ジパング〜ヤマタノオロチ――2
 フォルデは、呆然と目の前の光景を見つめていた。
 頭の中でぐるぐる言葉が回る。なぜ、あいつがここにいる。おかしいだろう、どう考えても。ここはジパングとかいう怪しげな島国で、家やらなにやらは貧乏くさいくせにやたら偉そうな奴らがうじゃうじゃいるところで、こっちをガイジンだなんだと抜かしてくるような女が頭張ってて、つまり自分たちにとっては敵地で。
 そんなところで、なぜあいつが、イシスで一度、いや二度会っただけの関わりしかないお嬢さま――ヴィスタリア・フュメーナが縛られているんだ?
 あいつは、自分とは違う、安全な、豊かで快適な場所に生きているものだったはずだろう?
 大仰な言葉だが、素直な感情を表すならば、世界が崩壊したかのような衝撃――その凍った意識に、唐突に、ガキっぽい叫び声が割り込んだ。
「おいっ!」
「なんじゃ? 童よ」
「なんでその人たちそんなふーに縛ってんだよっ! そっちの女の人体弱いみたいじゃんかっ、かわいそーだろっ!」
 そのひどくはっきりと純粋な怒りの声が、レウ――あの一ヶ月前唐突にパーティに加入したムカつくクソガキのものだと認識するや、フォルデは半ば脊髄反射で怒鳴っていた。
「うるせぇてめぇ横入りするんじゃねぇーっ!!!」
 全力で絶叫してからだぁぁくそなに言ってんだ俺はっ、と思わずぶんぶん首を振って勢いよく立ち上がる。そうだ、ぼうっとしている場合ではない。
 別にヴィスタリア――あの女がどうこういうわけではないが(まったくないが!)、女を、それも体の弱い女をほいほい縛り上げるようなやり口は気に入らないし、なによりこのヒミコとかいう女はこちらに喧嘩を売ってこさせようと挑発するような雰囲気があった。
 要するに、この女は敵だ。
「おい、白粉ババア。ジパングの女王だかなんだか知らねぇけどな、よそから来た奴を片っ端から縛り上げるような真似すんのがてめぇの流儀なのか」
 殺気を込めた声に、ヒミコはあくまで仰臥しながら、その肥満した体を揺らし奇妙な響きの声で笑ってみせる。
「ふ、ふ、ふ。こたびのガイジンはまこと、元気がよいのう。ひとの大きさをしらずむやみとなきたてるきりぎりすのようじゃ」
「喧嘩売ってんのか、ババア」
「おお、これはすまぬのう。ただ思うよういうただけなのじゃがな。ああ、それと言うておくがな、わらわはガイジンはみな縛すというわけではない。ただよりふかき苦しみをあたうべき、と思うたものを縛すのみよ。すぐに首をおとすのではいささかものたりぬ、という時にのみのう」
「……なんだと?」
「聞こえなんだか? ――みにくきガイジンどもが、このきよきくにジパングに足を踏み入れたというだけでも万死に値するというに、わらわの眼前を汚し、わらわを面罵するなど――百度殺しても飽き足らぬわ。はようわらわの前にひれ伏し、許しを請うがよい」
 その肥満体を醜く揺らして笑いながら、さもおかしげに抜かすヒミコ――に向け、フォルデはだぁんと地面を蹴った。この距離なら一挙動で殺れる。
 が、同時に、いやそれより早く地面を蹴った存在を目の端で知覚し、仰天した。レウが――あのチビガキが、顔を真っ赤にして、怒り心頭という顔でヒミコに向かい飛びかかっている。
 だがもちろん今は驚いている場合ではないしそんなことを考えている暇も微塵もない。一瞬の十分の一にも足りない刹那で精神状態を平板なものに戻し、ヒミコへと飛びかかろうとする――
「ひふなろやか」
 ――が、途中でどしんと、体が落ちた。
「はいりかりのやのふくし、すれがれしをうたわへや」
 体が動かない。まったく動かない。体におかしなところは少しも感じられないのに動かない。なんだ、これは。
「へのしれらえれとろばへふめ、ほたゆぶよせげとがまがれば」
 しかも、おかしい。さっきの落ち方はおかしかった。自分たちは全力で、それこそその気になれば一息で十m以上の跳躍も可能な足で思いきり飛んだのに、その跳躍の途中で唐突に真下に落ちた。
「ほごのめまさらをぞれしにか、うれめせおおみほせねれほに、くたかつちけせぜばりぷれけ――」
 謁見の間に隠隠と響くヒミコの声。奇妙な節回しで、なにを言っているかもわからない言葉で、頭に、体に、異様なほどに染み透る声音で、唄のように呪文のように、文言を流れるように重ねていく――
 体が動かないのに、ぐらり、と頭が揺れた。意識が。考える力が、一瞬。いやどんどんと。駄目だ、ふざけるな、冗談じゃない、あの白粉ババアをなんとしても、ぶち殺さなくてはならないのに、頭が、意識が、心が、動いて、くれな
「えいれせまろこは、ぞぬんとぱせにふ、ぎりねつとろうせふみゆぐの―――」
 …………。

 意識が戻った、と思うやフォルデはばっと跳ね起きた。
 と同時にずってんどうと転びかけ、かろうじて両の足で立ち上がった。脳の芯がくらくらとするが、素早く周囲の様子をうかがう。
 そこは牢屋だった。それもかなりに田舎くさい土牢。出入りができないようにということか、出入り口には木製の格子が嵌められているが、見張りの類は一人もいない。
 自分の体には何重にも縄が巻きつけられ、芋虫のような形に縛り上げられていた。奇妙なことに、武器の類は取り上げられていない。腰のドラゴンテイルも、袖口に仕込んだ短剣も、それどころか手に握っていたアサシンダガーですらそのままだ。
 牢屋の中に入っているのは、自分と仲間たち。セオ、ラグ、ロン、それにあのクソガキと――
「大丈夫ですか、フォルデさん?」
 気遣わしげに響くたおやかな声に、フォルデは反射的に体全体でそちらの方を向いた。そこには、あの少女が後ろ手に縛られて座っている。
 ヴィスタリア・フュメーナ。かつてイシスで二度出会っただけの、縁もゆかりもない、そう言ってしまってなんの問題もない少女。
 フォルデは思わず思いきり顔をしかめ、歯の隙間から押し出すような声で言っていた。
「なんで、あんたがこんなとこにいるんだ」
 ヴィスタリアは、なぜか、その声に笑顔を返した。この状況が彼女の健康によくない影響を与えていることがありありとわかる薄い顔色で。
「またお会いできて嬉しいです、フォルデさん。私、思ったより、運がいいんですね」
「は?」
 一瞬ぽかん、としてから、それがかつて別れる時フォルデが言った言葉について言っているのだと気づき、フォルデの頭にかっと血が上った。
「なっ、なに言ってやがんだ、今の状況わかってんのかてめぇは」
「ええ、わかってはいるつもりです――ごめんなさい、でも、つい嬉しくて。私、本当にもうお会いできないと思っていたので……私が運がいいなんて、とても思えなかったものですから」
「……っ、馬鹿なこと抜かしてんじゃねぇよ。運だのなんだのなんてなぁな、自分のやんなきゃなんねーことやってりゃ、気合で呼び込めるもんなんだ」
 くす、と小さく笑い声が響く。鈴を振るような、星が鳴るような、いっそ不思議なほど澄んで、清らかに高く、そしてか細い声が。
「じゃあ、よかった。私、すべきことをしていたんですね」
「………そりゃ、そうなんじゃねぇの?」
「ふふ、嬉しいです。フォルデさんに会える当てがあったわけでは少しもないけれど、お会いしたいな、と思って船に乗ったから」
「………っ………」
 フォルデは思いきり顔をしかめてふいっとそっぽを向く。本当に、なんだってんだ、この女。
 妙に顔が熱かった。なんでこんな、しょうもねぇこと言われてこっちがどうこう思わなきゃなんねーんだ、こっちになにしろってんだこの女は馬鹿馬鹿しい。
 ただ、それでも、こんな状況でもこの少女の声は、やはり耳に心地いい。心地いいのとは違うか、ひどくか細く、儚くて、今にも消えそうで。
 自分が関わってはいけない存在だ、とそう思うのに。こうして目の前に突き出されると、綺麗なガラス細工が落ちて壊れそうになるのを反射的に庇ってしまうように、なんとか守ってやらねばと、そう思ってしまう。
 思ってから、ぶるぶると首を振った。なんでこんな時にこんなことを考えてんだよ、俺はっ!
