ロマリア〜アッサラーム――1
「飯ができたぞー」
 ラグがかんかんとおたまを打ち鳴らしたのをしおに、ロンはフォルデを解放した。絞め落とされるかどうかギリギリのところで意識を保っていたフォルデは(ロンがその程度になるように加減して絞めていたのだが)、どっと倒れてぜーぜーはーはーと荒い息をつく。
 そしてぎっとこちらを睨んだ。
「てめぇ……こんな訓練して、なんか意味あんのかよ……っ」
 こんな、というのは近接格闘戦の訓練――魔物相手には確かにあんまり使わなかろうという訓練のことだが。
「そんなものお前の心がけ次第だろう」
「は?」
「どんな訓練からだろうと優秀な人間はそこから多くのことを学べる。一を聞いて十を知れとは言わんが、ただ与えられた訓練をこなしていればいいなんて考え方じゃ成長せんぞ。早い話が少しは自分で考えて訓練を受けろ、ということだ」
「…………っ」
 フォルデはカッと顔を赤くして立ち上がり、どすどす音を立てながら焚き火の近くへと向かう。まったく可愛い奴め、と微笑みながらロンは立ち上がり、隣で瞑想していたセオに声をかけた。
「セオ、飯ができたそうだぞ。早く行こう」
「……っえ!? あ、は、はい!」
 セオは数瞬遅れて返事をし、慌てて立ち上がる。基本的に周囲の状況の変化に敏感なセオが遅れるということは、よほど深く精神を統一していたのだろう。この驚異的な集中力とひたむきさこそが、実戦経験もなしにレベル15まで達せられた理由だ、というのはラグとも意見が一致するところだ。
 めいめい食器を準備してラグの作ったスープを盛る。少し前までは野宿の時の食事など固パンに干し肉でもあれば御の字だったのだが、セオが保存の魔法を覚えたため、食材を大量に買い込んで料理をする、ということが可能になっている。むろんなんでも99個までは入れられる道具袋の魔力があってこその話なのだが。
 今日はラグが料理当番なので豆のスープ、かと思いきや豆のポタージュだったのでロンは少し驚いた。ポタージュというのは普段ラグが作るアッサラーム料理とは少し違うし、なにより手間がかかる。具材を口当たりがよくなるまで気合を入れてすりつぶさなくてはならないし、裏ごしも必須だ。かまど周りを見ただけでも鍋をいくつも使っていたのがわかる。野宿で作るような料理ではない。
 おまけにラム挽肉のカバブまでついているし、パンも作りおきの生地を使った焼きたてという力の入りよう。今日はなにか特別な日だったっけか、と思わず脳内で検索してしまった。
「お! うまそうじゃん! なんか料理豪勢じゃね?」
「す、ごくおいしそう……です……!」
 口々に言うお子様二人に、ラグは笑ってうなずいた。
「そうだね。もうすぐアッサラームでどんどん暑くなってくるから、涼しいポタージュがいいだろうって思っただけなんだけど、作り始めたらなんだか気合が入ってきちゃって」
「食材の残量は大丈夫か? ま、俺たちとしてはうまい料理が食えるんだから文句はないが」
 ラグは苦笑する。
「そこまで考えなしじゃないさ。ここまで来ればアッサラームへは数日もしないうちに着くよ。食材を街に着く前に使い切っちゃおうと思ってさ」
「ほう、もうそんなに来ていたか?」
「ああ、隊商の護衛で何度も通った道だ、明日にでもアッサラームの宿外れが見えてくるよ」
「詳しいな。さすが地元」
 フォルデがさっそくポタージュをすすりながらそう言うと、ラグは困ったように笑う。
 その笑いの裏に不安か恐怖に似たものを感じ取り、ロンは内心首を傾げた。
 こいつは、故郷になにか思うところでもあるんだろうか。自分も決して故郷に帰ることを喜ぶような人間ではないので口に出しては言わないが。

 そもそも次の目的地をアッサラームに決めた時からそうだった。
 ノアニールの呪いを解いた自分たちは、まずエリサリと別れてロマリアに戻ってきた。エリサリは「職務風紀上勇者のパーティと常に行動をともにしているわけにはいかないんです。他の勇者への監視も必要ですし」などと顔を引き締めて偉そうに言っていたが、セオに泣きそうな顔をされながら「気をつけてくださいね……」と言われると顔を赤くして「はい、あの、セオさんたちも、気をつけて……」などとへなへなしながら答えたりしていた。鬱陶しい女だ。
