ロマリア〜カンダタ――1
 セオは泣きながら、リホイミ――体調回復の呪文を唱えていた。フォルデはセオの懸命の呪文にもかかわらず(そもそもリホイミというのはそれほど強い効果のある呪文ではないのだがそんなことはセオは思い至らなかった)、顔を真っ青にして木の下に胃の中のものを吐き戻している。
 つまりは、フォルデは旅の扉に酔ったのだった。旅の扉の強力な空間を歪める力が、体質に合わない人間がたまに出る。そういう人間は旅の扉に入ると胃の中身を逆流させずにはいられないほど強烈に酔うのだ。
「セオ、フォルデの具合はどうだい?」
 周囲の様子を見に行っていたラグとロンが戻ってきた。
「っ、すごく、具合、悪そうでっ、さっきからずっと吐きっぱなしでっ、喋れも、しないくらいっ、気持ち、悪そうでっ……」
「ああほら、泣かなくていいから。君がそんなに落ち込むことじゃないだろう?」
「…………っ!」
 セオは泣きながらいやいやをするように首を振った。
(俺のせいだ)
 セオはそう思っていた。
(俺が調子に乗って、この人たちは俺を大切だって思ってくれてるとか、それが嬉しいとか思ったのがいけないんだ。罰が当たったんだ)
 心の底から、強烈な罪悪感が湧き出してくる。
(俺なんかが、そんなこと思う権利どこにもないのに。ラグさんたちが大切だって言ったのだって、それは本当に一緒に旅をしてるから仕方なくで、俺の気が動転してたから気を楽にさせようって思ってただけに決まってるのに………っ!)
 セオは泣きながら、ひたすらに心の中で自分を責め続けた。
(………もっと、強くならなくちゃ)
 吐くものがなくなってもげぇげぇ吐きまくるフォルデの背中を撫で下ろしながらそう誓う。
(もっともっと俺は強くならなくちゃ。フォルデさんを苛々させないぐらい。ラグさんにため息をつかせないぐらい)
 誓いながらもあとからこみ上げてくる涙を必死に堪えて。
(そうじゃないと、世界を救うことなんか、絶対できない……)
 堪え切れなかった涙が一筋こぼれた。
(俺にできるただひとつのことなんだから。俺がしようと思ったことなんだから。ちゃんと――ちゃんと、やらなくっちゃ……)
「フォルデ、お前いつまで吐いてるんだ? 少しは落ち着け」
「……っせぇっ……好きで、吐いて、んじゃ……ねぇっ……!」
「旅の扉が体質に合わない奴は時々いるが、こうまでひどいとはなぁ……こりゃ、キメラの翼を使ったほうがよかったかな?」
 その言葉に、フォルデは口元から液を垂らしながらぎっとラグとロンを睨んだ。
「……考えてみりゃ、てめぇらロマリアに行ったことあんだろうが……っ」
「ああ」
「あるな」
 ラグとロンはそれぞれうなずく。
「だったらっ、なんで……っ、キメラの翼で飛んでかねぇんだよっ………!」
「俺はキメラの翼の目的地を頭の中に思い浮かべる過程が苦手で、他人を一緒には運べないんだよ」
 キメラの翼の目的地の具象化は、得意不得意があり、向かない人でも自分一人を運ぶことなら楽にできるが、他人を同時に運ぶにはある程度コツのようなものが必要なのだ。
「じゃあっ、ロンはっ………!」
「俺は他人どころか相当大きなものも一緒に運べるが。やはり旅は一歩一歩自分の足で歩いていかないと達成感がないだろう?」
「……てめぇっ……!」
 フォルデは腕を振り上げかけたが、そのとたんまた吐き気が襲ってきたらしく、木の下に大急ぎで体を戻して胃の中のものを吐き出した。
「……こりゃ移動に旅の扉は使えんな」

 ロマリア―――。
 ユーレリアン大陸中域の広大な領土を支配する世界一の大国。ロマリアという国の形を成してからは(諸侯の足並みの揃わなさから)他国に向けて侵略行動を起こしたことはないが、幾度も軍事増強を重ねた軍事強国で、純粋な軍事力はおそらく世界最強。
 シャンパーニ領の広大な平野からもたらされる農作物とノアニール領の深い森林から得られる木材。有名な産物はそれくらいだが、他の痩せた土地からも茶や葡萄――ワインなど恵みを得て、外国から入ってきた宝石を細工品に加工し、交易を活発に行うことで得られたその富は兵士全員に鋼鉄の装備を揃えてまだ余るという。
