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「山賊団?」
 フォルデが驚いたような声で言うと、村長は深刻な顔でうなずいた。
「はい。村の近くに砦を構え、近隣の村の財貨を奪い悪逆非道の限りを尽くしておるのです」
「ざけんな! 国はなにやってやがんだっ、こーいう時に助けに来んのが仕事だろうがっ!」
 怒鳴るフォルデに、ラグが冷静な顔を崩さず言う。
「よくあることさ。領主がいるわけでもない村は国家に対する発言権はない。どんなに討伐を請うてもなしのつぶて、まともに取り合ってすらもらえない」
「クソッタレが」
「だから俺たち冒険者の存在価値もあろうというものさ。なぁ村長殿?」
「は、まったくその通りで」
 ロンにうなずいてから、村長はセオの方を向いた。がっしと両手をつかみ、涙を流さんばかりの勢いでかきくどく。
「勇者さま! なにとぞ、どうかなにとぞ! なにとぞ我らを救ってくださいませ! 山賊団に奪われ我らの財貨はもはや尽きようとしているのです、冒険者を雇うこともできません! 勇者さまのお力で山賊団を打ち破ってくださいませ!」
「へ、え、え?」
 そもそも自分に話しかけられるということを考えていなかったセオはうろたえて仲間たちを見回した。ラグは目をぱちくりさせ、フォルデは顔をしかめ、ロンは少し面白そうに片眉を上げる。
「勇者に請うて冒険者に払う金を節約しようという腹か。せこいな」
「いえいえまさかそのような! ただ勇者さまならば我らのような力のなき者どもも哀れんでくださるだろうと」
「勇者はそうかもしれんがセオは俺たちの仲間だ。そして俺はプロの冒険者としてただ働きをする趣味はない」
 というわけで、とにっこり笑ってロンは言う。
「奪われた金の一割でいいぞ?」

 ロマリアからアッサラームへ向かう道中、街道沿いの村に立ち寄った時に舞い込んできた依頼。山賊団の討伐を、セオたちは結局奪われた金の五分で引き受けた。
「ったく、なんで俺らがこんなことしなきゃなんねーんだよっ」
「ぼやくな。別に嫌なわけでもないんだろう?」
「嫌に決まってんじゃねーか面倒くせぇ」
「ほほう。国に見捨てられ山賊団に金を巻き上げられる哀れな衆生を見捨てると? 金のために当然のように人を殺す奴らは、お前の流儀にも反しているんじゃないのか?」
「ざけんなボケ、そーいうこと言ってんじゃねーよ! 俺たちのする仕事じゃねーだろっつってんだ、国の仕事だろこれ。……それに金ならあんだからなにもこんなところで小金稼ぐこたねーじゃねーかよ」
「ほう。お前は自分の仕事には当然それに見合った対価を要求するものと思っていたが?」
「っせーなんなことわかってんだよ俺だってけどてめーみてーにがっつくのは見ててムカつくんだよっ!」
 セオは言い合う二人をぼんやりと眺めつつ、山賊団に対する対処方法を考えた。民間から依頼を請けるというのは初めての経験だが、山賊団というのはカンダタたちとさほど変わらない存在であろうことは想像がつく。ならば、なんとか説得をして――
「セオ」
「はっ、はいっ?」
「言っておくけれど、君に対処を任せる気はないから」
 振り向いたセオに、ラグはきっぱりと言う。
「君はたぶん山賊団の奴らを説得しようとか考えてるんだろうけど、俺たちは許さないから。カンダタの時の二の舞になるようなことは嫌だからね」
「え……で、でも」
「セオ。前にも言っただろう? 俺たちは君のことが大切なんだ。君が敵に傷つけられるのを、黙って見てろって言うのかい?」
「でも………」
 うつむくセオに、ロンが軽い口調で言う。
「別にそんなことを考える必要なんてないだろう」
「え?」
「どういうことだ、ロン」
「セオ。要は相手を傷つけないで捕らえられればいいんだろう?」
「え、あの、はい」
「なら、話は簡単だ」
 にっこり微笑むロンに、セオたちは首を傾げた。

