知れているだろうか。水は形を求めて動くだろうか。そのような水の当てのなさに導かれて、まだ人の姿になっていない人の姿は、まだ人の姿にならない形を少しずつ見失って行かなければならないようだ。

 その人の姿はただ、水が遮るその向こうに、形を求めるしかない。それは、水が遮るその向こうの求める形に自らの姿を矯める事でしかなく、そうしようと、その人の姿は、撥ねたり捻れたり震えたり自らを様々に変えて、定まらない形を描き続けた。そうして自ずと選び取られるように、一つの姿でなければならなくなった。それは、一つの形に囚われずに踊り続ける姿だったが、或る一つの形だけは必ず避けられてもいた。その形とは、人の冷たい灰になった姿を見詰める形で、避けているからには、その人の姿にはその形は決して見えない。その見えない形を慰めるか楽しませるために、その人の姿は踊ろうと出来るのではないか。しかしその踊る姿は何と見窄らしいだろう、とその人の姿は思うしかなかった。そう思う人の姿は私たっだが、その私は、その人の姿から拒まれてもいた。或いは拒まれるまでもなく、私はその人の姿によって、私でなくなっているに違いない。いや先ず私を拒んだのは、私自らではないか。私のそのようにした事が、その人の姿となって、私はその人の姿とすり替われもするような身振りで、その姿に纏わり付くのを已められないのではないか。

 その私の姿が、その私の姿の首を断ち切ろうとしていた。その方が、踊るよりも、見えない形を避けるのに確かであると思えて仕方ない。それが確かに確かであると分かる筈もないが、それも確かでないなら、その確かな方に賭けるのが悪い選択であるとも決め難い。私の姿の首は何度も何度も断ち切られ、その度に繋げられた。いや私の姿は少しもそんな事をしていない。その私の姿は自らの姿にその首を見出せていないからだ。しかし首がもしもうなくて、誰に首を断たれ何処へ持ち去られたにしろ、その私の姿は何も失いはしない。或いは失われたものをそこに見出す私以外の者が居るだろうか。それを知るためにその私の姿は、自らの首を断ち切る振りを已められないのではないか。

 そう信じる私の姿が、球体の閉ざされた内面に体液を塗り込めるように、腕と胴と脚を静かに柔らかく拗らせて、少しずつ向きを変えて踊っていた。上も下も分からなくなって宙に浮かびたかったが、その私の姿が、人の姿である限り無理らしい。しかし浮かぶための宙など要るだろうか。踊りの動きが閉じた球体を描けるなら、上も下もなくなるのではないか。それらしくはある。しかしそれは、閉じてもいなければ球体でもない。踊りは何も起こさないし、踊っているらしくあるに過ぎない。そう信じる私の姿が、冷たい灰になった姿を見詰める姿に、見詰められていた。その見詰める姿によって初めて、私は一人の人の姿になり得たし踊っているらしくもあれたが、その見詰める姿から姿を消す事は決して出来そうになかった。その私の姿はもう、私ではなかった。その見詰める姿に見詰められるだけの姿だった。

 そうして私でなくなる事によって、その私の姿は、見詰められる事から愈愈逃れられなくなったが、見詰められるままなら、どのような私でない姿にも姿を変えて、何処へでも消えて行けた。ただ消えては行けても、その消えた先でまた姿を現すしかないのだから、その姿を終わりには出来ない。その私の姿の現れた先は、必ずそれまでと断ち切られていて、それによって何度でもその私の姿は私でなくなり続けた。そしてその都度、見詰め直されなければならなかった。決してその先へ送られる事も、その先から迎えられる事もなく、またその私の姿が、それを見詰める姿を何処かへ送る事も何処かから迎える事もない。それなら二つの姿は、二つで一つなのではないか。しかしその一つであっても必ず断ち切られている。そうして断ち切られても一つだった。それなら逆に、何故それは二つの姿であり得るのか。その私の姿がただ見詰められて、辛うじて二つの別の姿になれるのだろうか。いやなれるどころか、二つでなど初めからあり得る筈もなかったからこそ、その私の姿は、私ではなくなって、見詰められるだけの姿に留まるしかないのではないか。そこにはただ一つの事しかなく、それは一つのままに断ち切られるしかない。断ち切られて二つに分かれ、それぞれが別の一つになれるのであれば、断ち切られる事が繰り返されたりもしないだろう。

