戦い
「っきゃ……!」
 ものすごい勢いで突っ込んできたスライムに、あたしは呪文を唱えることもできず立ち尽くす。魔法使いギルドではそれなりに優秀な成績を取ってたのは確かだけど、ギルドではこんな風に瞬時に判断して呪文を唱える、って練習なんてできなかった。実戦、っていう恐ろしい舞台の中では、あたしはしょっちゅうこんな風に固まってしまう。
 どんっ、と体ごと突き飛ばされて、あたしは地面に転がった。背中の強い衝撃に、思わず呻く。骨が折れたんじゃないかってほどの痛みと、ひたすら咳き込まずにはいられないほどの衝撃。あたしはまともに動くこともできず、今にも襲いかかってきそうなスライムの目の前で、体を丸めて必死に痛みに耐えた。
 と、ざんっ、とそのスライムが真ん中から真っ二つに斬り裂かれる。あ、と思わず顔を輝かせるあたしにかけられたのは、あたしが思ってたのとは違う声だった。
「大丈夫かい、ステファニア?」
「……ステル、さん」
 思わず胸のところをぎゅっとつかんでその人の名前を呼ぶと、ステルさんは苦笑してみせる。
「ごめんね、ゴドじゃなくて」
「いえ……そんな」
「ちょっとー、ゴド! あんたなにやってんのよ、さっきの状況じゃステヴよりあんたの方がファニーに近かったでしょ!? 助けに入りなさいよああいう状況ならっ」
 ステルさんと同じように、あたしの仲間であるユズがそう言って詰め寄る。でも、詰め寄られた相手のフレード――あたしたちのパーティの勇者である、ゴドフレード・アザロは、いかにも馬鹿にしたようにふん、と鼻を鳴らして剣を鞘に収めつつ言った。
「ざけんな、阿呆かてめぇ。こいつはしつっこくつきまとってくるから仕方なく仲間にしてるだけの奴なんだぞ、そんな奴なんでわざわざ俺が助けなきゃなんねーんだよ」
 あたしの心臓は、その言葉にどくんと音を立ててなってから、小さくきゅーっと縮こまる。しつこくつきまとってくるから、仕方なく。この数日でも何度も言われた言葉だ。
 その通りなんだけど、そう言われても仕方ないんだけど。それでもそう言われるたびに、あたしの喉の辺りは氷が触れたようにすぅっと冷える。
 と、がづっ! と音がした。
「てぇっ……! なにしやがるこの暴力女!」
「何度も何度も言ってんでしょーが、女の子にそんなこと言うような男は殴る蹴るされて当然! っていうかたかがか弱い女の子の蹴りくらいでぐだぐだ言うんじゃないわよ男のくせになっさけない」
「素手で魔物ぶっ殺す武闘家が言える台詞かそりゃあ!」
「ちょ、ちょっと待って、待ってってば」
 あたしは思わず立ち上がり、フレードとユズの間に割って入る。
「あの、いいんだよ、ユズ。フレードの言うこと、ホントのことなんだし」
「ホントだろーがなんだろーが女の子に言うことじゃないでしょー!? っていうか今にも襲われそうになってる仲間助けないとか人として許されることじゃないわよ!」
「うん、でもね、あたしが半ば無理やり仲間にしてもらったのはホントなんだし。いいの。だから、ね、お願い」
「むー……ファニーがそう言うなら、いいけどさぁ……」
 いかにも渋々、というように拳を引くユズに感謝と謝罪を込めて笑いかけてから、小さく唾を飲み込んでフレードに向き直り、できるだけいい笑顔になるように、と自分に言い聞かせつつ笑って言う。
「フレードも、ごめんね。あたしのせいで……」
「……うぜぇんだよ、お前はいちいち。ヒロインぶってんじゃねぇ、何様のつもりだブス」
「……っ……」
 がっづ!