 そんな本で読んだ知識を思い出しながらセオはラグたちと首都ロマリアへ向かう街道を歩いていった。
 目に映る景色はアリアハンのものとはやはり少し違う。アリアハンは森やら山やらが入れ替わり立ち代わり見えるのが普通だったけど、ここは地平線までずっと草原が続く。
 緑の色もなんとなく違う。こちらの方が色がくっきりはっきりしているように感じられる。
 そして空気がアリアハンのものより乾燥している、とセオは思った。ロマリアもこの辺りは海沿いなのに、風に水気がほとんど含まれていない。なんでだろう、本ではそんなこと少しも書いていなかったけれど――
「どうした、セオ? なにか考えてるみたいだけど」
 先頭を歩いていたラグに振り返ってそう言われ、セオは一瞬飛び上がりかけた。
「い、い、いえっ! た、ただっ、空気が乾燥してるな、って……」
 言ってから落ち込んだ。馬鹿だ俺、こんなことラグさんに言ってもどうしようもないのに。
「そうかい? 俺はあんまり意識したことはないんだけど……」
「ご、ごめんなさいっ、きっと俺が勝手に思いこんでるだけでっ……」
「気のせいじゃねぇだろ。……アリアハンより全然湿気がねぇ」
 フォルデにぼそりと言われて、セオは思わず泣きそうになった。フォルデさんにまで気を遣わせてしまった。強くなるって、みんなに気を遣わせないような人間になるって誓ったばっかりなのに。
「ごめんなさい……!」
「だから無意味に謝るのやめろってんだよっ……あークソ、気持ち悪くて怒鳴る元気もねぇ」
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
「放っておけセオ。もう二刻は経つってのにまだ酔ってるって方がおかしい……お、ロマリアが見えてきたぞ」
「………おお」
 フォルデの目が少し輝いた。やはり都市の盗賊としては大きな街に着くことは心踊ることらしい。
 セオも少しドキドキしてきた。自分はアリアハンの外には一度も出たことがない。一度は世界を支配したとはいえ今や斜陽の国となったアリアハンとはロマリアはやはり違うはず。どんな街並みなのかとても気になる。
 大国ロマリアと同名の首都ロマリアの、果てしなく広い城壁が近づいてきた―――

 城壁入り口の門にはアリアハンと同じように市が立っていた。色とりどりの天幕が立ち並び、物売りが方々から声をかける。それはアリアハンと同じだったが、活気や規模はこちらの方がはるかに勝る。
 門は古い歴史を感じさせる石造りで、こちらを迎え入れるように大きく開け放たれている。その脇にかなり大きな二階建ての石造りの建物があり、そこから衛兵たちが門を固めて人の出入りを統制しているようだった。
「……手形とかいるのか?」
「普通ならな。門番にちょいと鼻薬を利かせて融通してもらうこともできるが」
「今はそんな必要はないさ。セオ、御免状は持ってるよな?」
「あ、は、はいっ」
 セオは袋から御免状を出した。必要になると思ってあらかじめ準備しておいたのだ。
「なんだよ御免状って」
「セオは勇者だからな。入国時につきものの審査やらなにやらは王からもらった御免状で無視できるんだ。このサークレットはセオがアリアハンの勇者だって証だからそれだけでもかなり融通は利くらしいけどな」
 そう言ってラグが軽くセオのサークレットを弾く。セオはなんとはなしに恥ずかしくてうつむいた。
「……ほー、勇者様は特別扱いってわけか。恵まれててけっこーなこったな」
 フォルデが怒ってる、と察しセオはう、とまた泣きそうになった。
「ごめんなさい……」
「てめぇ舐めてんのか勝手に謝ってんじゃねーよちったぁ考えて物言えタコッ!」
「フォルデ。……体調はもういいのか?」
「……まぁな。久しぶりに街見たらなんか力沸いてきた」
「さすがは都市の盗賊だな。楽しみにしておけ、ロマリアのでかさはアリアハンに倍するぞ?」
「……マジかよ」
 そんなことを話しながら門の前にたどりつくと、衛兵が無愛想な顔で言った。
「冒険者か……手形を出せ」
「えっと、あの、手形は、ないんですけど……」
 代わりにこれを、と御免状を差し出すと、衛兵は胡散臭げな顔で受け取ってしばらく読み、やがてその瞳が大きく見開かれた。
