サマンオサ〜アリアハン――1
「我、以土行成大爆発、滅!=v
 ロンが詠唱を終えると同時に、周囲の空間が大爆発を起こした。レウのビッグバンには劣るものの、目の前が一瞬見えなくなるほどの大爆発は、コングだのキラーアーマーだの、今まで出会った中でもかなり強い部類に入るサマンオサの魔物たちを、すべて消し飛ばし消滅させる。
「お見事。ロンくん上達したねぇ、もしかしたらもう僕よりもレベル上なんじゃない? 少なくとも呪文制御技術は僕と遜色ないぐらいまで上達してると思うよ、うん」
 自分たちの後ろからぱちぱちと拍手してみせるサヴァンに、ロンは小さく肩をすくめた。
「そう言っていただけるのは嬉しいが、正直、掌の上で転がされている相手にそんなことを言われても素直には受け取りかねるな。他の部分では圧倒的に優勢だと言われているような気がする」
「まさか! それは考えすぎっていうものだよ。僕なんて、神さまたちの手足どころか、つま先にも満たない存在なんだからね。こうして君たちの目の前に出てくること自体、上の人たちの指示がなかったらできなかったわけだし」
「だからこの機に乗じて、俺たちをできるだけ利用してやろうって腹なんだろうが」
 ドラゴンテイルを一振りして、血を拭いながら睨みつけてくるフォルデに、サヴァンはむしろ楽しげににっこりと笑う。
「それはもちろん。でも、その分君たちにも僕を利用してもらうつもりだよ? 利用されることを許すだけの価値がある、と思ったから君たちは、こんなところまでついてきてくれたわけでしょ?」
 その問いかけに、フォルデは顔をしかめ、ラグは小さくため息をつき、ロンはまた肩をすくめたが、レウはきょとんと首を傾げる。
「え、なんで? 俺ら、サマンオサの人たちが大変だって教えてもらったから、助けに来たんだろ? りよーするとかされるとか、なんでそーいう話になるんだ?」
「……レウくんは、やっぱりすごいねぇ」
「え、そ、そっか? ……なんで?」
「いや、まぁいろいろと。……セオくんは、なんでこんなところまでついてきてくれたの?」
「……サヴァンさんの言うことに、嘘がない、と思ったから、です」
 正直に思うところを言うと、サヴァンは小さく苦笑して、「そっか」と肩をすくめた。それからすぐ前を向いて、高らかに、と言いたくなるほど元気な声で言ってみせる。
「さ、せっかくだから少し急ごうか。もう少しでサマンオサの街が見えてくる、うまくすれば日が暮れるまでに城下町の中に入れるよ!」
 その声に、セオたちはうなずいて足を早めた。軍事国家サマンオサの国と同名の首都、サマンオサ――そこがサヴァンと、自分たちの現在の目的地なのだから。

 オクトバーグに突然現れた蒼天の聖者<Tヴァンは、猜疑の目を向ける自分たちに向けて、以前と変わらぬ笑顔で告げた。
「僕と一緒に、サマンオサに来てくれないかな? あの国は今、滅びに瀕しているんだ」
「……はぁ!? 突然なに抜かしてやがる、てめぇ自分が何もんだかわかってんのか!」
「わかってるつもりだよ? 君たちが今、僕をどんな目で見ているかも含めて、ね」
「それならば、俺たちがあなたを以前のように信用するのは難しい、と考えていることもご理解いただけていると思いますが? ……そもそも、俺たちは今では以前あなたが接触してきたこと自体、なにか裏があるんじゃないかと疑っているわけですし」
「んー、まぁね。実際、君たちが僕を疑う気持ちっていうのはそれなりに理解できてるつもりだよ。君たちが僕……というか、神に属する者たちをうさんくさく思うのも、まぁ当然といえば当然だろうと思うしね」
『…………』
神に属する者=Bサヴァンが微笑みながら言い放った言葉に、空気が一気に緊張する。サヴァンが間違いなく神に属する者=\―ジパングで毎年、穢れなき乙女を生贄として捧げさせてきた存在と同じ陣営に属する者たちだと改めて認識し、警戒を強めたのだろう。
 だが、サヴァンはそんな空気を意にも介さず、にっこり微笑んで言ってのけた。
「だから、僕は君たちにできる限り手札を開示しようと思ってるんだ。具体的に言うと……僕と一緒に来て、サマンオサを救ってくれたのなら、僕の知っていることをひとつ残らず君たちに明かしてもいい」
