アリアハン――3
 ――なんて、綺麗な子なんだろう。
 それが第一印象だった。

 最初の乾杯を済ませたあと、ラグはルイーダに二階のテーブルをひとつ取ってもらった。とりあえずこれからの方針を確認するためだ。
 酒場の一階が冒険者たちの憩いの場だとすれば、二階は会議室だった。宿屋と繋がっているこの場所で、冒険者たちは冒険の計画を立てる。
 まあ大喧嘩のあとなのだから、相手の冒険者たちと一緒では気まずかろうしトラブルも起きかねない、という理由もだいぶにあるのだが。
 とりあえず各自席を確保したのを確認してから、ラグは切り出した。
「さて、まず俺たちの目的を確認しよう」
「そんなん、魔王征伐に決まってんだろ。お前もそー言ってたじゃんか」
 フォルデが椅子を揺らしながら偉そうに言う。生意気なガキだと思わなくもないが、こういう生意気さは年相応で、ラグの目にはむしろ微笑ましく映る。
「確かにそうだ。最終的には俺たちは、魔物を操り世界の征服を宣言している魔王を倒さなくちゃならない。な、セオ?」
「は、はい……」
 セオはうつむき加減に、小さな声で答えた。その顔はひどくびくびくおどおどとして、自分たちをいまだに警戒しまくっているのがよくわかる。
(――嫌われては、いなさそうなんだけどな)
 そろそろとこちらの顔を見上げて、目が合うとカッと顔を赤らめて逸らすその仕草から、そのくらいはわかる。
「そう、セオが勇者で、我々はそのお供。この物語は君が主役だぞ、セオ?」
「お、俺はそんな! 主役とか、そんな、そんなんじゃ……」
「照れることはないだろう」
「からかうな、ジンロン」
 会ったばかりだからまだわからないが、こいつもつかめない奴だとラグは思う。無音≠フジンロンの名はアリアハンではけっこう有名なことだし、頼りになるだろうとは思うのだが。
 偶然耳にした彼と組んだ人間の話では、『なにを考えているかわからない』というのが総評だった。ラグも正直そう思う。セオを面白いと評し、なにかと絡むその感覚はラグにはよくわからない。
「俺のことはジンロンではなくロンと読んでくれ」
「……ロン?」
「ジンロンはフルネームでな。俺の故郷では姓と名前を続けて呼ぶ。どちらも単音節がほとんどで、普段はそのどちらかを呼ぶんだ。俺の名前はロン、お前らもそう呼んでくれ」
「……ロ……ロンさんは、ダーマの方なんですか?」
 セオがおずおずと問うと、ジンロン――ロンがわずかに眉を上げた。
「そうだが。ダーマの名前の付け方を知ってるのか? 博識だな」
「え、いいえ! ただたまたま本で読んだだけでっ、博識とかいうわけじゃ、ない、です……」
 最後の方は聞こえないほど小声になって。この子は本当に浮き沈み――というか、沈みっぷりが激しい。
「ダーマ……転職の神殿か」
 世界のどこに生まれた人間であれ、人ならば十六歳――成人になった日に職業を決める。それはほぼ絶対の法則だ。
 それは生まれた階層にもなりたい職業にもまったく関係ない。自らのなりたい職業を神に宣誓し、認められるのは人生の中でも一、二を争うほど重要な儀式だ。
 職業を決めるというのは一種の誓約だ。制約を自らに課し、それをバネにして力を得る。
 たとえば戦士を職業に選んだ場合、様々な武器を装備できるようになり、精進すればするほど力と体力が上がっていくようになる。その代わり動きの俊敏さや知性はどんなに訓練しても上がりにくいし、どんなに勉強しても呪文の類は一切使えない。