 ――というところでしごく冷静な声がした。
「さて、フォルデ。とりあえず一通り青春を味わったところで、現実的な話をしてもいいか?」
「………っ!!?」
 フォルデはその声にばっ、と振り向き、固まった。そこには自分と同じようにぐるぐる巻きに縛られた、四人の仲間たちがこちらを見ていたのだ。
「いや……その、すまん、フォルデ。邪魔はしたくなかったんだが、正直この状況だとどう考えても邪魔にならざるをえないというか」
「んぷっ、ふー。つーかさー、フォルデさー、なんで俺らより先にその人に話しかけるわけ? 俺らよりその人が気になんのかよっ、仲間がいのねー奴っ」
「レウ。……そういう、ことは、言わない方がいいと、思う。……あの、フォルデさん、ごめん、なさい。本当に……」
 気まずげなラグ、不満げなレウ――そして、うつむき加減に訥々と謝罪を述べる、セオ。ばっと口を開いて、怒鳴りかけ、思い直して何事か言いかけ、けれどなにをどう言えばこの感情をうまく伝えられるのかわからず苛立たしげに口を開け閉めしているところにロンが告げる。
「普段ならお前がどれだけ少年っぽく青春を謳歌しようが俺としてもどんどんやってくれといくらでも出歯亀をしてたとこなんだがな……というか今もしたい気持ちは満々なんだが、さすがにこのままだと明日には命がなくなるという状況下ではそうもいってられん」
「……っはぁ!?」
 思わず叫んだフォルデに、ロンは肩をすくめラグは沈痛な面持ちをしレウはむぅっと唇を尖らせ、セオは妙に静かな面持ちで――敵と会って、襲いかかる寸前にはこいつはこういう顔をするだろう、という顔でこちらを見る。つまり、それは、本当に。
「オー! そうなのでーす、ジパングの人たちとても野蛮ね! おお、我が神よ、どうか私たちをお救いくーださーい!」
「………は?」
 まともに認識してすらいなかったが、ヴィスタリアの隣には二人男が並べられていた。一人は、確かヴィンなんとかとか言うヴィスタリアの執事。もう一人はなぜか、こんな場所で街の教会の神父のような格好をしている、妙ちくりんな雰囲気の男だった。
 その男は(そういやこんな顔した男があの白粉ババアの前に転がってたかも、とようやくフォルデは思い出した)、神父らしく十字架を掲げるようにして祈ろうとする――が、その男も当然ぐるぐる巻きに縛られているので、ごろごろ転がりながら胸元の十字架を何とか高く上げよう上げようと奮戦し始めた。
 つまり、海老のような格好で転げまわりつつ、やかましく声を上げて祈るのだ。なんというか、すさまじく怪しく、少しばかり気色悪く、うさんくささが漂いまくっていた。
「……なんだ、こいつ?」
「この方は主神ミトラの布教を行う神父さまなのだそうです。たまたま船で一緒になりましてな。我々はラヴィン地方から大陸の南へと向かう船に乗っていたのですが、この方はもともとこのジパングという素性の知れぬ島に布教に行かれる予定だったそうで。嵐に遭い、船が沈み、この島国に流れ着いてこの方にとっては幸運だったということですかな」
「オー! 冗談やめてくーださーい! この島ではワタシの神様相手にしてもーらえませーん! この島の人たちにはヒミコさま神様なのでーす!」
 執事に説明されてもその神父はごろごろ転がるのをやめない。どうやら今の状況を嘆いているらしいのだが、それでもやっぱり怪しいものは怪しかった。
「まぁ、そう阿呆でも見るような目で見るなよ。この人はガディスカ大陸のガイジ地方の人で、たまたまこういう訛りの人間ってだけなんだから。さっき話してみたが、理性はまともにある人だったぞ」
「本当かよ……」
 少なくともフォルデは話の途中でいきなり祈り出すような奴を理性があるとは言わない。さらに言うならフォルデは聖職者は嫌いだ。
「つか、それよりさっき言ってた話しろよ。明日にも命がなくなるだぁ? んっだそりゃ」
「お前がまだ意識が戻らない間に、ここに俺たちをヒミコのところへ連れて行ったあの妙な奴らが来てな。ご丁寧に説明していってくれたのさ」
「明日俺たちを処刑する、と。今日のうちに覚悟を決めておけとか、そんなことも含めてな」
「はぁ!? んっだそりゃ阿呆か、なんで俺らがあののっぺり顔連中に処刑されなきゃなんねーんだよっ」
「清きジパングの地に踏み入った罰だとさ。実際笑わせてくれるにもほどがある話だが」
「あの、推測、ですけど。ヒミコをはじめとした、ジパングの人たちは、ダーマに存在、するものとは違う、神≠崇めているように、思えました。おそらくは、穢れと、浄化を、教義の主題、とした、祖霊信仰、と精霊信仰、の混ざった原始宗教。彼らにとって、ガイジン≠ヘ、穢れそのもの、なんです。人の形をした、人でないもの。それが自分、たちの、生活圏内に入る、ことはつまり、生活が著しく侵害される、ということで」
「だっからなんだってんだよっ、要点言え要点をっ」
「……っ、ご、め、んなさ……」
「……っ別に怒ってねーだろ! 単に俺がその説明じゃわかりにくいっつってるだけで」
「ったくもー、わかんねーのかよフォルデっ。よーするに、あいつらは悪い奴なんだよっ」
「お前には言ってねぇ! っつか、んなこと最初っからわかってんだよどーいう風に悪い……っつーか、ムカつく奴かを聞いてんだよわかんねーのかクソガキっ」
「え? えーと……なんで?」
「阿呆かこのバカガキっ、そのムカつく加減でどこまでやるか決めるからに決まってんじゃねーか!」
「あそっか。フォルデ意外と頭いいなっ」
「てめぇいっつもいっつも言ってんだろーが俺舐めんのも大概にしろってのがわかんねぇのか、あぁ!?」
「はいはいお前ら、人様の前で喧嘩するんじゃない。見ろ、ヴィスタリアさんたち、三人とも驚いてるじゃないか」
「いえ……そうですね、少し。……みなさんは、本当に仲がいいんですね」
 にこり、とヴィスタリアに微笑まれて、猛烈に熱くなる顔をぷいっと全力で逸らして「別に」とだけ呟く。クソッタレなんで俺がこんなガキみてーな真似しなきゃいけねーんだ、と思いつつも、こんな状況でヴィスタリアと真正面から向き合うのは悔しいが暴れ出したくなるほど猛烈に恥ずかしい。
「というかなフォルデ、セオはだいぶ要点に絞って説明してるぞ。男を下げたくないならきっちり話を聞け」
「わかってんだよんなこたぁっ。……穢れがなんだって?」
「え、と、はい。穢れというのは、永続的・内面的な、主観的不潔感のこと、です。死や、病、血、さらにいえば罪、悪、その世界で嫌悪感を感じさせるものすべては、穢れ、になります。そういった概念の多くは、身につけば、個人のみならず、その共同体の秩序を、乱し、災いをもたらす、と考えられるので、共同体は多く、それを排除する方向に、動きます。……普通なら、禊や、祓で、穢れは浄化、されるんですけど」
「ここの奴らは違うってのか」
「えと。まだここの人たちの、詳しい宗教観を知らないので、ちゃんとしたことは言えない、ですけど。ここの人たちの、服装やなにかから、考えると、たぶんそういった概念はある、と思う、んです。ただ……ヒューゴーさんもおっしゃっていた、ことですけど、この国の人たちにとって、神≠ヘ……現人神、という形に、なるんでしょうけど、すでに存在、してしまっている。あの、ヒミコという、女性です」
「……ヒューゴーって誰だよ」
「え? あ、あの神父さま、です」
「ハーイ、ワタシ名前ヒューゴーでーす」
 無駄に快活に手を上げようとする(だが縛られているので果たせない)ヒューゴーに一瞥もくれず、さらに訊ねる。