「……っはぁ!?」
「これは嘘でも冗談でもないよ。なんだったらコシーバ……制約の呪文で、約束を破ったら死に至る激痛が走るようにしてくれてもかまわない。僕としては、そっちの方がむしろありがたいくらいだよ。君たちの信用を得られるならね」
「……なにを考えてるんですか? 本気であなたの知っていることを全部明かすなんてことをしたら、あなたの上の方の人の不興を買うのでは?」
「いや、これは僕の上司――神様の直接の配下の人にも許可をもらってることだよ。まぁ、僕が何度も何度も直訴したからやむなく、っていう面もあるかもしれないけど、今の君たちにならば知られてもかまわない、と上の人が思ってるのも確かだ。だからこそ君たちに最後の鍵を渡すようワランカさまが導いてくれたわけだし?」
『…………』
「こちらがあなたの依頼を果たしたとたん、あなたの記憶が消滅してしまうといった類の、小細工をしている可能性は?」
「んー、絶対にありえない、とは言わないけど……そんなこと言ったらどんな情報だっていつ得られなくなるかわからないじゃない? それにね、セオくんが言ってたでしょ? 上つ方のみなさんも、さらにその上の御方々も、君たちを敵に回したいとは思ってないんだよ。だからこそ、これまでいろいろな方法で助言や、助けをよこしてきたわけだし」
『…………』
「まぁ、君たちに『絶対に依頼を受けろ』と命令することはできないけど、個人的にも客観的にも受けた方がいいと思うし、受けてほしいと思うな、僕は。君たちにとっても、僕にとっても、決して悪い話じゃないと思うから」
 そうにっこりと笑いかけてきたサヴァンの表情は、以前とまるで変わらない、にこやかで、穏やかで、朗らかなものだった。

 そして、自分たちは相談の末、サヴァンの言葉に従い、サマンオサにやってきたのだ。オクトバーグから北上し、グリンラッド南の旅の扉から転移して、サマンオサ領内の教会にたどり着き、そこからは徒歩で首都に向かう。本当なら(ロンもサヴァンもサマンオサに行ったことがあるそうなので)、ルーラを唱えれば一瞬で到着してしまうのだろうが、現在鎖国中のサマンオサは首都ですらルーラの誘導魔法陣が封印されているのだそうで、徒歩で向かうしかやりようがなかったのだ。
 サマンオサでも魔船で移動している時同様、ほとんど数分ごとに魔物たちは襲いかかってきた。サマンオサの魔物たちはこれまで自分たちが出会った魔物たちよりもだいぶ手強く、大量に襲ってきた時は少しばかり苦戦せざるをえなかったが、そういう時はできる限り強力な呪文で素早く数を減らすことで、なんとか対応できている。
「いやー……勇者っていうのがすごいもんだ、っていうのはわかってたつもりだけど、ここまで圧倒的だと正直感心を通り越して呆れちゃうなぁ。なんていうか、いろんな意味で人間外だなー、ってひしひしと感じちゃうよ」
 襲いかかってきた魔法おばばとガメゴンの群れの塊を撃退し、サマンオサへの道行きを再開するや、サヴァンが苦笑気味にそんなことを言ってきた。フォルデがふんと鼻を鳴らしてそれに応える。
「てめぇに言われたかねぇぞ。62レベルなんて人間外のレベルなくせしゃあがって」
「いやー、僕も自分が人間外って言っていいレベルなのはわかってるんだけどさ。でもそれも、サドンデスさんと一緒にいた数年間で、何度も死ぬような思い……というか、実際に死にながらレベルを上げていったおかげだからね。旅を始めてから一年半やそこらで、しかもこの程度の強さの魔物たちを倒しながらここまでレベルを上げるっていうのは、やっぱりむちゃくちゃだなー、って思っちゃうよ」
「……だからなにが言いてーんだよ」
「いや、別になにか言いたいってわけじゃないけど。四人仲間を連れていける勇者っていうのは本当にすごいんだなぁ、とか……勇者の力が同調するっていうのはやっぱり普通ならありえないことなんだろうなぁ、とか。あと、勇者っていうのは本当に反則的な存在だなぁ、とか、そんなところだね」
「………ふーん」