 武闘家盗賊僧侶魔法使い商人といった類もそうだし、冒険者になりうる職業に限らず、武器屋道具屋宿屋八百屋農民等々のようなごく普通の職業でも同じだ(冒険者になりうる商人と普通の武器屋などは違う職業だ。商人が武器屋になることもできるが、冒険者になれる商人というのは分野を問わずありとあらゆる品物を扱える職業をいうのである。その代わり一つの分野に関しては専門にはかなわない)。
 職業はどれをとっても一長一短、どれを選べばいいというものはない。だからそれぞれ必死に考えて、自分のやりたい自分に適性のある職業を選ぶのだ。選んだ職業に応じた能力が、修練や仕事の中でレベルが上がるに応じて上がっていくようにできているのだから。
 だから教会はどこの街や村にもあるし、転職の神殿というものが大きな意味を持つ。その職業に充分熟達しているレベルにならないとできないとはいえ、一度決めた自分の職業を変えることができるのだから。
 勇者と賢者という二つの職業――普通の職業より優れた$E業も、教会やダーマ神殿がなくては職業として認められなかったろう。
「俺はダーマ周辺の村の生まれだがな。ダーマ神殿には一時期修行に行ったことがある程度だ。別に遊びに行って面白いところじゃなし」
「んなことどーでもいいだろ。目的ってやつはどうなったんだよ」
 フォルデに言われ、ラグはうなずく。
「ああ。俺たちの目的は魔王征伐だ。だが、具体的になにをどうやって魔王を倒すのか。魔王はどこにいるどんな奴なのか。そういうことを俺たちはまだなにも知らないだろ?」
「………まあ、そりゃそうだけど」
 三年前、魔王が現れたことはかなり有名だ。当然だ、ネクロゴンドという一つの大国が滅ぼされたのだ、噂にも上る。
 だが詳しい情報は国家の重要機密とされている。パニックを避けるためか単に国家が情報を抱えこみたいだけかは知らないが、魔王がどのような存在なのか、人間側にどんな要求をつきつけてきているのかとかは政府の高官レベルの人間でなければ知らないのだ。
 だが、勇者のセオならそういう情報も当然知っているはずだ。勇者というのは国のVIP、軍事的には将軍以上の扱いを受けるのだから。
「そういうことも含めて、最初に話し合っておこうというわけさ。セオ、君にはなにか、旅のとりあえずの指針というものはあるのかい?」
「え、は……はい………」
 セオはあからさまにおどおどしながらうなずいた。叱られやしないか怒鳴られやしないかと怯えている顔だ。
 ――そんなことはしないのに。少しぐらい安心してほしいのに。
 だが、そんなことを今言うわけにもいかない。こういうことはタイミングが命だ。
「あの……魔王の名前は、バラモスって、いいます」
「魔王バラモス、か」
「バラモスは、三年前、圧倒的な戦力でネクロゴンドを滅ぼしたのち、その強大な魔力でネクロゴンド周囲の山脈を隆起させて絶海の孤島を作り上げました。そのおかげで敵軍の魔物は空を飛べなきゃそう簡単にはネクロゴンドの外には出られなくなってるんですけど――鷹の目使いが見た限りじゃ、侵入するのも極めて困難だって」
「侵入できねぇとか言うんじゃねぇだろうな」
「え、いえ、えっと。侵入は、でき、ます。少人数なら。えっと、相当な重装備と、あと登山の経験が必要ですけど、不可能じゃ、ないっていう結論が出たそう、です」
「なるほど。だからこそよけい勇者による征伐が求められているわけか」
「はい……」
 なぜかうなだれるセオ。ロンの言葉の中に、またなにか自虐的になるような要素を見つけたのだろうか。
 つい胸が痛んで、ぽんぽんと肩を叩いてしまった。大丈夫だよ、という思いをこめて。
 セオは顔を上げた。その顔がみるみるうちに朱に染まり、目が潤む。泣きそうに顔を歪めて、またうつむく。
(………うーん)
 これは自分を意識しているということでいいのだろうか?