「……ってぇっ! てめぇ、このアマ、今顎マジミシっていったぞ、ミシって!」
「それがなによこのインポ野郎、女の子にかばってもらってでかい態度取ってんじゃないっつーのよっ!」
「ほらほら、ユズ、喧嘩しない。ゴドも意地を張るのもいい加減にしなさい、いつまでもそんな調子じゃ本当に嫌われちゃうぞ?」
「……っ、うっぜぇなどーでもいいんだよんなこたぁ!」
 ぎゃんぎゃんと言い合うフレードたちの横で、あたしは一人必死に痛みに耐えていた。ずきずき、がんがん、心臓が痛む。頭の中にわんわんとフレードの言葉がこだまする。苦しくて、痛くて、本当にもう泣きそうで、でも泣いたらフレードにまた嫌われるから、必死にそれを堪えてうつむいて。
 あたしたちは、旅を始めてからずっと、そんなような光景を繰り返していた。

「……やっぱり、フレードって、あたしのこと、目にも入れたくないくらい、嫌いなのかな……」
 あたしがぽそり、とこぼすと、ユズが驚いたように目を見開き、ばんばん机をたたきながら反論してくれる。
「なに言ってんのよ! ファニーみたいな可愛い女の子、嫌う男なんていないって! むしろ嫌う奴なんぞ死刑が上等よ!」
 その真剣な眼差しをありがたいと思いつつも(そして死刑が上等って……とか思いつつも)、あたしはうつむいて言葉を紡ぐ。
「でもさ……フレード、もう一か月も一緒に旅してるのに、全然見向きもしてくれないっていうか、むしろあからさまにあたしのこと嫌がってるし……もうほんとのほんとに、あたしのことそばにいられるだけで嫌なんだったら……」
 あたしにはもう、どうしようもない。
 下を向いてずーんと落ち込むあたしに、ユズはばーん、と机を思いきり叩いてきっぱり叫ぶ。
「なに言ってんのよ、弱気になってる場合!? そりゃあたしだってファニーがあんなボケ男にイカれてるのとかえーっていうかおいおいっていうか他の男にした方がいいんじゃないのーとかいっつも思ってるけどさ!」
「……ボケ男って……そーいう言い方……」
「でも! ファニーはあいつがいいんでしょ、あいつじゃなきゃ駄目なんでしょ!? だったらどこまでも諦めないで喰らいついてく以外どーしよーもないじゃんっ、自分の乙女心が力尽きるまでさ! そうでないとせっかくの恋にあんまり失礼じゃんっ」
「…………」
 あたしはユズの言葉を聞いて、ほろっと涙がこぼれそうになるのを感じた。ぶんぶんと首を振って堪え、うんとうなずく。そうだ、あたしはこんなところでくじけたくなんてない。フレードに正面きって最後通牒を突きつけられるまで、頑張りたいんだ。そのためにあたしは、これまでずっと頑張ってきたんだから。
「うん……そうだよね。ありがとね、ユズ。いっつも愚痴聞いてもらっちゃって」
「いーっていーって、親友でしょ? その代わりあたしの惚気話ちゃんと聞いてくれれば!」
「あははっ、はいはい。今日はどんなことがあったの、ステルさんと?」
「それがね、聞いてよ! ステヴってば今日ゴドのお供にお城行ってるじゃない? あたしも一緒に行く! って言ったんだけど、『お前が一緒に来ると騒ぎになる可能性高いだろ』とかって言うのよ失礼しちゃうよね! でもそのあとぽんぽんってあたしの頭叩いて『お前はステファニアを頼む。お前にしかできないことだろ』ってー……v」
 あたしはうんうんとユズの話を聞く。自分の恋が全然うまくいってないのに遠慮なく惚気話をしてくれるユズには、ちょっぴり腹が立たないといったら嘘になる。でもそういう風にこっちにあんまり気を遣ってくれない分、あたしも遠慮なく愚痴れるというのはあったし、それにいっつも自分の恋にまっしぐらなユズを見てると、あたしも頑張らなくちゃって気持ちになれるから、ユズと話すのは楽しかった。
 これまで四人で一緒に旅してきて、一番仲良くなったのがユズでその次がステルさんって(旅慣れないあたしをいろいろフォローしてくれたりする優しい人なんだ)、あたしの旅の動機からはずいぶんかけ離れてるけど。フレード以外の仲間たちはあたしの恋を応援してくれてるっていうのは、すごく心強いし、ほっとする。自分が一人じゃないって思えるのって、すごく大事で心休まることだ。
「ユズ、ステファニア。ここにいたのか」
「あv ステヴー!」
 ユズが大きく手を振る。あたしはそっちを振り向いて、数瞬固まった。フレードがものすごく不機嫌な顔でステルさんの隣に立っていたからだ。