 フォルデは小さく鼻を鳴らして、視線を歩く先へと戻した。フォルデはたぶん、サヴァンがなにを言いたいのかいまひとつピンとこなかったのだろう。フォルデにとって、勇者の力というのは取り立てて騒ぎ立てるほどのことでもない程度のものなのだろうから。
 その心意気は、セオにとってとてつもなく眩しいものだった――が、セオにとっては、サヴァンの言葉もこの上なく理解しやすいことだったのだ。物心ついた頃から、勇者の力というものがどういうものか、授業の中でも人と接する中でも絶えず教えられてきたのだから。
 一瞬アリアハンでの生活を思い出してから、今はそんなことを考えている場合ではない、と首を振る――と、レウが歓声を上げた。
「あ、サマンオサの首都って、あれだろ!? あのでっかい、山の上に建ってる城みたいな街!」
「ああ……そうだね。あれだ。あれが軍事国家サマンオサの国名と同名の首都、サマンオサだよ」
 サヴァンが穏やかな声で告げたその事実に、セオはわずかに唇を噛んだ。サヴァンが告げた、滅びに瀕しているという国――サマンオサ。
 詳しい事情は『自分の目で見てからの方がいい』と説明してくれなかったが、教会を出てからの一週間でそれなりに感じ取れるところはあったのだ。靴≠使っての全速移動、それも街道ではなく山越えによる直線移動だったので人々の様子まで細かく見て取れたわけではないが、ときおり通りかかる人々の表情は暗く、収穫の季節だというのに田畑はうら寂しげな雰囲気を漂わせていた。
 国家組織の腐敗か、財政危機か、襲いくる侵略者に対抗したがゆえの人民の疲弊か。それらはおそらく幾重にも絡み合い、複雑かつ不幸な社会を創り出していることだろう。それを回復させるのは容易なことではない――とは思うのだが、サヴァンがわざわざ自分たちに声をかけてきた以上、自分たちの能力で、比較的早期に解決できる問題が存在しているはずだ。
 たとえば、国家の要職に変身した魔族が就いて、国家を悪い方向に向かわせる政策を発表している、とか。財政危機から脱出できるほどの宝物が隠されている迷宮がある、とか。勇者という存在の名声によって混迷する政治状況を快刀乱麻を断つがごとく解決する、とか。
 なんであれ、自分になんとかできることならばいいのだが。セオは自分にできることの少なさを知っている。自分は、『勇者は世界を救う存在だ』と教わった。つまりそれは、世界の中に生きている者――人間同士の争いに関与するべきではない、と考えられているということでもある。
 勇者が国家に属しているのは、国家が人間社会の中で一番大きな単位だからだ。『国家に属している』という形を取ることで、その勇者の行動の責任の所在を明らかにし、ある程度行動の方針に関与し、その勇者の関係者を保護する。そうすることにより、勇者という個人の意思で振るわれる圧倒的な力を、人間社会の中に組み込んでいるのだ。
 つまり、勇者は国家の利益に順ずるものではない。世界を救う≠ニいう一般的には大義名分でしかないお題目を、その圧倒的な力でもって押し通す、言ってしまえば人間社会にはそぐわない存在なのだ。
 強い、あるいは高い名声を持つ勇者を擁する国家は発言力が高くはなるが、だからといって勇者という戦力を自由自在に使えるわけではない。抜かれないがゆえの伝家の宝刀、決して使われない最後の手段。人間の国家において勇者というのは、そういうものなのだ。
 サヴァンは、それを当然理解しているだろう。その上で自分たちの手が必要だと言ったのだ。62レベルという、自身の力だけでも充分人間外であるサヴァンが。いったい、それはなにを意味するのか――
「なぁなぁセオにーちゃん! サマンオサって、どーいう国?」
「え……」
 唐突に声をかけられて一瞬ぽかんとしたが、レウはそんなことを気にもせずにこにこと笑いかけてくる。
「いまさらなこと聞いてんじゃねぇよ。あともーちょっとで着くって時に聞くこっちゃねぇだろ」
「なんだよー、じゃーそういうフォルデはもう聞いてんのかよ」
「俺ぁ目的地がどんなとこかなんていちいち気にしねーからな。自分の目で見てみなきゃ実際のとこはわかんねーわけだし」
