ロマリア〜アッサラーム――5
「ふわぁぁ……」
 人ごみにもみくちゃにされ、セオはふらふらになって大通りにまろびでた。大通りも人は多いが、道が広いのでさっきまで通ってきた裏路地よりはマシだ。
「大丈夫かい、セオ。やっぱり初心者をいきなり闇市に案内するのはキツかったか」
「そう心配することもないだろう、この子はこれで順応力があるぞ。少なくともアッサラームの盗賊ギルドに一人で向かったフォルデよりよほど安全だと思うが」
「……そうだな」
 ラグが小さく息をついて言う。アッサラームの盗賊ギルドというのはそんなに大変な場所なのだろうか、とセオはへろへろになりながら考えた。自分はこれまで盗賊ギルドというところには足を踏み入れたことがないけれども。
「……大通りはスリも少ないから少しは楽に歩けるよ。露店があるわけでもないから、呼び込みに気をつければ危険はないから」
「はい〜……」
 よろよろしつつセオは歩く。確かにさっきの路地より格段に歩きやすい。気を抜いてラグやロンに寄りかからないように、と気をつけながら訊ねた。
「あの……そんなに、盗賊ギルドって危険な場所なんですか?」
 ロンはラグを見た。ラグはロンからふい、と目を逸らして説明する。
「そうだね、危険だ。生き馬の目を抜かないと生きられないこのアッサラームでも、有数に危険な場所だよ。気を抜けば狙われ、つけこまれ、骨の髄までしゃぶられる。商人ギルドと張るくらいに危険だね」
「そんなに危険なんですか……!?」
 というか商人ギルドもそんなに危険なのだろうか。あんまり職業の持つ雰囲気にそぐわない気がするけれども。
「ああ……けど、俺たちがついていくわけにもいかないし、顔を出さないわけにもいかない。盗賊が盗賊ギルドに挨拶しないというのは、仁義を欠くとしてなにかことがあればつけこまれる原因にもなるからね」
 セオはうなずく。盗賊ギルドについて学んだことが正しければそのはずだ。ただそのことを学んだ時『盗賊ギルドは会員を保護する義務を負うのでわざわざ反抗するようなことをしなければなにもしない』とも説明されたけれども。
 そのことを言うと、ラグとロンはうなずいた。
「その通りだよ。だから、フォルデが普通の盗賊同様に大人しくしていてくれたらさして問題なく帰ってこれるはずなんだが」
「あいつはとにかく粗忽だからな。とんでもないことをやらかしてギルド幹部の機嫌を損ねることがないとはいえん」
「…………」
 セオは思わずぎゅっと胸を握り締めた。フォルデさん、大丈夫だろうか。
「まぁ、とりあえず俺たちが今心配してもどうしようもない。それよりせっかくアッサラームに来たのだから見るべきものを見ておくべきだろう――ほら、あれが商人ギルド本部だ」
「…………!」
 セオは思わず息を呑んだ。大きい――王城とまではいかないまでも城砦といえるくらいには大きい。
 なにより土塀煉瓦ではなく石造りだった。付近から良質の石材が出ないここアッサラームで石造りの建物を建てるということは、建築主が相当な富を有していることを示している。
 その石造りの建物に、ひっきりなしに人が出入りしていた。大声で喋りながら馬車やら重そうな荷物を持った役夫やらを引き連れ、商人風の男女がめまぐるしく出たり入ったりと忙しい。
 中からも分厚そうな石の壁を通してすら喋る声が聞こえ、セオは強烈なにぎやかさと大量の人の発する活力に気圧され頭がくらくらした。
「すごい人だろう――ここでアッサラーム中の商売を取り仕切ってるんだよ。アッサラームで商売するんならここに登録して会費――盗賊ギルドの保護料と並ぶアッサラームの実質的な税だね、を払わないとまともに商売ができなくなる。当然中には海千山千の魔族みたいな商人がうようよしてるよ。傭兵としての一番の顧客は商人ギルドだから何度も来たことはあるけど、ここは実際底が知れない」
「ま、一見の価値はあるがあんまり長居するべきじゃないってことだ――フォルデはまだ来てないようだな。ここで待ち合わせの予定だったんだが」
「…………」
 セオは周囲を見渡してフォルデの姿がないのを確認し、ぞくりと身を震わせた。なんだろう――なんだか、胸がざわざわする。

『……お前は勇者と、勇者の仲間をここに連れてこなければならない』
 頭の中で、低い声がわんわんと響く。
『まずは勇者を我々の前に連れてこい。なんとしても。盗賊ギルドの長の命だ、一緒に来てくれ、さもなくば俺が罰を受けるといえば勇者ならすぐに釣られるはず』
 頭が痛い。長い間眠っていた時のようにひどく重たい。半覚醒状態の時特有の冷たい汗が背筋を伝った。
『そして、勇者に告げるのだ――』
「フォルデさん!」
 ふいに耳に入ってきた大声に、フォルデは身をびくりとさせて声の主の方を見た。そこに立っているのはセオにラグにロン――自分のパーティメンバーたちだ。
「……おう」
 フォルデは手を上げてそちらに近寄っていく。頭の中にわんわん響いていた声は急速に遠ざかっていった。
 重かった頭があっという間にすっきりしていく。さっきまでの頭痛が嘘のようだ。
 ――さっきまで?
