注 意 !!

以下のSSは、DQ8本編のネタバレを含みます。

プレイ開始間もない方は、ククールを仲間にした後、
川沿いの教会で、シスターの申し出を受けるまでは、
なるべく読まないことをオススメします。



















夜 が 明 け た ら
ナナイアキオ

 夕食の後、オディロ院長に案内された部屋は、これまで自分が暮らしていた子供部屋の半分もないのにもかかわらず、少し年長の修道士見習いたち3人が、寝起きを共にしているようだった。
 マイエラ修道院の2階、孤児や、食いつめた親に預けられた子供たちが、修道士として第2の人生を送る雑居部屋───見知らぬ街のようによそよそしい、その部屋の片隅で、幼いククールは、死んだ両親から自分に遺された、わずかな衣服の包みを抱え、ぼんやりと、窓の外の中庭を眺めた。
 不規則な寝息と、小さないびき。
 満点の星と二日月の光が、噴水の中で揺れている。
 覚えたばかりのお祈りの文句をうつろに唱えても、気分は落ちつかなかった。

 ここ数日、いまだ母の庇護が必要な年の子供に起きた出来事は、あまりに過酷すぎた。
 死といさかい。葬儀の合間に聞こえてくる、債権者たちの忍び笑い。
 小間使いにクッションを抱えさせられ、大人たちと離れた椅子へ連れていかれた後は、誰も彼もが自分なぞいないように振る舞った。時折、投げかけられるのは、台所のネズミでも見るような怪訝そうな眼差し。
 泣こうにも笑おうにも、何もかもが自分と遠くにありすぎて、まばたきひとつ、ままならない。
 そうして気が付けば、何着かの古びた服と、ぶかぶかの靴、遠縁のだれかが書いたという紹介状を手に、たった一人で、修道院までの遠い道のりを歩まねばならなかった。
 そして、何より───

 「……怒ったの、ぼくのせい…かなあ」
 はじめて、ちゃんと喋ってくれた人だったのに。
 おまえの兄がいるはずだからと、なぐり書きの地図を渡したのは誰だったか。自分のはるか頭上から聞こえてきた声は、人のものではないように思えた。今にも夏を迎えんとする草原は、手入れされた芝生の庭とはまるで別の緑をしていて、子供のやせた足をざくざく傷つけた。
 「みんな……嫌いなのかなあ」
 ぼくのこと、と続けるはずだった唇は、途中で引きつって声を成さなかった。
 喉が痛い。
 頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。

 朝、もう他人のものになった家を出て、墓石の色をした修道院に着いたのは、日が傾き始めた頃。
 自分の背丈の3倍もある、大きな樫の扉を開くにもひと苦労だった。暗く冷え切った礼拝堂に足を踏み入れたときには、棺桶の中に閉じこめられたような気がした。
 どこからか聞こえる、かすれた経文の響きが、無数に飾られた聖像の周囲を漂い、足首に絡みつく。救いを求めようと周囲を見回しても、みな、自分など初めからいなかったかのように、目を合わせようともしない。
 両親が病の床に伏した時から、気さくで楽しい奴だと思っていた執事も、本当の姉弟のように面倒をみてくれた小間使いも、家に遊びに来るたびに、おいしいお菓子とおもちゃを持ってきてくれた親戚も、誰も彼も、くるりと袋を裏返しにしたように、自分から背を向けた。悪い魔法使いに、姿の見えなくなる魔法をかけられてしまったように。

