カザーブ〜ノアニール――1
「……あの……ロン、さん、俺たちどこへ……」
「いい加減どこへ行くか言ってくれてもいいんじゃないか?」
「まぁそう急くな。目的地はもうすぐだ」
「ちっ、もったいぶりやがって」
 ロンは仲間たちに軽い口調で答えながら歩いた。夜のカザーブは旅人が多いだけあって、酔客たちの声で満ちており、いささか騒がしい。
 だがその分店から漏れる明かりで歩くのに不自由はない。目的地――ミトラ教会に近くなればまた別だろうが、今日はいい月が出ているし。
 あの人も多分出てきているはずだ、とロンは小さく笑んだ。

 現在自分たちパーティはカザーブにいた。ロマリア王から新しい使命を受けたためである。ちなみにロマリア〜カザーブ間はセオのルーラで飛んだ。
 セオからの過去の告白を聞いた翌日、自分たちはロマリアへとセオのルーラで飛んだ。ロマリア外交官はまだ交渉を続けていたようだが、そんなものにつきあうより旅を続けた方がいいとセオを説得したのだ。
 セオの告白はやはりパーティメンバーの雰囲気を変えた。気合が入ったというか引き締まったというか。この子にとことんまでつきあってやるのだとパーティメンバー全員が認識したというか。
 その最終地点が魔王と戦うことならやってみせよう。魔王を倒して英雄になってみせようじゃないか。この子が魔王を倒すというのなら、それにどこまでもつきあおう。
 そうでなければこの子が、あんまり可哀想だ。
 言語化しているかしていないかの違いはあるにせよ、ラグとフォルデの心中はだいたいこんなものだと思う。
 そして、以前と同様ロマリア城へと連れて行かれ、謁見の間で。「アリアハン王はなんと言ったか?」と笑顔で言うロマリア王に、セオは泣きそうになりながらも言った。
「あのっ……アリアハン王の、言葉が、どんなものでも……俺は、国民に被害が出る可能性を見過ごすような策略を立てる王が治める国の勇者になることは、できません」
 当然兵士やら侍従やらはざわめくが、ロマリア王はそれを手を上げただけで静め、ぎろりとセオを睨み。
「それがお前の結論だというのか? アリアハン王ならばわしよりも魅力的だとでも?」
「そうじゃ、ないです。でも……ごめんなさい……俺、変わるなら、変わっただけの、意味がないといけないと思う、から……」
「わしが治める国では変わる意味がない、と?」
「……ごめんなさい………」
 またざわつきだす周囲を軽く睨んで静め(少なくとも周囲の臣下たちを従えるだけの統率力は持ち合わせているらしい、とロンは肩をすくめた)、ロマリア王はまたぎろりとセオを睨み言った。
「それがどれだけ無礼な言い草か承知しているのであろうな? ロマリア王に対して不敬だということも?」
「……ごめん、なさい。でも、俺……あなたが、カンダタを早く捕らえることより、俺を自分のものにしようとしたやり方、絶対に、間違っていると思うから……ごめんなさい。あなたが本当に国民を思って、そのために尽力してくれるような人になってくれれば……俺は、真剣に考えると思います。でも、今は……ごめんなさい」
 今にも泣きそうな顔で、それでもロマリア王の顔を見てはっきりそう言ってセオは頭を下げた。
 またもざわめき始めた周囲を今度は止めることなく、ロマリア王はセオに激しい口調で。
「セオ・レイリンバートル! 貴様、ロマリア王たるこのわしに、どれだけ不敬を働いておるかわかっておるのか! わしがその気になればそなたをこの世から抹殺することもできるのだぞ!」
 おそらくは思わずに、顔を上げ叫びかけるラグとフォルデをロンは手で制し、セオがなんというか待った。
 セオは、泣きそうな顔はしていたが、それでもはっきりと首を振り。
「ごめんなさい。それでも、今のあなたには、従えません。ごめんなさい」
「……………………」
 ロマリア王は苦虫を噛み潰したような顔になり、しばし沈黙し。周囲のざわめきがどよめきになりかけた頃手を上げて周囲を黙らせ、言った。
「―――ならばセオ・レイリンバートルよ。お前にまたひとつ使命を与えよう」