 さっきまで、自分はなにをしていたっけ?
「フォルデさん、あの……大丈夫です、か?」
 気遣うようにセオが自分を見つめている。フォルデは頭を振り、顔をしかめて言い返した。
「なにがだよ」
「あの……盗賊ギルドで。なにもありませんでした?」
「はァ? 俺を誰だと思ってんだ、物心ついた時から盗賊ギルドで育てられてんだぞ」
 そうだ、なにもあるはずはない。自分は普通に挨拶して戻ってきただけだ。なにもおかしなことはない――だから、セオを盗賊ギルドへ連れていかなければ。
「まぁそう怒るな、セオなりにお前を心配したんだ。もちろん俺たちも心配したがな」
「余計な世話だっつーんだよ」
 そうだ余計な世話だ――セオを盗賊ギルドに連れていかなければ。
「じゃあ、そろそろ市の方へ行くか? あんまり長い間ここにいると知った顔にぶつかりそうで面倒だからな」
「じゃーなんでここを集合場所にしたんだよ」
「市の近くで一番わかりやすい場所だからだよ。お前に渡した地図でも一番目立ってるだろ。迷ってもあたりの人に聞けばすぐわかるしな」
「ケッ」
 自分を誰だと思っているのだ、街の中ならどこだろうと地図がなくても探し当ててみせる――セオを盗賊ギルドに。
「セオ」
「はい、なんですか……?」
「一緒に盗賊ギルドに――」
「勇者セオ・レイリンバートルさまとお仲間の皆様ですね」
「……え?」
 振り向くセオ。自分たちも声のした方へ視線を集中させる。
 そこに立っていたのはいかにも衛兵、という感じの男たちだった。装飾の施された鉄の鎧を身にまとい、手には鉄の槍を持っている。この地方にしては珍しく暑苦しい武装だ。
 しかも後ろに神輿のようなものを担いだ役夫を連れている。はっきり言ってすさまじく怪しい。
「……なにか?」
 ラグが一歩前に出て警戒心もあらわに訊ねる。衛兵たちは微塵も表情を動かさずに、声を揃えていった。
「商人ギルドのギルド長、ファイサル・ハサンがアリアハンの勇者であられるセオ・レイリンバートルさまをご招待したいと申しております。どうかこちらへ」
『――――!』
 セオたちが絶句する――そしてフォルデの脳髄には、電流が走り抜けていた。
 ファイサル・ハサン――その名前。
『――こいつがファイサル・ハサンだ』
 目の前に突き出された脂ぎった男の似顔絵。
『記憶しろ。こいつは敵だ。お前の敵だ。お前を、お前たちを害そうとしているものだ。出会ったら、見かけたら、全力をもって――』
 誰かが自分の耳元に囁く――
『殺せ』

 輿に乗れ、と言われてセオは泣きそうな思いで首を振ったのだが(自分などが人に担がれるなどあってはならないことだと思う)、ラグに「商人というのは見栄を張ることも仕事のひとつなんだ。評判に関わるからね。言うことを聞かないとファイサルにこいつらが罰されるかもしれない」と囁かれ半泣きになりながら従った。
 ラグたちも別の輿に乗っている。輿の乗り心地は運び手の熟練のせいか、ほとんど揺れがなく快適とすらいっていいようなものだったが、セオとしてはいたたまれなくてしょうがなかった。
「あの、あの、重く、ありませんか? ご負担でしたら、言って、くださいね?」
 もう何度目になるか覚えてない台詞を言うと、役夫たちは律儀に声を揃えて同じ台詞を返した。
『お気になさらず、勇者さま』
 自分は勇者さまなどと呼ばれる身分ではないのに、とセオはまた泣きそうになる。自分は確かに勇者ではあるけれども、まだ勇者と呼ばれる価値のあることなどなにもしていない若造だ。
 ――父と違って。
 すぅっと一瞬氷のように冷えた思考を頭を振って追い出す。今考えてもしょうがないことだろうに、なにを思い出しているのだろう、自分は。父オルテガと自分は違う。比べることすら恐れ多いことなど、わかっているのに。
 なぜ、あの人のことを思うと、心と体が凍えたように寒くなるのか。
 季節は秋を迎えたとはいえアッサラームの昼だ、空気のこもる輿の中は暑いのに、凍えたように震える手をセオはぎゅっと握り締めた。
 ――ファイサルの屋敷は商人ギルド本部から輿で小半刻ほど移動した場所にあった。到着を告げられて全員輿から降り――とたんに絶句する。