「つまり、あの女は好き勝手にここの奴らを動かせるってこったろ。何者なんだあいつ」
「さて、な。調査用の魔道具があれば楽に調べられただろうが」
「あの不思議な呪文はなんなんだろう。あれは明らかに妙だったよな、俺たちの知ってるものとは違う……唱え方も妙だったし、効果がこう……あれはラリホーなのか? 唱えてる途中でフォルデたちが跳んでる途中で急に落っこちたし。意識を失う時、なんていうか……『抵抗することができない』って最初っからわからされちまってる、みたいな……」
「え? そーなの? 俺ラリホーってみんなあんなもんなんだろーと思ってた」
「だーっ黙ってろクソガキ、てめぇが喋ると話がややこしくなる!」
「むっ、なんだよフォルデっ、俺のこと馬鹿にしてるだろ!?」
「馬鹿にしてんじゃねーよ事実馬鹿なんだろーが!」
「おっ、俺馬鹿じゃないもん! たぶん……そ、そりゃべんきょーとかあんますきじゃない、けど」
「はいはいお前ら五十歩百歩な会話はそのへんにしとけ。……どう思う、セオ」
「……はい。たぶん……ですけど。賢者の能力の、極めた先……いうなれば、上位互換、と考えるべき力、じゃないかな、って」
「やはりそうか……面倒なことになったものだ」
 は、と忌々しげにため息をつくロンに、フォルデは思わず目を見開いた。
「おい、なんだよ、お前ら……」
「あのおばさんの力がなんなのかもーわかったのか!? すっげー、さっすがセオにーちゃん、あったまいー! あ、ロンもなっ!」
 突然割り込んでキラキラと目を輝かせるレウに、ロンは「やれやれ、俺はついでか」と肩をすくめたが、セオはカッと顔を赤らめた。あからさまに戸惑い、恥じらった表情で、困ったように身を縮める。
「え、と。その、別に、大したことじゃ、ないんだ、けど」
「んなことねーよ、すっげーよ! 俺たち全然わかんなかったもん! な、フォルデっ」
「………黙ってろクソボケガキ横から割り込んで俺まで一緒くたに下から目線にするんじゃねぇぇぇ!!」
 怒りのあまり全身の筋肉に思いきり力を込め、ぶっちぃんと縄をぶち切ってがづんとレウの頭をぶん殴る。それにレウはむぅっと唇を尖らせてから、同じように力を込めて縄をぶち切り、「なにすんだよーっ!」と飛び蹴りをしてきた。
「てっめぇざけんな人のこと怒らせといて蹴りとかマジ喧嘩売ってんのか!」
「そんなの知るかよっ、フォルデが勝手に怒ったんじゃん! ていうかフォルデだってわかんなかったの俺と一緒なくせにっ」
「っ……っ俺はてめぇみてぇに任せっきりでいいとか考えてねぇっ!」
「たっ、さいしゅーてきにわかんなかったら一緒だろーっ!」
「つっ……面白ぇいい機会だどっちが上かケリつけるかクソガキ!」
「いーよっ、やってやろーじゃんっ」
「お前ら、本当にいい加減にしろ! 一応はレベル40超えてる奴らの会話かそれが!」
 同様に縄を引きちぎったラグにぐいっと無理やり引き離されながらも、フォルデはこのクソガキがっ、という苛立ちを込めて思いきり唇を尖らせている相手を睨む――と、ぷっ、と小さく吹き出すような声が聞こえた。
 はっ、と顔を向けるや、くすくすくす、とヴィスタリアが笑い声を洩らしている。縛られながらの苦しい体勢だというのに、悪いとは思うけれど堪えきれない、という顔で。
「ご、めん、なさい……笑ったり、して。ただ……みなさんは本当に仲が、いいんだなって……なんだか、嬉しく、なってしまって」
「へ? なんでヴィスねーちゃんが嬉しくなんの?」
「ええ……そうね、ごめんなさい。本来ならそんなこと感じていい筋合いではないのだけれど……みなさんがお互いのことを、とても大切に思っているんだなって、思うと。私、そういう風に仲のいい人って、いないから、うらやましくて、嬉しいなって」
「うんっ、俺ら仲いいよっ。ヴィスねーちゃんもさぁ、そーいう相手ほしいなら誰か手近な奴と仲よくしよーとしてみなって。俺、なんなら友達になってやってもいいぜっ」
「はぁ!?」
 いつから俺とお前が仲良しこよしになったんだとか友達になってやってもいいってなんでてめぇがそこまで上から目線なんだとか、そもそもてめぇ何様のつもりだという想いを込めた絶叫に、ヴィスタリアはなぜかくすり、と優しげな微笑みをフォルデに向けてから、レウに向き直り笑ってうなずいた。
「ありがとう。レウくん、だったわね? 私でよければ、友達になってもらえるかしら?」
「うんっ、いーよっ。俺ら友達なっ」
「………てっめぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
 渾身の力を込めて後頭部に飛び蹴りをかますと不意を討ったようでレウはべたんっと鼻から倒れたが、すぐに「なにすんだよーっ!」と怒鳴り腹を蹴り上げてくる。肘打ち、頭突き、踵落とし、回し蹴りなど素手の稽古でいつも使っている技を互いにがしがしと叩き込み、本気で相手を倒そうとする殴り合いが始まった。
 そしてその三十秒後、「ごめんなさい………!!!」という叫びと共にがづん! と地面にセオが額を叩きつけて土下座した。
 縄も見事にぶち切れるほどの勢いの土下座に、フォルデは我に返り、あああなにやってんだ俺はぁぁぁぁ!! と内心で大絶叫しながら「なにやってんだてめぇはっ!」と怒鳴ってセオの顔を上げさせ、きょとんとしていたレウも「なーなーセオにーちゃんどーしたの? なんか俺ら、悪いことした?」とセオにすり寄る。
 その仕草がまたセオに甘えているようでフォルデは苛ついたのだが、今にも泣きそうなのを必死に堪えている、という顔と声で(そのくせ瞳が渇いているのが腹の底を焼くのだ)「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……」とひたすらに頭を下げるセオにその苛つきをぶつけるわけにもいかず、はーっ、とため息をついてぶっきらぼうに言った。
「言っとくけど、俺とこのクソガキが喧嘩したのはてめぇのせいでもなんでもねーしてめぇが俺らに仲よくしてもらおうって思うのは別に悪ぃことでもなんでもねーからな」
「え……」
『なんでそんなことまでわかるのか』と言いたげな顔でこちらを見上げるセオに、ふん、と鼻を鳴らす。
「俺らとてめぇがどんだけ一緒にいると思ってやがんだ。てめぇは基本反応が単純だかんな、そんくらいわかる」
「セオもお前に言われたくはなかっただろうな……」
「そーだそーだ、フォルデえらそーだぞっ」
「てめぇらちっとは黙ってられねぇのか!」
「なんだよっ、フォルデのずるっこ! 自分が騒ぎたい時はさんざん騒ぐくせにっ……それに、『どんだけ一緒にいる』とかさ。すっげーえらそー!」
「なっ……」
「はいはいお前ら、いい加減にしろ! このままなら明日俺たちは処刑されるんだぞ、全員協力してきちんと話を進める!」
 ぱんぱん、と大きな掌を叩いて言うラグに、フォルデはぐ、と奥歯を噛みしめて「わぁったよ」と言ってぷいっとそっぽを向いた。実際、自分が今どれだけガキっぽいことで騒いでいるのかは十分理解していたし、死ぬほど耐えがたいと思ってもいたのだ。
 ただこのクソガキが、とレウを睨む。このガキと一緒にいると、こいつの調子に巻き込まれてどんどん馬鹿なことをしでかしてしまう。
「はぁーい……」
「心底同意、かつ了解した」
「あ、の、えと、はい……」
 セオがちらっ、とこちらに視線を投げかけながらもおずおずとうなずくのに、ラグはうんとうなずいて、笑顔になって言った。