 そう信じる私の姿が、そう信じさせた私の姿を、何処へか知らずに済む方へ送っていた。その私の姿はもう、見詰められていないのかも知れない。私の姿を見詰めていた姿は、逆に、その私の姿でない私によって見詰められていた。そしてそれは、私の姿を見詰めてはいなくても、見詰められなくなった私の姿を見詰めてはいた。それを私が知る事によって、その私の姿は、私の姿を見詰められなくなった姿の方に帰って行く事も出来る。その私の姿は、そうしただろうか、しなかっただろうか。分からない。その分からない事で、その私の姿は、私の姿を見詰められなくなった姿を、何処へか知らずに済む方へ送って行けたのだろう。そう信じる私の姿は、そう信じるしかないのを嘆くべきかも知れない。見詰められもせずに、その私の姿は何処へ行けるだろう。その私の姿はずっと、その私の姿を妨げる力だけに導かれていたのではないのか。その力が、私の姿を見詰められなくなった姿を送らせてしまう。しかしその力ももう、それで用済みなのかも知れない。その私の姿は、その力を呑み込むようにして、自らを見詰めようとしてみた。そうしようと出来た自らを、その私の姿は祝うべきかも知れない。その自らを祝おうとする私の姿は、それを祝うものを招き入れ、その私の姿はそれに応えられるだろう。

 そう信じる私の姿は、何処へか知らずには済まない方へ送られていた。その私の姿は、いやそうであるなら、そこが何処か知られないままで、どうして私の姿を認められるだろう。そしてそう認められないなら、誰がそう認めないのか。認めないのが私の姿であるしかないから、その私の姿は、まだそこへは送られていない。そう信じる私の姿が、招き入れられたものを眺めて、その眺められるのを信じられずにいた。その信じられずにいる私の姿は、自らとその招いたものを消し去ってしまうしかない。ただ眺めだけに後が引き継がれ、それはそこを拡がりながら、何処へか知らずに済むか済まないか知れない方へ送られていた。そこでもそれは眺めであって、それに出来る事も幾つかありそうだった。眺めは先ず、眺めである自らを祝って祈るようだが、それに応えようとするものはなく、応えようとしてもそれを決して許しそうにない。どのようであろうと私の姿をも、それは許さないだろう。眺めは何も許さないから眺めであり、それが祝われるなら、眺めの他の一切が呪われてはいないだろうか。そう信じたくない私の姿が、何処へか知らずには済まない方へ送られていた。そこは、ただ私の姿を許さないためだけの所で、送られてしまえば、私の姿は、私の姿とは別の何かであるしかない。

 私の姿とは別のそう信じるその何かは、それをそうさせた力を弱め、そこにあるその力の元を打ち倒していた。私の姿は甦った。そう信じる私の姿は、何処へか、どうやら必ずそこでなければならない方へ先を急ごうとしていた。そして必ずそこでなければならないために、その私の姿は、私を捨てていた。その姿は、その姿であるそこを通り過ぎようと、その姿であるのも已めようとする。そこは通り過ぎられなければそこではないし、通り過ぎられてしまえばまたそこではない。その姿も、その姿でなくならなければその姿ではなく、その姿でなくなれば、そこには何もない。それでもその姿は、その姿で有り続ける。急がれている先が、そのまた先へ先へと、その姿を送り続けるからだ。そう信じるその姿は、そう信じた決心をも、先へ先へと送り出していた。或いは、決心などする前に、そう信じなければ先を急ごうとも出来ないと分かっていたなら、そのようにその姿を導くその先を、更にその先へと送り出しているのかも知れない。そのようにその姿がその先に導かれているのなら、その姿とその先は、導き導かれる違いの他は、そっくりではないか。その姿の先は、その姿を導く姿なのではないか。

 そう信じるその姿を先へと導く姿は、その先を急ごうにもその先がないのを知らされなければならず、先のないその姿は、姿でもなかった。それでも何かではあるその何かは、それが何かを知ろうとするしかない。或いは、それを知ろうとも出来ないのかも知れないが、そうであっても、何かを知ろうとはするしかない。いや、それもどうだか分からない。しかし知ろうとも出来ないなら、どうして分からないと知れるのか。或いはそれも、知れてはいないのかも知れない。それなら、その知れない姿を、そこに導き出そうとは出来ないだろうか。しかしそのためには、その先がなければならないが、先はないままだった。