 ともあれ、話を進めようとラグは言った。
「それで、君はどういう風に敵の居城に侵入しようと考えてるんだい?」
「え、っと。その……オーブを集めよう、って、思ったんです」
「オーブ?」
 聞いたことのない名だ。アイテムだろうか。
 首を傾げるラグとフォルデをよそに、ロンは小さく目をみはる。
「オーブ……まさか霊鳥ラーミアを蘇らせようというのか?」
「え、あの、はい」
「あれは伝説だと思っていたが。なにか情報でも入ったのか?」
「えっと、城の資料を調べていて知ったんですけど……」
「ちょっと待てよ」
 フォルデが苛立たしげに遮った。
「話が見えねぇぞ。オーブってのがなんなのか、ラーミアってのがなんなのか、最初っからちゃんと説明しろよ」
 セオの顔が、また泣きそうに歪んだ。
「ごめん、なさい……」
「あーもーうぜぇなっ、いちいち泣くな謝るな! 謝るくらいなら最初っからやんじゃねぇ!」
「ごめ、ごめん、なさ……」
「だから謝るなーっ!」
 怒鳴りまくるフォルデを、ラグはやれやれと見つめた。セオはもうしゃくりあげてしまっている。
 話の進みは遅くなる――だが、ラグはフォルデのこういうところのために仲間にすることを決めたのだからしょうがない。
 セオに対して優しくする仲間ばかりでは、セオの成長に悪影響が出ると思ったから。
 むろん、セオをむやみに傷つけるような仲間は論外だが――このフォルデという盗賊は、怒りっぽいがセオの人格を認めた怒り方しかしない、とラグは読んだのだ。
 セオはラグが間に入ることで、ようやくしゃくりあげながら説明を続けた。
「あ、の、オーブって、いうのは、太古に、世界が、神々、によって」
「あーくそうぜぇ! 泣き止んでから喋れ!」
 ……セオの説明をまとめると、こういうことになる。
 オーブ。それは太古に神々が一度人を――世界中を支配する大帝国を滅ぼした際、心清き人々を救うため遣わした霊鳥ラーミアの封印を解く鍵である。
 霊鳥ラーミアというのは神々が力を結集して創り出した神の力宿す鳥で、千里の道を休みなしで一刻で翔けることができるという。
 一般的には伝説だと考えられているが、セオは二年前にそれが事実ではないかと思える記録を発見した。
 百年前の冒険家、フィリオ・ロッドシルトの記録。ここにレイアムランドと呼ばれる極寒の地に神殿を見つけたという記述があるのだ。
 その神殿には双子のエルフが住まい、フィリオに「私たちはラーミアの卵を守っている」と言ったという―――。
「そんなん信用できんのかよ? 嘘書いてるかもしんねーだろ?」
「う……フィリオは、他の記録では、全然う、嘘ついてなくて、高名じゃないけど誠実なっ、冒険家で、それがここだけ嘘をつくって考えにくいって思って……ごめ、ごめんなさい………」
「いや、セオの言う通りだよ。その考えは間違ってないと思う」
「う……ごめんな、ごめんなさい………」
「褒められてんのになんで泣くんだてめーは!」
六色のオーブ≠ニいう宝物は古くから存在が知られていた。元はランシールの大神殿に収められていた宝物だという。
 大神殿がダーマの転職の神殿に取って代わられ、顧みられることもほとんどなくなって、オーブはいつしか大神殿から流出した。その神々が作ったとされるにふさわしい細工、材質、美しさと宿る神の力は、伝説を知らぬものにすら魅力的だったのだろう。
 ラーミアを蘇らせるという伝説は伝説のまま、その美術品としての価値のみを重んじられ、オーブは世界中に散らばった。
 オーブを集め、レイアムランドの神殿に捧げ、ラーミアを蘇らせる。神々の創りし鳥が魔王征伐の手助けを断ることはないだろう。ラーミアの助けを借りれば過酷な登山をせずともバラモスの居城へ一気に乗り込んでいける。バラモスの張っているであろう結界も、霊鳥ならば破れるはずだ。
「………なるほど。思ったよりもちゃんと見通しが立っているんだな」
 ロンが感心したように言うと、セオは赤くなってきた目をまた潤ませた。
「ごめんな、さ……」
「謝らなくてもいいだろう褒めてるんだから。……しかしオーブがどこにあるかというのはわかっているのか?」