「よし、じゃあ、セオ、説明してくれるかい。今俺たちが置かれている状況について」
「え、と、あの、はい」
 セオはまたおずおずとうなずき、またちらっとこちらに視線を投げかけてから(なんなんだ? と思わず眉を寄せた)、全員に向き直り話し始めた。
「え、と。まず、あのヒミコという女性の、力について、ですけど。あれは、神≠フ力と、同種のものだと、思います」
「……神だぁ? お前本気でもの言って」
「えー! あのおばさん神様なの!? なんであんなブスで根性悪いおばさんが神様なんだよ!」
 てめぇ横入りすんじゃねぇっ、と叫びたくなったが全力で抑える。しっかり釘を刺されてまでこいつと口喧嘩をやらかしては本気で同類項になってしまう。
「えと、神様、っていうか。……レウは、神≠チて、どういうものだって思ってる?」
「へ? かみって……神様じゃないの? 教会でいろいろ祭られてる、僧侶の人が祈り捧げて、不思議な力使わせてくれる……」
「うん……そうなん、だけど。そういう、信仰の対象となる神様って、どういう力を持ってる、と思う?」
「えー……力? 神様の? そんなの考えたことなかったけど……なんでもできるんじゃないの? だって神様なんだし」
「うん、それに近くは、あるんだけど。俺も、ロンさんに聞いて、知ったんだけど。神≠ニ呼ばれるものの、学術的な定義、っていうものが、賢者の人たちの間ではあるらしい、んだ」
「がくじゅ……?」
「学術的定義……つまり、こういうことが、できたらその存在を神≠ニ呼ぶ、っていう、研究者の人たちの、間の約束、みたいなもの、なんだけど」
「え、そんなのあんの? 教えて教えて」
「うん、えと。『世界の法則及び事象を任意に書き換えることが可能である』こと」
「……へ?」
「……あんだって?」
「『世界の法則及び事象を任意に書き換えることが可能である』こと、です。それだけの力を、持つものを、賢者の方々の間では、神と呼ぶに値する力を持つもの≠ニ、みなします。もちろん正式に、ダーマ神殿が、神と認めるには、どの神の、系譜に連なるものかとか、いかにしてその力を得たのか、とかいろいろ審査が、あるんですけど」
「えっと……ごめん、詳しく説明してくれるかな。その、神≠フ定義っていうの。どういうことができたら神様なのか、いまひとつピンとこないんで」
「え、と。わかりにくい、ですか? ごめんなさい、あの、つまりは、自己の任意で、世界を書き換える能力を持つもの、っていうこと、なんですけど」
「意味わかんねーよ! 簡単に言え、簡単にっ」
「えと、あの……」
「最大限簡単に言ってるぞ。ただ簡単すぎて基礎知識がない人間にはわけがわからないだけだ。わかりやすく説明することならできるが、長くなるぞ?」
「う……」
「……いや、長くなってもいいから説明頼む。ここがわかってないとあのヒミコって人が何者かもわからないんだろう?」
「まぁ、な。……そうだな、まずは世界というものの認識から始めるか。世界≠ニ言われた時に、お前たちはなにを思い浮かべる?」
「へ? ……そりゃ、えっと」
「世界地図!」
「うーん……世界の成り立ち、ってことか? 神話……かなぁ」
「ふむ、まぁそんなところだろうな。だが、賢者たちはそうじゃない。賢者たちは基本的に、一個のシステムとして世界を認識する」
「しす……? って、なに?」
「わかりやすく言うとだな、この世界は神様やなんかが書いた言語で形作られてる。大地も、空も、海も、石も木々も獣も、それどころか俺たち人間一人一人もだ。その言語によって形作られたプログラムがシステムによって走らされた時――つまりこの世界≠ノ表出した時、俺たちに見えているような世界を形作る」
「え、は……? 微塵もわかりやすくねぇぞ」
「え、と……万物を形作る神様のような存在が、呪文を唱えると考えて、みてください。世界はその、緻密に編まれた呪文が唱えられることで、形作られている、と。呪文は唱えることで、形になる。でもその形になったものを、構成するのは、その神様による呪文で、言語。……こういう言い方で、わかります?」
「あ、なんとなくわかった! えっと、世界は全部その神様みたいなのに唱えられた呪文でできてる……え、そーなのっ!?」
「賢者の間で考えられている世界認識だというだけで、それが本当だというはっきりした証拠はないがな」
「……うさんくせぇ話だな」
 セオの説明でなんとなくの感じはつかめたが、そんな話をほいほい信じられるわけがない。そもそもそんなことを誰がどうやって知ったというのだ。どうせ神のお告げだとかそんな話になるのだろう、そんなものを素直に信じてやるほどフォルデはおめでたくない。
「ま、それが正しいという保証はないが、それが正しいとして考えると説明がつく事象というのがこの世にはいくつもある、というのは確かだ。あのヒミコとかいうおばはんの力のようにな」
「あ、そーだよっ、あのヒミコっておばさんの力って、あれ一体なんなの?」
「言っただろう、神≠ニ同種の力だ。世界の書き換え能力さ」
「書き換え……」
「今言った話が正しいと仮定しよう。その場合、この世界は神様みたいなものが唱える呪文言語で構成されている。もし、その呪文言語を自在に書き換えることができたなら……」
「……! もしかして、世界を完全に思い通りに操れる、のか?」
「そういうことだ。なんであんなおばはんがそんな力を持ってるのかは知らんがな」
「なっ……んな阿呆らしいことあっていいのかよ、それじゃあの白粉ババァと戦っても」
「基本的に勝ち目はない。たぶんあの白豚は自分の周囲の世界を書き換えていくつも保険を作っている、不意打ちされそうになったら防御幕が張られるとか、自分を攻撃する者は即座に死ぬ、とかな。そもそも向こうはこの世界の法則そのものを書き換えることができるんだから、まともな戦いになるわけがない」
「ほーそく、って……?」
「ものを落としたら、上から下に落ちる、とか。水に入ると浮く、とか。そういう、法則っていうか、決まりみたいなの、あるよね? あのヒミコっていう人は、それを自分の都合のいい、ように書き換えることができるだろう、っていうこと。極端、だけど、自分の敵は全部死ぬ≠チていう法則を創ることも、あの人はできる、んだから」
「……本気で?」
「いっくらなんだってんなことあるわけねーだろ! つか、そもそもなんでお前らあのおばはんがそんな力持ってるってわかんだよっ」
「あのデブスおばんの能力が基本的に賢者と同種のものだからだ。同じものだから、感じはなんとなくわかるのさ」
「………はあぁ!? おいお前今あのブスババァの能力が神≠ニ同種とか抜かした口でなに」
「だからこそ言うのさ」
「へ……?」
「はっきり言うとな。賢者の能力は神≠ニ根本的には同じものなんだ。賢者は神から『世界の書き換え能力』を付与されてるんだよ」
『………………』
 ぽかん、と口を開けてロンとセオの顔を見比べる自分たち三人に、セオはこっくりうなずいてみせる。
「えと、そうなん、です。賢者のみなさんは、究極的には、世界のすべてを自分の考えるように書き換える能力を、持ちます」
「ただ、人間の演算能力ではどこまでいっても目の前の世界を少々書き換えるのがやっと、というくらいだがな。普通の賢者はそもそも自分たちがそういう能力を付与されていることも意識していない。コマンド――世界を構成する言語の定型文として与えられたものを呪文として行使するだけだ。だが、まぁ俺ぐらいのレベルになれば、そういう知識を得ることも可能になるわけさ」