 先がなくても後ならある筈だ。そう信じる何かから、そう信じる姿が導かれた。しかしその姿はそれを、ただの思い込みで、そうは信じられないと知るしかなかった。それでもそれはそう知った姿ではあり続けて、そう信じる姿は、そう信じられなくなっても、そう信じる姿を、次のそう信じる姿へと受け継がせて行けた。それはその先に違いなかった。そのようにその先は導かれた。そう信じるその姿は、もうそう信じなくて構わないと知らされていないだろうか。そう知らされたと信じる姿は、何も求めずにでもただただ振り返り続けたが、それはその先でも後でもない方へだった。そのようにしてその姿は、それと似たものを探していた。似たものは、似続ける事によって受け継がれるのではないか、その証しが求められていた。先でも後でもない方はその求めを拒んだが、その拒絶こそが求められていたとしたら、その姿は何も求めずに振り返り続ければ良い。そう知れたその姿は、もう振り返りはしないが、その姿をその導かれるべき方へ導いて行けた。そしてそう信じる姿はもう、そう信じなくても済んだ。その姿は、どちらでもない方へ向きを変えた。向きを変える度に、どちらでもない方がその姿を迎え入れようとした。その姿は、その誘いを乗り越え、どちらでもない方にも更に知られていない方を向こうとした。その知られていない方を向けるのは、その知られていない方から来たものだけだ。その姿は、どうしたらそれになれるのか。

 そこへ、知られていない姿が来た。それはその姿には知られなかった。知られていない姿は、それでもう消えて良かったので消えた。その知られていない姿の消えた姿を纏った、それを知らされない姿は、その姿をも知れない。その自らを知れない姿は、消えた知られていない姿に、それを知らないまま自らを委ねるしかないだろう。その姿は、それを知らされないまま、その姿を知らされる方を向いていた。そしてその知らされる姿を知った。その姿は知らされるだけで、その姿は尚それを知らないままの姿であるしかない。そうしてその姿は、知られていない姿になった。いや、元々のそのような姿に戻ったのかも知れない。

 その姿はその姿を知っていて、それがその姿の全てだった。それは、その他の知られていない全てと結び付いて、その姿を知られていないものにしている。とすれば、知られていないものは何もない。ただしかしそれが、その姿に知られる全てでもある。その姿はそれを知るだろうか。いや、その姿は問われない。誰に問えるのか。しかしそれもまた問いではないか、たとえ問いは問いを生み続けるが故に無力であるにしても。そのようにして、その姿は知られなくなった。

 その知られなくなった姿は、それでもその姿を知っていて、それがその姿の全てなのだった。その姿は、終わりを知らず、終わりを知らないのも知らず、だからそれはその姿を知れるが、その知れるのをその姿は知らない。それは知る事の内に入らない。だから終わりは知られない。とそのようにして、その姿は終わるだろうか。或いは終わるのではないようにして、その姿をその姿に還すのだろうか。それでももしその姿が向きを変えられるなら、それは、それをそれに還すのを已めて、またそれでなくなれるのだろうか。そうかも知れないその姿は、そう知れるのをその姿の全てに出来るだろうか。しかし知れるも知れないも、何の係わりがその姿にあるだろう。そのようにしてその姿は、それをそれに還す事も出来る。

 そのようにしてそれは姿でもないが、元々のそれに戻っただけかも知れない。それは、それをそれに還すまでもない。いや、それをそれに還すのがその全てかも知れない。それは知られないし、知られないとも知られない。そのようにしてそれは、そのような姿であるのかも知れない。しかし姿とは何だったのか。なぜ姿だけは還って来るのか。余りに明らか過ぎて答えようがないか、そうでなければ、もしそれに答えがあったなら何も始まりはしなかったのか。それならそれは、そのような姿としてその姿であるしかない。ただそれでもまだ、そのような姿でないものを、その姿は求めるだろうか。求めるとしたらその他にはないが、それを求めてその姿がその姿であり続けるなら、恐らくは何も求めなかったのだ。それともその姿にはもう、求められるものは何もないのか。そうだとして、その姿は何も求めずにいられるのか。その答えの顧みられないまま、そのような姿だけが、自らに求められもせず、そのようにあるしかない。そのようにしてその姿は、そう信じたいだけかも知れないが、何も信じようとせずにもいられる。しかしそれでは、それはそれに還されてはいない。(2005.04.16)















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