サマンオサ〜アリアハン――10
「―――サドンデス、さん」
 そう低く呟いて、セオはサドンデスと向き合った。真正面から視線を合わせながら、構えた武器をさりげなく動かしつつ周囲の状態を確認する。
 仲間たちは全員自分同様即座に戦闘態勢に入っているようだった。それぞれ武器を構え、この上なく真剣に、これまでの旅で出会った中で異論の出ようもないほど圧倒的に最強である相手と向き合っている。面識のないレウも、一瞬きょとんとしたものの、サドンデスの圧倒的なまでの殺気を察知してか、仲間たち同様に素早く立ち上がり武器を構えた。
 それを眺めやり、サドンデスはその豪奢な金髪を揺らし、くくっ、と喉の奥で笑い声を立てる。
「それなりの反応ができるようになってるじゃねぇか。上等上等。もしこの前みてぇなクソとれぇ動きしかできねぇようだったら、今度こそ二度と復活できねぇくらいにぶち殺してるところだったぜ」
『…………』
 自分たちは答えず、ただ武器を構えたまま静かに動いて陣形を組む。ここは離宮とはいえサマンオサの王宮、しかも自分たちの隣にはサマンオサの姫殿下であるマイーラと、戦士ガルファンが気絶している。サドンデスが空間に干渉する呪文を無効化する能力を備えている可能性が高い以上、ここから転移で脱出させるということもできない。二人を護るためには、なんとかサドンデスを部屋の中から外へと連れ出す必要があった。
 全員が陣形を組んで、全身から闘気を発する。こんな時が来た時のために、あらかじめいくつか作戦は立てておいた。あとはその作戦と、これまで鍛えてきた自分たちの力と技が通じるかどうか。す、と小さく呼吸して、合図を送るためにわずかに右腕を上げ――
「んー、ごめんねー、ちょっと待ってくれないかなー、セオくん。一応僕ら、ここに話し合いに来たわけだしさ」
「……すいません、セオさん。ですが、どうかここは武器を収めていただけないでしょうか。これは、上の方々も認めた、公式の会談なんです」
 る前に、扉を開けて入ってきた二人に動きを止めた。
「……サヴァンさん、エリサリさん」
「なんでお前らがしゃしゃり出てきやがんだよ……」
「確かにな。こいつらごときに俺がなにをするかを決められる筋合いはねぇ――が、俺が話し合いに来たってのも間違いない事実だ。とっとと座れ、話しとくことがいろいろとあるんでな」
 そう言ってサドンデスはゆうゆうと奥の席に腰かけて足を組み、サヴァンとエリサリはその左右に立つ。セオはわずかに仲間たちと視線を交わしたのち、その正面の席にきちんと礼法にのっとった動きで腰かけた。
 それに対しサドンデスはふふん、と鼻で笑うような声を立ててから、組んだ足に肘をつき、伝法な仕草で背を傾けてその上に頬を乗せる。足の上に頬杖を突いたその姿勢はひどく動きにくそうだったが、気にした風もなくにやりと笑う。それだけ、向こうには余裕があるということだろう――実際、今真正面から叩きつけられている気の圧力で、嫌でもわかる。今でもまだ、サドンデスは自分たちよりも強い。
 だが、それでも、断じて、以前のように仲間たちを殺させはしない。静かにそう誓い、サドンデスを見据えて問う。
「話しておくこと、というのは、どういったことですか」
「ふん。まぁ、いくつかあるが――そうだな、先にサヴァンに話をさせるか。お前ら、こいつに聞くことがあるんだろう? とっとと聞いておけ、その方が話が早く済む」
「……サヴァンさん。かまいませんか?」
「うん、もちろん。僕としては、約束を破る気なんてさらさらないわけだしね」
『サマンオサを救ってくれたのなら、僕の知っていることをひとつ残らず君たちに明かしてもいい』。サマンオサに来る前にそう告げた大賢者は、にっこりと笑ってそう答えてから、深々と頭を下げた。
「でもその前に、お礼を言っておくよ。サマンオサを助けてくれて――山ほどの人間の命を救ってくれて、本当に、ありがとう」
「……いえ。俺は、お礼を言われるほどのことは、できませんでしたから……」
「っつーかな、お礼なんぞ言われる筋合いねーんだよ。お前みてぇなうっさんくせぇ奴に頭下げられてもなにか企まれてる気しかしねーし」
「あはは、ひどいなーフォルデくんは。俺は、本当に心の底から、誠心誠意お礼を言ってるつもりなんだけど」
「はっ、嘘くせぇったらねぇぜ。――それより、お前の知ってることはなんでも答えるっつー約束、破る気はねぇ、っつったな」
「うん、もちろん」
「ならとっとと全部ぶちまけろ。俺らの聞きてぇことは全部わかってんだろーが。あの神だのなんだのって抜かしやがってる奴らがなに考えて、なにしくさってやがんのかお前ら知ってんだろ。とっとと吐きやがれ」
「うーん、全部知ってるか、って言われるとそういうわけでもないんだけどねー……」
「あ゛あ゛?」
 ぎろっ、と殺意の籠った視線を向けられ、サヴァンは少し困ったように笑ってから、肩をすくめて告げた。
「まぁ、そうだね。じゃあ、この世界の成り立ちから話をしようか」
「………はぁ?」
「言いたいことはわかるけど、とりあえず最後まで話を聞いてほしいな。僕としては本当に、ここから話さないとわかりにくいと思うから話してるんだから」
「…………」
 眉間に何重にも皺を寄せながらも、フォルデは口を閉じ黙り込む。それにまた肩をすくめ困ったように笑ってから、サヴァンは口を開いた。

「むかし、むかし。この世界が生まれるよりさらにむかし。そこには、混沌と、システム≠セけがあった。
 君たちももう知っていると思うけど、現在僕たちが生きている世界は、混沌と呼ばれるありとあらゆる要素の入り混じったスープのようなものに包まれている。本来なんらかの存在に触れれば即座に呑み込んで自身の一部と化してしまうような代物から、周りに結界を張ることで、世界は今の形を守り続けていられるわけだね。
 では、その世界≠ヘいつ、どうやって生まれたのか。誰が生み出したのか。他の世界ではどうなのかは知らないが、この世界ではそれははっきりしている。システム=\―そう呼ばれる存在が、すべてを創り出し、今この時も世界を保ち続けているんだ。
 このシステム≠ニいう言葉には機構、仕組みという意味合いがある。その言葉通り、『世界を創り出す仕組み』――それが、僕たちがシステム≠ニ呼ぶものだ。
システム≠ノ意志はない。感情もない。心もなければ、肉体も精神も魂と呼ぶべきものも存在しない。そもそもが生物と呼ぶべき存在ではなく、本当にただひたすらに世界を創り出し、世界を保とうとする仕組みでしかないものだ。
 なぜそんなものが在るのか、なぜそれに世界を創るほどの力が存在するのか――それはわからない。もしかすると創造主と呼ばれる存在がいて、この無限と思えるほどの数式と、それにより成り立つプログラムと、それに命を与える雷という世界を成り立たせるだけの力をシステム≠ノ与えているのかもしれないが、世界創成よりこの方世界にそんなものやその影響が存在したという事例はまったくない。ただ我々が、神の力を与えられた者たちが見ることができるのは、世界を成り立たせるシステム≠フ存在と、その形、在りようだけだ。
 そう、我々はしょせんその程度の存在なんだよ。世界創成のほぼ直後より力を与えられた主神ミトラですら、与えられた権限によって与えられた範囲の仕事をこなしているにすぎない。
 おっと、エリサリ嬢、そう睨まないでくれ。神々というものが、システム≠ノ神としての権限を与えられた存在だ、というのは君も認める事実だろう?
 ……そう、神という者はみな、そういうものなんだ。システム≠ノ神としての、世界の管理者としての権限を与えられた存在。その多くは元はただの人間だった。中には獣や、植物や、精霊なんていう変わり種もいるけどね。なんにせよ、ごく普通にこの世界に存在する構成員の一員だったことには違いがない。
システム≠ヘこの世界のあちらこちらに網を張り、神となりうる資格を持つ者を探している。そしてその網に資格持つ者が引っかかった時、システム≠ヘその者を天界に呼び寄せ、神の力を与えるのさ。
 ……拒否した場合、かい? 拒否するような相手を、システム≠ヘ資格があると認めたりしない。システム≠ヘ世界に存在するありとあらゆる者の情報を直接読み取ることができる。網に引っ掛かった相手が、この先永遠に神という職務を全うし続けられる性格かどうか、見極められるようなんだ。事実、世界創成からこの方己の職責を果たさなかった神は存在しない。
 職務、という言い方はおかしいかな? だけど実際、こういう言い方が一番適しているんだよ。システム≠ェ認める神となる者の資格は、『世界を保ち続けるという職務を未来永劫続けられるか否か』。この一点のみなんだから。
 どれだけ世界に住まう人々の命が失われようとも。どれだけ世界に悪人、外道がのさばろうとも。世界が滅びる寸前になろうとも、神という職務を続けていられるか否か。神足りえるか否かの資格は、その一点にしかない。
 だから当然、頭の悪い人間や、傲慢な人間が神になることもありうる。天界全体の行動指針を決めるのは基本的に神々による合議だからね、場合によってはその頭の悪い人間や傲慢な人間の思い通りに天界が動かされるということもありうるんだ。まぁ基本的に、単純な民主主義というよりは政治的な根回しや談合が前提の議会によって話が進められるから、そういった相手がいつまでもイニシアチブ……主導権を握っていられるわけじゃないんだけど。
 はは、そう怒った顔をすることもないと思うよ。人間社会だって頭の悪い人間が頭になって社会に軋みが生じるなんて日常茶飯事だろう? どこにでも愚者はいるし、そしてどこにでも賢者はいる。神々の中には天界での権力闘争に明け暮れているような輩もいるけれど、日々ひたすらに世界の守護のために働いている方々もいる。そしていかなる神であれ自身の職務を放棄することはしない。未来永劫神として在り続けられるからこそ、いかなる神も神上がることができたんだからね。そんな風にして、かろうじて天界の平衡は保たれているのさ。
 偉そうと言われてもね……まぁほとんどの神々が自分のことをすさまじく偉い存在だ、と思っているのは確かだけれど、それ以上の報酬をなにも求めずに職務を遂行し続けているんだから、こちらからもそれ以上を求めることはできないんじゃないかな?