 そこには古代帝国の王宮もかくや、と思えるほどの広大な屋敷が広がっていた。見渡す限りえんえんと続く石造りの壁。その中に広がる壮麗な庭。この地方では水は貴重なはずなのに、惜しげもなく噴水に池にと庭の装飾に使われている。
 花々は咲き乱れ、果実がなり。その向こうには金箔銀箔に絢爛な輝きを放つ宝石で飾られた視界すべてを埋め尽くすほど大きな屋敷。はでやかに美しい、知識と技と富のありったけをつぎこんだような宮殿のごとき屋敷。それにセオは圧倒されていた。
「……中に入るのは初めてだが――ここまでだとは思わなかったな」
 ラグが半ば呆然としながら言った言葉に、ロンがうなずく。
「確かに。いかに五代前から商人ギルドの中でも有数の力を持っていた家とはいえ、よくもまぁここまで屋敷に金をつぎこめたもんだ」
 それからふ、とフォルデの方を見て首を傾げる。
「どうした、フォルデ。普段のお前さんならこんな屋敷を見たらたちまち不機嫌になるか装飾品のひとつも失敬する算段を立て始めてるだろうに」
「……おい、ここで仕事はするなよ? 命に関わるぞ」
「――わかってるよ」
 低く答えるフォルデに、セオも思わず首を傾げた。フォルデの声が、普段と少し違う。でも、なんで?
「――主の部屋へご案内いたします」
 現れたのは薄絹をまとった美しい女性だった。優美な所作で身をひるがえし、しずしずと屋敷へ続く道を歩き始める。セオたちも顔を見合わせ、無言でその後に続いた。
 広い庭を時間をかけて歩き、しょっちゅう同様に薄絹をまとった女性が行き来する屋敷の廊下をえんえんとあちらこちらへ曲がり、とうとう案内の女性は大きな、今までで一番はでやかな装飾のついた扉の前で止まり、歌うように声を上げた。
「アリアハンの勇者、セオ・レイリンバートルさまとその御仲間の方々、お越し〜〜〜」
 自分はそんな風に大仰に名前を呼ばれる存在ではないのに、と泣きたくなるほどいたたまれなかったが、扉はゆっくりと開いて、中の広くこれまた金銀宝石で豪奢に飾り立てられた部屋を示された。
 脇にどいた女性に促されて、気は進まなかったが中におそるおそる入る。奥に執務机らしきものがしつらえてあるその部屋にいたのは、壮年の、アッサラーム商人らしくターバンを巻いた押し出し満点の男性と、その周囲にはべる十人近い女性たちだった。女性たちは全員見目麗しく、ゆったりと柔らかそうな座布団に身を沈めているファイサルであろう壮年の男に、微笑みながらかしずいている。
 その今まで見たことのない雰囲気にひるむセオに、男はにっこりと笑みを浮かべながら言ってきた。
「よく来てくださいました、アリアハンの勇者セオ・レイリンバートルさま。私が商人ギルドの長、ファイサル・ハサンでございます。さぁ、どうぞお座りください」
 そう言って向かいの座布団を示される。断るのも無礼だろうと仲間たちが腰を下ろすのを確認してから自分も座りつつ、頭を下げた。
「あの、どうかさまなんてつけないでください。俺、はっきり言ってまだ勇者なんて呼ぶ価値もないような未熟者ですし、あなたに敬ってもらえるようなこと全然してませんし」
「いやいやこれはご謙遜を。セオさまが慎み深いお人柄をしていらっしゃるということは聞き及んでおりましたが噂以上ですな、わっはっは!」
 ファイサルの笑いに応じて周囲の女性たちもくすくすと笑う。そして流れるような動きで立ち上がり、セオたちの前にそれぞれ杯をそっと置いて酒を注いだ(セオはお酒ほとんど飲んだことないんですけど、と告げるべきか迷って、相手に恥をかかせるのも申し訳ないと結局黙ってそれを見ていた)。
「ファイサル殿、我々に――セオに、かもしれませんが、ご用件とはなんでしょう?」
 ラグが口を開く。ファイサルとの話はラグとロンに任せるように、と最初に相談して決めていたのだ。ファイサルは微笑む。
「破壁%a、まぁそう急かずとも。あなたにとっても有益なお話ですよ」
「…………」
 ラグはじっとファイサルを見つめる。ラグの二つ名を知っている――ラグの存在がそれだけ有名なのはもちろんだろうが、自分たちのことを調べてもいるのだろう。
 ファイサルは女性に注がれた酒をくいっと飲み干しつつ、セオに向けて笑顔で言った。