「あ、あなたは……アリアハンの勇者、セオ・レイリンバートルであらせられるのですかっ………!?」
「あ、あの、えっと、はい、その、そう、です、一応」
 自分は勇者なんて言える人間じゃないのに、そう答えてしまっていいのだろうか。そういう思いはあったが、ここでこの衛兵の人に余計な手間をかけるわけにもいかない。
 すると衛兵は、「少々お待ちを!」と叫んで背後の建物に消えていった。呆然としていると、建物からどやどやと身分の高そうな、兵士長という感じの人がやってきて深々と頭を下げる。
「アリアハンの勇者、セオ・レイリンバートル様。おいでをお待ちしておりました」
 仰天して固まるセオをちらりと見上げて、頭を上げ重々しく言う。
「陛下がお待ちかねです。どうぞ、こちらへ」
 ―――セオは恐怖のあまり、また泣きそうになった。

「……なんで王なんぞが俺たちのこと知ってんだよ」
「セオの――勇者のいるパーティだからだろう。アリアハンからの勇者ってことでさぞ丁重にもてなしてくれるんじゃないか?」
「………そうだな」
「んなこと俺には関係ねぇだろっ! 俺は王族なんざ大ぇっ嫌ぇなんだよ! 偉そうに呼びつけられるなんざ冗談じゃねぇっ!」
「ひがむなフォルデ。見苦しいぞ」
「ひがんでねぇっ!」
「お静かに」
 先触れの兵士にくるりと振り向いて睨まれ、フォルデは憤懣やるかたないという顔で黙りこむ。セオは自分のせいであんな顔をさせてしまっているんだと謝りたかったが、それもまた兵士には気に入らないことかもしれないと思うと口を開くこともできない。
 なによりセオはめちゃくちゃに緊張していたのだ。初めてのロマリアの王宮だ、またなにかヘマしちゃったらどうしよう、俺が変なことしたらアリアハンの人たちの恥になっちゃう、お母さんやお祖父ちゃんやアリアハンの人たちに迷惑がかかっちゃう――そんな想いで頭の中をぐるぐるさせて。
 頭は加熱し、体は動かなくなり、目からは今にも涙がこぼれそう。ちゃんとしなきゃちゃんとしなきゃと思えば思うほど頭も体もわけがわからなくなってくる。
(……なんで俺っ、こんなに駄目なんだろう……強くなるって、誓ったばっかりなのにっ……!)
 昔からそうだった。ずっとずっと、自分は馬鹿で能なしなどうしようもなく駄目な子だった。
 それを直そうとしてどんなに頑張っても、一人で剣の修行をしたり呪文の練習をしたりちゃんと喋れるように練習しても、駄目になる。いざ練習の成果を発揮しようという時になると、頭に血が上って体がちゃんと動いてくれなくなって口なんか「ごめんなさい」しか喋れなくなってしまうのだ。
(……なんで俺みたいな奴がオルテガの息子に生まれてきたんだろう)
 自分なんか、本当に本当に、生まれてこなければよかったのに―――
 そんな毎度お馴染みとなった理由で落ち込みながら歩いていると、ふいにうわっと視界が広がった。
「――陛下。勇者セオ・レイリンバートル殿をお連れしました」
「おお! ようやく来たか!」
 王という言葉から想像されるよりいくぶん重々しさのない甲高い声――はっとしてセオが顔を上げると、そこは謁見の間で七、八間ほど先には冠をつけた王と王妃が玉座に身を預けてこっちを見ている。
「セオ」
 脇から軽く袖を引かれて、気がついた。ラグもロンもフォルデもひざまずいている。当たり前だ王の御前なのだから――
「ごめんなさいっ!」
 反射的に叫んで、その場に平伏した。してからごめんなさいという謝り方も平伏も状況には微妙にそぐわないということに気がついた。
「……………………」
 王に沈黙され、さぁっと蒼ざめる。やってしまった。またやってしまった。やっちゃいけないってあんなに思ってたくせに!
(どうしよう――どうしようどうしようどうしよう!?)
 頭の中がさーっと真っ白になって、なにも考えられなくなっていく。体中からどっと冷や汗が吹き出し、血の気が引いた。全身が動かなくなり、がくがくと震え出す――
(俺の馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿―――ちゃんとしなきゃいけないのに、そうじゃないとアリアハンのみんなに迷惑がかかるのに、どうして、どうして、どうして―――!)
