スー〜エジンベア〜最後の鍵――2
「っ……」
「な……っ」
「うわーっ、すっげーっ! 馬だ、馬が喋ったーっ! なぁなぁ、あんた馬なのに喋れるの!? なんで!?」
 自分たちがめいめい驚愕の表情を浮かべたのと同様に、レウも心底仰天した、という表情を浮かべた――と同時に、すさまじく元気な声で勢い込んで話しかけた。立ち並ぶスー族の人々の前に一頭、その堂々たる姿を見せている白馬――喋る馬のエドに。
「なぁなぁあんたエドっつったっけ、どーして馬なのに喋れんの!? 人間語どっかで勉強したの!? それともなんか魔法かけられて喋れるようになったとか!? すっげーっ、おもしれーっ、なんかあんたすっげー変だなっ!」
「ちょ、レウっ! 少し静かにしなさい! というか初対面の相手にぶしつけなことを言うんじゃない!」
「え、ぶしつけってなんだよー。別におかしなこと聞いてないだろ?」
「だから、まだ挨拶もしてないのに相手の事情ばっかり聞くのは失礼だろう! 人として! そういうことは親しくなってから自然に知るのがまっとうな」
「ラグ、お前実はかなり動転してるだろう。ここはそういうことを言うべきところか?」
「っつーか、馬相手に人としてだなんだっつってどーすんだよっ」
「そういう問題じゃないだろう! 馬だろうがなんだろうが向こうが礼儀を守って話しかけているのにこちらから礼を失するなんて」
「だっからそーいうことじゃなくてっ! 先に魔族が化けてんじゃねーかとか疑うのが普通だろーがよっつってんだ!」
「そういうことを相手の目の前で言うお前も実はかなり動転してるな? ……いや、お前は前からどんな相手の前でもそういうことを言い出す奴だったな、そういえば」
「もーっ、意味わかんねーよー。相手が馬なのに喋ってんだぜー? みんなすっげー変だとかなんで喋れんだーとか思わねーのー?」
「……レウ」
 セオはきゅ、と小さくレウの服の袖を引いた。レウが慌ててこちらに向き直るのに真正面から向き合って、できるだけ落ち着いた声で言って聞かせる。
「相手が、自分のこれまで知っていた常識とそぐわないからといって、変だと考えたり、理由を聞きほじろうとするのは、ラグさんの言う通り、とても失礼なことだと、思う」
「え……」
「俺たちが、勇者だっていうことを、勇者というものを知らない人に、変だ、とか、なんでそんなことができるのか、説明しろ、って言われても……困る、よね?」
「あ……」
 レウは大きく口を開けてから、しゅんとした表情になってうつむいた。しょんぼり≠絵に描いたような表情で、ぽそぽそと言う。
「そうだよな……俺、しつれーなこと言っちゃったよな……セオにーちゃん、ごめん……」
「……うん……。でも、レウ、気持ちはとても嬉しいけど、謝るんだったら、失礼なことを言った相手に最初に謝った方がいい、と思う」
「うん……。エドさん、しつれーなこと言ってごめんなさい」
 ぺこり、と頭を下げるレウに続き、セオも深く頭を下げる。
「失礼な、振る舞いをしてしまって、本当に、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……でも、俺たちは本当に、魔王がしようとしている、って言われている世界征服を止めるために、できるだけのことをしたいと思っているんです。なにもできないかもしれないけれど、全力を尽くそう、って。……あなたたちの言葉に、すべて沿えるとは、本当に申し訳ないんですけど、言えません。でも、できる限り全力を尽くしたいって、そう思ってるので……俺たちに言いたいことをどうか、なんでもおっしゃっていただけたら、って思います」
『…………』
 レウが脇でびっくりしたように自分を見上げた。エドの後ろのスー族の人々もわずかにざわめく――が、かぽっとエドが蹄を打ち鳴らすや、全員水を打ったように静まり返った。
「なるほど……お聞きしていた通り、あなたはとても聡明な方のようだ、勇者セオ」
「え、そ、そんなことは全然っ」
「確かに我々はあなた方に願いを聞いていただくため、一族総出であなた方を出迎えた。『それ』を少なくともあなたはわかってらっしゃるようだ。『全力を尽くしたい』とおっしゃられた、あなたのお言葉を信じましょう。我々のもてなしをどうか受けていただきたい――その席で、お話いたしましょう」
 かっぽかっぽと足を鳴らしながら、エドはこちらに背を向けつつ、聞き損なわせるのが目的ではないかと思うほど小さな声で呟くように告げた。
「あなた方東の民が持っていった、ラゴスの秘宝――渇きの壺についての願いを」

「渇きの壺……か。まさか本当にラゴス族から奪われたものだったとはな」
 セオたちが案内された集落中央の広場。上座に座らされ、女子供も含めた、集落全員だろう数の人間が集まってきて、赤々と焚かれたかがり火に照らされながら受けた説明に、そうロンは返した。
「なんだよ、そりゃ……お前、渇きの壺ってなんなのか知ってんのか?」
「当たり前だろう、俺は今は曲がりなりにも賢者なんだ。いつか巻き上げる時に備え、各国の所蔵してる秘宝の一覧くらいは頭に入ってる」
「いつか巻き上げる時、っていうのがお前らしいけど。……その渇きの壺というのは、どういう力を持つものなんですか?」