「いや、それでもあらかじめ予備知識があるのとないのとじゃずいぶん違うぞ。フォルデ、お前だってこれまで何度もセオにいろいろ聞いてきてただろうに」
「っ、それは……っ」
「突っ込んでやるな、ラグ。フォルデとしては、そういうのは単にセオと仲良くなりたいと思ったからこそ取った行動なんだからな。今はもう充分仲良くなったから聞かなくてもいいだろう、と調子に乗ったことを考えているのはどうかとは思うが」
「っなっ、んなわけねぇだろおぉぉぉ! 適当なこと抜かしてんじゃねぇっ!!」
「へー、そうなんだ。フォルデってばほんと、意地っ張りだなー」
「だっかっらっ、てめぇに上から目線で言われる筋合いねぇっつってんだろうがっ!」
「あだだだっ、なにすんだよフォルデっ、このこのこのっ」
「はっ、とれぇとれぇ、そんな攻撃じゃ蝿も捕まえられやしねぇぞ!」
「蝿は捕まえられるもんっ! ……で、セオにーちゃん、サマンオサって、どういう国?」
「……ええ、と、ね……」
 セオは頭の中に浮かんできた知識を数瞬で整理して、話し始めた。役に立つかどうかはわからないが、予備知識はあるにこしたことはないだろう。
「サマンオサで、一番有名なのは、戦士の国、っていうこと、だと思う」
「戦士? って、ラグ兄みたいな?」
「うん。サマンオサが国として認められたのは、四百七十五年前のアリアハン帝国の、侵攻以降になるんだ。それまでは、険しい山に囲まれて、河も浅瀬や大きな中洲のせいで遡るのが難しいっていう出入りのしにくさから、気候もさぞ厳しいだろう、って考えられていて、人がいるとは考えられていなかった」
「ふーん……でも、本当は人がいたんだよね?」
「うん。無理やり河をさかのぼってきた、アリアハン帝国侵略軍の人たちは、本当に驚いたそうだよ。山のような金銀宝石と、車輪というものが、存在しない文明。そして、毎日少年少女の、生贄を必要とする神≠ノ」
「……へっ!?」
 レウが仰天した声を上げる。その声に、セオは困ったように眉を寄せることで共感の意を示した。実際、セオとしてもここは疑問に感じずにはいられないところではあるのだ。
「い、生贄って……ジパングのヤマタノオロチみたいな?」
「うん。たいていの人は、もっとひどいって、考えるんじゃないかな。少年少女を、毎日一人ずつ、しかも心臓を生きたまま抉り出すっていう、残酷な行為によって、生贄にするわけだから」
「……それって……ジパングと、おんなじみたいに……?」
 視線をさまよわせながらも訊ねるレウに、セオは小さく首を振る。
「そういった生贄を捧げなくなったことで、なにか不都合が起きた、っていう記録はない。正確なところは、今ではもう、調べようがないけれど……俺は、単純に、単なる迷信から生まれた宗教行為、なんじゃないかって思ってる、けど」
「えっと……つまり、その神さまって、嘘っこってこと?」
「少なくとも、ダーマに認められる神さまじゃなかった、っていうのは、確かだと思う」
「……じゃあその生贄ってめちゃくちゃ悪いことじゃん! なんでそんなことずっとやってたの!?」
「それを、きちんと調べるのは難しい、かな。今現在、その宗教は、客観的な記録さえほとんど残ってない、から」
「……え?」
「初めてこの土地に入植した、アリアハン帝国侵略軍の指揮官は、ポルトガ出身でね。文明国を、ほぼ制したアリアハンは、他国からも熱心に人材を登用した、からなんだけど。ポルトガの人間は、概して信心深くて、血の気が多い。だから、っていうわけでもないだろうけど……その指揮官は、侵略軍の全力を揮い、苛烈なまでの熱意を持って、神官たちを虐殺し、聖典を焼き払い、部族を制圧していったんだ。だから、アリアハン帝国によって現在のサマンオサという国家の原型が創られる前のこの土地の文化の記録は、まったくと言っていいぐらい、残っていない」
「……そー、なんだ」
 レウは眉間に皺を寄せて何事か考えている。その指揮官の行為の是非について考えているのだろう。