 ……ああ、ジパングのことか。確かに、ああいったことは世界創造の頃から今まで数えきれないほど行われている。ジパングほどしっかり制度化されているのは珍しいけどね。
 反発する気持ちは僕も理解できるつもりだよ。だけど、その前に、これは知っておいてほしい。
『世界は、今も絶滅の危機に瀕している』。
 嘘や駄法螺じゃない、掛け値なしの真実だよ。魔王が出てきたからじゃない、そのずっと前から世界は絶滅の危機に瀕していたんだ。
 最初に言っただろう? 世界は混沌に包まれているって。周囲に結界を張ることで混沌に呑み込まれるのを防いでいるって。
 その結界は、混沌の侵入を今のところ防いではいる。けれど、はっきり言って完全なものとはとても言えない代物なんだ。まずこの世界のカオス指数とコスモス指数に大きく影響を受けてしまうし、指数がどちらかに大きく傾くと一気に出力係数が下がってしまう。のみならずグリーフ値とユーフォーリア値の総和がある程度波状を描いていた方が望ましいんだ。普通の生物と同じように、活性状態と非活性状態をくり返した方が結果として安定する性質を持っているんだね。
 ごめんごめん、意味が分からないよね。つまり、最大限にわかりやすく言うと、だ。この世界を護っている結界は、この世界に生きているすべての生きとし生けるものが、時にはある程度不幸になっていてくれないと効力が落ちる性質を持っているんだよ。そして、時には幸福になってもらった方が望ましいにせよ、人間社会が完全に幸福な社会を創り出してしまうと、結界の力はがた落ちしてしまう。この世界に生きる人間たちには、ある程度不完全で不幸な社会の中で生きていてもらわないと、結界は破られ、この世界は混沌に呑み込まれる。そういう風にできているんだ。
 そのために、神々は人間社会に、ひそかに、ごくまれには公然と、何度も干渉を行ってきた。混沌から力を引き出す術式によって幸福な社会を創り出した古代帝国を崩壊させたのもそのひとつ。人間社会に適度に不幸と混沌を撒き散らさせるために、外道な盗賊を支援するのもそのひとつ。世界のカオス指数とコスモス指数の帳尻をうまく合わせるために、心中したエルフと人間の想いの残ったルビーに呪をかけて結界を張り、不定時点侵食時空間を創り出したのもそのひとつ。ジパングで生贄を捧げさせるのも、サマンオサで何万という人間が殺されているのを調整しながら放置するのも――魔王とその影響で狂暴化した魔物たちを、放置するのもそのひとつ、というわけさ。
 怒るな、とは言わないよ。だけど、その前に僕の言ったことを考えに入れることはしておいてほしい。世界は、冗談抜きで、今も絶滅の危機に瀕しているんだ。神々が調整を行って、人間社会が完全に幸福なものになるのを防ぎ、不幸が生まれるのを支援し、失われる命を見捨てなければ、結界は崩れ去り世界は混沌に呑み込まれる。それは僕も長年研究を行ってはっきり確かめた事実だし、ロンくんも同じ結論を出すだろう。――それをちゃんと理解して、神々に非難や怒りをぶつけるなら、僕は止めないよ。自分の命がこれまで神々のそういった行為によって護られてきたことを本当にちゃんと理解した上でなら、ね」

『……………………』
 部屋は、重い沈黙に包まれた。それぞれが、それぞれの表情で、サヴァンの告げた重い事実を飲み下していたのだ。
 一応、自分たちにしてみれば、以前ジパングで見た夢の中で告げられたことの再説明とも言える。だが、ここまではっきりと、忌憚なく、詳細に行われた説明には、疑問を差し挟む余地がなかった。サヴァンがこの状況で嘘をつく可能性は低かったし(ロンが改めて調査を行うこともできるのだから)、なによりセオはサヴァンの言葉に嘘はない、と感じた。真摯に、真剣に、真実を語っていると。確認作業は必要かもしれないが、サヴァンが、引いては神々が、自分たちを騙そうとしているとは思えない。
 つまり、彼は、『見過ごすしかない』と言いたいのか。これまで真実を知った何人もの人間のように、数えきれないほどの人間の不幸を座視し、命が失われるのを見捨て、時にはそれに積極的に加担すらする、神々の行いを、見過ごすしかないと。
 しばし黙して考えたのち、セオは口を開いた。
「もう少し、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「サヴァンさん自身の目的は、なんなんですか?」
「んー、そうだね。まぁ、言ってしまえば単純だ。――僕は、失われる命を少なくしたいんだよ。神々による調整を考えに入れた上で、少しでも命が失われる数を減らしたい」
「なぜそう思われるか、お聞きしても?」
「うーん……そんなに大した理由があるわけじゃない、っていうか……んー、僕の個人的な感傷にすぎない話だよ。ずーっと昔に抱いた純粋な祈りに、少しでも恥じないようにって動いてるだけさ。極端に言ってしまえば、『なんとなく嫌だ』っていう、それだけ。大した意義も意味もない話だって」
「……そうですか。では、もうひとつ。あなたの言う神々≠ヘ、俺たちになにをやらせようとしているんですか?」
『――――』
「あははー、さすがセオくん、話の先読むねぇ。まぁ、そこから先は……サドンデスさんに話してもらった方がいいかな?」
 ちろり、とサドンデスの方を見やりながらサヴァンが肩をすくめると、サドンデスがふん、と小さく鼻を鳴らし、わずかに身を乗り出す。部屋の中の空気はさらに硬くなったが、気にした風もなく口を開き、端的に告げた。
「神どもは、お前らに俺をなんとか殺させようとしてるのさ」
『―――は!?』
 ラグたちが揃って大声を上げ、部屋の中の空気が大きく揺れる。それを涼しい顔で受け止め、サドンデスはにやりと笑った。
「ちょ……ちょっと待てよ。なんでそーなんだよ。確かにお前は気に入らねぇけど、なんで神だなんだって連中が……」
「……あなたが堕ちた勇者≠セから? いや、そうじゃないよな、神さまたちは勇者サイモンについてもまるっきり無視してたみたいだし……」
「わめくな、ボケども。――サヴァン、解説」
「はいはい。ええとね、それにはまず、サドンデスさんの出生から説明する必要があるね」
「出生……?」
「うん。サドンデスさんは他の勇者と違って、生物としての構造からして明らかに普通とは違うんだ。神殺しの神、神竜≠フ力を、その身に受け継いでいる人なんだよ」
「……どういう、意味だ?」
「神がシステム≠ノ管理者として選出された存在だ、って言っただろう? その中には動物や植物や精霊もいたって。その中の一柱に、神に選ばれたドラゴン、っていうものもいたんだよ」
「ドラゴン……? って、魔物の?」
「はは、まぁ魔物の中にもドラゴンって呼ばれるものがいるのは確かだけど。本来、ドラゴン――竜っていうのは、この世界の中で最強種≠ニして定義づけられた存在を指すんだよ」
「最強種………?」
「なぜかはわからないんだけどね、システム≠ヘそう定義づけて竜という種族を創り出した。まぁそんなこと言ったらシステム≠ェなぜ世界を創り出したのか、人間を創り出したのかってことすらわかっていないんだけどね。とにかく、システム≠ヘ竜を、世界で最強の種族であり、爬虫類の体と炎や氷の吐息を持つ生物であり、雌雄の別がありながら単性生殖も可能で、恐ろしく繁殖力が低く、同時に能力の劣る劣等種を作ることは比較的たやすい種、として創り出した。今一般的に知られている魔物のドラゴンの名を与えられた魔物は、その劣等種が種を成した魔物と交配して魔物としての特性を取り込んだ代物になる。だから倒しても絶滅させる心配はまったくないわけだね。まぁ、本当の竜種は、それとはまったく違う存在だけど」
「……つまり、その神に選ばれたドラゴンというのは、その本当の竜族というやつなんですね?」
「そういうこと。システム≠フ竜種に対する最強種という定義は強固なもので、他のいかなる特性を組み込まれても最優先で発揮される。それは神≠ニいう特性においても、だった。本当に、なぜそこまで竜種を特別扱いするのか、僕もさっぱりわからないんだけどね」
「つーことは……なにか? そのドラゴンってのが神に選ばれたとたん、神の中でそのドラゴンが一番強ぇってことになったわけか?」
「その通り。そのドラゴン――神竜≠ヘ他の神々など束になってもかなわないほどの能力を手に入れた。まぁもともと神々というのは世界の管理者なわけだから、世界をある程度自分の意のままに書き換えることはできるけど、戦闘力自体はそこまで高いわけじゃないんだけどね。でも、その書き換え能力においても神竜は他の神々を圧倒していた。で、神竜はこう考えた。『神々をすべて自分の支配下におけば、天界はもっと効率よく動けるだろう』って」
「はっ、どこにでもいやがるクソ支配者どもの考えることと一緒だな。くっだらねぇ、神だ竜だっつってもしょせんはその程度かよ」
「……それは、神としての、なんというか……法に触れることじゃないんですか?」
「神々の間に成文法というのは存在しない。神というものを法で縛ることはできないという考えもあるだろうし、神が生まれたのがそもそもまだ法というものがこの世に存在するようになる前だっていうせいもあるだろうけど、なにより神が一柱残らず『未来永劫神としての職務を果たし続けられる存在』だからだろうね。神としての職務を果たさない、あるいは妨害する、あるいは忌避するようなものは、絶対に神にはなれないから」
「はぁ……そういうもの、ですか?」
「うん。ただし、その神としての職務をどう果たすか、については神によってブレがあるんだ。自分なりに全力を尽くすという点は違いがないけれど、自分の調子を崩さずに仕事をこなすことを是とする神も、全力で効率よく分秒を惜しんで仕事することを是とする神もいる。そこらへんは個人の考えの範疇になるわけだね。で、神竜にとっては、他の神々をすべて支配下に置いて、自分の思い通りに動かすのが一番いい方法だ、と思えた。だからその通りに行動して――天界は、歴史を振り返っても唯一最大の、戦火に包まれることになったわけさ」
『…………』
「神竜の力は圧倒的だった。神竜は神という特性を持つ者の中でも最強種と定義づけられた存在だからね、当然だ。抵抗した幾柱もの神々が消滅し、その何十倍もの神々が深い傷を負った。――だけど、最終的には神竜は負けた。力を完全に奪い去られ、命を絶たれたんだ」
「……神竜って、最強なんじゃなかったの?」
「最強≠ネんじゃない、最強種≠ネんだ。種族としては人間よりはるかに、というより他のありとあらゆる種族をぶっちぎって最強ではある。でも種族の平均能力は竜種よりはるかに低くとも、全力で力と技を鍛え、経験を積み、レベルを上げた者たちに絶対に勝てるわけでは決してない。神々の中にも幾柱か……まぁほとんどの神々はレベル1なんだけど、神となる前から高いレベルを持っていた者たちがいた。その方々が中心となり、天界が一丸となって神竜に立ち向かえば、さすがに神竜に勝てる道理はなかったと思うよ」
「…………」
「だけど、話はそれで終わりじゃなかった。神竜の持つ圧倒的な力は、命が絶えてもまだ残っていた。それを恐れると同時に、幾柱の神々はなにかに利用したいと考えたんだね。そうすることで神竜の恐怖を拭い去れると考えたのか、自分たちが神竜に勝ったと思えると考えたのか。まぁそれはとにかく、なんとか神竜の力を使いたいと思った。だけど神竜の力は圧倒的で、普通にやったんじゃろくに操ることもできない。それができるだろう高レベルの神々は揃って神竜の力を利用することに否定的だった」
「神さまにもレベルって関係あるの?」