 自分たちと向かい合って座っているエド(彼も器用に腰を折って座っていた。馬の体ではむしろその方が負担なのではと正直申し訳なくてしょうがなかったのだが)と、この村に住まう一族――ラゴス族の族長であるという男(赤ら顔の筋骨たくましい体つきだが、名前は名乗られなかった)を見比べるようにして問うと、族長の方が茫洋とした、と言いたくなるような淡々とした表情でとつとつと説明する。
「渇きの壺、ワランカに賜ったもの。神の御力持ったもの。どんな水も、干上がらせられる」
「どんな水も……」
「大地に、渇きもたらすもの。渇きの壺、力揮えば、その土地、未来永劫涸れ続ける。今の世に在るには、強すぎるもの」
「みらいえいごー……って、どーいう意味?」
「この先ずっと、ってことだよ。人が話してる時に口挟むんじゃねぇボケっ」
「むー、フォルデだってさっき口挟んだじゃんっ」
「お前らどっちももう少し声を低めろっ」
「はーい……」
「うぐ……」
「……そこまでの力を持った神具を、あなた方ラゴス族は、祖霊神ワランカから賜ったのですね。そしてそれを――東の民がやってくるまでずっと、護り続けておられた、と」
 族長も、周りの男たちも、揃って淡々とした表情のままうなずく。
「我が一族の宝。無二の重宝。それ、季節が二百と七十八巡る前、東の民に奪われた」
「……さっきから東の民がどうこう言ってるけどよ。どこの誰だよ、そいつら。東の誰か、ってだけじゃ特定できねーだろうが」
 眉を寄せるフォルデに、セオは小さく耳打ちをした。フォルデは右隣に座っているので、こういった内緒話がしやすい。
「あの、フォルデさん。以前、スー族と呼ばれる方々の考え方、お話しました、よね? 自分たち一族だけで世界を完結させることを好み、同じく祖霊神ワランカを奉じる人々は別世界の人間であり、それ以外の存在は人間とは考えない、って」
「ああ……? ああ、そういやんなこと言ってたな。……つまりこいつら、俺らのこと人間だとは思ってねぇってか? なかなか笑わせてくれる話だな、オイ」
「ええ、ですから、外から来た、人間たちに、名前をつけるということは、スー族の方々は、しないんです。どちらの、方角から来たか、ということで区別する、くらいで、アリアハンの人間もロマリアの人間もアッサラームの人間も、すべてひとしなみによそ者=Aなので」
「……本気で笑わせてくれんな、そりゃ」
 小声でセオに答え、ぎろりとフォルデは族長を睨みつけたが、族長は表情を小揺るぎもさせないままに淡々と続ける。
「勇者セオと、その仲間たち。我ら、あなた方、頼む。渇きの壺、取り戻してくれ」
「……はぁ?」
 フォルデは口を曲げ、レウは首を傾げた。ラグはわずかに眉を寄せ、ロンは小さく肩をすくめてから言葉を返す。
「それはまた、ずいぶんと率直なお願いだな。どこから来たのかもわからない誰かに、二百七十八年前奪われた、今どこにあるかもわからない宝物を取り返してきてくれ、というのはなかなか骨が折れる仕事だと思うんだが?」
「あなた方、それできる、聞いた。我らが神の使い、エドから」
 反射的に全員の視線がエドに集中する。エドは、腰を下ろした状態で器用にゆっくりうなずいてみせた。
「ええ、私は我が神から神託を受けたのです。あなた方にはそれができる、と。それをあなた方にお頼みするように、と」
「……エドさん、あなたは……神の使い、なんですか?」
「はい。私は我が神ワランカから、その御力のかけらを受けた者です。渇きの壺が奪われて三度季節が巡ったのち、この地に生まれ、それよりずっとこの地の守護をしております」
『…………』
 さっ、とセオたちは半瞬視線を交錯させた。それで意思の疎通を終え、ロンが小さくうなずいてずっ、と前にいざり出る。
「なるほど、神の御力で我々の情報を得ていた、と。具体的にどのような神託を受けたのか、お聞きしても?」
「神託というのは言葉にできるようなものではありません。それはひとつらなりの圧倒的な像、魂に刻まれる正しき道を示す道標なのです」
「だが、それを受けた結果、あなたは我々に渇きの壺を取り戻すよう頼むべく行動を起こされたわけだ。少なくともあなたの行動を導いた部分については、明文化できると思うが?」
「それはそうですが、そのようなことをしてなんの役に立ちましょう。神の意を推しはかるような不遜なことをされるわけでもありますまいに」
「単純な話さ。我々はあなたと、ラゴス族の方々と、あなた方の信ずるワランカについてよく知りたいと思っている。知りたい相手についての話を詳しく聞きたいと思うのはごく当たり前のことだろう?」
「………そうですか」
 エドはしばし沈黙したのち、かぽかぽ、と前足を鳴らした。人間だったらおそらくは額を押さえるか腕を組むかといった仕草に当たるだろうそれを何度か繰り返したのち、静かな声で告げる。
「我が神ワランカは、私に渇きの壺を取り戻してくれとあなた方に頼むよう神託を下されました。アリアハンの勇者セオとその仲間たちには、渇きの壺を取り戻すことができるだけの力があると」
「だが、無二の重宝とはいえ渇きの壺は奪われてから二百七十八年も経つ代物だろう? なぜそれを急に取り戻すよう頼まなくてはならないのか、戸惑いはなかったのか?」
「渇きの壺は本来人の世に在るべきではない神具。それを取り戻すのになぜ戸惑う必要が?」