 涼しい顔で続けるロンに、ラグははーっ、といろんなものを込めたため息をつき、フォルデはぐ、と息をつめ拳を握りしめる。なんだそれ、なんでそんなことをこいつが――とぐるぐるし始める頭に、レウのすっとんきょうな声が響いた。
「ロン、神様になれんのか! すげーなっ」
「……そーいう話してねーだろ状況読みゃあがれこのボケガキ―――っ!!!」
「わっ! な、なんだよっ、なんで怒んだよっ」
「ああ、つまりだな、フォルデは俺が神様のような人でないものにされてしまう可能性を心配しているんだろう。こんな普通の人の知らないことを知った俺はもう後戻りできないのじゃないかとか、そういうことをな」
「んっ、んなこと言ってねぇだろーっ!!」
「へー、そーだったのか。フォルデ、けっこーいい奴じゃん!」
「なんでてめぇに上から目線で評価されなきゃなんねーんだこのタコボケーっ!!」
「はいはい、お前ら、いいから落ち着け! とにかく、ヒミコがそういうとんでもない力を持っていることはわかった。その上で、だ。俺たちはどうすべきか、っていうことを話し合おうじゃないか」
 つかみ合いを始めた自分たちを引き離し、ラグが顔を突き出して言う。「あそっか」とあっさり言って眉間にしわを寄せて考え始めるレウに、フォルデもぐっと奥歯を噛みしめて激情を堪え、考える。確かに今は、そういうことを考えなければならない状況だ。
「……あの白粉ババァ、不意打ち対策なんかもしてあるんだよな?」
「ヒミコがすさまじく低能だとかいうことがなければな。おそらく『自分は通常人間が死ぬようなことでは死なない』という法則ぐらいは創り出しているだろう。あの白豚の能力がどこまで強いのか詳しいことはわからんが、少なくとも俺たちを眠らせた時の感じからすると、その程度の法則の書き換えはできそうだった」
「クソ……となると、あのババァがどうやったら死ぬのか探り出さなきゃならねぇわけか……」
「おい、フォルデ……どうしてお前はそう物騒、というか……即殺す方向に行くんだ?」
「は? なに言ってんだラグ、先にこっち殺すとか抜かしてきやがったのは向こうだぞ? きっちり殺し返すのが筋だろうがよ」
「筋とかそういう問題じゃなくてな……」
「そーだよ、おばさんに喧嘩売られたくらいで殺すなんてカッコ悪いじゃん! やっぱ相手の攻撃受け流して耐えて一人も犠牲出さないでこっちも殺さない、ぐらいの心構えじゃないと」
「いやレウ、そういう問題でもなくてな」
「はぁ? なに抜かしてやがんだこのボケガキ。いいか、こっちを殺そうとしてんのはあの白粉ババァだ。あのババァは生きてる限り世界の書き換えなんてとんでもねぇことができんだぞ? だったらきっちりぶっ殺さねぇと、そもそも俺らの身の安全が確保されねぇだろうが」
「えー、でもさぁ、それならあのおばさん、殺しても蘇ってくるような仕掛けしてるかもしれないじゃん。だったらあのおばさんに負け認めさせる方法考えちゃった方が賢くない?」
「む……」
 レウの言葉に一理を認め、フォルデは唸った。確かにそうなのかもしれないが、あの白粉ババァをぶっ殺せないというのはどうにも納得がいかない。あの女はこっちを思いっきり馬鹿にしたことを抜かしてきやがったし、なによりヴィスタリアをってなにを考えてるんだ俺はっ!
 ぶるぶるぶる、と勢いよく首を振るフォルデをよそに、議論はさらに白熱する。
「負けを認めさせるって、具体的にどうするつもりなんだ、レウ?」
「え、んーとー……そーだな、勝負挑んで負かすとか!」
「向こうはこっちを殺す気でいるんだぞ、姿を見せたら即殺しにかかってくると思うが」
「あそっか。えっとー……んじゃ、不意打ちして縛り上げるとか!」
「言っただろう、よっぽどの低脳でもなければ向こうもそれなりに不意打ち対策はしてる。それに、向こうが呪文を唱えられない状態になったとしても力を使えないとは限らないんだぞ。向こうの力がどこまで強いのかっていうのもわかってないんだからな」
「そーかー……難しーなー。ラグ兄とロンは、なんか考えつくことある?」
「そうだな……実際なかなか難しい話なんだよな。向こうの力がどれほどなのかわからないし。それに、向こうは曲がりなりにも国家元首なんだから、いきなり殺すだなんだって物騒な方向には向かいたくないし」
「え、そーなの?」
「一応ダーマにも認められてる国らしいよ。まぁ、国に入ったガイジンを皆殺しにするなんて国だと知ってるかどうかはわからないけど。……俺としてはなんとか交渉したいと思ってるんだけど……」
「向こうがそれを認めてくれると?」
「全然思わない。だから、なんとかこっちの力を示して、交渉の卓につかせる方法がないかと思うんだけどな」
「ふむ」
「なーなー、ロンはなんかないの?」
「ふむ、そうだな……俺としては、ジパングという国の情報がそれなりに広まっている、という点が気にかかる」
「へ? 広まってる、って」
「ああそうか。ジパングっていう国の名前と、鎖国してるってこと、あと黄金の国だなんだって風評はわりと民間にも広まってるからな」
「ああ。こんなように入り込んだら即死刑、というとんでもない国があるのだとしたら、普通情報は広まらんし広まったら広まったでダーマ神殿が放っておかんだろう。その上、ここはダーマからさして離れているというわけでもない」
「……っていうと?」
「つまり、なにか裏があるというわけさ。あのブスおばはんの力といい、訪れるガイジンの件といい、ここはたぶん重要な土地なんだろう」
「へ、重要って……誰に?」
「たぶん空の上高くにおわしますどなたさまかなんだろうが……確証がないし確証を得たところでそれをどう使うか。さて、難しいところだな」
「うーん……難しいのかー。大変だなー……」
「……おい。クソガキ、てめぇなんでラグとロンには聞いて俺には聞かねぇんだよ」
「え、だってフォルデさっきからなんか一人で悶えてるから邪魔しないほーがいいのかなって」
「誰が悶えてるってんだこのクソボケガキーっ!」
「むっ、誰がくそぼけがきだよフォルデだってガキじゃんかーっ!」
 喧嘩というわけではないが、互いにぐりぐりと頭に拳を捻りつけたり足を踏んだりと攻撃を交わし合うフォルデとレウ。ラグははーっ、とため息をつきながらも止めなかった。もうこれはとことんやらせるしかないと諦めがついたのかもしれない。
 が、そこにおずおずと、セオが口を開いた。
「あの……思う、んですけど。ジパングを、もう少し、調べてみる、のはどうでしょうか?」
「え?」
「はぁ……? 調べるだぁ? ジパングのなにを調べるってんだよ」
「あの、それは、いろいろ、ですけど」
「いろいろって?」
「たとえば、歴史。宗教。ジパングの人たちが神聖だと崇めるもの。ヒミコという人の過去。ジパングの人たちの倫理、論理、文化、技術。あと」
「だーっもーいいっ! つまり調べられることはなんでもってこっちゃねーか!」
「なんでも、というわけじゃないな。1.ジパング人たちがなにを考えて生きているか。2.ジパング人、特にヒミコの秘密。それに関係することを探る、ということだろう?」
「えと、はい」
「なにを考えて生きているか……? なんのためにそんなことを?」
「あの、思った、んですけど。今まで見てきた限り、だと、このジパングという国の在り方、っていうのはかなり、極端な仕組み、を取っています、よね? 国に入り込んだ、ガイジン≠ヘ残さず、処刑、っていうことになるわけ、ですから」
「うん。だからあのおばさんぶっ倒してこの国変えなきゃ、ってことなんじゃないの?」