「システム≠ゥら与えられた権限は同じでも、その権限を使いこなせるかどうかは当人の能力次第だからね。そしてどんな存在でも、レベルを上げれば能力が上がるものだ。今みたいに職業で魂から能力を限定してるならそうもいかないだろうけど、この話は職業っていうものが生まれる前の話だからね。――で、困った神々は相談し、まず祖霊神ワランカに頼み込んだ。『神竜の力を封印し、消滅させるために手を貸してくれ』ってね」
「ワランカに……?」
「どういう意味だ?」
「その神々は、『人間という小さな存在の血脈と魂の輪廻によって神竜の力を薄めよう』と言ったんだ。もともと祖霊神ワランカは、スー族を守護することを最大目的とする変わった神だった。世界を保ち続けるという究極目的は他の神と一緒だけれど、スー族の安寧を護ることこそがその究極目的に繋がる、と心の底から信じ込んでいる風変わりな精神構造を持っていた。そんなわけで、スー族というのは祖霊神ワランカが生まれた時から、スー族以外の人間よりも少し心身も魂も強化されているんだよ。病に負けることも、出産が失敗することもほとんどないし、心の弱さに負けることもほとんどないようにできている。君たちもスー族に会って、その精神構造はある程度理解しているだろう? あれはワランカの守護を数千年受け続けてきたことで、種全体がある程度画一化されてきているせいもあるんだよ」
「……それで?」
「うん。つまり、スー族というのは普通の人間より心身と魂に余裕のある存在だった。で、神竜の力を利用しようと考えた神々は、そこに目をつけたんだ。スー族というのは、基本的に血も魂も同族間のみで巡っている。本来人間の持たない力をほんの少しずつその種族に注ぎ込むくらいならば、力に対する耐性もつきやすい。で、人間というのは基本的に死んだらそれまでで、その人間の持つ力はすべて無に還る。こうして耐性をつけた種族にほんのちょっとずつ神竜の力を注いでは無に還すことで、神竜の力を薄めていこう、って提案したわけだね。ワランカはほぼスー族を守護することのみに専心していたがゆえに、レベルの高い神の中では他の神々と関わることが少なく、交渉能力も低かった。その神々の考えていることを看破できず、提案を受け容れたんだ」
「つまり、その提案には嘘があったわけですか」
「そう。その神々は、その無に還る力を抽出して自分たちの力に変えようと考えたのさ。人にも受け容れられるほどに分割され、小さくなった力ならば自分たちにも扱えると思ったんだね。反対する神々もいたけれど、最終的には神竜との戦いでも先陣を切って戦ったワランカがそこまで言うならってことで、その提案は受け容れられた。ワランカの守護する一族の中でも魂の耐久力に長けた者が生まれやすい一族、メイロデンノグサが選ばれ、彼らにワランカが神託を与え、一族全員の意思がそれを受け容れると統一されたのちに、ワランカはメイロデンノグサに生まれる子供たちに何億分の一にまで分割した神竜の力を送るようになった。安全のためにメイロデンノグサの一族の魂を強化する呪をかけたこともあって、メイロデンノグサの一族はスー族の中でも最も勇猛な戦士たちとして知られるようになったそうだよ」
「――――! メイロデンノグサ、って……」
「そう、君の祖だよ、レウくん」
 レウが思わずといったように目をみはるのがわかった。レウの正式な名前についたサドンデスの名。その由来が、こんなところで、こんな形で知られることになろうとは。
「サドンデス、というのはメイロデンノグサの中でも、神竜の力を受け容れ使いこなせるだけの資質を持つ者に与えられた名前なんだ。基本的にスー族の名前は、部族の呪術師がワランカの眷属である守護精霊にお伺いを立てることでつける。アルゴレギヴーハミンジャはその中でも力ある精霊で、生まれたばかりの子供の資質をある程度見通すことができた。それがゆえに子供の資質を表す言葉を名の最後につけることがまれにあった。つまり、メイロデンノグサの人々にとってサドンデスはその子供を祝福する名のひとつだったのさ。レウくんに名を付けたご母堂は、おそらく呪術師の家系の女性だったんだろうね。守護精霊に名を問うて、サドンデスの名を冠したわけだ」
「………、あのさ、サヴァンさん」
「なんだい?」
「それって、俺が、勇者なことと、関係あったりする?」
 どこか不安げにそう問うたレウに、セオは思わず振り返りかけたが、その前にサヴァンが笑って首を振る。
「いや、神竜の力と勇者の素質を持つか否かはまったく関係がないよ。勇者はこの世界の律を超えた存在だ。神の力で世界にどんな操作を加えたとしても、勇者の力をどうこうすることはできない。君がサドンデスの名を冠されながら勇者の力を得たのは、本当にただの偶然というか、奇跡というだけのことさ」
「そっかぁ。よかったぁ……」
 そう心底ほっとした声でレウが呟――いた次の瞬間、部屋の中の空気が凍った。
「まぁ、俺が死んだらおはちがお前に回るのは間違いねぇだろうがな」
 くくっ、と喉の奥で楽しげに笑いながらサドンデスが告げた言葉に、セオは思わず息を呑んだ。
 サドンデスの、今言った言葉は。つまり、それは。
「……サドンデス、さん。それは、つまり、もしかして………」
「ふん。――サヴァン」
「はいはい、わかってます。……ことは、さっき言った提案を行った神々の思うようには運ばなかった。それをわかっていたからこそ強い力を持つ神々は文句を言わなかったんだろうね。ワランカは、自身の守護する人間たちの心身も魂も、とても大切に扱う神なんだ。提案を行った神々からしたら考えられないほどにね。メイロデンノグサの人々に限らず、死んだ者の魂を丁寧に輪廻の輪へと送り、魄を世界の流れの中へ散らし、体と心をそれぞれ向かうべきところに向かわせる作業を一人一人に対してするような神なんだよ。だからこそ、死したメイロデンノグサの人々から力を抽出するような隙を見せることなく、神竜の分割された力もきちんと無へと還した。人の血と魂に混ぜられ、希釈されたことでようやく神竜の力は無に還すことができるようになったんだよ。提案を行った神々は地団駄を踏んで悔しがったけれど、文句を言うことなんて当然できない。神竜の力はそんな風にして、徐々に徐々に削られていったんだ。――百五十年ほど前までは」
 ごくり、と誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。サヴァンは落ち着いた面持ちで、けれど一言一言に真剣の気迫を持って言葉を重ねていく。
「百五十年前、神竜の力はようやくすべてが無に還ろうとしていた。ワランカによってすべてがメイロデンノグサの一族の中へ削り落とされるところだったんだ。だが、そもそもの提案を行った神々のうち何柱かは、それに不満を持っていた。そもそもの提案を行ったのは自分たちなのに、自分たちの受け取るべきものが配分されていないという想いがあった」
「どうしようもねぇクソクズ野郎だな。そんな野郎が神だなんだって偉そうな顔をしてる時点で神どもの性根が知れるぜ」
「言ったでしょ、どこにでも賢者がいてどこにでも愚者がいる、って。君の育ってきた社会でも、一般的な社会でもそうじゃなかったかい? ……とにかく、その神々はなんとか神竜の力を抽出することができないか、こっそりと調べた。だけどワランカの仕事は完璧で、分割された神竜の力をきっちり無に還してあった。そこで、その神々はせめて今メイロデンノグサの部族に与えられている力だけでも回収したいと考えた。で、他の神々に提案したんだな。調整のために、メイロデンノグサの一族を滅ぼすべき、と」
「……………!」
「この主張には、天界においてはそれなりの理があったんだ。実はワランカが神となってから、スー族が調整によって命を奪われたり、不幸になったりすることは極端に減っていた。ほとんどなくなったと言ってもいい。ワランカがスー族の守護を至上命題とする神で、かつ神々の中でも有数の高いレベルを持ち、能力も高かったからだ。天界での位の高さというか、周囲への影響力と神としての実力は比例するわけではないけれど正の相関関係にはある。ワランカほどの能力を持つ神が強固にスー族に負の調整をすることを拒めば、神々としてもどうしても二の足を踏んでしまう。それにワランカが一般的な神々の数十倍の仕事をして、スー族に負の調整をかけられなかった分を他者に悪い影響を極力もたらさないようにしながら調整を行っていたから、神々も文句を言いづらかったんだよね。でも、スー族ばかりが負の調整をされないことに不満を持つ神は多かった、というよりその不満はこっそりとではあったけれどほとんどの神々の中に渦巻いていたと言ってもいい。ほとんどの神々は自分たちが正しいことをしていると思っていて、それに誇りと喜びを抱いている。つまり、自分たちにとって正しくないと思えることは、なんとかして攻撃してやろうと思うのが普通の神というものなんだよね」
「…………」
「ワランカはもちろん猛然と反発した。だけど天界の空気はメイロデンノグサの一族に調整をかける方向に進んでいた。さっきも言ったけど、ワランカの交渉能力は低いし政治力というものも皆無に近い。神々の合議で決まる天界の方針をどうこうするのはほぼ不可能だ。それに実際ワランカのスー族へのえこひいきっぷりは良識ある神々も幾度も眉をひそめざるをえないものだったからね。神竜の力はもうすべて失われかけていて、直接消し去ることもできそうだった。メイロデンノグサにこれ以上頼る必要もない。なにより数値的にも、スー族に強い不幸と悲嘆を与えることが調整にきわめて有効なのは疑いようもない事実だった。というわけで、メイロデンノグサを滅ぼすべし、と正式な決定が下り――ワランカは、天界に反旗を翻したんだ」
「…………」
「といっても、神竜のように真正面から戦を挑んだというわけじゃない。なにしろ数が違いすぎるし、ワランカは君たちのように人間外の強さを持って神になったわけでもなかったから、天界全てを相手取って戦えば負けるのは目に見えていた。まぁだからっていうよりはワランカの神としての職務がそういう方向に働いていたからっていう方が正しいんだろうけど……とにかく、ワランカはメイロデンノグサ部族の一人一人から神竜の力を抜き出して集め、残り少ない神竜の力とひとつにした。その上で神竜の力をこれ以上操作することはしない、と宣言したんだ。つまり、抗議行動に出たんだね。神竜の力を消し去ることが可能になったとはいっても、それはワランカのように力持つ神々が力を合わせれば、の話で普通の神々では力を合わせてもまともに動かすことすら難しい。天界は騒然となって、ワランカに対する感情は悪化したけれど、それでもワランカはびくともしない。そしてワランカと真正面から戦って勝てる神は……以前には存在したけれど、古代帝国消滅の際のごたごたでこの世界の天界を去っている。他のレベルの高い神々は直接戦闘には向かないし、なにより神竜の力を操作することに否定的だった。どうするべきか、日常業務はこなしていたけれども、天界はにっちもさっちもいかない状態に追い込まれたのさ」
「……それで?」
「――神竜の力を手に入れようと考えた神々は、決して少なくなかった。最初に力を分割する提案をした神々だけじゃない。数でいうなら神々の過半数を占めていたと言ってもいい。提案をした神々はこっそりと、ただし活発に動いて、多くの神々を取り込み、勢力を築いた。そして再度、提案をしたんだ。残った神竜の力と、自分たちを同化させる提案を」
「はぁ………? なんだそりゃ、意味あんのか?」