「取り戻せるものならもっと早く取り戻したかった、とは思わなかったのか、という意味も含めての問いだったんだが。人の世に在るべきでないというならなおのこと、早急に取り戻さなくてはまずいだろう」
「……むろん、取り戻したいとは思いました。けれど東の民は渇きの壺をこの大地の外へと持って行ってしまった。我らの手の届かぬところへと。どれだけ気を揉もうが、あきらめるほかにないと我らは受け容れたのです。嵐も、日照りも、大地の揺らぎも、そこに在るものなのだからと受け容れるように」
 セオは小さく眉を寄せた。スー族の人生観・宗教観を、エドの言葉は端的に説明していた。自分たちの力を越えた事象については、そういうものなのだ≠ニただひたすらに受け容れる。その考え方が当然のようにスー族全体に受け容れられているのは、スー族が忍耐の限度を超えるほど理不尽な圧力を受けたことがないせいだろう、とセオの読んだ本の多くには書いてあったが、その際になんとなく引っかかったことを思い出す。
 訪れた死を、自然現象の暴虐を、ただ受け容れるのはセオにもある程度理解できる。自然の圧倒的な力を前に、反発したところで意味がない、ムキになって争っても徒労だ、という思考になるのはわかる。だが、人の手による略奪をそれと一緒にしていいものだろうか。
 それに、少なくとも歴史書を読んだ限りでは、スー族はアリアハン帝国の侵略に対しては大陸中の部族が団結して立ち向かったはず。アリアハン帝国がガディスカ大陸を完全に支配下に置かなかったのは縦横無尽に荒野を駆けて散発的な攻撃を仕掛けてくる遊撃手たちを殲滅するのが困難だと判断したせいもある、とセオの読んだ歴史書の大半には書かれていた。そういった考え方が大勢を占めるほど激烈な抵抗だったはずなのだ。なのに、渇きの壺を奪われた時はあっさり仕方ないとあきらめてしまうというのは、どうにも性質的にそぐわない気がしてならない。
 もちろん遠距離航行ができる船を作る技術がない以上、一度大陸を出られたら追う方法がないのはわかるのだが。それを考えに入れてもずいぶんと、あっさりしすぎている気がする。
 もちろんロンもセオの考えつく程度のことは当然考えたのだろう、軽く肩をすくめてから続けた。
「つまり、あなた方は二百七十八年の間、渇きの壺を取り戻そうとは思わなかった、と」
「いいえ。むしろ、我ら一族にとって渇きの壺を取り戻すのは悲願ともいえる目的でした。しかし、自身の力で果たせぬことをひたすらに追い求め、願うはワランカの意志に反すること。我らはひたすらに待っていたのです――あなた方が来るのを」
「ほう? 我々が来ることは二百七十八年前から予言されていたと?」
「それは違う。予言されていたのではない。我々は知っていたのです。いつか、ワランカの意志のもと、渇きの壺を取り戻してくれる人々がやってくることを」
「……ほう。そういった神託があった、というわけでもないのなら――」
 ちろり、と瞳の中に一瞬炎が燃えた、と思うや、ロンは楽しげに告げる。
「あなた方にとって、それは当然だった、ということなのか? 奪われたものはいずれ自分たちの手の中に戻ってくる、というのは。いずれワランカがあなた方のもとに、我々のような便利な道具を遣わせてくれる、と、太古の昔から定められていた、と?」
『――――………』
 広場中に一瞬さーっとささめきが広がったが、それは本当に一瞬のことだった。広場に集まったラゴス族の人々すべてが、皆しん、と静まり返ってこちらを、正確にはロンとエドを見つめてくる。
 ……つまり、それだけ、今ロンが告げた言葉はラゴス族の人々にとって大事なことだ、というわけだ。
「……なぜそのようなことを?」
「言っただろう? 俺たちは知りたいと思っている。あなたと、ラゴス族の方々と、あなた方の信ずるワランカについて」
「なぜ、そのようなことを?」
「単純さ。俺たちは臆病だからな。ただ黙って相手の言うように動いていると、最終的には大変なことになってしまうのではないか、という疑いを拭えない。あなた方が嘘をつく気はないのは承知しているつもりだしワランカの言葉を疑う気もさらさらないが、俺たちにはこれまで他の国でさんざんいいようにされてきた経験があるからな、どうしても警戒する気持ちが湧き起こってしまうのさ。こんな気持ちを放っておいたままではいい仕事はできん。あなた方には申し訳ないが、どうか我々を助けると思ってご教授いただけないか?」
「…………………」
 エドは沈黙した。広場に集まったラゴス族の成員たちも、揃って沈黙し真剣な視線をエドに投げかけている。自分たちもそれに沈黙で応え、ひたすらにエドたちの答えを待った。
 火にかけられた水がお湯になるほどの時間が経ってから、エドはぶるり、と身を震わせて抑えた声で告げる。告げる事実の重さを否が応でも伝えるほど、感情や抑揚が抑えられた声で。
「―――あなたの言う通り。我らが一族を揺るがすほどの重大事があった時、ワランカは我らに神託を下されます。我らはそれを知っている。我らが一族の始祖が、ワランカより守護を受けし時より、何百年、いいえ千年を超えるほどの長きにわたり伝えられ続けてきた秘伝ゆえに」
「……なるほど。あなたはワランカ神と会話をされるのか?」