「あの、レウ。この国は、誰の国、かな」
「へ? 誰の……?」
「誰のために、存在している、国、かなって、考えてみて。俺は、少なくとも俺たちのためじゃ、ないし、この国を訪れた、ガイジン≠フ人たちの、ものでもないって、思ったんだ」
「え、と、うーん……あっ、ジパングに住んでる人!? ジパング人たちの国、ってこと!?」
「……うん。だから、この国を変えるとか、そういうのは、本来ジパング人の、みなさんがやる、ことだよね。だって、自分たちのこと、なんだから。他の人に無理やり変えられるのは、面白くない、よね?」
「う、でもさでもさ、ジパングの奴らここに来た奴ら全員ぶっ殺すとかやってんだぜ!? それってさ、なんつーか、よくないじゃん!」
「うん。放っておきたくない、と、俺も、思う。……でも、もし、なにかそうしなければいけない理由、があったら?」
「え、理由……って?」
「わからない。でも、現人神が存在し、神≠フ力を自在に振るっているんだから、なにかすごい秘密、があるのかも、しれない」
「うー……それはそーかも、だけど」
「もちろん、なにか理由がある、からといって、人を殺していい、わけじゃない。放っておいていい、とは、俺も思えない。でも、俺たちの倫理と論理――俺達の、都合で、このジパングを、いいようにしていいとも、思えない。この国は、どこまでいっても、ジパング人たちの、ものなんだから」
「うー……でもさ、だったらどういう風にすればいいわけ? ジパングの奴らにも都合よくて、俺らにとってもいい、みたいなやり方とかあるの?」
「それを考えるために、ジパングのことを調べる、んだよ。ジパングの人たちがなにを考えているか、とか、どんな歴史を持っているか、とか。そういうことを調べて、ジパング人たちの立場と、考え方を、理解したい、って思ったんだ。そうしたら、お互いにとっていい解決方法が、考えつく、かもしれない。でしょ?」
「あ、そっか……セオにーちゃん、やっぱり頭いいなー」
「そそそ、そんなことは、ない、けど」
「んなことないよー、頭いいよー。俺たちそんなこと全然思いつかなかったもん。なーフォルデっ」
「だっから俺とてめぇ一緒にすんじゃねぇって……!」
 怒鳴りかけて思い直し、むすっとした顔でどすっと腰を下ろす。確かに、セオの言い分はまっとうなものだし、セオの言うようなことを自分がまるで考えつかなかったことも事実だ。実際、自分の国のことをよそからああだこうだ言われるのが面白くないというのはわかる。もしフォルデがその国の人間だとしたら、てめぇらにうちのことをどうこう言われる筋合いはねぇ、と怒鳴っているだろう。
 それを当然のように考えつくセオに、少しばかり感心した。こいつが頭がいいのは知っていたが、こいつの頭のよさはそういう風に『当たり前に人を気遣える』というのとは違う代物だと思っていた。
 少し認識を改めるべきかもしれない。……なぜか、少しばかり面白くない気持ちも腹の底にわだかまっているが。
「……で? ここの奴らのことを知ったとして、だ。ここの奴らがあの白粉ババァにひれ伏しまくってるのは確かだし、あのババァが妙な力持ってるのも、最低の性悪ババァなのも変わらねぇ。そこらへんをどうやって解決する?」
「え、と。その解決方法の糸口を探る、ために、あのヒミコという人を、調べてみようって、思った、んですけど」
「ヒミコを……? そんなもん調べてどうすんだ」
「えと、まず、どうやってあの力を得たかが、わかれば、あの力への対抗手段の、手がかりはつかめる、かもしれません。ヒミコさんは、現人神、なわけですから、このジパングの人たちが、神聖だと崇めるものの中に、秘密がある、という可能性は、かなり、高いです。もしかしたら、オーブとなにか、関係がある、かもしれませんし」
「…………」
 ああ、そういやここにはオーブを探して来たんだっけ、という言葉をフォルデは噛み潰した。ここでそんな言葉を吐くのはあまりに間抜けが
「あそっか、俺たちここにオーブ探しに来たんだっけ」
「てめぇは心底ムカつくガキだなおい!」
「え、なんで? なんで怒んだよーっ」
「……他の理由としては、ヒミコの力の秘密やら、ヒミコの過去やらがガイジン≠ノ対する忌避感に繋がっている可能性があるのでそこらへんを調べてみよう、というところか? 確かに人のことを穢れだなんだと抜かすあたり、あの力と関係する可能性はなきにしもあらずだが」
「えと、はい」
「なるほど……けど、それはそれでいいんだけど、明日俺たちが処刑されるっていうのはどう解決する? 俺たちを縛っていた縄は切れたけど、ヴィスタリアさんたちを縛っている縄をどうにかするめどは立っていないし、ここから脱出できるかどうかもわからないぞ」
「へ? 縄をどうにかするって……そんなもん普通に解くなり切るなりどうとでも」
「それができないんだよ。なんでもヒミコが術をかけた縄らしくて」
「縄に解けない≠ニ切れない≠ニいう属性を付与してあるんだな。まぁ千切れない≠ニいう属性は付与されていなかったから力で無理やり千切ることはできたわけだが」
「……マジかよ」
「それとこの土牢の出入り口にも脱出できない≠ニいう属性を付与してあるらしい。まぁ、世界の書き換え能力を持つ者ならばこのくらいは初歩だろうな」
「……見せてみろ」
 フォルデはずかずかとヴィスタリアのそばに歩み寄った。本当なのかどうか調べてみないことにはどうしようもない。
 別にさっきからあいつらの縄を解いてやった方がいいんじゃないかと思いながらも言い出せなかったとかいうわけじゃないが、自分の縄が解けたのに体が弱い女であるヴィスタリアや老人の戒めを解いてやろうとセオやラグが言い出さないというのはおかしいと不審に思っていたのだ。セオたちがすぐに縄を解くことを諦めざるをえないほどなのか、確かめてやる。
 と、勇んで縄に向き直ったが、この程度の雑な縛り方普段なら一瞬で解けるはずなのに、なぜかどうにも思い通りに解けない。
「む……く。んっだこれ……んのっ。なんだってんだ……くそ、なんでこの……っ」
「んっ……ふ、ぅ」
「っ! わ……悪い、どっか痛かったか」
「いえ、大丈夫、です……ただ、少し、縄が擦れて、息が」
「痛いよりもっとまずいじゃねーかよっ!」
 思わず怒鳴ってから、さっと思わず血の気が引く。体の弱い女にこんな風に怒鳴るのは、どう考えても男としてあってはならないことだ。
「……悪い」
「ふふ……そんなに、気を遣われないでも、大丈夫、ですよ。体調は、さほど悪くはありません、から。そう簡単に、死には、しません」
「っ……」
 その笑顔はやはり、ひどくか弱く、儚い。フォルデはぐぅっと唇を噛み、ぎっと指先の縄を睨みつけた。
 冗談じゃない、こんな縄なんぞにこんな思いをさせられてたまるか。あんな白豚ババァなんぞに負けを認めるなんぞ冗談じゃない。こっちは本職だ、この程度の縄に負けてたまるか。
 すぅっ、と一瞬深く息を吸い込んでから、指先に体中の神経を集中させる。神経が動くわけじゃないのは知っているが、それなりの腕を持つ盗賊ならだれでも、普段は体中に拡散させ平衡を保っている神経を、体の一部に集中させることはできる。
 縄に触れる。なんとしても、絶対に解く。ヴィスタリアがどうこういうわけじゃない――それでも、こんな女を放っておくのはごめんだ。別に恰好をつけたいわけじゃないが、死にそうな女が目の前に居るのに放っておくなんてのは、男として死んでもごめんだ。