 息が倒れそうになるほど苦しくなる―――と。
「わっはっは! さすがはアリアハンの勇者、個性的であるな!」
 ロマリア王が大笑した。その開けっぴろげで陽気な笑いに、思わず力が抜けて呆けたようにロマリア王を見やる。
 ロマリア王はにこにこと笑いながらセオを見やり言ってきた。
「そなたの噂は聞いておるぞ、セオ・レイリンバートル。世界一と呼ばれた勇者オルテガの息子でありながら、まったくの無能であるとか?」
「はい……」
 セオが申し訳なさに小さくなっていると、ロマリア王はセオの顔を覗きこむようにして言ってくる。
「わしはあくまで実力主義じゃ。そなたがいかにアリアハンで勇者と呼ばれていようと、ここロマリアでは実力がなければ勇者として扱うわけにはいかん」
「はい」
「そこで、だ。そなたにひとつ試練を与えよう」
 セオは目をぱちくりさせた。
「試練、ですか?」
「うむ。賊の征伐と盗まれた宝物の奪還をしてもらいたい。それがかなったならばそなたを我がロマリアは勇者として認めよう」
「賊………ですか?」
「その通り。カンダタという盗賊を知っておるか?」
「いえ………」
「では教えよう。現在ロマリア国内を荒らしまわっている凄腕の盗賊――それがカンダタじゃ。多くの手下を抱え、その手口は残忍極まりなく、貴族の館を襲い住人を使用人や赤ん坊に至るまで惨殺し、金品を強奪したことも何度もある」
「そんな……!」
 セオは衝撃を受けた。赤ん坊に至るまで惨殺。そんな。そんなのってひどい。絶対にやっちゃいけないことだ。
 そんなことをした人が、捕まっていないのか?
「……その人は……今、どこにいるんですか?」
 おそるおそる訊ねると、国王は喜色を表した。
「試練を受ける気になったか?」
「え……あの、試練って、いうか……俺が勇者だなんて認める必要全然ありませんけど、俺なんかでよければ、そのカンダタって人を捕まえるお手伝いをさせていただきたいな、って……」
「そうかそうか、素晴らしい! ではのちほど担当の者に詳しい話を話させよう。今日は城に泊まるがよい、激励の宴など開かせよう」
「………! いえっ! 俺そんなことしていただけるほどの人間じゃないですからっ!」
「なに気にすることはない、ごく内々の宴じゃ、肩の凝るほどの暇もない。そなたはただ心を安んじてカンダタを討てばよいのだ」
「いえ、本当に、俺、そんなことしていただける資格ないですから!」
「わしがよいと言うておるのだ、それでよかろう。歓迎と激励の意味を込めた、ごくごく小さな――」
「俺、本当に、そんな宴なんて開いていただけるような価値全然ないですから、お願いですから、宴なんて開かないでください………」
 そのあともしばらく押し問答が続いたが、あくまで受けられないという立場を崩さないセオに、ロマリア王はかなり気分を害した風ながらも(ああ俺が至らないせいでまた嫌な気持ちにさせてしまったとセオは落ち込んだ)、意思を引っ込めた。
「では、セオ・レイリンバートル。見事カンダタを討ち取って我が城から盗まれた宝物を取り返してくるがよい」
 ぶっきらぼうに言われて、衛兵の先導でセオたちは退出した。

「……あー、緊張した。一国の王と対面するなんてちょっと前までは思ってもみなかったのにな」
 控え室に案内されて軽く肩を鳴らしながら言うラグに、フォルデが噛みつく。
「冗談じゃねぇっ、なんで俺らが腐れ王族の使いっぱやんなきゃなんねーんだよっ! 俺は盗賊なんだぞ、んなもん兵士どもの仕事だろうがっ!」
「しょうがないだろう、王様の命令なんだから。勇者のパーティが逆らうわけにもいかないだろ? ……まぁ、確かに兵士の仕事だろうが、冒険者としてなら賊の征伐はむしろよくある仕事だしな」
「勇者だなんだってのぁ俺にゃ関係ねーだろっ! それに俺は冒険者として生きてくつもりもねぇっ! 俺は行かねーからなっ、馬鹿馬鹿しい!」
「お前セオに借りを返すためにパーティに参加したんだろう? 旅が始まって一ヶ月しか経たないのにいきなり離脱するのか、まぁお前がそうしたいなら引き留めんが」
「うぐっ……」
「いや、フォルデ。お前が抜けたいと言うんなら止められないが、俺はぜひお前にも力を貸してほしいと思う。賊の征伐って仕事なんだ、盗賊がいるといないとじゃ格段に効率が違うからな」
「……まー、そこまで言うんなら手ぇ貸してやってもいいけどよ……」