「しっかしなんなんだよ、そのノアニールって。街中の人間をみんな眠らせたエルフの呪いを解け? すっげー怪しげな話じゃねぇ?」
「けっこう有名な話だぞ。ロマリア、ノアニール領の主都、ノアニール。十年前ノアニール領西部青の森≠ノ住まうエルフの女王の娘とノアニールに住んでた青年がエルフ族の宝夢見るルビー≠盗んで駆け落ちして、それに対する抗議のためにエルフはノアニールの街に眠りの呪いをかけた。呪いを解いてほしけりゃルビーと娘を持ってこい、ってわけだな」
「なんだそりゃ。てめぇの娘のしつけが悪いのが原因じゃねぇか。八つ当たりしてんじゃねぇよ」
「俺に言われてもな。まぁエルフっていうのは総じてプライドが高いそうだから、人間の方がそそのかしたって思い込んでるんじゃないのか? プライドの高い奴っていうのは自分の間違いを認めたがらんからな」
「まぁ、エルフと喧嘩するわけにもいかないし、とりあえずノアニールとエルフの村に赴いて調査、ってことになるんじゃないか? どこまで逃げたかはわからないが、俺たちは世界中を回ることになるわけだし。旅のついでに調査していけば見つかる可能性はあるだろ」
「そんな簡単に見つかるくれーならもーとっくに見つかってんじゃねぇの? ひとつの領の主都の機能が麻痺なんて大事件じゃねぇか。ロマリアあげての大捜索になるんじゃねぇの? さもなきゃエルフと戦争になるか」
「んー、実際その近くまではいったことがあって、兵を集めたこともあったんだがな……」
「だが、なんだよ?」
「エルフを敵に回すのはやめてくれと、他ならぬノアニール候から申し立てがあったらしい」
「はぁ? なんで。自分の土地の主都だろ?」
「さぁ……なんでかまでは」
「あ、あの………」
 おそるおそる、という感じに聞こえてくる声。フォルデはそちらを見る。目つきが悪いのでたいていの人間はじろりと睨まれたように思うかもしれないが、声の主セオはびくんとはしたもののとりあえず泣き出しはしなかった。
「んだよ?」
「あ、あの……ノアニール候がエルフを敵に回したがらなかった理由、なんですけど」
「知ってんのか?」
 ぶっきらぼうな声だが、その響きに怒りはない。それをわかっているのかいないのか、セオは何度も唾を飲み込みながら説明する。
「……はい。まず、第一にノアニール候がエルフの恐ろしさを十二分に知っていた、ということがあります。エルフは神話の時代の業を今に伝える古い種族、魔法技術は人間とは比べ物になりません。それを如実に現しているのが森の結界。まともに森に踏み込めば結界によって森の中をさまよわされるだけに終わることが、ノアニール候はわかっていたんです」
「ふーん………」
「第二に、エルフとはできるだけ友好的な関係を築いていきたい、と思ったことがあげられます。エルフは森の妖精、エルフの住む森は植生が極めて豊かになります。林業を主産業とするノアニールとしては、エルフを滅ぼしてしまってはノアニールの産業に大きな悪影響がある、と判断したらしいです」
「なるほど……」
「第三に、エルフ対人間の戦争になることを警戒したようです。青の森≠フエルフたちと戦えば、世界樹を守る白の森≠フエルフたちも黙ってはいません。エルフと人間の、長く救いがなく凄惨な戦争の始まりです。そんなことになるよりは、と主都の機能が停止しようとエルフとは争わない方を選択した。当時はともかく、現在はノアニール候の判断は英断とされています。実際ノアニール領第二の都市ノーザリアに主都の機能を移し、大過なく領の運営を行えているわけですし」
「へー……」
 普通の顔で相槌を打つフォルデに、内心ロンは笑った。フォルデは、アリアハンの一件以来、セオに少しずつ普通に接するようになってきている。
 もちろんセオが卑屈な振る舞いをすればすぐ激昂する。だがセオを仮想敵とみなしているような振る舞いはやめていた。セオが傷つけられながら育てられてきたことを、それでも他者を傷つけずに生きてきたことを知り、彼なりに成長したのだろう。
 セオが少しずつではあるが人とまともに話せるようになってきていることもあり――自分たちに大切に思われているということを知り、たぶん彼は生まれて初めて、安心≠キることができたのだと思う――セオがフォルデに怒鳴られる回数は、確実に減ってきている。