「いいえ。私はただワランカ神の告げられる御言葉を受け取るのみ。ワランカ神のご意志は、あまりに広すぎ大きすぎ、現世に生きる者がすべて受け取ることはできません」
「つまり、ワランカ神がご意志を伝えたい時のみ――多くは一族を揺るがすほどの重大事があった時に、あなたに神託が下される、と。……あなたが生まれるまでは、もしや渇きの壺がその役目を負っていたのですか?」
「然り。渇きの壺にワランカのご意志が伝えられ、その力をわずかに動かす、と。それを読むための巫がいたと聞いております」
「なるほど。自ら聞き出しておきながらこのようなことを言うのは噴飯ものと承知でお聞きするが、我々のようなよそ者にそれを告げてもよろしかったのか?」
 エドはその長い顔をゆっくりと振ってみせた。馬の体では難しい動作ではと思うのだが、それをまるで苦にせず真剣な声音で告げる。
「我らはあなた方を礼を持ってお迎えした。その重みは、あなた方には理解できぬでしょうが、これもワランカのご意志によるもの。ワランカの告げられた神託には、確かにあなた方に対する敬意が見えました。そうである以上、我々はあなた方にすべてを差し出す覚悟でもって向かい合っております。命をよこせと言われれば一族すべての首を差し出しましょう、宝物をよこせと言われれば我らが兄弟の褥を襲ってでもご満足いただけるだけの宝物を献上しましょう。そして、我らが命を賭しても秘すべき秘伝を明かせと言われれば――自身の肉を裂き、骨を断つほどの痛みを感じようとも、明かすのです」
「……おい、てめぇら。それ本気で言って――」
 フォルデが低く言って立ち上がりかけたところに、すばやくロンが視線を走らせて、フォルデは大きく顔を歪めながらもどすっ、と腰を下ろした。フォルデとしては、おそらく一度ロンに交渉役を任せた以上口を出すのは潔くない、と考えたのだろう。――それを承知していながら立ち上がってしまうほど、今エドが告げた言葉はフォルデにとっては怒りを掻き立てるものだったということだ。
「あなた方のお考えは理解した。ところで、あなた方の願いを受けるか否か、今ここで答えなくてはならないだろうか? できれば我々だけで、一度ゆっくり協議したいと思うのだが」
「どうぞ、お心のままに。期限があるわけではありません。この地はルーラの基点となりうる性質を持っています、別の土地に移ろうとも問題なく戻りくることができましょう」
「なるほど、天然ものか。……その前に、いくつかお聞きしてもいいだろうか? 渇きの壺が奪われた際のことなのだが、どのような相手に、どのような状況で奪われたのかという情報があればお聞きしたいのだが――」
 聞き取り調査を行うロンの隣で、フォルデは思いきり顔をしかめながらラゴス族の人々を睨みつけている。ラグは眉をわずかに寄せてはいたものの、その表情は落ち着いていた。だが、セオとしては、なによりレウの反応が気になった――のだが、セオのフォルデとは反対側の隣に座っているレウは、きょとんとした顔で首を傾げるだけで、それ以上の感情を外には表しはしなかった。

「なんなんだ、あいつら」
 魔船に戻ってきて(別に外でいいのではないかという意見も出たのだが、できるだけ防諜に信頼がおける場所で話したい、とロンが主張したのだ)、食堂兼会議室に全員集まるや、フォルデは不機嫌な顔で吐き捨てた。
「お告げだかなんだか知らねぇが、てめぇで決めたことでもねぇくせに『すべてを差し出す覚悟でもって向かい合っております』だぁ? ざっけんな、てめぇでてめぇの言ってることも理解してねぇようなクソボケにんな偉そうな口叩かれる覚えねぇっつーんだ」
「まぁ、話半分に聞いておくにしろ、大仰な台詞だったよな。……それだけあの人たちが受けた、ワランカの神託ってものに信憑性が増す、と言えば言えると思うが……」
「おそらく、だが。彼らが言っていることに嘘はない、と思う」
 ロンが考え深げな表情を浮かべながらも、ためらいなく口を開く。
「少なくとも彼らが本気で言っているのに間違いはなかったし、なにより本当に俺たちを礼儀を尽くして¥o迎えたんだ。スー族の倫理観からして、そこまでやって嘘をつく理由がない」
「は? んっだよ、そこまでやってってなぁ。礼儀を尽くすふりなんざ、ガキでもできるこっちゃねーか」
「まぁ、確かに、スー族以外ならな」
「……スー族なら違うってのかよ」
「ああ。彼らの精神性が記録にあるものと劇的に変わったわけでもなければな。そうだな、セオ?」
「はい。……俺も、あの人たちは、嘘をついていない、と思います」
「……そういやお前、あいつらと村の外で会った時なんか言われてたな、あいつらに」
「はい。スー族が、よそ者に対し、礼儀を尽くすというのは、本当に、命懸けの行為と言われているんです。相手に命を捧げる、と言っているも同じ、だと。あの人たちは、よそ者に対してはそれだけ、徹底的に警戒しているんです」
「は? これまで何度もスー族とかいう奴らと会ったけどよ、別に普通だったじゃねぇか」
「はい。普通に会話は、してくれるんです。スー族と呼ばれる人々は、一般に、よそ者に対する警戒心は強いですが、おおらかで、正直で、誠実で、親切な方が多い、とされていますし、やってきた人々に対し、歓迎の宴を開いてくれることもあった、と言われています。……でも、公的に、部族単位で、よそから来た人間を歓迎する、ということは、有史以来、なかった、と言われています」