「……ラリホーってこんなに便利な呪文だったんですね」
 感心して何度もうなずきながら言ったセオに、ロンは笑った。
「優秀な使い手によるものならな。敵味方判別可能な行動不能呪文だ。相手を無力化して捕らえるにはもってこいというわけさ、学習したか?」
「はいっ」
 セオは深くうなずく。実際こうもうまくいくとは予想していなかったので、驚きもひとしおだったのだ。
 要するに夜山賊団の本拠地にこっそり忍び寄り、ひとところに集まっている山賊団員たちを片っ端からラリホーで眠らせて縛り上げるというだけの作戦なのだが。セオのラリホーは驚くほどに効果を発揮し、山賊団全員を傷つけることなく拿捕することを可能にしたのだった。
「……けどこいつらどーすんだよ。こんだけの人数じゃ閉じ込めんのも連れ歩くのも骨だろ」
 フォルデが気が進まなそうに言う。確かに縛り上げた山賊たちは総勢十一名、面倒を見てやるのは骨だろう。
 だがセオは首を振った。
「たぶん、俺がなんとか、できると思います」
「は? なんとかって……どーやって」
「まず、自分の足で歩いて、くれるようにお願いして。どうしても嫌だということであれば、縛り上げたまま紐をつけた大きな木板に、乗ってもらいます。それに、俺がプカルーラ――浮遊の呪文をかけて浮かばせて、引っ張るんです」
「…………」
 フォルデは考えるように眉根を寄せたが、ラグはぽんと手を打ちロンもうなずいてくれる。
「なるほど! 確かにそうすれば楽に運べるな」
「確かにいい手だ。だがセオ、それで君の魔力はもつのか?」
「たぶん、大丈夫だと思います。持続時間延長の術式は、俺も知ってますし。プカルーラはそれほど、魔力を食う呪文でもないですから」
「よし、じゃあ今日はこいつらをこのまま納屋にでも放り込んで、明日運び出すとするか」
「はい」
「よし、そうと決まれば今夜は飲むぞ」
「え? なにをですか?」
「決まってるだろう。村を山賊から救ったんだぞ? となれば村のすることは決まってるだろう」
「?」
 ロンはくすりと笑い、ラグは苦笑して、セオと、同じように眉をひそめているフォルデに言った。
「宴席が設けられる、ってことだよ」

 山賊を引き連れながら戻ってきたセオたちに、村長はじめ村人たちは大喜びした。
「ささやかですが宴を開かせていただきますので、どうぞご参加くださいませ」
 伏し拝むように頼まれて、セオは困惑した。どうして自分に言うのだろう。
「あの……ラグさんたちは、どう、しますか?」
「てめぇ人の顔色うかがってんじゃねーよっ、てめぇがどうするかくらいてめぇで考えやがれ!」
「フォルデ、落ち着け。……いいじゃないか、せっかくだし。それに、セオ、君だって人に感謝されるのは嫌じゃないだろう?」
「え……」
 セオは困った顔になった。嫌、というのではない。自分にそんなことを言う権利はない。
 ただ、苦手だった。旅に出るまでは考えたこともなかった状況、人に褒められ感謝されるという状態。それは自分をひどくいたたまれない気分にさせる。自分ごときに感謝される価値はないのに、と申し訳なくてたまらなくさせる。だからできることならラグたちに任せてしまいたいところなのだが。
「勇者さま、どうぞ、なにとぞ! 我らのせめてもの心遣い、受けてくださいませ! むろん勇者様には物足りぬこととは思いますが、精一杯おもてなしさせていただきますゆえ!」
 セオは泣きそうな顔になって首を振る。そんな、自分の方こそあなた方にもてなされるに足りるほど偉い人間では。
「セオ。せっかくだ、受けようじゃないか」
「ロンさん……」
 ロンは下りた前髪をさらりとかきあげつつ笑う。
「これから君はこうして人に感謝されることがどんどん増えていくだろう。それをすべて受ける必要はないが、すべて断るというのも角が立つ。その練習には、今回の宴はちょうど手ごろだと思うが?」
「で、でも」
「おお、受けていただけますか勇者さま!」