「神竜の力は普通の神々では操作できないんじゃなかったんですか?」
「そう、もちろんできない。だから、良識ある神々は反対した。そんな危険なことをすべきではないと。だけど、当時一大勢力となっていたその神々は、それが正しいと信じていたんだ。試算に試算を重ねた上で、残りわずかとなった神竜の力を、自分たちが力をひとつにして呑み込むことは可能だと大真面目に考えたんだ。そうすれば天界の秩序を乱したワランカに制裁を加えるだけの力を持つ神が量産される、天界が正しく在るためにはそれしかないと力説した。でも過半数を超える勢力とはいえ、そのほとんどはごく普通の神だ、能力も影響力も低い。レベルの高い神々をはじめとして、良識ある神々は真っ向からそれに反対した。議論は紛糾し、けれど提案を受け容れる方向には進まなかった。レベルの高い神々も、主神ミトラもその提案をきっぱり拒否していたからだ。で、提案をした神々は、自分たちの正しいと考えていることを断固として行うことこそが神となった者の正しい在り方である、と考えて、暴挙に出た。他の神々の許可を得ることなく、神竜の力と同化することに踏み切ったんだ」
『…………』
「……神竜の力は、管理されていなかったんですか?」
「もちろんされていた。暴走しないように幾重にも封じられていた。だけど、完璧ではなかった。その神々はなにより数が多かったし、天界の管理を行う実働部隊である天使たちにしてみれば神々というのはまさに天の上の存在だ。圧力をかけ、隠蔽し、総力を結集して封印の隙をつき、神竜の力を手に入れた。ある意味では」
「ある……意味、って?」
「良識ある神々には自明のことが起こったのさ。神竜の力は、力を手に入れようとした神々を逆に呑み込んで自身のものにした。その神々の試算は、自分の望みをなんとしても叶えたい者の期待に歪んだ穴だらけのものでしかなかったのさ。神竜の力は、山ほどの神々の力と魂を呑み込んで、往時の力を取り戻した。――力だけは」
「と……いうと?」
「神竜は死んだんだ。死んだ者の心は、たとえ世界に残っていたとしてもどうしても歪まざるをえない。力を手に入れようとして、逆に呑み込まれた神々も似たようなものだ。神としての想いもなにもかもなくし、ただひたすらに暴走するしかない力の塊にしかならなかったんだよ。で、当然ながら天界は騒然とした。かつて神竜と戦った時幾柱もの神々が消滅した。それ以上に、かつて神竜に対抗しえた最大の要素である力ある神はもう当時の天界にはいない。大混乱に陥った神々は、狂乱と暴走の中、なんとか生き延びるために最悪の手段を取った。天界から神竜の力を吹き飛ばしたんだ。呪文で言うなら、バシルーラのような方法で」
「バシルーラ………?」
「それ、そんなにまずいのか?」
「この場合はね。暴走し、すべてを破壊しようとする力を、封じることもなくただ放逐すれば、放逐した先でその力が暴れ回ることになるだろう? 実際、放逐された神竜の力は、地上に落ちて、メイロデンノグサの一族を滅ぼしたんだから」
「………え?」
「メイロデンノグサは神竜の力をずっと封じてきた一族だ。言いかえれば、その血と魂は神竜の力にとてもよく馴染んでいる。かっこうの餌に思えたんだろうね。神竜の力はメイロデンノグサの民を次々喰らい、一族はほぼ消滅した。数少ない生き残りは、巫がワランカの声を聞くことができなかったこともあり――なにせワランカもなんとか天界を立て直し神竜の力に対処しようとするのに必死で人間に受け取れるように話している余裕はなかったからね――自分たちはワランカの祝福から外れたのだと考えて、生まれ育った地を離れ世界に散った。その末裔の一人が君になるんだよ、レウくん」
『…………』
「……一人残らず亡くなったわけでは、ないんですね」
「そうだね。本来なら一人残らず食い殺されていたところだっただろう。――そこに、当時世界最強と言われていた、ロマリアの勇者が鉢合わせなければ」
「え―――」
 セオは思わず息を詰め、サドンデスを見やった。サドンデスは微塵も動揺を見せず、ただにやにやと笑いながら自分たちを見返す。
「ロマリアの勇者は、神竜の力と死闘を繰り広げた。まさに熾烈を極めた大激闘だったそうだよ。だけど神竜の力には理性がなく、ひたすらに暴走する力でしかなかった。それに対し勇者は徹底的に鍛え上げられた力と技を持っていた。戦いの天秤が勇者に傾き、このまま押し切れるか、となった瞬間、神竜の力は生き延びるための本能に似た反射に従った。勇者に、自らの力をすべて注ぎ込んだんだ。勇者とひとつになろうとしたんだね。勇者の器が小さければ、力に呑み込まれて消滅していたかもしれない。けれど、勇者には鍛え上げられた心身と魂魄と、さらに神竜の力を使いこなすだけの適性があった。神竜の力はそれに惹かれて勇者とひとつになろうとしたのかもしれないね。――結果として、勇者は神竜の力を呑み込み、自らのものにし――同時に、人であることをやめた」
『……………』
「つまり、それが……」
「そう、この俺さ」
 セオたちの視線を向けられながら、サドンデスはにやりと傲慢に笑った。
「その勇者――サドンデスさんはその時から、まさに、人を超えた。人としての寿命を失い、永遠の命と永遠の若さを手にした。当然それだけじゃない、サドンデスさんが自然のうちに手にした勇者の力、それによって鍛え上げられた力と技、そしてそれを層倍するに足るだけの圧倒的な神の最強種と呼ばれるにふさわしい圧倒的なエネルギーポテンシャル――魔力、生命力、身体能力、そして魂の力。それに加えて、神としての世界を書き換える能力をも手に入れた。世界最強の勇者だった一人の人間は、神をも超える世界最強の存在へと変わった。それがゆえに人としての生を捨て、自らをサドンデスと、神竜を使いこなす者と名付けたんだ」
『…………』
「――そして、その日から、サドンデスさんは天界に住まう神々を殺すために活動を始めた」
「え………」
 自分たちの視線の先で、サドンデスはふん、と鼻を鳴らして笑ってみせる。なによりも、その笑みが語っていた。自分は、たとえどれだけ人が死のうが、世界が滅びようが、微塵の容赦も躊躇も手心もなく、神を殺す、と。
「……なぜ、ですか?」
「ほう、それを聞くか。なかなかいい度胸してるじゃねぇか、ボケガキ」
 サドンデスは小さく喉の奥で笑い声を立て、告げる。
「簡単だ。――神とか抜かす奴らが、気に食わないからさ」
「…………」
「俺は神竜、そしてそれに呑み込まれた神どもの断片的な記憶を手に入れた。で、断片だけからでも神どもがどれだけ鬱陶しい奴らかってのは知れたのさ。あんなクソ鬱陶しいカスどもに偉そうに世界を動かされる、なんてのが気に食わん。だから殺す。俺にとっちゃごく当たり前のことだ。ま、全員が全員気に入らんと決まったわけじゃないが、そこらへんは会ってから殺すか殺さないか決めるさ」
「気に入らないから、殺す……と?」
「ああ。それが俺のやり方だ。そいつらがどれだけ世界を護るのに役立ってようが、これまでどれだけ世界のために尽くしてこようが、クソカスどもに俺の世界をどうこうされるのが気に入らんから殺す。そいつらの理由も理屈も関係ない、ただ俺が殺したいから殺す。悪いか?」
『…………』
 サドンデスの圧倒的な殺気が、じわりと高まる。自分たちの緊張も一気に高まった。サドンデスはいつでも自分たちを殺せる相手だし、殺そうとしうる相手だ。傲慢で圧倒的な強者に相対する時、相手が自らを害しないか警戒するのは当然、というより生きんとする者の義務ですらあるだろう。
 だから、セオは静かに訊ねた。
「殺したあとは、どうされるんですか?」
「…………ふん」
 わずかに口元を歪め、サドンデスは嗤う。どこか楽しげだ、となんとなくセオは思った。
「小癪だな。なるほど、史上最多の仲間を作れる勇者ってだけのことはあるようだ」
「………え?」
「そんなもん、殺してから決めるさ。俺がどう生きるかはもうとうに決めている。それこそ生まれた時からな。俺の決めたように、俺の思うままに生きるさ。持つべきものはとっくに持っている、あとは剣の振り下ろし先があるならそこに進むだけだ」
「……そう、ですか。ありがとう、ございます」
「礼なんぞ抜かすな気色悪い。それよりも、お前の仲間のチビガキを心配してやったらどうだ。言っただろうが、俺が死んだらおはちがそいつに回る、ってな」
「――――」
 忘れてはいない。さっきサドンデスが告げたこと。神竜の力を使いこなせる素質と、サドンデスの言葉の意味を。
「どういうことか、説明していただいても、いいですか」
「サヴァン」
「はいはい。……天界は、サドンデスさんが神竜の力を呑み込んだことで、大混乱に陥った。もともと天界は勇者というものに対して距離を置いているところがあった。なにしろ勇者の力は神の力による世界の制御に組み込まれない。勇者が神による世界の調整を無視して人助けをするというだけでなく、世界創成からこの方勇者の力を奪おうしたり操作しようとしても神の力ですらどうにもできたことがないからね。それ以外の世界はどうとでも操作できる以上、苦手意識を抱かざるをえなかったわけだ」
「…………」
「で、サドンデスさんは神竜の力を手に入れるや、天界に向けて宣告を送りつけたんだ。『お前たちが気に入らないから皆殺しにする』みたいな感じでね。しかも神竜の力を使って即座に天界への扉を開き始めた。神竜の力を持った勇者に皆殺しにされる、と大狂乱になるのもまぁ当然と言えば当然だよね。――だから、天界は総力を挙げてサドンデスさんから逃げ回り始めた」
「え……」
「に、逃げたの?」
「うん。天界は基本的に文字通り空の上に異空間を造って、巨大な城を形成するという形で居を構えていた。でもサドンデスさんから逃げるために、そこをあっさり捨てて、別の場所に同じような異空間を構築した。でもサドンデスさんの力ならすぐに居場所を突き止められるかもしれないっていうんで、いくつも偽物を造ったり、真正面から行ったらやたら長い迷宮に転送されるようにしたり、探知しようとしたら引っかかるような罠を張ったり、そうして構築した場所もすぐにでも捨てて新しい場所に移れるように準備したり、みたいなことを始めたんだ。神としての業務と同時進行しながらだから相当忙しくなったと思うんだけど、やっぱり神さまになるような人は働き者というか、神としての仕事に熱心だよね」
「……で、そういうのが、もう百年以上続いてるってか?」
「うん。サドンデスさんがいつもこの世界のことに関わってるわけじゃないっていうのもあるけど、神々が本当に全力で逃げ隠れしてるっていうのもあるよね。サドンデスさんの位置を常に確認して天使たちも基本的に近づけないようにして、情報をつかまれないように天使の羽――神々の力を発現させる呪物を絶対にサドンデスさんの手に渡らせないようにいくつも予防線を張って場合によっては隠滅して、ってそういうことを百年以上全力で続けてるわけだから。大変だろうなぁと思うよ、本当に」
「つか、そんなんはどうでもいいんだよ。それがうちのクソガキにどう関わってくるってんだ」
「うん、まぁなんていうか。神々はサドンデスさんというか、神竜の力を必死になって研究した。なんとか力を封じられないかってことから始まって、力の根源から魂の要素まで、なんでもかんでも。まぁ命がかかってるわけだからそりゃ必死にもなるよね。で、封じる方法とか消す方法とかはまったくもって発見できなかったけど、いくつかわかったことはあった。その中のひとつは、『神竜の力は、サドンデスさんから解放されればまた新しい憑代を探すだろう』っていうこと」
「憑代………?」