 毎日少年少女の心臓を抉り出して神に捧げるという行為は疑問の余地なく間違っている、とレウは思うだろうが、それでもひとつの土地の文化を消滅させることを完全無欠に正しいと言い切るのは乱暴にすぎる、とも考えるだろう。二つの正義、というよりは二つの過ちのぶつかり合い。どこにでもある、そしてどんなところでも厄介この上ない問題だ。
「ただ、残った宝物や口伝から、この地に元から住んでいた人々が、高度な社会制度と工芸と農業技術を持つ、他の国々とはまったく別の形で発展した文化を持っていたことは、わかっているんだ。けれど、その稀有な世界は、侵略軍により徹底的に殲滅されて、残っていない。アリアハン軍は、教化≠フ名の下に、自分たちの価値観、及び社会観をこの地の民に押し付けた。そうして生まれた国が、サマンオサなんだ」
「うん……ううん?」
「サマンオサという国名自体、この地の人々ではなく、侵略してきたアリアハン軍によってつけられたものだっていうことからも、わかると思うけれど、現在のサマンオサの文化は借り物的な印象が強い、と言われている。それまでの文化とは、まったく違う、押しつけられた文化を、きちんと自分のものとすることができずにいる、とか、後進国、野蛮な国、なんて揶揄する意見まで普通にあるくらい。交易に不向きな土地柄もあって、他の文化と交流することが難しいことも理由の一つなんだろうけれど、文化として成熟していない、っていう根深い劣等感を、サマンオサの人々は抱いている、って言われている」
「ふーん……」
「だけど、その中でただひとつ、アリアハン帝国の侵略前と変わっていないと言われるのが、戦士たちの気高さなんだよ」
「へ?」
 レウがきょとんとした声を上げる。これまでの説明だけではわかりようがないところなので、当然と言えば当然だが。
「これまで、サマンオサの中で、何回か、魔物と戦ってきた、けど。魔物たち、みんな、強かったよね?」
「あ、うんうんっ、これまで旅してきた中で一番強かったかもってくらいだった!」
「それは、アリアハンが侵略する前から、変わっていない、そうなんだ。アリアハンの侵略軍も、在野の魔物に苦戦して、侵攻が遅れた、くらいで」
「へぇ……」
「サマンオサは、世界一、戦士が強い、国だった。職業という、概念がなくて、魔法技術すら、ろくに発展していない国だったにもかかわらず、サマンオサの戦士たちは、強力な魔物たちと戦って、民草を護りぬいてきたんだ。それがどれだけすごいことか、わかる、よね?」
「うん……なんとなくだけど」
「そんなサマンオサの戦士たちを、サマンオサの国民たちは、全力で尊崇している。自分たちの安全を確保してくれる戦士たちに貢献するのは、当たり前のことだ、っていう風潮が色濃い。だから当然、職業に、戦士を選ぶ人も多い。長い間伝えられ、洗練されてきた戦士を鍛える指導法と、山のようにある、強力な魔物との、実戦の機会によって、その人たちは鍛えられ、強い戦士になっていく。だから、サマンオサの戦士たちは世界最強と、呼ばれるし、傭兵としても歓迎、されるんだよ」
「へー、そうなんだー」
「あと、目立った特色としては……貴金属や宝石の産出量としては、イシスに次ぐっていうことと、交易が難しいせいで、それらが国内にとどまりがち、っていうこと、かな。交易がまったくされてないっていう、わけじゃないんだけど……船を使っての大量輸送には、けっこう、手間がかかるから」
「そうなんだ。他にはなんかある?」
「他には……そうだね、勇者が比較的生まれやすい、っていうこと、かな? 現在は行方不明って言われている、英雄サイモンも、この国の出身だしね」
「ふーん……」
「おい、レウ。お前、こいつの言ってること、本気で全部わかってんのか?」
 訝しげにレウに問うフォルデに、セオは思わず目をぱちくりとさせた。
「あの……どこか、わかりにくいところ、ありましたか……?」
「わかりにくいっつーか……何度も言ってんだろーが、立て板に水でばーっと喋られたって、こっちは理解しきれねーっつーの。お前そこらへんの配慮、マジ下手だよな」
「………! あ、のっ、ごめ」
「んー、細かいとこまで全部わかってるわけじゃないけどさー、セオにーちゃんがなに言いたいかはだいたいわかるよ?」