「え、え?」
「さ、さ、こちらへ。祝宴の準備はすでに整っておりますぞ!」
 村長に引っ張られ、セオたちは外の広場に連れてこられた。夜中に山賊団を襲撃して、今は明け方。なのに何人もの村人が立ち働き、赤々と炎が燃えている。驚いてセオは村長を見た。
「あの……?」
「勇者さまなら山賊団ごときに負けることはありえまいと、ご出立の頃より準備をしておりました」
 いいのかなぁそれで、と思いつつ広場奥の一番の上座に座らされる。牛を一頭つぶしたらしく、焚き火で大量に串に刺された肉が炙られていた。一瞬泣きそうになったが、きっと自分ではなくラグさんたちの労をねぎらうためなのだろうと自分を落ち着かせた。
「さ、勇者さま。まずは一献」
 自分の左右になぜか少女と女性が座った。ちょこん、と正座したセオの前でしとやかに一礼し、杯を差し出し手に持った瓶から液体を注ぐ。
「あの……これ、お酒……?」
「はい。お嫌いですか?」
「お嫌いって、いうか……」
 飲んだことがないのだけれども。
「さ、さ、勇者さま、村で取れた麦から作った地酒の味は格別でしてよ? 私たちのせめてもの心づくし、受け取ってはいただけませんかしら?」
「あの……えっと……」
 困って周囲を見回すが、ラグはすでに杯を傾けながら肩をすくめるだけだし、ロンも似たようなものだ。フォルデは自分と同様女性に囲まれて酒を勧められ顔を赤くしており、こちらにまで注意は向いていない。
 左右の女性はにこにこしながら杯を持ったセオを見ている。その笑顔に圧力を感じ、感じたことに後ろめたさを覚え、セオは覚悟を決めて杯に満ちた酒を一息に飲み干した。
「…………!」
「まぁ勇者さま、いい飲みっぷり!」
「さすが勇者さまですわ!」
 喉と胃を焼く熱さに泣きそうになっているというのに女性たちは左右からセオを褒め称える。なんなのだろうこの人たちは、と考える暇もなく杯にさらに酒が注がれた。
「さ、勇者さま、まだまだ酒はたっぷりありましてよ?」
「私たちの酒、どうぞ飲んでくださいね、勇者さま?」
 セオはどうしようと泣きそうになりながらも、どうしようもなくてさらにぐいっと酒を飲み干した。

 頭がぐらぐらする。血行が悪くなっているのか、頭ががんがんと痛い。
 勧められるままにもう何杯酒を飲み干したのかセオはもう思い出せなくなっていた。飲み干したと思えばすぐ次が注がれ、とにかくひたすら喉を焼く液体を嚥下するしかない状況に耐えるうち、どんどん自分がおかしくなっていくのがわかる。
 さっきまで喉を焼くいやなものだった酒がひどく気持ちのよいものに思われ、セオはさらに杯を乾した。
「勇者さま、お見事ですわ!」
「さ、さ、もっとぐいっと」
 さらに杯に酒を注がれ、飲み干す。世界がぐるぐる回っている。頭が勝手にぐらぐら揺れる。体がふらついて倒れかかるのを、左右の女性が支えた。
「あらあら勇者さま、大丈夫ですの?」
「しっかりなさって、私たちがお運びしますから」
 女性たちはなぜか嬉々としてセオを支え、立ち上がらせる。頭が回る。気持ち悪い。吐きそうだ。
 けれど世界の果てまで駆けていけそうな、脳みそにかけられた枷が吹っ飛んだかのような、妙な爽快感があった。
 女性たちに支えられながら立ち上がったセオは、周囲を見回した。ラグと目が合う。
 なぜかラグは立ち上がっていた。二十代後半か、三十代くらいの女性と酒を酌み交わしていたのを止めて立ち上がったようで、目の前の女性が抗議の視線をラグに向けている。
 セオはふいに、もうどうしようもないほどたまらなくなってだっとラグに向かい駆けた。
「ラグさーんっ!」
「セ……セオ?」
 抱きついてすりすりと頭を摺り寄せる。ラグは困惑しながらも、セオを受け止めて頭を撫でてくれた。
「ラグさん、ラグさん、ラグさんー」
「……どうしたんだい、セオ?」
 答える時間ももったいない。セオはでれでれに顔を崩しながら、ラグの体と匂いと感触を堪能した。