「は、い。グリーンオーブはテドンという村に、パープルオーブはジパングに、レッドオーブはサマンオサに、イエローオーブはイシスに、ブルーオーブはランシールに、シルバーオーブはネクロゴンドに……ある、はず、です………」
「ネクロゴンドぉ? 乗り込もうってところにあるんだったら意味ねぇじゃねぇか」
「あ、の……そじゃ、なくて、ネクロゴンドだけど、ちゃんと道、が通って、る場所に――ごめんなさい………」
「だっから泣くなーっ! あーもーマジウゼェ!」
「ごめん、なさ、い………」
「まぁまぁ、二人とも落ち着け。つまり今のところつかんでいる情報ではどのオーブも手に入れることはできるから、ラーミアを蘇らせるというのをとりあえずの旅の目的にしていいってことだろう、な? もしダメでも山登りすればいいんだし。どっちにしろレベル上げのために世界中を回らなくちゃならないんだから、どうせなら目的があった方がいいし、そういう方向でいこう。な?」
「はい………」
 セオの言ったことなのにまるで自分で考えたように言って気を悪くしないかなと思ったが、セオはほっとしたような顔をしてうなずいた。ここはほっとするところじゃないと思うんだけどなと思いつつ軽く頭を撫でてやると、幸せそうに頬を緩める。
 ――笑顔と呼ぶには程遠いものではあったが、泣き顔よりはずっといい。
 そんなラグたちを見つつ、フォルデが不機嫌に言った。
「なんだよ、レベル上げって?」
『………は?』
 思わず声を揃えてしまった。フォルデは自分たちの反応に目を丸くする。
「なんだよ。なんかおかしいこと言ったか、俺?」
「……知らないのか? レベル上げがなにか?」
「なんだよ。レベル上げって、レベルってのは普通そう簡単に……つうか、意図して上がるもんじゃないだろ? いつのまにか上がってるもんだろ? 修行したってほいほい上がるもんじゃねぇだろうに、なんでそんな言い方すんだよ?」
「よかった……それは知ってるんだな。そこから説明しなきゃならないのかと思った」
「んだよ、馬鹿にしてんのか!?」
「というか、勇者の力を知らん時点で馬鹿にされてもしょうがないと思うが」
「………は? 勇者の、力、って?」
 ラグとロンとセオは顔を見合わせる。多分自分が一番適任だろうと、ラグは口を開いた。
「フォルデ。レベル≠チてものがなにか、わかるか?」
 フォルデはむっとした顔をする。
「馬鹿にすんな。それぞれの職業に対する熟練度の目安だろ、教会やら王宮で教えてくれる。レベルに応じてだいたいの能力が決まるっていう」
「そうだな。で、レベルっていうのはそう簡単に上がるものじゃないこともわかってるな? 能力を上げること、技術を上達させることは一朝一夕にできるものじゃないから、ってことも知ってるな?」
「たりめーだろ」
「うん。で、勇者≠チていうのはな――その例外なんだ」
「例外?」
 きょとんとした顔をするフォルデ。
「ああ。勇者がなぜ勇者と呼ばれるか。それは勇者は敵を倒すことでどんどんレベルを上げることができるからなんだ」
「……どういうことだよ」
「勇者は敵を倒すことで、敵から経験値と呼ばれるそれぞれに固有のエネルギーを吸収することができる。そのエネルギーを貯めていくと、ある時臨界を突破したようにレベルを上げることができるんだ。当然能力もそれに応じて上がる」
「……つまり、敵を倒すだけでどんどん強くなれちまうってことか?」
「そういうことだ。勇者の力はそれだけじゃない、その力の影響下にある人間は遺体の状態がどんなにひどくとも確実に復活の儀式を成功させられる。レベルが上がりやすいように普通に旅しているよりはるかに高い頻度で魔物と出会う。魔物を倒せば強さに応じたゴールドがどこからか財布の中に供給される。旅の途中で魔物に殺されても、驚異的な幸運で遺体を発見してもらい教会まで連れていってもらえる」
「なんだそりゃ、デタラメじゃねーか!」
 フォルデがバン! と机を叩く。セオがびくりと震えた。