 それになにより怪しすぎる。異端審問官というのは白の森≠フエルフたちが作り出した役職だとか言っていたが、青の森≠フエルフたちがなぜそんな役職の相手にさま付けをするのか? おかしいとまでは言わないが不自然だ。
 その上魔化領域――魔族が自由に動けるような魔力に満ちた空間においても自由に動いていた。エルフは魔化領域では力を発揮できないとセオは言っていたにもかかわらず、だ。
 他にも細かいところを言い出したらきりがないが、とにかくロンはエリサリを警戒対象として見ていたので、自分から別れると言い出した時は手間が省けたと思ったものだ。
 ロマリアに戻ってから王宮に報告に向かい、よくやった祝いの宴をと機嫌よく言うロマリア王とそんなのしないでくださいと毎度お馴染みのやり取りがあってから、今度はかなりストレートにロマリアの勇者にならないかと勧誘された。
「わしはお前が気に入った。ロマリアをあげても解決不可能であった事例を立て続けに解決したその手腕、長ずればオルテガをも超える勇者となろう。どうだ? わしはお前を高く買ってやるぞ?」
「あ、あの、でも、俺、高く買ってもらえるような人間じゃありませんし、それに、あの……」
「わしが過ちを犯すから従えぬというのであれば、過ちを犯さぬよう常に傍らで見張っておればよいではないか。『邦道有るときは則ち仕え、邦道無きときは則ち卷めて之を懷しつ可し』とな」
 ダーマの格言か、とロンは眉を上げた。この王様、やはり阿呆ではないらしい。
「……でも、俺は、馬鹿だから……一度にひとつのことしか、できないから、バラモスを倒すための旅と、ロマリアの勇者の仕事を、両立させるなんて絶対できないと、思うから、今は、お返事できません……」
 小さくなって言うセオに、手応えあり、と感じたのかロマリア王は上機嫌に笑った。
「よろしい。ならばそなたが一刻も早くバラモスを倒せるよう報酬を弾むとしよう」
 そして契約書を持ってきて、セオにサインをさせたのだ(そしてそのあとついでのように貴重な魔法の品であるはずの風神の盾の授与式まで行われた。単に貸し出すだけと言ってはいたが、ロマリア王としてはこれでセオには自らの要求を断れぬ義理が発生したと考えているだろう)。
 なんの契約書だと不審に思ったのだが、あとでセオに聞いたところによるとカンダタの一件とノアニールの一件に対する仕事の正式な契約書だったらしい。国の勇者が他国に貸し出される時は厳重な契約のもとに行われる、と聞いていたから拍子抜けだが、まぁこれまでの口約束よりはよほどまともな契約だろう。
 それを持って帰って、報酬の欄を確認したとたん、ラグとフォルデが仰天した。
「ひゃ……ひゃひゃひゃ……百万ゴールドぉぉっ!? なんだそりゃ、ひとつの仕事の報酬でそれってどういう計算だ!」
「正確には百万ゴールドじゃないぞ? ひとつの事件につき百万ゴールドだから合計二百万ゴールドだ」
「にひゃくまんっ!?」
「……すごいな。本気かこれ? なにを考えてるんだ、ロマリア王は?」
 半ば驚き半ば呆然とする二人に、セオは泣きそうな顔を見せた。
「ごめんなさい……俺みたいな、未熟な勇者が、一人前の勇者に対する報酬、しかも国に収める分までもらっちゃって、ごめんなさい……」
『は?』
 困惑顔で声を揃える二人。ロンはくっくと笑った。
「他国に貸し出された勇者に対する報酬っていうのは基本百万ゴールドなんだそうだぞ。半分は国に収められるがな」
「はぁ!? 正気かそれ!?」
「ご、ごめんな、さいっ」
 憤怒の形相で怒鳴るフォルデにセオが謝る。ラグはようやく正気づいてきた顔で苦笑した。
「まぁ、軍を動かしても不可能な事態を収拾する、って考えればこのくらいで妥当なのかもしれないけど……それにしても、百万ゴールドねぇ……」
「法外だな」