「ロマリア王から説明を受けてきたよ。まぁこの国に集まってる勇者にはほとんど全員説明してるらしいから、けっこう適当な感じだったけど」
「えー、なにそれ。盗まれた冠取り返してきてやろうっていうのにその態度?」
「いや、なんか向こうとしては半ばゲームみたいな感覚らしくってさ。小耳に挟んだんだけど、貴族たちの間で賭けまでしてるらしいよ。ロマリアの潤沢な資産からすれば王冠のひとつやふたつどうってことない……と、周囲にも印象づけたいって気持ちもあるんだろうけど」
「ふーん……でもなーんか気に入らなーい」
 そんなことを話し合うユズとステルさんの横で、あたしはフレードの様子をうかがっていた。フレードに話しかけたいんだけど、なんて話しかけたら怒らせずにすむか、嫌われずにすむかわからない。
 でも黙ってたってなにも始まらない! と気合いを入れて、そっと上目遣いでフレードを見上げつつ、訊ねてみる。
「あの……なにか、嫌なことでもあったの?」
「あぁ?」
 ぎろり、と睨まれ思わずびくりとするけど、負けちゃ駄目だと気合を入れて笑顔を浮かべ続ける。
「ロマリア王家の人たちと会って、なにか嫌なことでもあったのかなって」
「あったらなんだっつーんだよ。ストレス発散する手伝いでもしてくれるってのかよ、えぇ?」
「うん、あたしにできることなら、なんでもやっちゃうよ?」
 そう微笑んで言うと、フレードは下卑た笑みを浮かべた。……好きな人の笑顔を下卑た笑みって言っちゃうのもなんだけど、フレードはたぶん、そういう風な印象を与えようとして表情を選んだんだと思う。
「はーん。なら、今晩俺の部屋に来るかよ」
「え」
「ストレス発散させてくれんだろ? だったらベッドでたっぷりイライラぶつけさせてもらってもいいんだよなぁ?」
 ――その言葉に、あたしはなにも返すことができなかった。ただ固まって、呆然とフレードを見上げただけ。
 フレードがそういう風に、当たり前みたいにそういうことができる人だっていうのはわかってたはずなのに。なんでか、すごく、砂嵐が吹きつけてきた時みたいに、肌の下がざりざりってして。
 ただ呆然とフレードを見上げていると、フレードは一瞬ぎくっとしたような顔をして、それから盛大に舌打ちをして後ろを向いた。
「冗談に決まってんだろ。てめぇみてぇな色気のねぇ女、抱こうとしても勃つかよ」
「………っ」
 あたしは思わず真っ赤になってうつむく。そういうことを当たり前みたいに口にされてはずかしいのもあったけど、それ以上に自分がそんなことをする価値もないって言われたのも、かなりショックだった。ホントのホントにあたしって、フレードにとってはなんの価値もないんだなって思い知らされたみたいで。
「それでねーステヴーv ……ってあっ、ちょっとゴド、あんたなにファニー泣かしてんのよっ、いい年こいた男が女の子泣かすとかなに考えてんのこの男のクズ!」
「うるせぇ色ボケ女元はと言えばてめぇが悪ぃんだろうがぁっ!」
「は!? なによそれ責任転嫁しないでくれる!?」
「こらこら、二人とも落ち着けー」
 また喧嘩を始めた二人に、ステルさんが割って入り止める。それからみんなで一緒にご飯を食べに行ったんだけど、フレードはなんだかずっと不機嫌なまんまだった。あたしも一生懸命話しかけたんだけど。
 ……そりゃ、あたしの言葉なんて、フレードにとってはほんとに、なんの意味もないものだっていうのは、わかってる、けど。

 がぎぃんっ!
 刃と刃が噛み合う軋むような音が響く。人間同士の戦いなんてこれが初めてで、ドキドキしたし殺しちゃったらどうしようと怖かったけど、足手まといにだけはなりたくないって必死に自分を励まして呪文を唱える。
 シャンパーニの塔、カンダタ一味との戦いはあたしたち優位に進んでいた。なんといってもステルさんとユズがあたし(たち)の予想よりはるかに強かった、というのが大きい。ステルさんよりも体の大きな巨漢であるカンダタの斧の一撃もステルさんは盾であっさり受け止めたし、ユズの疾風のような鉄の爪の一撃は敵の鎧を打ち砕いて急所を突いた。
 一応あたしも援護呪文やなんかでそれなりに貢献はしたつもりだけど、たぶん焼け石に水レベルのものでしかなかったと思う。人間に向けて攻撃呪文を唱えるのに、つい躊躇しちゃったりもしたし。
 と、がたり、と音がした。はっと振り向き、仰天した。揃いの鎧を着けたカンダタの親衛隊の一人が、カンダタたちと戦ってるみんなの後ろにいたあたしのさらに後ろから出てきている。
 まさか――抜け道を使って、不意打ちを!?