「はぁ? なかったって……じゃあさっきのはなんだってんだよ」
「はい。だから、すごく、驚きました。本当に、あれは……スー族の方が、公的に、ひとつの部族単位で、礼を尽くして、よそから来た人間を迎えるというのは、有史以来、初めて、ということになってますから。少なくとも、記録に残っているのは」
「………はぁ………?」
「……そこまでよそ者を警戒する土地なのかい?」
「はい。これまでのスー族との接触で、残されてきた記録、すべてからそういった記述が読み取れます。なにより、さまざまな時代の、さまざまな記録から、同一の情報がもたらされてるんです。スー族の方々に、訊ねた際、きっぱり答えられた、と。ワランカを奉じる民が、外から来た人間に、気を許すことは絶対にない、と。ひとつの部族すべてが、公的に他の存在を迎え入れることは、決してしない、と。そのようなことがあるとすれば、それは、その部族すべての人間が、そのよそ者に対し、命、魂、すべてを捧げる覚悟で臨んでいる、ということだ、と」
「……これまで会った奴ら、みんなそうだってのかよ」
「はい……俺の読んだ記録が、間違ってなければ、ですけど……ロンさんの調査でもそうだったそうですから、信憑性は、高いんじゃないか、って」
 こくん、とうなずくと、フォルデはむすっとした顔で小さく舌打ちをした。ラグも厳しい顔つきになりながら、深くうなずく。
「なるほどね……二人揃って同じ答えを出されちゃ、信用しない方が馬鹿げてるな。……つまり、これまで話し合ってきて、さっき実際に見せられた通り、スー族には部族単位で――少なくとも有力な部族単位で巫がいて、ワランカから直接神託を受け取ってる、っていう説は当たっていた、っていうわけだ」
「……はい」
 セオも小さくうなずきを返した。しばしその場に沈黙が下りる。
 ある意味、喜ぶべきことではあった。この地にやってきた、隠れた目的――というよりはもし万一探り出すことができたら御の字という程度の目標だった、『神≠ニの接触』について大きく前進することができたのだから。
 ジパングでのヒミコとヤマタノオロチとの出会い、そしてルザミでの経験、なによりもロンの、『賢者という職業が常に精神を侵食され続けている』という事実から、セオたちは神≠ニいうものについてもっと詳しく知らなければ、と考えるようになっていた。これまでは『実在はしているのだろうが遠いどこかで見守ってくれているだろう存在』程度でしかなかった存在だが、実際にはこの世界に、そしてセオたち自身の生に大きく関わっていることが明らかになってきたからだ。
 ジパングでセオたちは、『この世界が存在し続けるために一年に一人生贄を消費し続ける』という機構と出会った。そしてそれが本物の神の手によるものであろうことも、ルザミでのエリサリとの出会いではっきりした。
 ならばその類の機構がひとつとは思えない。エリサリは、『この世界はどこかに犠牲を出さなければ存在できないようにできている』『神々は人間には理不尽に思えるかもしれないが考えた上で一番犠牲の少ない方法を取っている』と断言していた。つまり、同じようなやり方で、神々はこの世界に今も常に犠牲を強いている、ということだ。
 そのことについての是非はいったん横に置いておくとしても、セオたちはそんな話をこれまでまるで聞いたことがなかった。セオはもちろんのこと、ラグもフォルデもレウも。ロンもジパングにやってくるまで、そんな情報には一度も触れたことがなかったという。
 だが、ジパングを発ったのち、必死に悟りしすてむに接続し調べ回った時には、その手の情報がかなりたやすく手に入ったという。つまり、神々と呼ばれるだろう存在が、悟りしすてむにおいて情報を開示してもよい、と決めたということだ。それはセオたちの動向を逐一監視している可能性が高いということでもあるし、同時に本来なら絶対的に秘匿されるべき情報を開示するだけの価値をセオたちに認めている、ということでもある。
 それがセオたちが魔王の世界征服を止めるべく活動しているからなのか、セオやレウが勇者だからなのか、そこのところはいまひとつはっきりとしない。ロンに訊ねると、その情報はろっく≠ウれている、と心底忌々しげな表情で言われた。
「俺はある程度の情報を得ることができてはいる。だがその情報のほとんどすべては、話すことができない。話すな、と……神々やらなにやらそちらの方からロック≠ウれているからだ。いうなれば鍵がかけられているようなもので、しかもその鍵があまりに大きく厳重なせいで、今の俺の技術では歯が立たん。……つまり、それだけ俺の精神は、Satori-System≠ノ浸食されているということだ」
『………………』
 重い沈黙に包まれた自分たちに、ロンは真剣な面持ちで告げる。そんな風にロンが固い表情を崩さないのはめったにないことだ。それだけこの事実は重いのだと、否が応でも思い知らされる。
「実際、全力を尽くして防いでいるつもりではあるが、ごくわずかずつではあるにしろ、俺は浸食を受けている。この先神々やらなにやらの都合のいい人格に書き換えられないという保証はできん。だから、頼むぞ。俺がなにやら妙なことをやらかし始めたら、すぐにでも斬り殺してくれ」