「勇者セオ・レイリンバートルさま。あなたに提案があるのです。我々アッサラームの商人ギルドと、手を組みませんか?」
「……え?」
「我々商人ギルドは世界各地に情報網を持ちます。魔王軍の、魔王を倒すために有益な宝物の情報もいち早く仕入れられる。我々の財力で手に入れた最高級の武器防具もあなた方に支給しましょう。いかがです、我々と手を結びませんか?」
「え、あの……」
「あなた方はそれでなにを得る?」
 ロンの切り込むような口調の言葉に、ファイサルはあくまで笑顔で答える。
「名声を。魔王を倒したパーティに協力したという名声で充分でございます。商人というのは評判がなによりも大事なのですよ」
「そして勇者に借りを作ることも、ですか?」
 ラグの問いにファイサルは笑んだまま答えない。ロンがふん、と鼻を鳴らした。
「要するにあんたは世界を救う勇者を傘下に加えたいんだろう。俺たちが失敗したところで勇者に投資したという名声は残るし、費用もそうかかるわけじゃない。分のいい投資だな?」
「商人は危険を最小限に抑え、利益を最大限に得るのが鉄則ですゆえ」
 あくまでにこにこと答えるファイサル。ラグはふ、と小さく息を吐いて言った。
「せっかくですが、俺たちは――」
「ヒュダ・ミルトス。……あなたのご母堂ですな?」
「…………!」
 ラグが固まった。ファイサルはぺろりとそのぶ厚い唇を舐めて笑った。
「もしあなた方が我々と手を結んでくださるというのなら、我々商人ギルドは彼女の経営する孤児院にも多大な寄付を行いましょう。……なかなか経営も苦しいようですからなぁ?」
「…………っ」
「……断ればアッサラーム中の商人があの家の者たちにそっぽを向く、というわけだ。さすが金の亡者、薄汚いやり口だな?」
 皮肉な笑顔で言うロンに、ファイサルは満面の笑みで応える。
「商人は利益を得るためなら犬にも豚にも、もちろん狼にもなれるのですよ。――さぁ、ご返答はいかに?」
 余裕たっぷりに言うファイサル。ラグは蒼白になって黙り込み、ロンも顔をしかめて口を閉じる。
 セオは――必死に考えていた。ヒュダさんたちを守るためにはこの人の申し出を受けなければならない。だけど――受けてしまえばこの人の命令ならば、なんでも聞かなければならなくなるだろう。それはラグやロンや、フォルデにはきっとひどく誇りを傷つけることだろうし、その上にロマリア王以上にこの人の私利私欲のために働かされる可能性が高い――セオでもそれくらいはわかる、さもなければこんな交渉の仕方はしない。
 どうしよう――どうすればいいんだろう?
「………ろす」
「え?」
 不意に聞こえた低い声に、セオは顔を上げた。
 フォルデだ――さっきからずっと黙っていたフォルデが、唐突に声を上げたのだ。
 いや、違う。フォルデはさっきからずっと一人で何事か呟いていた。小さな声だったので意識に上らなかっただけで――
「――ろす。ころす。ころす。ころす」
「フォルデ、さん……?」
「おい――フォルデ?」
「ころすころす殺す殺す殺すコロスコロスろすロスロスろすッ!!!」
『!』
 フォルデは絶叫するや、飛び上がって短剣を抜いた。そしてそのままの動きでファイサルに斬りかかる。
「っ!」
 ファイサルは意外に機敏な動きで転がって避けた。そして女性たちが絶叫して逃げ惑う中、そばに置いてあった鈴を鳴らす。
 魔道具なのか、鈴はリーンと高らかに鳴った。とたん左億の扉がばんと開いて、何人もの屈強な戦士が飛び込んでくる。全員完全武装だ。フォルデの姿を見て取って、武器を構えて襲いかかる――だがフォルデは素早い動きで避けた。
「殺す殺すコロスコロスころコロころコロスッ!」
「フォルデ! しっかりしろっ!」
 ラグとロンが羽交い絞めしようとフォルデに飛びかかるが、フォルデはその素早い動きで巧みにかわす。そして短剣を順手に構えてファイサルの喉を斬り裂こうと飛びかかる――
「フォルデさん……!」
 セオはばっと飛びこんでその動きを妨害した。自分の体で短剣を防ぐつもりだった。
 フォルデは今、誰かに操られている。呪文か、薬か他のなにかかはわからないけれども。
 そんな状態で人を殺せば、フォルデは、この優しい人はきっと、傷つく――
 そんなことは――絶対にさせちゃいけない!