 まぁ、いい傾向だと言っていいだろう。セオの泣き顔を見れる回数が減ったのはつまらないが、セオは笑顔もかなりだいぶ可愛かったし。
「おい、腐れ武闘家、お前なんか変なこと考えてんだろ」
「いや、別に?」
 にっこり笑ってそう答えると、フォルデは顔をしかめながらもセオに向き直った。
「けどそれならなんでエルフの森目指してんだよ、俺たち。向こうは結界張ってんだろ? たどりつきようがねぇし、第一まともに手がかり教えてくれるかどうか」
「あの……それは、えっと……」
「それは簡単だ」
「セオが――勇者がいるからさ」
「はぁ?」
 フォルデがうさんくさそうに眉を上げる。セオが泣き顔になった。
「う……ごめん、な……」
「なに謝ってんだてめぇは悪ぃことしたわけでもねぇのにほいほい謝ってんじゃねぇっ!」
 お、切れた、とロンは少し面白がるような笑みを浮かべる。当然といえば当然だが、少し成長したとはいえ、セオの卑屈な性格もフォルデの短気な性格もそうそう簡単に変わりはしない。セオは相手に嫌な思いをさせたと思ったらすぐに過剰なまでに謝るし、フォルデはそれに対して怒る。今まで通りの流れのいっちょあがりだ。
 まぁ基本的には二人の成長は嬉しいし、いつまでも変わり映えがしないのは困るということになるのだろうが、それはそれとして今まで通りの部分も持っていてくれないと寂しいからロンとしてはしばらくこのままで無問題だ。そっちの方が面白いし。
「まぁまぁ。お前も勇者だとか貴族だとかそういう恵まれた人間に噛みつく癖を少し直せ。この先生き辛くなるぞ」
「余計なお世話だ!」
「それは言えてるな。――エルフがなんで俺たちには胸襟を開くか、だったな?」
「………ああ」
 仏頂面でうなずくフォルデにラグとロンが二人で説明する。
「まず、たとえエルフであれ、勇者に対しては腰が低くなるんだそうだ。聞いた話だけどな」
「はぁ? なんで? 人間の勇者だろ?」
「勇者っていうのは天に選ばれた素質を持つ者。神とすら渡り合える可能性を持つ者だ。神に近しい、あるいは仕える種族であるエルフとしても、決して軽んじはできない存在、ということになるわけだな」
「………それで?」
「それに森の結界っていっても魔法だから、勇者がレベルを上げていけば術に抵抗されて効果を上げられない可能性が高くなる。つまりエルフといえどレベルを上げた勇者には勝てない。つまり勇者を敵に回して攻撃される可能性はできるだけ低くしておきたいと思うはずだ、という推論が成り立つ。実際勇者に対してはエルフが閉ざされた森を開いたって例はあるそうだし」
「………ふーん」
 フォルデは加速度的に不機嫌になり、セオは急加速度的に泣きそうになっていく。それをラグは苦笑しながら、ロンは面白がるような笑みを浮かべながら見守った。
 フォルデがぎろりとこちらを睨む。
「なに笑ってやがんだよっ」
「いや……すまん。ただ、ままならんもんだと思ってな」
「はぁ?」
「俺は面白いなと思いながら見てたぞ。お前らがうまく意思の疎通ができずにこじれるところは実際面白いし可愛らしい」
「はぁっ!? てめぇ脳味噌沸いてんのか! 頭ん中の言葉一から洗い直してきやがれボケっ!」
 きっと睨まれてもロンは涼しい顔で先頭を歩く。フォルデにいくら噛み付かれようと子猫にじゃれつかれているようなものだというのはいまさら言うまでもないことである。

「ここは……」
「教会、ですか?」
「そう、正ミトラ教会。ロマリアの国教だから建物もでかいだろ」
 時は日付が変わろうかという夜中、折りよく月も空高くから銀の光を降らせ、灯りの落とされた教会がうっそりとした影を地面に投げかけている。
「……夜にこんなとこ来てどーすんだよ」
「目的地はここじゃない」
「はぁ? ってここで道行き止まりじゃ――」
「まぁ、ついてくればわかる。もうすぐだ」
 ロンは三人を引き連れて、教会のすぐ脇の道を進んだ。