「うん。サドンデスさんの中の神竜の力を必死に調べてみて、どうやら神竜の力はサドンデスさんに完全に飼いならされちゃってるみたいだってわかったんだ。荒ぶる竜神、神殺しの神だった神竜の力は、人に扱えるものに調教されてしまっている。つまり、サドンデスさんが力を暴走させることはありえないと確信できてしまうと同時に、人に馴らされた神竜の力は、サドンデスさんが解放してもまた新たな主、憑代を探してそれに憑りつくだろうと推測できたんだよ。――つまり、ね。もしサドンデスさんが死ぬなりなんなりして、神竜の力を解放することになったら、力は神竜の力に馴れた血と魂の持ち主であり、神竜の力を使いこなせる素質の持ち主である者、サドンデスの名を冠された者のところへ飛んでいくだろう、と推測することができたわけ」
『――――!』
「つまり、俺が死んだら神竜の力はそこのチビガキのところへ飛んでいき、俺同様にこいつを人でない者に変えるだろうってこった。だから神どもは世界に散ったメイロデンノグサの血族の行方はかなり気にしてたようだぜ? サドンデスの名を冠されたチビガキ、お前のことは特にな。まさか勇者でもあるなんてできすぎの展開は考えちゃいなかったようだが」
『…………』
 しん、と黙り込んだ自分たちに、サヴァンが軽い口調で付け加える。
「まぁ、気にしてたって言っても、基本は監視と情報収集だけだからね。神々の中でもさっさと死んでもらって神竜の力の受け皿になる道具にしたいって考えてる一派もあれば、生きてる状態での情報をできるだけ集めておきたいって一派もあったけど、どちらにせよ神々は調整……というか、神の仕事に関すること以外で命を奪うことも人を不幸にすることも絶対にしない。神の力を自分のほしいままに使う、なんてのは神の職分から外れるからね、そんな奴は神には絶対に選ばれないわけだ。レウくんの人生に神々の介入はほぼ存在しないと考えてくれていいと思うよ。まぁ、勇者だっていう情報を手に入れられなかったのは手落ちって言っていいと思うけど、勇者かどうかの判別は神々の領分から外れるからね」
「……俺は賢者の力でレウが勇者だと知ったんだが?」
「賢者は神々の模造品としての力しかないわけじゃないよ。神々は世界の管理者であるがゆえに世界の構成要素としての視点は持つことができない。端末になる天使たちも同様にね。勇者という世界の愛し子の力を見抜くには、世界の中に包まれていないといけない。勇者の試しはどんな小さな、賢者どころか神官も僧侶もいない村でもやるけれど、それでも儀式をちゃんと行えば勇者だということがわからないということは絶対にない。世界創成の頃、初めて勇者が世界に生まれた時から続いている、世界の子供たちだけに許された営みなのさ」
「んなことは……どうだっていい!」
 がんっ、と卓子を叩き、フォルデが怒鳴るように叫ぶ。ぎっ、とサヴァンを睨みつけ、瞬時に間合いを詰め胸倉をつかみ上げて間近から殺気をほとばしらせる。
「てめぇらはうちのクソガキをどうしやがるつもりだってんだ! ぐだぐだ七面倒くせぇ説明してんじゃねぇ! てめぇらは俺らと、うちのクソガキと、セオをどうしやがるつもりだってんだよ! とっとと答えなかったら喉笛握りつぶすぞ!」
「げほっ、けほっ……フォルデくーん、気持ちはわかんないでもないけど……それはちょっと悪手じゃないかなー?」
「え、っ!?」
 ぎぃんっ、と鋼が鳴り、銀光が飛び散る。フォルデの意識の外から予備動作なしに致命の一撃を放ってみせたサドンデスは、かろうじてそれを受け止めたセオの目の前でにやり、と笑ってみせた。
「ふん。それなりに腕も上がってるか。ま、そうでもなけりゃ苛つくから全員の首ぶち落としてるとこだがな」
「…………」
「て、めぇっ……!」
「あーはいはいフォルデくん、武器しまって。喧嘩になっちゃったら本当に収集つかなくなっちゃうから」
「な……、てめぇが言えた話か!」
「まぁ君の苛つく気持ちもわかんないではないけど、サドンデスさんも、僕たちも、話し合いに来たんだよ? それなのに暴発しちゃったら相手は普通怒るでしょ。交渉めちゃくちゃになりかねない、くらいのことはわかってるよね、フォルデくんでも?」
「………っ!!」
「で、まぁサドンデスさんは、君以上に我慢をしようとしない人だから、苛ついたら即座に攻撃する。で、戦いになったら本当にまったくなんの容赦も躊躇もなく、全員完膚なきまでに殺す。君はその方がわかりやすくて好きなのかもしれないけど、そういう人がわざわざ『話し合いに来た』って言ってることの価値、わからない? サドンデスさんは我慢はしないけど、自分の言ったことを違えることもしない。もう二度とないかもしれない機会を君の感情でふいにするつもり? 本当に君たちの求めていたことすべてが、当人たちから明かされる機会だっていうのにさ」
「…………っ…………!!」
 フォルデがぐ、と奥歯を噛み締める音が背後で聞こえる。セオはそれを感じながら、今にも土下座して謝りたいという感情と必死に戦っていた。今のフォルデの感情の激発は、当然と言えば当然のことだ。自分が安全策を取ってのろのろ話を進めていたのがそもそもの原因なのだ、今すぐ土下座して必死に許しを請うべきだと自分の感情は絶叫する。
 けれど、フォルデ自身は、きっと、そう考えてはいない。今ここでセオが謝り、許しを請うことは、たぶん、フォルデを傷つけ、苦しめる。
 ――だから、セオは耐えた。自分の感情よりも、理屈よりも、大切な人の幸福こそが自分にとっては大事なのだから。
「…………悪かった」
「はいはい。サドンデスさん、これで手打ちってことでいいですか?」
「ふん……相変わらず猪口才な手を使いやがる。まぁいいさ――実際、話し合いに来たのは確かなんだしな」
 言ってサドンデスは武器を収め、元通りに椅子に腰かける。セオも武器をしまい(普通ならゾンビキラーは手甲と一体になっているのでそんなことはできなかったろうが、勇者の力というのはこういう時にも便利に働く)、小さく会釈して同様に腰かける。
 と、フォルデが小さく、すれ違いざまに「……悪かった」と自分の耳元で囁いた。セオはびくっ、としておろおろ周囲を見回してから、ぶんぶんぶんと首を振って必死に自身の想いを主張する。
「はいはいセオくーん、まだこっちとの話途中だからねー? ま、セオくんがそういう性格だから、上の方々も態度を決められたんだろうけどさ」
「え………?」
 目を瞬かせるセオに、サヴァンは真正面から瞳をのぞき込むようにして、はっきりと告げた。
「勇者セオ。天界は君に正式に依頼する。勇者サドンデスを殺してくれ、と。期限はサドンデスが天界へ通じる扉を開けるまで。報酬は望むまま、というには少し足らないけれど、君の望みにはできる限り便宜を図ろう、ということだそうだよ」
「え……」
「で、俺もお前らに依頼する」
 サドンデスが口の端を吊り上げ、楽しげに告げる。
「俺と一緒に神々を殺さないか、ってな。報酬は、まず俺がお前らを殺さないこと。次に、クソッタレな神どもを殺してスカッとする機会を与えてやることだ」
『……………』
「はぁっ!!?」
 フォルデが絶叫した。レウが息を詰め、ラグが絶句し、ロンが目を見開く気配が伝わってくる。
 セオも、一瞬強く拳を握りしめた。なるほど、これは――双方『話し合い』が必要になるわけだ。
「ぶっちゃけるとね、天界はずーっとなんとかしてサドンデスさんを殺す方法を必死になって考えてたんだよ。いくつも案は出たけれど、でもやっぱり最終的には『同じ力を持つ勇者に殺してもらおう』ってことになったわけ。だから天界は世界中の勇者を監視し、動向を見守ってきた。だけど勇者に影響を与えて自分たちの望む道に導こうとしたわけじゃない。天界も研究は進めていたけど、それでもやっぱり勇者というものがどういうものか、どういう環境に置けばより強い力を発揮するのか、どうすれば自分たちの思い通りに動いてくれるか、っていうことがわかっていたわけじゃないからだ。下手を打てばその勇者の力を弱めてしまうかもしれないわけだからね」
「…………」
「で、天界のお歴々っていうのは、基本的に世界をなんでも自分の思い通りにできてしまう分、思い通りになるかどうかわからない、っていう展開にすごく弱い。そんな状況になるとまず腰が引けて、とりあえず様子見をしたがる。だから百年以上勇者の情報を徹底的に収集しながら、その誰にも決定的な影響を及ぼせず、誰がサドンデスさんを殺せるか確信が持てず、堂々巡りの議論をくり返してひたすら膠着状態を続けていた。……で、その中で一筋の光明となったのが、君なんだよ。セオくん」
「え………?」
「まず単純に仲間にできる人数が史上最多だから、理屈としては史上最強の力を持つんじゃないかって思われた。でも、君は最初全力で魔物を殺すことを忌避していたよね? だから最初はとりあえずの第一候補、ってぐらいでしかなかったんだけど、君がエリサリ嬢と接触したり、徹底的な監視を行ったりして情報が集まってきた中で、異端審問官――天使の中でも最上位と言ってもいい役割の最上位の人が意見を提出したんだ。君とサドンデスさんを接触させることで、セオくんを変化させることができるのではないか。サドンデスさんに対する敵意を持たせ、成長欲をも持たせることができるのではないか、とね」
「…………」
「は? 天使………?」
「はっ。思い通りに動かされたと思うと苛つくが、まぁ神どもの中にもできる奴がいるように、天使どもの中にもできる奴がいるってこったろうな。会った時には潰すが、まぁいい読みだ」
「まぁ、あの人は実際人の性格を読む技術は相当なもの持ってますからね。……まぁそれがバハラタでかなったのは、単純にちょうどの時機に天使の羽を持っていたカンダタをサドンデスさんが襲撃したのが大きいけど、君たちの行動をあれこれ操作して機を揃えたのは異端審問官の人たちの仕事だからね。天使の羽を持って逃亡した人もそうだけど。天界がサドンデスさんを最大の異端とみなしてることもあって、異端審問官の人たちは権力も大きいけど仕事も多いんだよ」
「おい……待てよ、異端審問官って」
「フォルデ、それは後にしろ。……で、うまいこと俺たちを鉢合わせさせて、表舞台に出ないまま成長した俺たちとサドンデス……さんを、噛み合わせるつもりだったわけですか?」
「まぁ神々の大部分はそういうつもりだったみたいだね。で、実際君たちはサドンデスさんと会ってから爆発的に成長するようになっていった。それこそあっという間に世界の勇者の中でも最強格に上り詰め、さらにその先へとどんどん成長していった。まぁ、天界の方々も今度こそサドンデスさんを殺してくれる勇者が、って大喜びしたみたいだよ。さらにレウくんっていう、サドンデスの名を冠された新しい勇者まで仲間になったことだしね。――でも、君たちは、ジパングにたどり着いてしまった」
『…………』
「もう君たちも知っている通り、ジパングは世界を救うために人の命を犠牲にするという機構のある場所だ。そんな場所を勇者が肯んずるわけはない、っていうのはわかっていたから、天使たちはジパングの周囲に張られた結界を全力で強めると同時に、パープルオーブを――ジパングではただの宝玉としてしか扱われてなかった代物だからね――持ち出して、君たちに渡そうとしていた。だけど、果たせなかった。なぜか=A天使がジパングに侵入しようとした時にサドンデスさんが天界に近づいているという情報が流れてそれどころじゃなくなったり、それが誤情報だと知れて再侵入しようとした時に偶然ヒミコに気づかれて追い払われたり、なんてことが頻発して、なんとかうまくことが運べそうになった時には君たちがジパングに向けて移動を始めてしまっていたんだ。――なんでだか、わかる?」