 短剣の軌道に直接割り込ませたセオの体に、短剣が突き刺さ――
「…………ッ…………!」
 るぎりぎりで、フォルデの動きが止まった。
「……フォルデ、さん………?」
「今だッ! 殺せッ!」
「やめてください!」
 ファイサルの言葉に、セオは叫んだ。必死の思いで。
「やめてください……お願いですから、やめてください。フォルデさんが誰かを傷つけそうになったら俺が体で止めます。だから……フォルデさんを、傷つけないで、ください……」
 戦士たちが戸惑う気配が伝わってくる。セオは、フォルデの顔を見つめながら懸命に言った。
「フォルデさん、大丈夫ですから。フォルデさんが傷つくようなことは、絶対させませんから。俺の体だったらそんなに簡単に死なないし、ホイミも使えるし、いくら刺しても大丈夫ですから」
「………ガ………」
「だから、ね、大丈夫ですから、短剣を置いてくれませんか? フォルデさんが人を殺すことなんか、ないんです。フォルデさんはそんなことしたいなんて、思って、ないでしょう? 誰かを傷つけたいなんて、思って、ないでしょう? だから、大丈夫です。嫌なことは、もうありませんから」
 言葉を重ねながら魔力を集中させ、練り上げる。勝負は一瞬。一発で決めなければならない。
「だから、落ち着いてください、ね? フォルデさんが傷つくこと、ないんです。俺なんかじゃ、役に立てないかもしれませんけど、そっちの可能性の方が大きいですけど――精一杯、フォルデさんを、守りますから」
「………ウガ………ッ!!」
 フォルデが大きく短剣を振り上げる。周囲が息を呑む気配が感じ取れたが、セオには、そしておそらくはラグもロンもわかっていた。フォルデは自分を刺し貫く気だ………!
「つかれた心臓は夜をよく眠る、私はよく眠る!=v
 全身全霊をこめたセオのラリホーは、速やかに効果を発揮した。フォルデの体に短剣が触れる直前に、フォルデは全身から力を抜いてくったりと倒れる。
 それを支えて、そっと座布団の上に横たえる。ファイサルがやけに明るくぺらぺらと喋りだしていた。
「いや、危なかったですな。これはおそらく盗賊ギルドの差し金でしょう。奴らは悪漢の群れ、我ら商人ギルドを害するためならば構成員に危険な薬物を使うことすら厭わないのですよ」
「…………」
「いやもしかすると奴らは勇者であるセオさまを害そうとしたのかもしれませんな? いや恐ろしい恐ろしい。放っておけば奴らはどんどん増長し、破壁%aのご家族にも手を伸ばすことでしょう。それを防ぐためには、勇者さまと商人ギルドの協力が不可欠でしょうなぁ」
「…………」
「ささ、早く契約書に署名を。すでに様式は整っております、あとは勇者さまが署名していただければ――」
「――ファイサルさん」
 セオが静かに口を開くと、ファイサルはなぜか固まった。
「……な……なにか?」
「フォルデさんの、投与された、薬物の見当は、つきますか?」
「は……はい、一応は。専門家に尋ねればより詳しいことがわかるかと……」
「では、調べて、いただけますか? 解毒と、暗示の解除も、手配していただきたいのですが」
「は……はいっ!」
「それと――」
「なっ、なんでしょうかっ!?」
「契約の場所と、契約書を用意していただきたいんです」
「は……?」
 セオはゆっくりとファイサルの方を向き、静かに、心中からあふれ出しそうになる感情を抑えながら言う――
「盗賊ギルドのギルド長と、あなた。双方と、契約を結ばせていただきたいので」
「――――!」
 ファイサルの恐怖に引きつった顔を、静かに眺めながら、セオは答えを待った。

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