 教会は基本的に昼夜を問わず門を開いているのが建前だが、ここカザーブの正ミトラ教会ではそうでもない。信仰心豊かな神官たちは道場付属の教会の方に詰めているからだ。そちらの方が怪我人に対処しやすいためである。またそこらへんで道場同士の力関係の綱引きがあったりもするのだ。
 教会は神官たちの中立地帯兼連絡所という意味合いが強く、詰めているのは権力闘争に疲れた老齢の夜が早い司祭たちが数人のみ。無用心なのでさっさと扉を閉めてしまう。祈りたい人は自分の所属、ないし贔屓している道場付属の教会の方に行くわけだ。
 ――だから、あの人の存在を知っている人間は、ごくわずか。
「……おい。ここって」
「墓場だが?」
 月光の降り注ぐ夜中の墓場。明かりは月の光のみ、街の灯りもここからは遠い。当然ながら見渡す限りにひどくうら寂しく、この世ならぬ雰囲気が漂っている。
「……なにか出そうな雰囲気だな」
「な―――ななな、なに言ってんだボケんなことあるわけねぇだろいっくら墓場だからって妙なもんが出るとかそんな普通に考えてあるわけ」
「出るぞ?」
「………………っ!!!!」
 ひきっ、とフォルデの顔がひきつる。セオが思い出したような顔をしてうなずいた。
「そういえば、ロンさん偉大な武闘家さんの英霊と会ったことがあるって言ってましたね」
「ああ。せっかくカザーブまで来たんだ、あの人とお前らにちょっと話をさせてやろうと思ってな」
「幽霊と話……また妙なことを考えつくなぁ。大丈夫なのか?」
「心配しなくてもあの人は呪いをかけたりはせんさ。万一やられてもすぐ隣に教会があるんだし。あの人は聞き上手のうえに人生経験が豊富だから、俺たちにいいアドバイスをしてくれると思うぞ。なにせ死んでからもこっそり武闘家の卵たちの相談を聞いてきたんだからなぁ」
「……………………」
「おや、顔色が悪いな。どうしたフォルデ?」
 にっこり笑ってぽん、と肩を叩いてやると、フォルデは硬直した顔でこちらを見る。ほとんど声も出ない様子だ。
「フォ……フォルデさん、大丈夫ですか……? どうか、したんですか? 具合が悪いんだったら……」
 セオが心配そうにフォルデの顔をのぞきこむがフォルデは固まったまま返事もできない。ラグが苦笑しながらフォルデの肩を叩く。
「フォルデ、先に帰ってるか? なにも全員揃ってなくちゃならないってこともないだろ」
「……なに言ってんだ。バッカじゃねぇの。俺は別にどうもなってねぇよ……おら、さっさと行こうぜ」
 かくかくとした動きでフォルデは墓場の奥へと進む。ラグが苦笑し、セオは困惑し、ロンは笑ってそのあとを追った。
 と、数十歩もいかないうちにフォルデの足がぴたりと止まる。
「どうした、フォル……」
 ラグの言葉は途中で宙に消えた。セオが目を丸くする。ロンは笑みを深くした。
 予想通り目的の人間はいつもの場所にいた。墓石に腰掛けていた人影――偉大なる武闘家の英霊、というか骸骨がくるりとこちらを向く。
『おお、ロンではないか! 久しぶりだな! 腕の方は上達したか?』
 骸骨の顎の骨がカタカタと上下して、空気を震わせることなく声を耳に届かせる――
 と、フォルデが急にこてんと倒れた。白目をむいている。恐怖が極限に達したらしい。
「フォ、フォルデさんっ!?」
「……大丈夫か、フォルデ? ……俺もけっこうビビってるけど」
『なんだなんだ、だらしがないな。お前らはそれでもロンの仲間か?』
「それは褒められていると受け取っていいんですか、ミスター?」

『ほうほう……なるほどなぁ。勇者の仲間と聞いた時は驚いたが……ふむ。ロンらしい』
 偉大なる武闘家の英霊――名前は知られていない上に教えてくれなかったのでロンはミスターと呼んでいる――は髑髏の顎の辺りを右手指の骨でかいた。十五年以上前師匠に紹介された時からこの人は実際変わらない――死んでいるのだから当然だが。
 フォルデはさっきから気絶しっぱなしで、ラグに介抱されている。セオもそちらが気になる様子だったが、ロンに促され英霊に挨拶をし、それから英霊に捕まって話し込まされている。
 人見知りするセオはそう簡単に胸襟を開くとはいかないが、少なくとも普通に話はしていた。英霊の巧みな話術とおそらくは自分の存在のおかげで、知らない人と話すよりはリラックスしている。