「……なんで、っつわれたって……」
「……セオとレウの勇者の力が、自らの進む道に対する神の介入を防いだ。そういうことか」
「その通りだろう、と結論付けられた。まぁ実際、勇者の力に対する直接干渉のみならず、行動に対する干渉も防ぐなんてとんでもない力の持ち主、有史以前まで振り返ってみてもセオくんぐらいなんだから予想されてないのも当然だけど。で、またも天界は大騒ぎになって、大急ぎで異端審問官を派遣してセオくんに直接語りかけ、それでも駄目なら直接実力でセオくんたちを遠ざけようとしたのに、セオくんたちはそれを跳ね除けた。のみならず、本来なら生贄を捧げる日にしか現出しないヤマタノオロチをこちらの世界に引きずり出し、倒した上で、新しい世界法則まで構築してしまった。まぁ、天界はやっぱり大狂乱になったわけだよ」
「……やっぱりあの呪文だのなんだのってのは、腐れ神どもの仕業だったわけか」
「というか……あの時ヤマタノオロチが出てきたのまで、セオの力だと?」
「そう。セオくん、君の力はこれまで勇者の力と認められてきたものにとどまらない。本来なら神の力である世界構築のみならず、自らの進む道を、自らの望むものに整えていくという、神の領域すら超えた力まで持ち合わせているのではないかと考えられている。だからこそ、セオくんを警戒し、排除すべきだとまで考えている神もわずかながらいるんだけど、それ以上に君こそサドンデスを倒せる勇者だ、と天界のほとんどの意見は一致している。で、これ以上陰に隠れて君を動かすのが不可能だ、と判断したんで、天界はそれこそこの世界が始まって以来、前代未聞の行動に出た。君に直接サドンデスさんを倒してくれ、と依頼することにしたんだ。で、その使者として選ばれたのが、僕なわけ」
『………………』
 セオたちは、しばし沈黙した。自分の力がそんなに言われるほど大したものだとは思えない。それに対して警戒されたり排除すべきだと考えられても対応に困るものはある。
 だがそれ以上に、天界の神々に『サドンデスを倒してくれ』と依頼されても、はいそうですか、とうなずきにくいものがあった。
「……いろいろ言いたいことはあっけどよ。一個ずつ聞いてくぞ。なら、なんでお前は俺らにサマンオサを助けたら話をする、なんて条件出しやがった」
「ああ、それは僕の交換条件のせい。僕は、使者を引き受ける代わりに、セオくんにサマンオサの現状を打開させてもらうっていう条件で行動してたから」
『……はぁっ!?』
「まぁ、さっきも言った話になっちゃうけど……僕の行動原理は、『失われる命を減らす』ことなんだ。だからばかすか人が殺されていくサマンオサの現状は嬉しくなかった。で、まぁサマンオサであれこれ動いたりもしたけど、基本サマンオサではもうしばらく偽王を泳がせておく、っていうのが天界の方針だったから、あまり大したことはできなかった。下手をすると、サマンオサで失われる命よりもさらに多くを他で減らす、なんてことにもなりかねないからね。だから今回の話が来た時に、交換条件として上に持ちかけたんだ。セオくんが進む道を整える力を持つのなら、命が失われることを厭う君は、サマンオサで失われる命をできる限り減らしながら、結界が弱まることのない最上の数に導いてくれるだろう、って。で、実証実験も兼ねて許可が出たわけ。今裏付け調査してるところだけど、少なくとも否定されるような情報は聞いてないな」
「…………」
「じゃあ……俺たちをここに連れてきてから、とっとと逃げ出したのは?」
「その実験と、単純にいろいろ聞かれた時にうまく話す自信がなかったから。あの時点で全部ぶっちゃけてたらサマンオサを助けるための行動によけいなタスク……やることや考えなきゃいけないことが積み上がっちゃうでしょ? 僕としてはそれは嫌だったんだ、サマンオサの人々を助けるのに全力を尽くしてほしかったから」
「次だ。直接依頼、なぞというがならなぜ神が直接話に来ない。天使でもないあんたに使者を任せるなんぞ、大事な会談の使者を外注するようなもんだろうが。曲がりなりにも相手を認めた組織のやることではない、ということも理解できんのか」
「あー、それは単純。ほとんどの神々は、勇者の前に姿を表すことは絶対にしないようにしてるんだよ。まぁそもそも天界の外に出ることが普通ないんだけど」
「は? それで話がうまくまとまるとでも? 正気か」
「あはは、まぁそれは難色を示した良識ある神さまもいるんだけどね。ワランカみたいに独自の判断で君たちを支援している神もいるし。山彦の笛の情報を君たちに届けるよう僕に命令が下ったのって、実はけっこう神々の間での政治的な暗闘の末に行われた支援だったりするんだよ。君たちの情報をより直接的に収集する心積もりもあっただろうけど。……でも、そんな神々でも、君たちの前に出ることはしたがらなかった。君たちと会って直接言葉を交わそうとした神々については、周囲がよってたかって絶対に勇者の前には出ないように説得して、動きを封じたんだ」
「はぁ? なんでだよ」
「だって、勇者に殺されるかもしれないから」
 にっこり笑って告げたサヴァンに、自分たちは揃ってそれぞれの表情で沈黙した。
「……殺される、って」
「存在を抹消されたり、情報を吸い出されたり、力を吸収されて神以上の存在になられたりしちゃうかもしれないから。……まぁ要するにね、ほとんどの神々は、勇者ってものが死ぬほど怖いんだ。自分たちの力ではどうにもできないほぼ唯一の存在。世界を自らの思うように動かせる神が、絶対に思い通りにはできないもの。そして世界の中に生きながら唯一、神を殺せる生物。だから怖くて怖くてしょうがなくて、向き合って話すなんて絶対嫌なわけ。セオくんがどうこうってことじゃなくてね。世界をどうとでもできた自分たちがどうとでもされるかもしれないってことが、それこそ死ぬほど怖くて嫌なんだよ。……ま、話をまとめるのに不都合なのは間違いないんだけど、そこらへんは下になんとかしろって丸投げするのがどこにでもいる嫌な上司ってものなわけでね。たいていの神さまって基本的に自分たちが死ぬのは世界の存続に不都合なわけだから、世界の人々は自分たちの言うことやることはいはいって聞いてしかるべき、って考えてるから」
「死にくされクソクズ野郎どもが」
「あっはっはー。で、他に聞くことは?」
「……俺たちがそんな話を聞かなきゃならない理由、ですかね。世界の存続うんぬんはとりあえず置いておくにしても、そんな思い上がった相手の依頼をはいそうですかと聞かなきゃならない理由があると?」
「んー、そうだね、まぁ気分的にはあんまりないかもね。報酬ったって神々に与えられるもので君たちの気分を覆せるほどとんでもないものってないし。……ただ、神々を皆殺しにすることは、世界の管理者を消滅させることだ。世界を護る結界がさして時間をかけずに破れ、世界の崩壊が始まるんだってことは頭に入れておいてほしいな」
『…………』
 またも全員がそれぞれの顔で沈黙する。その場の感情だけでどうこうできる話ではない、というのは全員よくわかっているのだろう。
 だがだからといって、神々の依頼をそのまま請けることはできない。依頼というものは、依頼者と実行者の間に信頼関係がなければ成立しえない。心の底から信じ合っているかということではなく、相手が自分たちを裏切らない、自分たちの仕事に正当な報酬が支払われる、という最低限相手が義務を果たしてくれるはずだと信頼しあえる関係のことだ。
 これまで自分たちは神々に情報を遮断され、のみならずロンの精神を支配下におかんと絶えず試みられている。そんな相手の依頼を請けろ、というのはいくらなんでも無理がある。おそらくはサヴァンはまだこれから話すことがあるのだろう、と見つめていると、サヴァンはちろりとサドンデスを見つめ、軽い口調で言った。
「サドンデスさんの依頼は、依頼っていうより勧誘なんですよね?」
「ああ。まぁな」
「なんでわざわざセオくんを誘うのか聞いてもいいですか? 正直僕個人的に気になるんですけど」
 サドンデスはにやり、と笑った――と思うや、雷光のような体さばきでサヴァンと間合いを詰め、胸に指を突き入れる。サドンデスの指がサヴァン胸の筋肉を法衣ごと貫いているのだ。騒然となる仲間たちを目で制し、セオはぐ、と奥歯を噛み締めながら二人を見つめた。
「白々しい。そういう形にしたかったんだろうが? 俺を取って世界を滅ぼすか、不本意ながら神どもの言うことを聞いて世界を護るか、そういう形にするために俺がサマンオサに来る機をうまい具合に調整したんだろうが?」
「……っ、それを、承知で、乗せられてくれたのは、なんでかなぁ、って、個人的に、気になりまして………」
「ふん………俺としても、このガキどもは気になるのさ。あの時、いつものように気に入らないから殺した奴ら。――俺をして、その程度のこととしか思わせなかった、その力のほどがな」
 ずっ、とサヴァンの胸から指を抜き出し、サドンデスは口の両端を吊り上げる。そしてくるりとこちらを向き、自分たちの方を見る。その瞳が一瞬、ぎらりと輝いた。
「はっきり言やあ、試してみたいのさ。こいつらが俺の前に立ちふさがりうるほどの存在なのかどうか。俺の敵と、あるいは味方となりうるほどの代物なのかどうか、な」
 告げるとサドンデスはばさり、とマントを翻し、自分たちに背を向けた。
「一ヶ月……いいや、そうだな、二ヶ月待ってやる。その間に、俺につくか神どもにつくか、答えを出せ。それができないようなら、今度こそきっちり首飛ばして肉と内臓燃やして、もう蘇れないようきっちりしっかり全身塵にしてやるさ」
「…………っ」
「あ、サドンデスさん。もういいんですか?」
「ああ。二ヶ月後、また会いに来る。それまでに俺に立ち向かうか、従うか、決めておくことだ」
 言ってサドンデスはかつかつと足音を鳴らしながら部屋を出た。扉が閉まると同時にすぅっと気配が消える。おそらくは転移したのだろう。圧倒的な威圧感がなくなり、自分たちのみならずサヴァンやエリサリまでもが解放感にふぅっ、と息をついた。
「くそ……まったく、面倒くさい相手だ。俺たちより強い存在だというだけならともかく、本当にいつ何時突然こちらを殺す気になるかしれない相手というのは、相対していて疲れる」
「うー、あの人やっぱりそんな奴なんだよなー……むー、なんかやだなー、それって。自分の名前とおんなじ名前の人なのに」
「なに抜かしてやがる、名前ごときで言動だのなんだのが決まるわけねーだろうが。お前とあいつは縁もゆかりもねぇ他人以外の何物でもねーんだよ」
「うー、そりゃまぁそうなんだろうけどー」
「なるほど、『あの女は敵だがお前は俺たちのかけがえのない仲間だ』と言いたいわけか。フォルデらしいまわりくどい口説き方だな」
「なっ………なに抜かしこいてやがるこのクソ賢者ぁぁぁぁっ!!! なんだ口説き方って誰が誰を口説くってんだ、第一俺は別にんなこと少しも思って」
「え、そーなの!? なんだー、フォルデに認められたー! ってちょっと嬉しかったのに」
「なっ……てめ……ぐっ………」
「ふむふむ、レウの純真な子供の率直発言殺しの切れは相変わらずだな。これはもはやさっさと全面降伏して俺たちにその愛に満ちた胸の内をさらけ出した方がいいとは思わんか?」
「やかましい誰の胸が愛に満ちてるってんだいい加減黙らねぇとマジでその顔ぶっ潰すぞ………!」
「はいはいお前ら、他の人がいる前で騒がない! ……すいませんねお二人とも。まだなにかご用があるんでしょうに」