「空に漂う深淵よ、いと冷たき氷霊よ、その力集め氷の矢と化して我が敵を貫け!=v
 早口でヒャドの呪文を唱えて攻撃するけど、当然ながらあたしレベルの呪文じゃ一撃で倒すことなんてできるわけがなかった。相手は凍りついた腕を振り回して氷を砕き、あたしに向け剣を振り上げる――
 あっ、斬られるっ、と思ったらあたしは目をつぶってしまっていた。本当ならそんなの冒険者としては最低だっていうのはわかってたんだけど、怖い、痛そう、痛いのが来る、と思ったら体が勝手にそれに耐える体勢になっちゃったのだ。
 あたしは敵の前で、目をつぶって固まるっていう戦う人間としては最低の行動を取りながら、理性は『バカバカなにやってるの』って叫ぶっていう、ホントにバカそのものなことやってたんだけど、数瞬経っても痛みが訪れないのでそろそろと目を開け――仰天した。
「ふ……フレード!?」
「……っ」
 フレードは低く呻き、左の肩口を深く割り裂いた敵の剣を、右手の剣で無理やり弾き飛ばした。当然どばっ、と血が出るんだけど、フレードはそんなこと気にも留めてないみたいに剣を振り回して敵に襲いかかる。
「ふ、フレード、血、血……!」
「うるせぇっ!!」
 鞭打つような激しい声に反射的にびくぅっ、と震える。怖い。フレードの声が怖い。フレードの肩から湧き出るように流れ出る血が怖い。このままじゃフレードが死んじゃうっていう事実が怖い。それに対してあたしがなにもしてあげられないのが怖い。あたしはホイミが使えない、薬草を使うには近寄っていって怪我したところに当てるかかけるしかないんだけど、激しく斬り合いを繰り広げているフレードにうまく薬草を当てる自信なんて全然ない。
 ――いや、ある。
 怖いけど、フレードの傷を癒してあげることもできないあたしだけど――でも、できることは、ある!
「空に漂う深淵よ、いと冷たき氷霊よ、その力集め氷の矢と化して我が敵を貫け!=v
「っ!? てっ……!」
 あたしの手元に幾本もの氷の矢が生まれ、フレードの相対する敵へ向かう。現在のあたしの使える対個人魔法の中では一番強力な氷の呪文は、人には捉えられない速さで宙を飛び、敵の首を貫いた。
 当たり所がよかったんだろう、敵は鎧を凍らされ、たぶん喉を氷の矢に貫かれて動きを止めた。びくんびくんって蠢きはしてるけど、それは死に際した獣の痙攣と変わるようには見えない。
 フレードが肩口から血を流しながらこちらを睨む。びくんと反射的に体が震える。
 それだけじゃなくて、あたしの頭の中では『殺した』『殺したんだ』『人間を、あたしが、殺したんだ』って言葉がわんわんしてて、気持ち悪くて、吐きそうで、もしかしたら倒れるかもってくらい体の芯がぐらんぐらんしたけど――それでも、あたしはにこっと、笑ってみせた。必死に。
 だって、あたしがどんなに辛いかなんて、フレードには関係ないことだろうし、恩着せがましくされても嫌だろうし――それに、意地になってたんだ。どうせフレードはあたしに優しくなんてしてくれっこないんだから、こっちからだって意地でも頼ってやるもんか。でなきゃ好きって気持ちだけでこの旅についてきたあたしが、あんまりみじめすぎる、って。
 フレードはそんなあたしの顔を見て、大きく目を見開いた。それから顔を一気に赤くして、思いきりしかめ、なにか言おうとこっちに向け一歩を踏み出す――
 とたん、倒れた。
「え……えぇっ!? ふ、フレードっ!?」
 慌てて駆け寄る。だけどフレードは目を開けなかった。目を閉じたまま、肩からだらだら血を流したまま、荒い呼吸を繰り返している。
「そ、うだ、怪我っ……薬草、治さなきゃ……!」
 あたしは慌てて腰につけているポーチから薬草の包みを取り出し、中身を傷口に当てる。フレードが呻く声に『そんなに痛いの!?』とビクビクして、必死に何度も、できるだけそっと薬草を傷口に当てる行為を繰り返した。
 やがてフレードの呼吸は少しずつゆるやかになってきた。そのことに心底ほっとして、フレードの頭をぎゅうっと抱きしめる。傷口に障るかもしれないってちょっと思ったけど、それでも我慢できなかった。
 よかった。フレード、死ななかった。生かすことが、できた。
 よかった………。
「おーい、ファニー。うるうる感涙モードなのはいーんだけどさー、こっちも戦ってたってこと理解してるー?」
「こら、ユズ。こんな状況で横から口を出すのは無粋だろ?」