「……ちっ、くっだらねぇ。俺らのやったことに勇者の力がどんだけ役に立ったよ。普通の冒険者だってできるこっちゃねーか、それを大げさに騒ぎ立てやがって」
「……ごめんなさい……」
「てめーに謝ってもらってもしょーがねーんだよっ」
 フォルデは不機嫌な顔で噛み付いた。
 と、ラグが神妙な顔で口を開く。
「セオ、みんな。お願いがあるんだけど」
「はい?」
「なんだよ」
「……今回の報酬の四分の一――五十万ゴールド。俺の取り分として、もらっていいか?」
「え?」
 フォルデはきょとんとした顔をした。普段は金にがつがつしたところなど微塵も見せないラグの台詞としては以外だったのだろう。かくいう自分もかなり驚いた。
 だが、セオは少しも驚いた顔はせず、むしろ泣きそうな顔で叫んだ。
「そんな! 俺なんかに許可取ることじゃないです、それに俺はぜんぜん役に立って、なかったんだから、三分の一にするべき――」
「セオ、君は十分以上に役に立ってたよ。あの魔族との戦いの時、君がニフラムを使うことを思いつかなければ全滅の可能性すらあった」
「え、いえっ、そんな、俺はただ思いついたことを、やっただけですからっ……」
「思いつきでもなんでも役に立ってるんだからかまわないさ。……ロン、フォルデ、お前らはどう思う。四分の一、もらってもいいか?」
 思わず一瞬フォルデと顔を見合わせたが、ロンは苦笑しつつうなずいた。
「俺としては別にかまわん。そんな桁外れの報酬もらっても使わんしな」
「……エリサリの分がねーのはちっと不満だけど、あいつ俺たちのパーティメンバーじゃねーしな。自分の取り分もらうのは別に悪いことでもなんでもねーだろ」
「ありがとう、みんな」
 そう言って苦く笑んだラグは、確かに普段とは少し違っていた。
 それからこれからどこへ向かうかの打ち合わせが始まった。ロマリアへは成り行きでやってきたようなもので、そこから依頼のためロマリア国内を行ったり来たりしていたので改めて目的地を定めるのはこれが初めてかもしれない。
 その打ち合わせで、セオが主張したのは「イエローオーブを探すためにアッサラームからイシスへ向かおう」というものだった。
「ロマリアとアッサラームを結ぶ、サロニア街道は、世界でも有数の、大きな街道ですから、道行きも楽でしょうし。アッサラームで、イシスに向かう隊商を見つけて、護衛の仕事を請け負って砂漠越えをしようって、思うんですけど」
「それがまともな方法だな」
 ロンはうなずいた。もうほとんど忘れかけていたのだが、バラモスのいるネクロゴンドに突入するためにオーブを集めて伝説の不死鳥ラーミアを蘇らせる、というのが当面の目標だったのだ。
 フォルデも、地理が頭の中に入っていないのか顔をしかめながらもあいまいにうなずく。だがラグは少し顔をしかめて言った。
「ロン。お前、イシスまで俺たちをキメラの翼で運ぶことはできないか?」
「は?」
 眉をひそめ怪訝な顔をする。唐突な言葉だった。
「なんだ突然。普通に歩いてイシスに向かうんじゃ駄目なのか?」
「砂漠越えっていうのはひどく体力を消耗するだろう? イシスで体力を使うのはわかりきってるんだからできるだけ消耗を抑えるべきじゃないか」
「経験値稼ぎはどうする気だ」
「サロニア街道の魔物じゃフォルデにはともかく俺たちには弱すぎる。経験値稼ぎの効率が悪いよ。それならイシスまで飛んで砂漠の魔物と戦った方が効率的じゃないか」
「ふむ」
 確かに、一応の筋は通っているのだが。
「だが、旅の経験は経験値稼ぎをすれば得られるというものではないだろう?」
「どういうことだ」
「そのままだ。俺たちはこれから人跡未踏の地に分け入らなくちゃいけない可能性が高い。そういう時のために砂漠越えでもなんでも旅の経験は積めるだけ積んでおいた方がいいだろう。体力を消耗してそれでも戦わなきゃいかん時だってある、そういう時のため戦闘にまだ余裕のある今のうちに慣れておいた方が絶対にいい」
「…………」
「そもそも体力の消耗を防ぐためだって一気にイシスへ飛ぶのはどうかと思うぞ。気候が一気に変われば体調も崩れる。お前だって経験あるだろう、時差ボケだの気候の変化に体調がついていかないだのいうのが」