「いえ、あの、サヴァン殿の話で、すでに大半は終わったようなものですが……」
「サドンデスさんに期限切られちゃったしねぇ。ありゃ二ヶ月後に答え決めてなかったら、本気で君たち皆殺しにする気だよ?」
「う………」
「……もうひとつ、サドンデスさんには、聞いておきたいこともあったん、ですけど」
「ん? なに、どんなこと? セオくん」
「サドンデスさんが、この時機にサマンオサに来た理由、です。サヴァンさんたちが、サドンデスさんのやってくる時機を、俺たちとかち合うようにある程度調節できた、ということは、今のサマンオサに、サドンデスさんがやってくる気になるほどのものがある、ということになりますし」
「ああ、それは単純だよ。サマンオサの偽王に従っていた魔族たちが混沌を呼び込む術式をやってただろ? あれを見に来たんだと思うよ。普通に考えて天界がそれを放置しておくはずはないし、異端審問官をことによると数十人単位で派遣するだろうから、それを捕まえて天界の動きと居場所を探ろうとするだろうって考えて、遠距離から監視しながらなんとかかんとか調整したみたい。天界としては、さっきサドンデスさんが言ったみたいに、サドンデスさんに従って世界を破滅させるか神々に従って世界を護るかっていう二者択一に持っていきたかったみたいだから」
「そう、ですか。ありがとう、ございます」
「いやいや」
「……つーかな。その前に、いろいろ言っとくことあんだろーが、お前ら」
「っ……」
「え? なんの話ー?」
「ごまかす気かてめぇぶっ殺すぞ! しれっと嘘ついて俺たちに同行しやがったことだの、異端審問官だなんだと法螺吹いて普通のエルフのふりして何度も俺たちに会いに来やがったことだのだよ!」
 その言葉に、場の視線がサヴァンとエリサリに集中する。エリサリは顔を真っ赤にして身じろぎしたが、サヴァンは平然とした顔でにっこりと笑ってみせた。
「申し訳、ありません……でも、異端審問官だというのは、本当なんです。サヴァン殿もさっきおっしゃってましたけど、異端審問官というのは仕事も多いですけどその分遣り甲斐もある、天界でも花形と言える部署なんです。私本当にまだまだ新米で、補佐役とはいえこんな会談に参加できる身じゃないんですけど、それでも任された以上は精一杯頑張りたいと……」
「僕は別に嘘ついてないよー? 君たちと一緒に旅する時も、お互いにとって都合がいいからって正直に言ったじゃない。黙っていたことはいっぱいあったけど」
「そーいうこと言ってんじゃねぇよおちょくってんのかっ! 俺ぁな、てめぇらが影で俺らの行動うまく操ろうとしてやがったくせに、しれっとした顔して俺らの前に現れやがったってのが心底気に食わねぇんだよっ! ふざけんのもいい加減にしやがれこのスッタコ野郎どもがっ!」
「っ………それ、は………」
「ま、それは確かに申し訳ないとは思うけどね」
 小さく苦笑しながらも、サヴァンは平然と肩をすくめてみせた。
「でも、僕としてもそうしなくちゃならない理由と事情があったんだもの。都合と状況がそうなってる以上、こっちとしてはじたばたせずにそれを受け容れるしかないじゃない?」
「……よくもまぁ抜かしやがったなこのクソタコ野郎、上等だ、てめぇの全身の骨ガタガタ言うまで叩きのめして――」
「すいません、フォルデさん。その前に、ひとつ、サヴァンさんに聞いても、いいですか?」
 途中で口を挟んだ自分に、フォルデは少し目を見開いたが、すぐに表情を仏頂面に変えて退がった。自分などが話の邪魔をしてさぞ苛ついたことだろうに、それでも自分の言葉を受け容れてくれるのは、フォルデが優しい人間だからであるのと同時に、こんな自分の判断を信頼してくれているからだ。なんとしてもその信頼に応えないわけにはいかない、とセオはじっ、とサヴァンを見た。
「サヴァンさんは、なぜ、失われる命を減らしたいと、思われるんですか?」
「ん? んー……いや、さっき言ったじゃない。ただの個人的な感傷だって」
「できれば、なぜ、そういった感傷を抱かれるのか、お聞きしたい、んです。ぶしつけは承知ですが、サヴァンさんがなにを、どう考えて、感じてらっしゃるのか、少しでもわかりたいと、思うので」
「ん――――……………」
 サヴァンは苦笑の表情のまま、しばし唸る。表情や声から、サヴァンがなんとか話を逸らしたいと考えているのは自然と知れた――が、同時に自分たちに嘘をつかないように話したい、と思っているのも感じ取れた。以前感じた時と同じく、サヴァンは本当に優しい、いい人だと思えるからこそ、そう感じるというのもあるだろうが。
 けれど、彼が以前白の森=\―世界樹の森で誓った言葉に、嘘はなかったとセオは思ったのだ。『蒼天の聖者≠フ名と、それに培った誇りと、かつて仲間だった勇者サドンデスに懸けて』自分たちと喧嘩はしない、と告げた彼の顔には、確かにありったけの熱誠があったと。
 サヴァンはじっと見つめる自分と苦笑の表情で数分間相対したのち、根負けしたように肩をすくめた。
「………つまらない話だよ? 本当にどこにでもある、ただの身の程知らずの話なんだから」
「それでも、できれば、お聞きしたい、です」
「そう? うーん………まぁ、ぶっちゃけちゃうとね。僕が昔遊び人だったのは知ってる? それって、少しでも人の不幸を減らしたかったからなんだ」
「え……?」
「別に僕が不幸な生い立ちだったとか、人生を変えるような衝撃的な事件があったとかじゃないんだけどね。僕は、成長するにつれて、世の中のいろんな不幸なことが嫌で嫌でしょうがなく感じられるようになったんだ。世の中では魔物をはじめとするいろんな事件で、いやなんにもなくとも人が相争って死んでいく。それがもう嫌で嫌でしょうがなくてさ、少しでもそれを減らしたいと思ったんだけど、僕って昔はそういう不幸と全力で戦う気概も気迫も持ってなくて、自分って駄目だなぁと思いながらも少しでもましなことをして自分を慰めたくて、人を面白がらせられる遊び人になったわけ」
「…………」
「でも遊び人の世界ってのもあれはあれで厳しいからね。そんな腰の据わらない覚悟で遊び人になった僕は、当然食い詰めて、自分の口を糊するためだけの日雇い仕事をくり返すようになった。だけど遊び人っていうのはそういう仕事にはものすごく向かない職業なんだよね。なんであちらこちらから蹴り出されて、行き倒れてもう死ぬかも、って状況になった時――サドンデスさんと会ったんだ」
「サドンデス、さんと……」
「サドンデスさんは、まだ神竜の力を得て数年ってところだったと思うんだけど、行き倒れてる僕の目の前を通り過ぎようとして、ふいに足を止めた。それで僕の胸倉をつかんで持ち上げて、もう今にも僕を殺そうとするんじゃないか、って顔で睨みつけて、こう言ったんだ。『てめぇ、なんで生きてやがんだ』って」
「え………?」
「『自分の人生だろうが。てめぇの命も体もてめぇだけのもんだろうが。だってのになんでそんなてめぇの人生は他の誰かのせいでこんなことになったんだ、みてぇな顔で座ってやがる。そんな奴が生きててなんになる』って、本当にすんごい顔で睨みつけながら言ってね。いきなり剣を抜き始めたわけ。その頃の僕は本当に物騒なことにはまるで縁のない生活してたから、もう本当に血の気がざーって引いたねぇ」
「……そりゃまぁ、当然だろうが………」
「で、僕はその場に土下座して叫んだわけ。『どうか僕を鍛えてください!』――ってね」
『………は?』
「その時はサドンデスさんの素性もなにも全然知らなかったんだけどね。仲間を一人創れる勇者だなんてそれこそ想像もしてなかったし。それでもあの人が本当に強い人だっていうのはわかったから、自分の弱さとか情けなさとかにほとほと愛想の尽きてた僕は、『なんでもしますから僕を鍛え直してください、ちゃんとした人間になれるようにしてください』って頼んだわけ。まーそれを人に頼むってとこからしてどーしようもなく他力本願で怠惰ななっさけない人間の行為そのものなんだけどねー」
「……それで?」
「サドンデスさんは眉を寄せて険しい顔してたんだけど、その頃はあの人も今よりだいぶ丸かったし、たぶん自分がどれだけ誰かを鍛えられるのかって好奇心もあったんだろうね。僕を仲間にして、荷物持ちとして連れ回して、レベル20になったら賢者に転職させて、それから僕が今のレベルになるまで一緒にいさせてくれたわけ」
「……ずいぶん下の目線からものをいうんですね。あなたほどのレベルの賢者なら、サドンデスにとっても有用だったでしょうに」
「そりゃまー僕程度の有用さだったらあの人にとってはないのも同じだからねー。僕とあの人が別れることになった時でさえ、荷物持ちよりは少し役に立つかな、ぐらいでしかなかったと思うし。数年間一緒にいたけど、僕があの人の役に立ったことって本当に、数えるほどしかないんじゃないかな。――だから、僕はあの人に心底感謝してるんだ」
「感謝……ですか」
「うん。本当になにもできなかった、社会のクズでしかなかった僕を、殺さずに、ここまで育ててくれたこと。死んだら生き返らせて、死にそうな傷を追ったら癒して、別れる時まで旅の連れとして護ってくれたこと。僕は本当に何十回、何百回って死んだけど、そのたびにあの人はろくに役に立たない僕を引きずり上げてくれた。仲間として助けてくれたかって言われたら否だけれど、僕だって仲間として役に立つことはできなかったんだから当然だよね。だから――僕は、世界から一人自分にとっての勇者を選び出せって言われたら、迷いなくあの人を選ぶんだよ」
『…………』
 場にしばし、沈黙が下りた。サヴァンの言葉に確かな真実を感じ、それぞれに思うところがあったせいだと思う。
 圧倒的な暴虐、とほとんどの人間が捉えるだろう彼女。それをただ一人の勇者として尊崇する心がここに在る。人の価値というものは、それほどに人によってまったく異なるものだ、と当たり前のことを思い起こした。
「……てめぇは神だのなんだのって奴らの手下なんじゃねぇのか。あいつに尻尾振ってていいのかよ」
「まぁ、上の人からはよく思われてないだろうってのはわかるけどね。そこらへんは僕としては無視するつもりなんだ。そのために、僕は『自分のためには呪文は使えない』ようになったようなもんだし」
「え……」
「あー、まぁここまで言ったんだし話しちゃうか。あのね、僕がサドンデスさんと別れたのは、上の方々からの僕に対する勧誘が激しくなってきたっていうのもあるんだよねー。賢者ってSatori-System≠フ一端末って側面があるじゃない? 僕は最初そのことあんまりわかってなくて、人を助ける力を手に入れられるからっていうんでほいほい賢者に転職しちゃったわけだけど、まぁサドンデスさんはそこらへんを確かめるためにっていうつもりもあったんだろうねー。とにかく上の方々はまともに防壁張ってなかった僕からがんがん情報吸い出してたんだけど、それだけじゃ飽き足らなくなって僕に誘いをかけたわけ。サドンデスさんを裏切って、自分たちの配下に付かないか、って。こっそりとね」
「……それならあんたに狙いをつけて強制的に侵食すればいい話じゃないのか。賢者である以上、Satori-System≠フ侵食からは逃れられないんだからな」