「っ――――!!!」
「……おい。本気で言ってんのかよ」
「むろん、本気だ。……心配するな、なにも命を捨てようと言っているわけじゃない。俺はセオの、勇者の仲間だ。どれだけ時間がかかろうと、遺体がそれなりに残っていれば教会の聖呪なり蘇生呪文なりでいつでも蘇れる。保存の呪文もあるしな、いざという時には問題が解決するまで動けなくなっているのが一番いいと思うだけだ」
「で、でも……だからって、そんなのっ!」
「俺もそうならないように全力は尽くす。だが、向こうの力は圧倒的なんだ。いざという時の覚悟はしておいてほしい。……すまないが、頼む」
「…………。お前が死んだあとで、その浸食とやらを受ける可能性はないのか」
「その可能性はない。これは断言できる。ただの死体ならば呪文でも世界の書き換えでもしてどうとでもできただろうが、勇者の仲間の死体なんだ。勇者の仲間の死体は、勇者本人の力が消滅でもしない限り、勇者の力でほぼ完全に防護される。物理的な力で切り刻んだりすることは可能だが、それだってその死体の有する頑健さを上回る力を振るわなけりゃ傷ひとつつけられないんだ。ここまでレベルの上がった勇者の仲間の死体に無理やり悪影響を与えるのは、どれほどの力の持ち主だろうと難しいだろうさ」
「本気で、言ってんのか。お前が操られてたり……くっだらねぇ遠慮で嘘ついてねぇって保証があるのかよ」
「さて、俺の発言については信用しない方がいいと自分でも思うがな。だが少なくともこの件についてはセオも知っているはずだ。そうだな? 勇者を完全に殺しきりでもしない限り、勇者の仲間の死体を弄ることは、たとえ神様だろうができはしない」
「神様にも……それは本当に、間違いないのか」
「間違いない。勇者は天に選ばれし者、賢者は神に選ばれし者という言葉はお前たちも聞いているだろう。勇者の力はこの世界を根底から覆しうる力、世界の法則の範囲内で書き換えを行う神の力ではどうしたって及ばん。勇者は神にすら打ち勝ちうる存在だ、というのは大げさでもなんでもないわけさ。――小細工の技術ではかなわないにしろな」
「……あのさ。じゃあ、神様って、なんなの? なんでそんなことするの? なんで俺らにそういう意地悪して、なのに、魔王どうにかしようとしたりしないの? なんていうか……神様って、どういうものなの?」
 真摯な表情で問いかけたレウに、ロンはひどく苦しげな表情を見せて、心底悔しげに呟いた。
「……それは、今は言えん。神々だのなんだのといった連中に、ロック≠ウれている」
 その言葉には、全員深々と息をつくしかなかった。
「……すまんな。本当にすまん。まさか、こんな風に迷惑をかけるとは思っていなかったんだが」
「バカヤロ、謝ってんじゃねぇよ。てめぇだってそんな風になるなんざ思ってなかったんだろうが、俺たちだって思ってなかったんだ。勝手に自分一人のせいにしてんじゃねぇ」
「それに、お前が賢者にならなかったら、その手の情報を集めることすらできなかったんだ。下手をしたら神々とやらがなにかをしている、ということにすら気づかなかっただろう」
「……うん。知らないよりずっといいよ。俺、セオにーちゃんが死ぬような思いするもの、このまま放っておきたくない」
 それぞれ決意の表情でうなずいて、話し合い、決めた。神々≠ニ呼ばれるものについて、調べようと。
 神々がどのような存在なのか、自分たちはまだ何も知らない。ロンは知っているのだろうが、話すことができない。ならば、自分たちの力で調べるしかない。ロンも、『自力での調査については、神々は基本的に実働部隊を動かすことでしか対処できない』と明言してくれた。――明言しながら、『ただ、俺の発言については絶えず疑う癖をつけておけよ。いつ浸食されて不利な情報を流すようになるかわからん』と心底真剣な口調で告げてもくれたのだけれど。
 レウは心配しているのだろう、仕事は自分たちが代わるから休んでいた方がいいんじゃ、と提案したのだが、ロンはきっぱり首を振った。『浸食に対抗する作業は半ば無意識的なものだから、日常生活を送りながらの方がはるかにやりやすい』と。
 知ってからどのような反応をすることになるかはわからない。敵対することになるか、従属することになるか、別の道を選ぶことになるかもまるでわからない。だが、このままただ流されているわけにはいかない。自分たちの去就を定めるためには、まず神々がどんな存在か、なにをしているのか知らなければならない。そう、パーティの意見は一致したのだった。
 だが、そのための情報源となると、セオたちにはまるで心当たりがない。一番確実に神々の影響下にあると思われるのはダーマ、特にガルナの塔だったが、だからこそそのまま乗り込んでいって調べていいわけはないし、ロンが言うには『ダーマの中ですら神々というものの実体について知っている人間はほぼ皆無だし、ガルナの塔には知っている存在がうじゃうじゃいるだろうが自分と同様絶対に情報を漏らすことはできない』なのだそうだ。
 なので他から探るしかないわけだが、エリサリはセオが回復するや姿を消したし、ルザミに残っている人々もはかばかしい情報を持ってはいなかった(というか、むしろ会話そのものが困難な人間がほとんどだった)。残る心当たりといえば、セオの思いつくようなものでは、二つしかなかったのだ。