 などともっともらしいことを言ってはいるが、実際には一番の理由はパーティで旅をしている時は全員で行ったことのない場所にはキメラの翼は使わない、という自分的こだわりなのだが。
「……フォルデ、セオ。君たちはどう思う?」
「へっ?」
 問われて黙って聞いていたフォルデとセオは飛び上がった。おそらく自分たちに聞かれるとは思ってもいなかったのだろう。
 フォルデは珍しく頼りなげな顔で全員の顔を見回して、それからいつものごとくきかん気な顔になって言った。
「俺は、別にどっちでもいいぜ。どっちだって俺は平気だし」
「……セオは?」
 セオはいつものごとく泣きそうな顔で、うつむき加減に言った。
「あの、俺なんかが口出しできるほど簡単なことじゃないっていうのは、わかってますし、俺、口出しできるほど旅の知識も持ってないんですけど……」
「でも、意見はあるんだね?」
「はい……俺は、ロンさんの意見に従った方が、いいんじゃないかって……生意気なこといって、ごめんなさい……」
「いや……正しい意見だと思うよ」
 ラグは小さく息をついて、うなずく。
「わかった。俺の意見は撤回する。普通に歩いてイシスを目指そう」

 という感じで、ラグはなにやらアッサラームに行きたくないという素振りを見せていたのだ。
 セオもフォルデも気づいていない。おそらくは。気づいていればセオはあからさまに罪悪感を抱くだろうし、フォルデは喧嘩を吹っかけてでも理由を聞き出すだろう。
 だから、自分がなんとか理由を聞き出すなりなんなりした方がいいのだろうが。
(―――ま、別にいいか)
 ロンはあっさりそう決めた。自分から言わないということは本当に不都合があるというわけではないのだろうし、なにより気づいてないふりをしてこっそり理由を探った方が面白そうではないか。
「うまっ! 野宿での飯とは思えねぇぜ、贅沢しやがったな」
「おいしい、ですっ」
「ああ、うまいぞラグ。さすが、いいお嫁さんになれるな」
「そりゃどうも」
 ラグは苦笑している。実際、このパーティの中で一番いいお嫁さんになれるのはラグだろう。家事能力の高さというより、むしろ性格的に。
 幸いに、というべきかこのパーティには家事下手というのがいなかった。ラグはどこで仕込まれたのかこまめに繕い物はするし料理はおふくろの味だし、フォルデも見かけによらず食える料理を作る(自分の飯は自分で作る流儀なのだろう、手間を省けるところはことごとく省いている)。セオもこつこつ勉強していたのか、初々しくも味わいのある料理を作るし、自分も料理はそれなりに得意だ(人を口説く時には得意料理のひとつやふたつあった方がいいのだ)。
 なので持ち回りの料理当番も、外れというものがなく毎日それなりにうまい料理が食えている。むろん、大量の保存された食材があってこそ野宿時に料理なんてできるのだが。
「…………」
 セオがさっさと食事を終えて(セオは見かけによらずこのパーティで一番の早食いだ)、ぼうっと空を見上げているのを見て、ポタージュスープをすすりながらロンは話しかけた。
「セオ、なにを見ているんだ?」
「え! あ、あのっ、たいしたものじゃ、ないんですけどっ」
「うっぜぇな、んなことわかってんだよ、聞かれてんだからさっさと答えろ」
「……星、を」
「星ぃ?」
 言われてきゅっと眉根を寄せ、フォルデは空を見上げた。
「……別に普通じゃねぇか。なにが面白いんだこんなもん見てて?」
「あの……アリアハンとも、ロマリアとも。星座の位置が、違うから」
「星座の位置? んなもん覚えてんのかよお前」
「旅をするなら覚えておくにこしたことはない知識だぞ。自分の現在位置が確認できるからな」
「う……」
 悔しげに黙りこむフォルデに、セオは泣きそうな顔で頭を下げる。
「ごめんなさいっ、俺がよけいなこと言ったせいで、嫌な思いを――」