『……勇者と呼ばれる人間には何度か会ったことがあるが……お主のような人生を送ってきた者は他におるまいなぁ。よく耐えてきたものだ、うむうむ』
「い、いえ、俺は、そんな、大したことしたわけじゃ……」
 聞き上手な英霊にうまく乗せられ、セオは自分の生い立ちから環境からすべて話してしまっていた。ラグも聞いていたら止めたかもしれないが、ロンは当然そんなことはしない。
『……しかし、お主はなぜ魔王を倒そうと思うのだ? そのように周囲から虐げられてきたのなら、むしろ周囲を恨み、復讐しようとするのではないか?』
 英霊が髑髏を傾げて訊ねると、セオはきょとんとした。
「なんで……ですか?」
『ふむ……なんで……とは。お主はそういうことを考えたことがないというのか?』
 セオはわけがわからないという顔で少し首を傾げる。
「だって……虐げられた、ってそれは俺が弱虫で臆病で根性がないのがいけないんですし。俺がもっとオルテガの息子にふさわしい強い人間だったら、誰もそんなことしなかったと思います」
『………ふむ』
「本来ならもっと勇者にふさわしい人は他にいるんだろうけど、まかり間違ってとはいえ俺は勇者の力を持っているんだから、世界の人たちのためにそれを全力で活かそうとするのは、おかしなこと……ですか?」
『………ふぅむ』
「あ、あ、もちろん俺みたいな奴に救われたら世界の人たちが嫌な思いするかもしれませんけどっ、でも、みんな死んでしまうよりはいくらか、マシなんじゃないかって……たっ、たぶん俺なんかより先に他の人が魔王倒すと思いますけど……」
『…………』
「俺―――間違ってますか?」
 泣きそうな顔で訊ねられ、英霊はゆっくりと髑髏を左右に振った。
『……いや。立派なことだと思うぞ』
「り、立派だなんて、そんな……!」
 怯えたような顔つきになるセオに、英霊は髑髏をかりこりとかき、『ふぅむ』ともう一度言った。それから少しずつ話題を変えて、セオに人生訓やらなにやらを垂れたりしながら時は過ぎた。

 フォルデは目を覚ますや英霊を見て再び完全に硬直したため、早々にお暇することになった。英霊は頭を下げるセオたちに顎の骨をカタカタ言わせながら手を振り、ロンを手招きする。
 素直に近寄っていったロンに、英霊は耳打ちした。
『――ロン。お主、あの子にどこまでつきあうつもりだ?』
「と言いますと?」
 平然とした顔で返すと、英霊は髑髏を上下左右に細かく動かしながら(おそらくは困惑の表現だと思う)言う。
『あの子は危険だ。あの子には自分を労わるという発想がない。環境のせいなのか生まれつきそうなのかは知らんがな。自分の存在にまったく価値を認めていないというか。……そんな状態では、まともに生きてはいけん』
「あの子はいい子ですよ」
 そう言うと英霊は髑髏を上下に大きく動かした。おそらくは苛立ちや怒りを表現したのだと思う。
『いい子だから困ると言っている。例えばだ。首尾よく魔王を倒したあと、その力に怯えた世界の王どもがあの子を殺そうとしたらどうなる。あの子は受け容れかねんぞ。そんな風に生きていくことが、いい結果をもたらすわけが――』
「心配はいりません。俺たちがいますから」
『なに?』
「そういうことになれば俺たちが世界を敵に回して戦ってみせます。あの子が自分を愛せないというのなら代わりに俺たちが愛します。あの子が自分に価値を認められないというのなら俺たちが価値を認め、否が応でも認めざるを得ないようなことをさせてみせましょう」
『………ロン、お主』
「そういうわけなので心配はご無用です。今日はありがとうございました。では」
 にっこり微笑んで一礼し踵を返す――その背中に英霊の静かな声がかかった。
『ロン、お主私の質問に答えていないな。どこまであの子につきあうつもりなのだ?』
 ロンはくるりと後ろを振り向くと、にっこり微笑み言った。
「むろん、死ぬまで」

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