「イエローオーブも、この村にあるんだよな」
「はい。それはたぶん、間違い、ないです」
「オーブとワランカの情報を、一気に得ることができる機会か。しかも向こうからなんでもすると言ってきている。都合がいいといえばものすごく都合がいいけど……よすぎて逆にうさんくさいな」
「うーん……でも、どっちも、俺たちには、すごい手がかりだよね? 他に心当たり、ないんだし」
「そう、だね……」
 セオを見上げて訊ねてくるレウに、セオは小さくうなずいた。そう、少なくともセオには、他に心当たりがなかった。
 霊鳥ラーミアを甦らせることのできる神具、オーブ。少なくとも以前手に入れたパープルオーブには、明らかな神威があった。以前に見た世界樹と同様、そこに在るだけで周囲の空気を変えるようななにかが。ラーミアを甦らせることができるというのも駄法螺ではないはず。オーブを揃えてレイアムランドに向かえば、少なくともラーミアを護る巫女たちと対話は可能なはずだ。
 そして、スー族と、祖霊神ワランカ。ワランカはスー族すべての祖霊である神と言われる。いくつもの部族の始祖たちを生み、一族に自らの朋友たる精霊たちを守護精霊として遣わしたと神話にある神。
 セオは、以前から仮説を立てていた。ワランカは、自らの守護する一族に直接神託なり守護なりを与えているのでは、と。
 身内への親愛がきわめて強く、それ以外に対しては誠実さを守りながらも距離をおくというワランカの神話的な性質。これまでの歴史から垣間見えるスー族の異常なまでに統一された反応の傾向。そして、特によそ者に対する、異常なまでの秘密主義。部族ごとにあまりに違いすぎるのに、共通語を学んだ際には訛りまでほぼ寸分違わないという、そうなるように誘導されていたのではと思うほど特徴的な言語の変化。
 ワランカがスー族全体を守護し、統御しているのだと考えると、これらの疑問にきれいに片がつくのだ。そして、もしワランカと直接対話できる可能性があるならば、神話に語られるような神の中では、一番交渉しやすい相手だと思った。自分の守護しない相手にはひどく無関心であるがゆえに、情報を漏らす可能性を秘めているのではないか、自身の守護する地であるスーに強い影響力を及ぼすがゆえに、スーでは他の神々に横槍を入れられる可能性は低いのではないか、と。
 あくまでセオの考えた仮説でしかないので、ある種の可能性として、としてしか説明はできなかったのだが、それに眉間に皺を寄せながらもフォルデが語った事実は、ワランカという神との接触の可能性を大いに示してくれた。
「山彦の笛を取った時にワランカから神託を受けた!? そんなことがありうるのか、というかそんなことがあったならなんで俺たちに言わない」
「っ、言うほどのこっちゃねーだろって思っただけだ! サヴァンの野郎も大したことは言ってやがらなかったし」
「サヴァン? って、誰だっけ」
「前にも言っただろう、賢者サヴァン。蒼天の聖者≠セよ。ダーマから……精霊の泉って場所まで一緒に旅をしたことがある、レベル62の賢者だ」
「へー……あれ? それってさ、そのサヴァンって人は、シンショクされてなかったの?」
「一見そういう印象は受けなかったが……今思い返して客観的に判断すると、すさまじく怪しいな」
「少なくとも俺の心象じゃぜってぇ黒だな。俺たちにやたら近づいてきたのからしてあからさまにうさんくせぇよ」
「まぁ、そう考えて間違いはない、とは思う。ただ、あの人がかつてサドンデスの従者だったというのが気にかかるのも確かだが……」
「ああ……確かに。あの勇者がいったいなにを目的としてるのか、誰かの命令で動いてるのかどうかも、まださっぱりわからないしな……」
「……サドンデス、かぁ……」
 レウが眉根を寄せて首を傾げるのに、セオも小さく拳を握りしめた。自分の名前と同じ名で呼ばれる堕ちた勇者≠ノ対して、レウは最初に説明を受けた時から戸惑いを示していた。
 なぜ自分の名前のひとつと同じ名前を持っているのかというのももちろんだが、ずっとムオルで育てられてきたレウは、自分の出生――母親の属する部族というものに対して態度を決めかねているようなのだ。これまで意識すらしていなかったものが、自分の人生に大きくかかわってくる可能師が出てきたのだ、当然だろう。
 サドンデスがラグたちを惨殺したという事実も、彼女がロマリア系だということも、材料がばらばらすぎてどう考えればいいのかわからない、と申し訳なさそうに告げられた時には、セオもどうしていいかわからずぎゅっと手を握るしかできなかったけれども(レウは喜んでくれたけれども、フォルデになに照れてやがんだと頭を叩かれた)。
「……まぁともかく、だ。どういう理由かわからんが、ワランカがお前に山彦の笛を託したというのは、ワランカに俺たちと敵対する意思がない、という傍証にはなる。まぁそれも策かもしれんが、情報を引き出せる可能性は、ないとは限らんわけだ」
「んっだよ、そのやたら頼りねぇ台詞は」