 縄に触れ、するり、と指を滑らせる――と、今度はなぜか、一息で解けた。さっきまでまるでほどけようとしなかったのが嘘のようだ。
「わ、解けた!」
「これは……驚きました。先ほどまでどれだけやっても解けなかった縄が」
「フォルデ、お前どうやった? 俺もどれだけやっても解けなかったんだが」
 どよめく仲間たちやヴィスタリアの連れによっしゃ! という想いを込めて笑みを浮かべながら、フォルデはヴィスタリアに言った。
「大丈夫か」
「えぇ……はい。ありがとう、ございます」
「……おう」
 ヴィスタリアも驚いてはいたが、穏やかな表情は崩さないまま、こちらに向けて頭を下げた。ひどく気恥ずかしかったが、そんな感情を表面に出すほどフォルデもうぶではない。
「ふぅむ……しかし、こうなると。ヒミコの世界改変能力と俺たちの能力の比重は、だいたいとんとんなのかもしれんな」
「俺たちの能力ってなんだよ」
「勇者の能力でレベル上げをした俺たち自身の職能だ。勇者の力はそもそもが因果を超えた代物だからな。世界を書き換える能力にも強さの段階があって、ヒミコの能力が俺たち自身の力ととんとんなのだとすると、対処方法はかなり幅広くなるぞ」
「そーなのか! じゃーこれからあのおばさんのとこに喧嘩売りに行っても」
「だからそういう風に即喧嘩とかいう考え方はやめなさい。セオも言ってただろ、とりあえずジパングのことを詳しく調べてからにしようって。うーん……でもなんで急に解けたんだ? さっき俺たちが自分にかけられた縄を解こうとしても、まるで解けなかったよな?」
「そりゃ気合の問題だろうさ。どれだけ成果を出せるかは、技術に加えて気合と集中力が大きく影響する。相手が女の時だけ気合が入るとは、フォルデも仲間甲斐のない奴だな。そう思わんか、レウ?」
「あ、そーだよな。フォルデ、お前俺たちの時にも気合入れろよなっ!」
「……っ、うっせぇっ! てめぇらはそもそも自分で縄ぶっちぎれんだから関係ねーだろっ!」
「俺はまだ縄をかけられたままだということを忘れていないか、フォルデ? 俺としては俺にも女にも見せるような気合でもって縄を解いてほしいんだが」
 確かに未だぐるぐる巻きのロンににっこり言われ、一瞬うぐっと言葉に詰まったが、すぐに相手の考えに気づいてガーッと怒鳴る。
「てめぇだって本気出しゃ縄ぐらい切れんだろうがっ!」
「いやいや俺は今や後衛職だからな。前線要員ほどの力はもうとてもとても。ぜひとも優秀な盗賊の力を借りたいところなんだが。それとも昔言ってくれたあの言葉は嘘か? 俺のことを守ってくれると、その口で言ってくれただろうに」
「っ………っ!」
 てめぇそーいうことをこーいう状況で言うんじゃねぇぇぇ! と思いながらも、フォルデはずかずかとロンに歩み寄り、その縄をがっしとつかんでぶちっと無理やり引きちぎった。当然ロンはそれなりに痛かっただろうが、知ったことか、こいつがどれだけ丈夫なのかは自分もよく知っている。
「ひどいなフォルデ、俺たちは仲間だというのにその乱暴な扱い。お前は俺を愛してはいないのか?」
「愛してるわけねぇだろこのスッタコ野郎!」
「なるほど、俺よりもヴィスタリア嬢の方をより愛していると」
「え……」
「んんんんんんなわけねぇだろーがっ! なんでそーなんだボケっ! 俺はなぁ、ただ……この、女はお前ほど頑丈じゃねぇだろーと思って……」
「ほほう。ならばヴィンツェンツ殿とヒューゴー殿の縄も優しく解いてやるのだな? 非戦闘員だから頑丈さなら俺の足元にも及ばないだろうしな、どちらもそれなりのお年だし」
「っ……」
 ぎりぎりと奥歯を噛みしめ拳を握ったが、ロンの言葉に反論できず、フォルデは残り二人の方へと向かった。後ろの方から感じた気遣わしげな視線が気にならないわけではないが、実際あの二人の縄を解いてやった方がいいのは確かなのだ。
 そんな自分の後ろで仲間たちはこれからの善後策について話す。
「とりあえず、なんとか脱出は可能みたいだが……どうする? このまますぐに脱出するか。脱出したらどう行動するか」
「脱出は早いに越したことはないだろう。この場所にはレムオーラスを使っておくから騒ぎにもならないだろうし」
「れむお……? なにそれ」
「レムオーラスは幻覚作成呪文の一種なんだが……これをかけると自分でものを考えてもっともらしく動く幻覚が生まれるんだ。この場合なら虜囚っぽく行動する俺たちの幻が見えるわけだな。触覚もごまかせる型の幻だから、バレる心配はまずいらない」
「だが、ヒミコだったら見破ってしまうんじゃないのか」
「あの女が見破ろうと思えば、確かに見破ることはできるだろうさ。だが、幻覚系呪文の基本にして極意は相手に見破ろうという気を起こさせないことだ。五感も理性もきっちり騙せば、相手は当然のようにその幻が俺たちだと思い込む」
「あの、ヒミコという人が、視覚とかに幻の類を見抜く≠チていう属性を付与している場合は、どうしましょうか?」
「まぁ、その場合はもう諦めるしかないが……俺としてはまず大丈夫だろうと思う。あの女はガイジン≠いちいちしっかり観察するほど仕事熱心には思えなかった。取るに足りない存在としてろくに見もせずに適当に相手しているように見えたし……なにより、俺が魔力を放ってもまるで反応がなかったからな」
「魔力……って、別になんか呪文とかかけたりしてなかったじゃん、あのおばさんと向き合ってた時」
「呪文じゃない、魔力の干渉波を直接ぶつけただけだ。要は殺気をぶつけたようなものだな、相手にしか感じ取れないような指向性を持たせて、一言呪文を唱えれば即座に爆炎が巻き起こるように魔力を形作ってみせたんだ。なのにまるで反応がない、ということはあの女は魔力やら呪文やらについてまるっきり無知で、それらに対しなにも対策を打っていないということだ。たぶん世界改変能力以外はまともな能力を持ってない、と俺は見る」
「なるほど……ならその策は通用する可能性が高いな。なら、あとはとりあえずこれからどうするかだけど……」
「あの……ヴィスタリアさん。お聞き、してもよろしいでしょうか」
 突然ヴィスタリアに向け声をかけてきたセオに一瞬フォルデは息が止まったが、ヴィスタリアはさして驚いた風もなく微笑んで答える。
「なんでしょう、セオさま」
「……えと。あの……ここからどこか、キメラの翼なりルーラなりで、転移できて、身を寄せられる場所は、あられるんでしょうか」
「いえ……それが、このジパングという国には不思議な結界が張ってあるらしく、キメラの翼でもルーラでも他の場所に転移することができないのです」
「そのせいで難破してしまったというのにまともな場所に戻ることもできなかったのですよ」
「……マジかよ」
 フォルデは小さく舌打ちする。そうなると、いくつか面倒なことを片付けなければならなくなってくる。
「あの……それだと、ここから逃げ出した後も、どこか身を寄せる場所が必要になると、思うんです、けど」
「そう、ですね……」
 ヴィスタリアが考え深げに首を傾げる。そこに言葉を挟んでいいものかどうか一瞬迷い、結局仏頂面でヴィスタリアにとも仲間たちにともつかないように呟いた。
「俺らの魔船に連れてきゃいいだろ。あそこなら食料やなんかもあるし、雨風もしのげるし、偽装してあんだから人に見つかる心配もねぇ」
「それはやめた方がいいと思うぞ」
「は? なんでだよ」
「フォルデ。そりゃ靴≠ノ慣れてる奴なら一日も経たないうちに辿りつけるけどな、ヴィスタリアさんは体が弱いんだろう? 馬車もないのにそんな強行軍をさせるわけにはいかないだろうが」