「そう、デタラメなんだよ。だからこそ勇者は天に選ばれた者と呼ばれ、国から様々な特別扱いを受ける。一国をあっさり滅ぼすほどの存在が現れてもパニックにならないでいられるのは勇者がいるからだ。普通の人間の限界をあっさり超える存在、人を超えてどこまでも強くなる人、勇者が世界には何人もいるからな」
「……勇者の間では、『人でなしの素質』って呼ばれてる、そうです」
 セオがそう口を挟む。
 フォルデは眉間に皺を寄せて腕を組んでいた。
「勇者ってのがどうしてああも特別扱いされるのか、ようやくわかったぜ……」
「勇者オルテガは魔物の軍勢を一人で全滅させるほどにまでレベルを上げていたという。勇者っていうのはそこまで強くなれる存在なわけだ。……で、セオなんだが」
 びくん、とセオがうつむいたまま震える。どーしてこうも自分を話題にされるのを嫌がるかな、と思いつつも笑って言った。
「勇者の中にはその力を他人にまで影響させられる人間がいる。一緒に戦うことで、そいつにも経験値を分け与えてレベルを上げさせられる人間がな」
「……こいつがそうだってのか」
「そういうこと。オルテガは自分一人しかその力を及ぼせなかったから一人で旅立ったが、セオは自分を入れて四人まで影響できる――三人まで仲間を連れることができるわけだ。で、俺たちがその仲間、と。どうだ勇者の仲間になった気分は?」
「ラ、ラグさん………!」
「ふん、んなこたぁどうでもいい。俺ぁただ借りを返すだけだ。そのために同行するんだからな。あと魔王を倒すためだ。てめぇの力なんざ借りなくても、きっちり魔王倒してやるさ」
 ふふんと偉そうに鼻を鳴らすフォルデに、セオは心底安心したように息をつく。それを見て、やっぱりこの子は勇者っていうのがプレッシャーなのかな、と思いつつも苦笑していた。
 フォルデはわかっていない。勇者の仲間というのがどれだけ運のいいことか。どれだけの人間が望む立場か。
 勇者の仲間にさえなればあとは普通に戦っているだけでまずその職業の世界一になれるのだ。通常とは比べ物にならない早さでレベルが上がるのだから。苦労もするだろうがそれ以上に見返りは大きい。だからこそ仲間の地位を争ってあんなにも冒険者たちは争ったのだ。
 仲間を作れる勇者というのは、それだけで大した存在だ。しかも三人。ここまでの力を持つ勇者は歴史上でもそうはいないだろう。
 そんなすごい存在なのに、セオはどうしてこうも卑屈なのだろうか。周りからそんなに存在を軽んじられてきたのだろうか?
 隣にいるセオを、じっと見つめ、思う。―――こんなに綺麗な子なのに。
 セオはとても綺麗な子だった。つんと立った黒髪は艶々として触り心地がよく、くるんとした瞳は形よく子供のような可愛らしい印象を与える。鼻筋はすっと通ってきれいで肌は絹のようにすべすべ、輝いているのではないかと思えるほどだ。輪郭などは神の創った芸術品と言ってよさそうなほど美しい。
 いつも情けない表情を浮かべているので気づかれなかったのだろうが――普通の表情をして背筋を伸ばしていれば、きっと女の子にモテただろうに、とラグは思うのだ。
 本当に、今まで見たどんな人間よりも綺麗なのだから、笑ってくれればいいのに。その方がずっとずっと綺麗だろうに。
 そんなことを思いつつセオの頭に手を乗せる。
「ラグ、さん?」
 不安そうな声でそう呼ぶセオに笑いかけてやると、セオもわずかに頬を緩めた。それでも笑顔とはとても呼べない。
 もっとこの子を笑わせてやりたい。心の底から嬉しいっていう笑顔を浮かべさせてやりたい―――
 その方がきっとずっと魅力的だろうに。
 自分はこの子に、ちゃんと笑わせてやれるだろうか。
 そのために、この子がちゃんと自分一人で立てるように、笑うことができるように――この哀れな優しい子供をちゃんと生きることができるようにするために、自分はこの子と一緒に旅立つことを決めたのだから。
 魔王を倒すためでも、世界を平和にするためでもなく。
 目の前のこの子供を、幸せにするために。
 そう思いつつ、ラグはもう一度笑った。

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