「まぁ実際、神様がどんなことを考えているかなんて俺たちにはわからないしな。あくまで可能性がある、くらいに考えてた方がいいかもしれない。……ただ、機会があったら見逃さないようにしないとならないけど。……情報を拡散するわけにはいかない以上、道具から呪文やらなにやらで直接情報を引き出すことはできないから、基本的に本命はオーブを集めた上でのレイアムランドだけど、できるだけスー族と話す時にはそこらへんに気をつけよう、っていうことで」
「うん……わかった! よーっし、情報集めがんばるぞっ」
 そうスーにやってくる前に話し合って、これまでのスー族との対話の中でも気をつけていたのだが、はかばかしい情報は手に入らなかった。それがここにきて突然の展開を示されたわけ、だが。
「依頼は受ける、でいいにしろ……どう受けるか、が問題だよな」
「へ? ……どーいうこと?」
「できるだけ高く俺らの腕を買わせなきゃならねーだろーが。こっちはなんとかあいつらの持ってるネタを搾り取らなきゃならねーんだからな」
「あそっか。え、でも、向こうの人たちなんでもしてくれるって言ってたじゃん? 神様のこととか全部教えて、って言うんじゃだめなわけ?」
「向こうにしてみれば、ワランカ――神様というのは絶対的な存在だろうからな。なにせワランカの神託を何度も直接受けてるんだから。腹積もりを探る、なんて考え方そのものが不遜……驕り高ぶっている、ということになるだろう」
「えと……おごりたかぶってるって、どういう意味?」
「まぁ、偉そうだ、とか生意気だ、みたいな感じかな。レウだって、尊敬している相手に大したことないと思ってる奴が偉そうな態度を取ったら腹が立つだろう?」
「あー、なるほど。……えと、じゃあ、どういう風に言ったらいいの?」
「それをこれから話し合おうってんだろうが。……こーいう風に話し合ってんのがいつ向こうにバレてもおかしくねぇってのがムカつくけどな」
「……すまんな」
「ごめん、なさい……」
 セオとロンは小さく頭を下げた。Satori-System≠ヘ常に世界のありとあらゆる情報を収集している。そうでなくても向こうは神と呼ばれるほどの存在だ、ロンがどれだけ強固な結界を張ろうと、自分たちの情報を得ようと思えばいくらでも得られるだろう。それに対抗できるのは、セオの、レウの勇者の力だけなのだろうが、セオの力は世界の法則を制御するにはあまりに足りない。ジパングでやったのは、なんとか読み取れた流れを少し変えただけだ。それにさえ決死の力を振り絞らなければならないほど、今のセオの力は小さい。
「バカヤロ、てめぇらが悪いとか言ってねぇだろーが。てめぇらがやることやってんのはわかってんだ、無駄に責任感じてんじゃねぇ」
 きっ、とフォルデが睨むのに、セオは小さくうなずいた。ありったけの決意を込めて。
「――はい。俺は、俺にできること、頑張って、やります」
『…………』
 と、フォルデが目を瞬いた。ロンが目を見開く。ラグが小さく口を開けて、まじまじと自分を見つめた。
 三人の突然の反応に、思わずうろたえてえ、え? とおろおろ周囲を見回す。レウもきょとんとした顔で訊ねた。
「どしたんだよ、三人とも? セオにーちゃん、別に変なこと言ってねーだろ?」
「………や、その………」
「変なことは、確かに言っていないが……」
「……セオ。君は………」
「あ、の……はい?」
「……いや、なんでもない。なんでもないよ」
 ラグは優しく笑って、セオの頭を撫でた。くしゃり、と髪がかき回される感覚に、思わずへちゃ、と顔を緩める。その暖かさと、大きさと、重さが、震えるほど嬉しく、全身を痺れさせるほど強く感じられたのだ。
 それから「二人だけでとはつれないな俺も混ぜてくれ」とロンにも撫でられたり、「セオにーちゃん俺も俺もー!」とレウに抱きつかれたり、「気色悪ぃこと抜かしてんじゃねぇっつーかてめぇらなにしょーもねぇことやってやがんだ!」とフォルデに真っ赤な顔で怒鳴られたりして、少しばかり騒いでしまったけれども。

「……では、答えを聞かせていただけますか」
 再びラゴス族の集落に戻り、今度はエドと族長、その側近数人とだけ相対する(やってくるたびに集落の人々を集めるのも申し訳ないので話をするのに必要な人数だけで、とお願いしたのだ)。さっきと変わらず淡々とした声音で言ってくるエドに、今度はセオが進み出て訊ねた。
「あ、の。その前に、ひとつ、お聞きしても、いいですか」
「どうぞ、なんなりと」
「あの。渇きの壺を、持ってきた、として。それを、こちらでは、なにに使われる、おつもりですか?」
 これは全員で打ち合わせした上での、様子見の質問だった。ワランカがなぜエドにあのような神託を告げたのかはわからない。だがセオたちの動向を調べていたのは(それがいつのことからかは別にして)確かだ。まず、できる限りなにを考えているのかを聞き出したい。セオが交渉役となったのも、交渉役の考えていることを読まれる可能性を少しでも低くするためだ。
 が、セオの質問に返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「我々が使うのではなく、あなた方に使っていただきたいのです。西の海の、浅瀬の前で」
「……え」
 セオは一瞬、思わず言葉を失った。

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