「あ……」
「おまけにルーラもキメラの翼も使えない……と。結界の類は感じ取れなかったが……ヒミコがなにか細工をしているのかもしれんな。あとで調べる必要性はあるだろうが」
「えー、じゃーどーすんの? 俺たちジパングのこと調べるんだよな? ヴィスねーちゃんたちに、どっか隠れる場所とか探さなきゃなんないんじゃないの?」
「そうだな……できればどこか、村から離れた場所にもう使われていない小屋でもあれば都合がいいんだが。さすがにそこまで都合よくは……」
「えと……たぶん、そういう小屋、あると、思います」
 おずおずと言うセオに視線が集中する。とたんにセオはびくんと体を震わせ、すぅっと頬に赤みを差して硬直しかけたが、そこに即座に言ってやる。
「別にお前のこと差し出がましいとも偉そうだとも思ってねーからとっとと話せ。……なんでそういう小屋があると思うんだ?」
「え、と……あの。この国の、宗教観から、おそらく、はと」
 さっきよりもさらに言葉をぶつ切りにしながら告げた言葉に、思わず首を傾げる。
「なんで小屋にしゅーきょーが関係してくんだよ」
「あ、の、えと。ジパングの、宗教が、俺の、思っているような、穢れと、浄化を、主眼とするもの、なら。狩り、の際の、穢れ――野外の、肉を、始末するため、の小屋が、あると、思うんです。穢れを、村の、中に、持ち込まない、ために」
「……はぁ? なんでそんなもんが……」
「いや、セオの言っていることはかなり信憑性があると思うぞ。ダーマの記録でもそういった原始宗教を生活の根本に置く共同体は、村の外にそういった施設を作っている」
「……ふーん。けど、そこが使われてねぇかどーかはわかんねーじゃねーかよ」
「あの、そう、なんですけど。そういう、小屋は、建て替える、ことが多い、ので。古いものも、ある、でしょうし、見つけられなくとも、さほど騒ぎには、ならない、はず、だと……」
「……ふーん」
「とにかく、まずはそういう小屋を見つけて、ロンの術でヴィスタリアさんたちを隠すのが第一、と。そこを拠点にして情報収集……しかしこの状況でまともに情報収集なんてできるのか?」
「俺が誰か一人、歴史やらなにやらに詳しい生き字引のような人を捕まえてメダパレーラ――魅了の呪文やコヨーミ――読心の呪文を使ってありったけのことを吐かせるのが手っ取り早いだろうな。それを足がかりにしてどうここの奴らに話を持ちかけるか考えよう」
「……なんというか。ロンがほとんどなんでもありの人間になってきてないか? 高レベルの賢者ってすさまじく便利なんだな……」
「ああ、思う存分崇めたてまつってくれてかまわんぞ」
「はいはい、わかったすごいすごい。……じゃあ、とりあえずの行動も決まったことだし、ここをどうにかして出るか。フォルデ、ヴィンツェンツさんたちの縄は解けたか?」
「…………」
 フォルデは言われるであろう言葉に対する反撃の言葉を練っていたので、返事するのに少しの間があった。縄が解ける気配がないくらいのことで、「やっぱり……(以下略)」だなんだと鬱陶しいことを言われるのはごめんだったからだ。
 そのわずかな間にロンとレウにあっさりそんなような言葉を言われ、ガーッと怒りのままに怒鳴りまくったが、フォルデとしては少なくとも、贔屓をした覚えはない(結局縄が解けずにむりやりちぎることになったのは確かだが)。

「……ふむ。やはり、ヒミコが予想していない方法で能力の間隙を突けば、俺でも世界の書き換えを無効化することができるようだな」
 隧道の外でそんなことを言ってうなずくロンを、「んなこと言ってる暇ねーだろ」と軽く小突いて歩き出す。実際マニオールとかいう呪文であっさり土牢に穴を開けてしまったところを見た時はラグのロンがなんでもありの人間になってきているという言葉にうなずきかけてしまったが、なんでもありだろうがなんだろうがロンは自分たちの連れなのだ、物怖じなんぞしてたまるか。
「もう小屋の場所、見たのか?」
「ああ。確かに村から外れた、ここと村の中間あたりに小屋っぽいのがある。とりあえずそこに向かうんだろ」
「へ? 見たって……」
「覚えて、ない? 盗賊魔法の、鷹の目=c…」
「あ、そっか! あれでそれっぽいの探したんだ!」
 なにやら盛り上がっているレウに小さく舌打ちし、歩を進める。自分のしたこと、できることがどれだけの意味を持つのかもわからないガキに褒められたところで嬉しくもなんともない。
 ちらりとヴィスタリアの方を見る。ヴィスタリアは執事におぶわれて牢の外に出てきた。ラグたちがおぶろうかと言ったのだが、あなた方は魔物や村人たちを警戒してくださいませと断られたのだ。髪なんて見事に総白髪の爺さんのくせに、腰も腕もぴんしゃんした相手の台詞だったので、ラグたちもそれ以上しつこく主張はできなかったらしい。
 執事や神父も少し顔色が悪くはあるが、ヴィスタリアは特に、蝋のように顔が白い。虜囚の身に置かれたことが、どれだけヴィスタリアの体力を削っているかがよくわかる。
 ……別に、だからどう、というのではないが。
 フォルデは普段より少しだけ足の進みを遅くして、小屋へと向かった。別に親切というわけではない、こんなところで死なれたらいろいろと面倒だからだ。ヴィスタリアの親は資産家だそうだからなんだかんだとこちらにいちゃもんをつけてくるのは確実だし……セオも泣くだろうし。
 休み休みしながら歩くこと半刻ほど、目的の小屋が見えてきた。周囲の気配を確認し、周りに生物がいないのを確認してから一歩近づく――とたん、フォルデは眉を寄せた。
 小屋を見つめたまま、後ろの奴らに手で合図する。セオもラグもロンも、心得た様子でばっと散り木陰に隠れた。レウやヴィスタリアたちも一緒に隠れさせているのは言うまでもない。
 気配を消し、動いていると認識させないような、滑るような動きで小屋に近づく。当然鍵の類も、罠の類も仕掛けていないのを見てとってから、ばっと扉(というか萱でできた戸)を開けて中に飛び込む。
 中は深く地面が掘られた穴倉のような場所になっていた。底部分いっぱいに壺が並べられており、おそらくは酒蔵なのだろう、独特の刺激臭がつんと鼻を突く。
 だがフォルデは迷いもせずに、その壺の中のひとつに歩み寄り、相手の呼吸を見計らって、ばっと腕を突っ込み持ち上げた。中にいた相手――この小屋の中でただ一人生きて呼吸している人間は、じたばたと暴れたがフォルデにしてみればその程度の抵抗――と、相手を押さえつけかけてからようやく気付く。
 この相手、女だ。
 ヒミコに会う前村で見たような、白と赤の服に奇妙な形の首飾りをした女が、フォルデの腕の中で暴れ必死の形相で叫ぶ。
「お願いです! あと少し、あと少し待ってください! この美しいジパングの緑を、花々を、少しでも目に焼きつけてから逝きたいのです!」
「……は? お前いきなりなに言って」
「生贄の責を投げ出すつもりはありません、きちんとおろちさまに喰われます、だから、どうか、もう少し……!」
 必死の形相で叫んでいた女は、相手が村の人間でないのを悟ったのか、きゃっと叫んで身をよじる。だがフォルデにとっては、そんなことはどうでもいいことだった。低く冷たい声で、ぎろりと女を睨んで言う。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」

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