「阿呆か! んなことで謝ってんじゃねぇ、てめぇの頭はそんなに軽いのか! 卑屈に頭下げる方がムカつくってことぐらいいい加減覚えやがれっ」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!」
「まぁそのへんにしとけ。……セオ、君は星が好きなのかい?」
「あの……はい」
 セオは珍しくはにかんだ顔をしながらも、こくんとうなずいた。表情が柔らかくなっている。
「なんていうか……歴史を、感じるから」
「ほう」
 ちょっと珍しい見方だ。
「星って、ちょっとずつ、その位置を変えてるんだそうです。何百年もかけて少しずつ変わり、けれどその動きをその時代にいる者たちが知ることはないんだ、って考えると、人の歴史みたいだなって思って……それに、人の歴史の移り変わりを、空から見下ろしてきたんだなって思うと、なんていうか、その……歴史の永さを感じるっていうか」
「ふぅん……なんていうか、ロマンチックだね、その考え方」
 優しい目でラグが言い、フォルデはなんと言っていいかわからないという顔でポタージュをかっこむ。当然ロンはにっこり笑って言ってやった。
「お前ら、そんなにセオが可愛くてならないのか? なにもそこまで愛しげな顔をせずともよかろうに」
「え?」
「お前な……」
「……っなに言ってやがんだこのクソボケタコ――――ッ!!!」

 食事を食べ終われば普段通りの順番で見張りをしながら眠りにつく。食べてすぐ寝ると脂肪になるというが、旅をしている時はむしろ体にある程度脂肪をつけておいたほうがいいのだ。そもそも脂肪などつく暇がないほど毎日激しい運動をしているし(戦闘もそうだし、長距離移動もそうだ)。
 旅を始めてから五ヶ月。セオもフォルデも歩くのにも野営にもすっかり慣れて、野営準備どころか睡眠制御すらできるようになってきている。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
「おやすみっ」
「ああ、おやすみ」
 軽く挨拶して横になる。するとすぐフォルデはいびきをかき始めるし、セオは寝息を立て始める。ラグがあっという間に寝入るのは言わずもがなだ。
 寝れる時に寝て、食える時に食っておくというのは冒険者の鉄則だ。セオもフォルデも、レベルだけでなく熟練の冒険者になり始めている。
 戦闘時の役割分担もしっかりできているし、チームワークも強いものになり始めている。ここら辺の魔物など瞬殺だ。――あとの問題は。
「……セオ、か」
 ロンはもうすっかり寝入ったセオの寝顔を見つめた。卑屈な表情を浮かべていないセオの寝顔は、あどけなくはあるがむしろ美しく整っているという感想の方が先にたつ。
 セオは戦闘時、役に立つ行動といえば防御か回復しかしていない。攻撃手が余っているので(なにせ戦士と武闘家と盗賊のパーティだ)今のところ不具合はないが、これから先、セオの戦力が必要になることがあるに違いない。
 彼が非常に機転が利くというのはこれまでの戦いで何度も証明されてきたことではあるが、そういうものではなく、『戦う力を限界まで振り絞る』という経験。そういったものがセオには、そして自分たちパーティには必要ではないかと思うのだ。
 そういった経験のあるなしが、生死を分ける時が必ず来る――
「……ま、だからセオを戦わせる、なんて気は全然ないがな」
 ロンはくっくと笑った。セオの寝顔を見る。この弱くもあり強くもある少年の、稀有な心を手折ってまで戦わせて、それで自分たちの命になんの価値があるものか。
 命は大事だ。無駄に消費していいものではない。それは重々承知している。ただ、ロンは同様に、一時の感情も大事だと思っている。一時の感情のために人生賭けるのだって決して悪くはないと知っている――それだけだ。
「……ダーマの神官長殿などに言わせれば、噴飯ものの言い草なんだろうがな」
 ロンはまたくっくと笑い、空を見上げた。星が確かにきれいだった。星の美しさなど、もう二十年近く忘れていたというのに。

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