「えーだってーなんかムカつくじゃん勝手に世界は二人のためにー的な空気作っちゃってさ。要は部下の一人相手ごときにゴドが勝手にファニー庇って死にかけて結局ファニーに助けられた、ってだけなのにー」
「まぁそれはそうだけど。少なくともあの二人にとっては命懸けだったんだからそのくらいは許してやりなって」
「…………っ!?」
 あたしがばっと振り向くと、すぐ後ろに立ってたユズとステルさんがにっこり笑顔で手を挙げる。
「あ、気がついたー? 残りの敵はあたしたちが全部倒しといたからー」
「カンダタなんだけど、宝物庫の鍵と引き換えに命乞いされたんで逃がしてやることにしたよ。まぁあの距離だととどめ刺すより先に鍵を塔の外へ放り投げられそうだったし、そうなると探すの面倒そうだったし……それに、どうせ捕まえてもロマリアの腐った貴族の慰み者になるだけだしさ」
「もーステヴってばホントにどんな相手にも優しいんだからぁっ、大好きv あ、ちなみにこれからのために忠告しとくと、敵が全部もう動かないことを確認するまでは、なにがあっても冷静さ失っちゃダメよ。たとえ愛してる相手が倒されようとね! 気持ちはすっごくわかるけども!」
「こら、ユズ、締まってる締まってる首が! ……まぁ、こいつの言ってることが正しいのも確かだけどね。慣れるものでもないだろうけど、訓練はしておいた方がいいよ?」
「………ウキャーッ!」
「きゃー、ファニーがいきなり混乱して暴れだしたー!」
「いや、混乱というか、年頃の少女としてはごく当たり前な心理だと思うよ。俺がファニーでもきっと恥ずかしさで死ぬか暴れるかしてるし、まぁわかっててやったの俺だけど」

 目を覚ましたフレードは、今までで最大級ってくらいに不機嫌で、こっちを見ようともしてくれなかった。ステルさんとかが話しかけたりもするんだけど、「うるせぇ」「消えろ」とか思いっきり腹立ててますって声で短く言うもんだから話の通じさせようがない。
 だからあたしはしゅーんとして、隊列の最後尾をのろのろシャンパーニの塔の外に向かい歩いてたんだけど、休憩時間、ふいにステルさんが話しかけてきた。
「ステファニア。君、もしかして、自分が悪いことしちゃったせいでゴドが機嫌悪いんだ、みたいに思ってる?」
 ステルさんがそう言うや、ゴドはぎっとあたしたちの方を殺気を込めて睨んだらしいんだけど、ユズの巧みなブロックのせいであたしは全然気づかず、普通に答える。
「え、だって……そうじゃないんですか? あたしが足引っ張って、フレードが傷ついたから……」
「違う違う。そんなんじゃないって。あれはね、単に男の見栄を張りきれなかったのが悔しいだけだから」
「え……男の、見栄?」
「そう、見栄。戦いの最中でステファニアが後方から襲われそうになってるのに気づいて駆け戻って庇ったはいいものの、敵に負けそうになって庇った女の子に敵を倒してもらって。それだけでも恥ずかしいわ悔しいわ情けないわでもうどうしようもないっていうのに、その女の子に、今にも泣きそうな女の子に必死に励ますような笑顔浮かべられて。しかもせめてその笑顔をなんとか崩してやろうと気持ちを高ぶらせたらぶっ倒れて、その女の子に必死に介抱されたんだよ? そりゃあもう、男としての矜持がある奴だったらもう『死にたい!』ぐらいのことは思うよ」
「え? はあ……え? えっと……」
 い、言ってる意味がよくわかんないけど……少なくとも、ステルさんが言いたいのは……
「あたしがそんな嫌いってわけじゃない、ってことですか?」
 その問いに、ステルさんは小さく首を傾げ、後ろを振り向きつつ言う。
「まぁ、俺があいつだったら、嫌いな女の子に対してそんな風にはならないと思うけど。どうだ、ゴド?」
「―――!」
「んぐ、ぶはっ、はぁっ……!」
 同時にユズがさっとフレードを開放し、最初からフレードになんて触ってもいませんよ、くらいの距離を取る。ユズをぎっと睨んでから、荒い息の下で、フレードは真っ赤な顔であたしを睨み――
「くっだらねぇこと気にしてんじゃねぇこのボケ女!」
 そう叫んで、即座にユズに急所を蹴られ悶絶した。
 ステルさんが慌てて二人の仲裁に入る後ろで、あたしはフレードの冷たい言葉に胸を痛めながらも、
『貧乳ブスから、ボケ女に昇格してる……』
 なんて嬉しく思ってしまった辺り、ちょっとずつこの旅に慣れつつある、ってことなのかもしれない。

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