 フォルデがぶすっとした顔で耳をわずかに赤くしつつそう言うと、ロンが笑った。
「いや、素晴らしいなお前の性格は。この程度のおだてで調子に乗ってくれるとは、まことに愛すべき心の持ち主だ」
「てめぇっ……!」
 セオはそんな三人の様子を少し離れた場所でぽつんと見ていた。楽しそうな人たちの輪に自分が入ると雰囲気を壊してしまう。
 ロンが真剣な顔になって言う。
「だが、あの狸親父。なかなかに油断ならんな」
「……ロマリア王のことか?」
「はぁ? なんであの脳天気親父が油断ならねーんだよ」
「気づかなかったのかお前は。あの親父の宴に誘う時のしつこさ。普通あそこまで意固地になられたらもう少しあっさり引くだろう、自分はもてなす側なんだから」
「……だからなんだよ」
「わからんのか。まぁ俺も確信があるわけじゃないが、ロマリア王はもしかしたら――」
 その続きを口にしようとした瞬間、扉が開いて兵士が入ってきて、ロンはすぐさま口を閉じた。
 書類を抱えた壮年の兵士はばっと敬礼をする。
「ロマリア直轄領におけるカンダタ関連の事件の担当責任者をしております、メンダ・ロヴィーナであります」
「セ……セオ・レイリンバートルです」
 慌てて頭を下げる。ラグたちもそれぞれに挨拶を返した。
 メンダは会釈すると、ばっと部屋の中央の机の上に書類を広げた。地図、帳面、そして一枚の紙。
「さっそくですがカンダタについてご説明いたします。カンダタの名が知られるようになったのは二年ほど前、ロマリア城下でも有名な豪商の一家が惨殺されて金品が奪われた事件で、『カンダタ参上』と壁に書かれていたことによります」
「…………」
 全員黙って話を聞く。
「それからも一月に一度程度の割りで貴族や豪商が惨殺され、金品を根こそぎ奪われるという事件が起こっています。そして一月前、とうとう王宮にまで押し入り、儀式用の冠をはじめとする王宮の宝物も、『カンダタ参上』の文字を残して大半が盗まれたのです」
「だらしねぇの」
 フォルデがぼそっと言うとメンダの顔が険しくなったが、なにも言わずに話を続けた。
「侵入経路と思われるのは西の塔。そこは牢獄になっているのですが、そこに捕らえたはずの盗賊がカンダタの配下だったらしく、見張りを殺してキメラの翼で転移、またキメラの翼で何十人もの人間を連れて戻り、素早く宝物庫に潜入してまたキメラの翼で逃走したものと思われます」
「衛兵は? 見張りとかはいなかったのか?」
「もちろんいました――ですが全員声を出す前に殺されていたようです。西の塔から宝物庫は間に西の通廊を挟むとはいえすぐですから人通りも少なかったようで」
「なるほど……で、向こうの根城だとかはわかっているんですか?」
 そうラグが聞くと、メンダは渋面を作った。
「面目ない。おそらくはシャンパーニ領、ということ以外は。カンダタの被害が最も多いのがシャンパーニ領なので。カンダタは神出鬼没、その上出会った人間は全員殺されているので、どこにも手がかりがないのです」
「……顔はわかっているのか?」
「……いいえ。顔を見た人間はみな殺されていますから。マエレミーラの呪文も使われましたが、盗賊どもは全員覆面をしていましたし」
 マエレミーラはその場所で過去起きたことをのぞき見る呪文だ。
「それじゃ探しようがねーじゃんか」
 フォルデが無愛想に言うと、メンダは渋面のままうなずいた。
「正直、雲を掴むような話です――ですがだからこそ、どうか勇者ご一行におすがりしたい。現在ロマリアには勇者がいません、あなた方の力で、どうかあの賊を捕らえていただきたい」
『………………』
「はい。できるかどうかわからないですけど、せいいっぱいやってみます」
 沈黙する仲間たちの中で、セオは言った。
 できるかどうか本当に心もとないけれど。でも、自分に少しでもやれることがあるのなら。
 やらなければならない。やりたいと、そう思うのだ。
 期待されて応えられなかった時のことを思うとたまらなく体は震えるけど、それでも。
 誰かを救える手が自分にあるのなら、その手を動かさないなんて絶対に、しちゃいけないことだと思うから。
「よろしくお願いしますぞ」
 メンダは渋面を崩さず、また力強くうなずいた。

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