 『……君 はじめて見る顔だね』
 きちんと目線が合うように膝を折って、笑顔で話しかけてくれた人は、ずいぶん久し振りだった。
 前髪をあげた利発そうな少年の声のやさしい響きを思い返し、ククールは抱えた包みに顔を伏せた。
 泣き方は、まだ思い出せない。
 マルチェロと呼ばれた少年の言葉は、まるで意味がわからなかった。理解できるのは、どうやら自分が彼を怒らせてしまったということと、オディロ院長の話によれば、普段の彼は、はじめに言葉を交わした時と同じように、優しい良い人間だということだけだ。
 窓に頭をもたれさせる。ひんやり冷たいガラスが、夜の風にきしみをあげた。
 「怒ってるのは……怒らしたからだよね。わかんないけど、でも……」
 何か自分が、気に障ることをして、怒らせただけだとしたら。
 それなら、きちんと謝れば───例えば、今夜一晩眠って起きれば、きれいに晴れた空の色に、機嫌を直してくれているかもしれない。
 だって、ここのみんなは家族だって言ってたもの。
 だって初めて会った時は、やさしい目をしてたもの。
 窓に寄りかかったまま、その場にしゃがみこむ。床に尻餅をついてはじめて、足がくたくたに疲れていることに気付いた。
 廊下から漏れてくる松明が、長い光のラインを作って、自分の爪先まで伸びてくる様は、昨日まで寝起きしていた、豪奢な子供部屋と同じだった。
 「家……」
 本当に、ここが自分の家になるのだろうか。
 これは長い長い夢で、目が覚めれば、いつもと同じように父親と母親がいて、世界は自分とともにあるのではないか。
 しかし何度まばたきしても、瞼の裏の光は、けして、子供部屋を呼び寄せてはくれない。
 手の甲で目をこするうち、出てきた涙も、すぐに乾いてしまった。
 「ほんとに、ここにいるのかなあ……」

 いくら莫大な借金を遺して両親がいちどに死んだとはいえ、年端も行かぬ子供が修道院に追いやられたのには理由があった。
 好色な父親が、以前、小間使いの一人に産ませた腹違いの兄……葬儀の日までククールも知らなかった、唯一の血縁が、このマイエラ修道院に、不義の子として預けられていたのだ。遠縁の老人の説明は、さっぱりわからなかったが、「家族」と呼べる人間がひとり生きていてくれた事は、ククールにはわずかならぬ希望であった。
 まだ見ぬ兄は、どんな人間なのだろうか。
 父に似た、恰幅のよい巻き毛の青年なのか、それとも母親に似ているのだろうか。
 オディロ院長は、この修道院にいる者は、みんな自分の兄弟だと言って、誰が本物の兄なのか教えてくれなかったが、昼間、中庭で会った少年なら───マルチェロなら、教えてくれるかもしれない。
 そう。質問をきっかけに、今度こそ楽しく、会話できるかもしれない。
 「えっと…あやまって、それから聞くんだ。うん。あやまって……」
 「……うっるせ…ぞぉ……」
 突然、すぐ脇のベッドに寝ていた修道士が、こちらに枕を投げつけてきた。慌てて両手で口を押さえる。膝からこぼれた荷物の包みが、枕の上へふわりと落ちた。
 「……ごめんなさい。おやすみ……」
 声をひそめて囁き、その場に身体を横たえる。ふざけて地下のワイン蔵に隠れ、そのまま寝てしまった時も、こんなふうに、石の床は冷たくごつごつとしていたが、羽根枕があるだけ、今のほうが寝心地がいい。
 たぶん自分は、この修道院でうまくやっていける。そんな気がしていた。
 瞼が重い。夜明けが近いのか、安普請の窓の外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。
 眠ろう。そして、目が覚めたら───
 夜が明けて、みんなが起きてきたら。マルチェロというあの少年を探して、話しかけてみよう。
 そうして、また笑ってくれたら、今度はお兄ちゃんのこと聞いてみよう。
 院長先生にも、もう一度、ちゃんと聞いてみよう。
 目が覚めてもまだ、自分がこの世界にいるのなら……父と母が死んだことが、悪夢ではなく現実なのだとしたら。
 「おやすみなさい……」
 おぼろげな意識の中、誰にともなくそう呟くと、ククールは深い眠りに落ちた。


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