 当然のような口調で言われて、頭を下げかけたセオは思わず固まった。正直、そんな風に言われるとは思っていなかったのだ。
 そんな、当たり前のように、自分を理解している≠ニ言ってくれるなんて、セオとしては、本当に予想外だった。
「フォルデだって、そのくらいわかんだろー? ラグ兄だってロンだってわかってんだからさ」
「……ま、わかんねーとは言わねぇけどよ」
「…………」
「いやー……あれだね、こういう台詞を聞いちゃうと自分の年齢をひしひしと感じちゃうね。ほんの半年ちょい前までは考えられないような台詞がこうもさらっと出てくるようになるとか、ねぇ? 若いっていいなぁ、なんて年寄りじみた台詞言いたくなっちゃうよ」
「なっ、おま、なに妙なこと抜かしてっ……ああ、そっか、そういやお前、実年齢百歳越えてたっけ……」
「え! マジでそんな年なのっ、すげーなサヴァン、全然見えねー!」
「あはは、まぁ外見だけはねぇ。中身はそれなりに年輪重ねてるんだけど」
 そう苦笑してみせたサヴァンの表情には、諦観と同時に、奇妙な覇気があった。自身の年齢を自嘲しながらも、なんとしてもそれを越えてやるのだ、とでも言いたげな苛烈なまでの意志。
 それはどこから来るのだろう、と一瞬考えて、すぐにやめる。自分たちは、サヴァンの目的がなにかすらまだ聞けていないのだから、心中をあれこれ推測したところで意味がない。

 サマンオサの城下町の門は、開け放たれていた。それどころか、門を固める衛兵すらおらず、行き交う人々は自由気ままに街の内外へ移動している。
 だが、その行き交う人々の顔は暗かった。というか、そもそも行き交う人々の数が他国と比べて少なすぎる。本来なら商人や、街の周辺から食料を運び込む農民たちでにぎわっているだろう城門には、食糧を乗せた手押し車を引く農民らしき人々くらいしか近づく人がいなかった。門を通り抜けるその顔は、みなひどく暗く、絶望に満ちている。
 警戒しつつも、とりあえず真正面から門を抜けて、街の中に入る。街の中でも、道行く人々は他国と比べてあまりに少なかった。店の多くは扉を閉めきっており、人の気配すらほとんどしない。道を歩いている人々も、ほとんどはみすぼらしいぼろを着て、うつむきながら足早に歩いていくばかりで、こちらに視線を向けてくる者すらまるでいなかった。
「……なんだってんだ、こりゃ? ここ、マジで首都なのかよ? 一国の首都にしちゃ、いっくらなんだっておかしすぎねぇか?」
「そうだな……あからさまに変だ。俺が前に来た時は、こんな状態じゃなかったんだがな。少しばかり野暮ったいところや荒々しいところはあったが、文明国の首都と言っていいぐらいの活気と豊かさがあった」
「いつの話だよ、それ」
「六年前、ぐらいかな。傭兵の仕事でやってきたんだが、宿や店の人たちにずいぶん歓迎された覚えがある」
「ふーん……つまり、この妙な雰囲気はそれから後に持ち上がったことってわけか」
「……なー、みんなー」
「? なんだよ」
「なにか気づいたことでもあったのかい?」
 注目されたレウは、困ったような顔をしながら首を傾げてみせる。
「なんかさー。この街、臭くない?」
「……は?」
「臭い……そうか? スラムのある辺りならそりゃ臭いだろうけど、どっちかっていうと乾いたっていうか、枯れた匂いがする気が……」
「うーん、そういうんじゃなくってさー。なんか……んー、どろどろしてるような、つきつきしてるような、がつがつしてるような……重いっていうか、暗いっていうか、んー……」
「意味がわかんねぇよ。ちゃんと言いたいことまとめてから言いやがれ」
「んー、って言われても……なんか、言葉にするの難しいっていうか……んー」
「レウはたぶん、この街に漂っている怨憎を感じ取ってるんだろうな」
 ひょいと口を挟んできたロンに、三人が揃って注目する。
「おんぞー? って、なに、それ?」
「怨憎……恨み、憎むことだ。この街からは、それが異常なほど濃厚に感じられる」
「……お前も感じてんのかよ?」