「こらこらラグ、俺を放ってそういちゃつくな。セオはお前一人のものじゃないだろう」
「ロン……わけのわからないことを言うなよ」
「ロンさーんっ!」
「っと、セオ、どうした?」
 今度はロンだ。ロンの肉の絞られた、けれど逞しい胸に頭をぐりぐりと摺り寄せる。
「ロンさんロンさんロンさーん」
「よしよしセオ、いい子だな。そんなに懐いてどうしたんだ?」
「ロンさん、ロンさん、俺あのねぇ……フォルデさんは?」
「ああ、フォルデなら向こうで女に囲まれてやに下がっているが」
「フォルデさーん!」
 セオはフォルデに向かい駆けた。顔を真っ赤にしてでれでれと笑み崩れ、酒をくいくい乾しているフォルデのところに。
 その首っ玉に抱きつく。たまらなく愛しいその感触を堪能する。
「ぶわ! ひゃっ……ひゃにひやがる!?」
「フォルデさんフォルデさんフォルデさんー」
「わっ……ひぇわひゃんねぇ、なんひゃんらよおまえっ」
「俺ね、俺ね、俺ね」
 セオは満面の笑顔で言い放つ。
「俺、ラグさんとロンさんとフォルデさんのこと、だーいすき! 世界で一番一番、だーいすきだよっ!」
 広場中に聞こえるような笑顔でそう言い放ち、フォルデの顔が驚愕に歪みさらに上気する――ところまでをたまらなく幸せな気分で観察して、セオは意識を失って倒れた。

「………うー、あったまいてー……」
 ぶつぶつと呻きながら輾転反側するフォルデの隣のベッドで、セオは頭から毛布をかぶっていた。それ以外にどうしようもなかったからだ。
「セオ、フォルデ、大丈夫か? ほら、スープ作ってきてもらったぞ」
「やれやれ、こりゃ今日一日は発てんな。しょうがない奴らだ、酒ごときで」
「っせーなっ俺は酒は祝い事のある時以外……ってててて……」
「まったく、大きな声を出すからだ。まぁ、俺は楽しかったからいいがな。お前らの酒に酔うところもしっかり見れたわけだし」
「……なんだよ、俺そんなに変なことしたか? よく覚えてねぇけど」
「まぁ、お前さんのでれでれになった顔もそれはそれで面白かったがな。なんといってもセオのたまらなく嬉しげに緩んだ顔で『だーいす――』」
 うわぁぁっ!
 セオは毛布の奥へと必死に隠れながら、自分の頭をぽかぽかと殴りつつ叫んだ。
「ごめんなさいっ!」
「……は? なんだよ急に」
「セオ、恥ずかしがることはない。可愛かったぞあの時の君は、めったに見れない心底嬉しげな顔で俺たちにすりついてきてな」
「ロン……からかうなよ」
 うわぁぁぁぁぁぁ、もう死にたい、俺だけこの世から即座に消滅してしまいたい!
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな」
「謝ることはない、俺は嬉しかったぞ。君の正直な心のうちを話してくれて」
「え……」
「……まぁ、確かに悪い酒癖じゃなかったよ。気にしないでいい。嫌な気は全然しないから。まぁ、俺も嬉しかったし。全然顔色が変わらないから強いのかと思ってたけど、意外と酔いやすいんだな」
「今度また一緒に飲もう。そして今度はフォルデに記憶がある時に抱きついてだーいすきと言ってやればいい」
「なっ、ばっ、てめ……」
「………………」
 セオはなんと答えていいかわからず毛布の中で顔を赤くした。もう酒なんか絶対に飲まない、と誓ってしまいたいけれど、ラグとロンは嬉しかったと言ってくれている。自分などがあんなことを言って嫌な気持ちにならなかったか案じられてならなかった自分には、少し救いだったし、それに。
 気持ちを話せたのは少し嬉しかったのも本当だから、今度、ちょっとだけ一緒にお酒を飲んでみてもいいのかもしれない。
 そうちらっと考えてから、セオはそんな自分がたまらなく恥ずかしくなって毛布の奥に体をずりずりもぐりこませた。

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