「まぁな。この手の感情の塊のようなものは、魔力を感じ取る能力が高い人間の方が感じやすい。……というか、感情なんてあいまいなものがここまではっきり感じ取れるほど色濃く漂っているなんていう事態がそもそも異常なわけだが。街自体に怨憎が染みつくようなことが、長い間何度も繰り返されて行われた、ということなんだろうがな」
「……それって……」
「! セオ!?」
 セオは周囲の様子を観察しながら、ゆっくりと歩を進めた。――つもりではあったが、足の回転が普段より早くなっていたのは否定できない。サヴァンが言った、『自分の目で見てからの方がいい』サマンオサの事情を、少しでも早く知りたいという気持ちがあったので。
「こちらから、人の声がしました。事情を聞けるかもしれませんから、ちょっと見に行ってみます」
「いや、俺たちも行くよ。……たぶん、ここではあまり別れ別れにならない方がよさそうだ」
 ラグの言葉にうなずいて、先頭に立って歩を進める。古ぼけた家々や、半ば廃墟と化している石造りの屋敷の間を通り抜け、前へ前へと――進む間もなく、目的地にたどり着いた。
「………これ、は」
 そこは、墓場だった。普通ならば城壁の外に在るものだろう墓場。アリアハンに支配された時代と変わらず、精霊神ルビスと太陽神ラーの信仰を習合させた様式の墓場が広がっている。
 それも、見渡す限り。
「…………」
 それはひどく奇妙な眺めだった。城下町サマンオサの中には、技術的な問題もあり石畳が敷いてある場所は少ない。貴族たちの住むような高級住宅街の辺りぐらいにしかない、という知識はあった。
 だが、それでも、街中にここまで墓場が林立しているなどありえないはずだった。城壁の中の空間は限られている、ゆえにこそ生ける者たちが使うべき、というのが常識のはずだ。
 けれど、今セオたちの目の前に広がっているのは、本当に見渡す限り――最低でも数千、おそらくは数万単位の数はあるだろう墓石の群れだ。そのそこかしこで、おそらくは葬式をしているのだろう、黒衣の人々が悲嘆に暮れている。もはや泣き叫ぶ気力もないと言いたげに、うつむき、うなだれ、すすり泣いている。
 絶句している仲間たちの中で、セオは小さく呪文を唱えた。ザオロー――招霊の呪文。セオは死霊系の呪文は決して得意ではないが、ここで眠っている人々の抱いていた感情を聞き取るくらいはできるはずだ。
 ――そう思って唱えた呪文は、予想以上の成果を上げた。
『おのれ、おのれおのれ偽王めが! 陛下をどこへやった、俺の家族をどこへやった! 返せ、返せ返せ返せ!』
『助けてくれ、もういい、もうあの王に逆らおうなんて思わないから、頼むからもう、楽にしてくれ……!』
『殺してやる、殺してやる、殺してやるぞ愚王め! 俺の友を、俺の子を、俺の妻を奪ったこと、絶対に後悔させてやる………!』
『なんで、なんで、なんでなんでなんでこんなことに! 私は悪いことなんてなにもしてない、本当にしてないのに、なんで殺されなくちゃならないの、なんで罰されなくちゃならないの、陛下、どうしてなのですか……!』
 呪文を唱えるやすさまじい勢いで流れ込んでくる悲鳴、絶叫、呪詛の声。それを数瞬聞き取ってから、セオは呪文の効果を切った。今、セオが彼らの想いにしてやれることはなにもない、とわかっていたからだ。
 自分にできることは、ほんのわずかなことでしかない。
 震えるほどに拳を強く握り締めながら、サヴァンの方に向き直る。淡々とした表情で自分たちの方を見ていたサヴァンは、にっこり笑いかけてきた。
「なに、セオくん?」
「サマンオサの王城がどこか、教えていただけますか?」
「ふぅん……もちろんそれはかまわないけれど。王城でいったい、なにをするつもり?」
「サマンオサの国王陛下のところへ乗り込みます。そしてそれから――」
 一瞬嘆き悲しんでいる葬儀の人々へと目をやってから、改めて答える。
「訊ねます。あなたはなんのために、国民を殺しているのか、と」
 そう、今の自分にできるのは――暴政の力を無視して為すべきことを為す、ぐらいなのだから。

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