「え? なに言って……あーそっか、そこらへんの情報引き出したいんだね? 心配しなくていいよ、君の思ってる通りだから。賢者に対するSatori-System≠フ浸食は、他者が早めたり遅くしたりできる類のものじゃない。そもそも侵食っていうよりは、Satori-System≠フ圧倒的な情報量に精神が変質してしまうっていう方が正しいんだからね。君がSatori-System≠ナ得た情報を他人に話せない、とかは単にその情報のライブラリにウイルス――『その情報は神々の許しがなければ他人に話せない』という呪いがかかっているだけだ。定められている方法で正しく¥報収集していけば解ける呪いだよ。封じる℃いである以上最後の鍵は有効ではあるけどね」
『え………』
「そもそもSatori-System≠発案した学問の神ネージャは神々の中でもレベルが高い、穏健派の重鎮とも言える一人で、人間の運命を操るのを嫌う神だからね。まぁ試練を与えるのは好きみたいだけど。――それを、侵食を防ぐには、絶えず自らの精神と向き合い、幾度も幾度も繰り返し悟り¢アける他にない。賢者として高い能力を持つ君ならば、できないことじゃないと思うけど?」
「そうなのか!?」
「……かといって楽観はできんがな。のらくら怠けていられなくなったというだけでも俺の人生に重石がのしかかったようなものだし」
「おい、こういう時ぐらい茶化すのは止めろ。つまり、ロン。お前は普通にやっていれば、精神が侵食される危険は低いんだな?」
「まぁ……そうなる、か」
 はーっ、と自然と自分たちの口から息が漏れる。ロンの精神がSatori-System≠ノ侵食されるかもしれない、という情報は、ロンの言葉ではないが全員の心に重石としてのしかかっていたのだと改めてわかった。
「はー、よかったー、ほっとしたー。もーロンってばそーいう予想ついてたなら早く言えよー!」
「いや、確定するまで口に出せないという気持ちはわかるよ。とにかく……よかった」
「よかった……です。本当に……」
「セオてめぇ目ぇ潤ませてんじゃねぇよったくしょうがねぇな。ロンてめぇそういう話なら最初っからそう言いやがれ! ……まぁ、どっちにしろ、うさんくせぇのは同じだし、心だのなんだのが変わっちまうかもしんねぇってだけでも頼る気になんねぇのは変わんねぇけどよ」
「フォルデ……お前の溢れんばかりの愛、しっかり受け取ったぞ。いや、まったくお前の可愛さは年に比してちょっとまずいんじゃないかと思うほどだな」
「なっ……てめぇ馬鹿にしてんだなよしわかった表に出やがれ!」
「……みんな、すまんな。無駄に心配をかけてしまったようで」
「いいえっ! そんなこと、ない、です……ロンさんの心配をするのに、無駄なことなんか、ないです……」
「そーそー! 気にすんなって、ロンがどーにもなんないならそっちの方が全然いーよ!」
「そうか……すまんな、みんな。ありがとう」
「どーいたしましてっ!」
「え、あ、その、えと………はい。ありがとう、ございます」
「……やれやれ。ほら、フォルデも拗ねてないで戻ってこい」
「誰が拗ねてるってんだふざけんなてめぇぶっ飛ばされてぇのかっ!」
「話戻すよー? えーと、とにかくね、上の方々の勧誘を僕はぴっしゃり断ってたんだけど、まぁいつの世にもあるようにそうしたらSatori-System≠使わせないぞ、とか脅しをかけられたりしたわけ。まぁその脅しもネージャのSatori-System≠ノ対する頑固なまでの信念を知る身からすると実際にやれるかどうかは怪しいもんだと思うけど、その頃の僕はそんなこと知らないからね。自分の力が半減されたりまともに使えなくなったりするんじゃ、って悩んだ――んだけど、すぐにそれは無駄に終わったんだ」
「無駄……というと?」
「そりゃーもちろん上の方々に勧誘されてる現場にサドンデスさんが襲撃をかけてきたからだよ。逃げる異端審問官を追って、サドンデスさんはいなくなった。茫然とする僕を一人残してね。で、そこに改めて別の異端審問官が現れて、勧誘を再開した。サドンデスさんの詳しい情報とか、神々がどういう存在か、とかたんまり話を盛り込んでね。まぁどっちかっていうと勧誘っていうより脅しに近かったかな。サドンデスさんがいない間に、力を背景にしてがっちり誓約を結んでおこうと思ったんだろうけど、僕は僕なりに、その話を聞いて思うところがあったんだよ」
「思うところ……?」
「うん。僕は僕なりに、サドンデスさんと一緒に旅をして信念が磨かれていった。そして、僕なりにはっきりした形を成したんだ。『命を救いたい』っていう形をね。世界の不幸な人を全員救うなんてことは僕にはできやしない、殺される命をすべて護ることも僕にはできない。でも、こんな僕でも、山のように失われていく命を少しでも減らすことができたら、少しでも命を護り救うことができたら、っていうように思うようになったんだ」
 ほー、とレウが感心したように息をつく。
「なんか、サヴァン……勇者みたいじゃん。すっげー、ちょっとカッコいいな」
「おいてめぇ誰でもかれでも尻尾振ってんじゃ」
「違う違う、勇者なんてものじゃないさ。僕はそんな代物とはまったく違う。勇者は『自分にはできない』なんて絶対にあきらめない。どれだけ『できない』理由が積み重なろうが、『絶対にやる』と決めて、実際にやってのけてしまう。世界を背負うほどの気迫と気概と行動力。それこそが勇者の、力うんぬん以前の莫大なエネルギー総量を支える代物だ。僕なんかはたまたま与えられた力をなんとかかんとかうまく使うよう学習できただけの小才子にしかすぎないよ」
「えー? なんか難しくてよくわかんないけどさ、サヴァンって人を助けたくて、実際に助けてんだろ? それって勇者とおんなじくらいすっげー偉いことだと思うんだけど、違うの?」
 セオは思わず深く息をつき、深々とうなずいて同意を示した。レウの眼差しは、いついかなる時もまっすぐに眩しい場所を見つめている。
「……はは。ありがとう。……まぁとにかく、僕は僕の目的のためにあれこれ考えて、上の方々に協力した方がより多くを助けられるんじゃないかと思ったんだよね。でもサドンデスさんを裏切りたくはなかったわけ。だから、サドンデスさんに頼んだんだ」
「頼んだ……?」
「そう。僕の存在を、縛ってくれるように。呪術なり神竜の力なりでね。サドンデスさんに不利なことができないよう、情報も流せず逆らうこともできないよう。それでもまぁ僕は上の方々に物の数くらいには数えてもらえるだろうと思ったし、サドンデスさんに呪いをかけられたって言えば上の方々は文句言えなくなっちゃうだろうから、いいかな? って思ったんだ」
『…………』
「で、それを聞いたサドンデスさんは、ふんって笑って言う通り縛ってくれたんだ。――僕が、僕自身のためには絶対に呪文を使うことができないように」
『…………は?』
「なんだ……それってどういう……? っつか、お前以前からぱっぱか呪文使ってたよな?」
「あれは『他人の役に立つ』っていう理由があるからだよ。理由があるだけじゃなく、間違いなく僕がそのためにこそ、他者のためにこそ呪文を使いたいと思っていないと僕の呪文は発動しない。一人きりでも『他者のために』っていう理由があるなら呪文は使えるんだけどね、僕自身のためにっていう気持ちが大きかったりしたらその時点で魔力が霧散してしまう。――僕は、自分以外の存在のためにしか呪文を使うことはできなくなったんだ」
「え……いや、だって、なんで? サヴァンにそんなことして、あのサドンデスって人、なにが嬉しいの……?」
「……その後サドンデスさんは僕に不敵に笑って、『これからはせいぜい自分のために生きるんだな。神様のためでも世界のためでも知らない誰かのためでもなく、ただ、自分のために』って言った後、去っていった。正直殺されるの覚悟で言った言葉なんだけどねぇ、あの人にとってはそれだけ僕の存在って軽いもんだったんだろうなーって切なくなったよ」
「それ、前に言ってやがった……」
「えー? なにそれ、どーいうこと? ほんとにぜんぜんわかんねーよー!」
「うーん……まぁ僕なりに翻訳しようと試みるとね。あの人は、与えた僕の力が、僕の最初の気持ちからずれないようにしてくれたんだと思うんだ」
『……は?』
「ずれない? って……?」
「僕があの人に自分を鍛え上げてくれと頼み込んだ時の気持ちに、嘘がつけないように。僕は自分なりに少しでも人を救う力がほしいと思ってサドンデスさんに頼み込んだ。その時の自分のありったけを差し出して人を救いたいって気持ちが薄れれば、僕は呪文が使えなくなる。高いレベルで自分の身を護ることはかろうじてできたとしても、人を救うために発揮できる魔法の力がさっぱり消えてしまう。……縛ってくれと頼んだ僕の気持ちに、甘えるんじゃないと蹴りを入れて鉄板を差し込んでくれたわけさ。自分のために呪文を使うことができない*lは、他人のために℃文を使おうとするならば、簡単にただひたすらに他人に使われるだけの呪文使用機になってしまう。それが嫌だと思うなら、僕に自分の意志と足で立つ気概があるのなら、自分のために、自分の意志で、他者のために呪文を使い続けろ。最初に抱いた輝きのままに。そう活を入れてくれたんだ、って……まぁ僕が勝手に想像してるだけなんだけどね」
『…………』
「やー、これあんまり人に言わないでよ? 本当こんなこと話したの君たちが初めてなんだから……あーもー仕方ないとはいえやっぱりめちゃくちゃ恥ずかしいなこんなこと語るの!」
 おどけた表情でそう言ってがりがりと頭を掻くサヴァン。だが、それでも、わかる。否が応でも伝わる。サヴァンがサドンデスにどれだけの感謝と尊崇を捧げているか。今語ったことに、どれだけサヴァンにとっての真実を込めていたか。
 だから、セオは、ひたすらに深く頭を下げた。それ以外の謝意の表し方が、セオには思いつかなかったので。
「サヴァン、さん。……ありがとう、ございます」
「いやいや、礼を言われることじゃ」
「……チッ。ふざけた話だぜ。……わーったよ、お前がとりあえず今んとこ嘘つく気ないってのは一応信用してやら」
「ふーん……なんか、よくわかんないけど。まー、サヴァンがサドンデスとすっごい仲良しなのはよくわかった」
「仲良し、と言っていいかは知らんがな。慕っているのは確かにわかった」
「まぁ、基本他者救済が行動理念だっていうのはわかりましたよ。嘘はつかないにしても、うまく人を動かすのが得意な人だとは思いますけどね」
「……で、だ。とりあえずそっちの方はこの後数百発焼き入れるってことで納得しといてやるにしても、だ」
「え、数百発!? うわー容赦ないねーフォルデくん……」
「うっせ、再起不能にしねぇだけ感謝しろ。……そっちのお前はどうなんだよ」
「え……」
 フォルデの鋭い視線を向けられたエリサリが、びくっと身体を跳ねさせる。表情には明らかな怯えと、いくらかの混乱が見て取れた。
「そうだな。そちらの方の弁明はまだ聞いていない。せいぜいとっくりと聞かせてもらおう、神の奴隷の言い分をな」
「ロン、お前またそんな……相手が若い女の子だからって」
「それが関係ないとは言わんがそれだけというわけではないぞ?」
「若い女の子っていうだけでそれだけ凄むような奴だったらこれまでの関係を考え直させてもらうところだよ」
「ちっ……相変わらず女には甘い奴め……相手が守備範囲外の年齢でもすぐ守護騎士状態になるのだから女性至上主義者というのは手におえん。どうせなら守備範囲外の性別でも反応するようにしてくれればいいものを」
「いやお前性別ってのは年齢よりもはるかに大きな相違点だろ」
「……だーっ! お前らくっだんねーことくっちゃべってんじゃねぇガキの前でっ!」
「? ガキって俺? ラグ兄とロンが喋ってたのの、どのへんがそんなにくだんねーの? っていうかどーいう意味か俺よくわかんなかったんだけど」
「仕方ない奴だ、ではこの後俺が二人っきりでしっぽりしっとりと教育して」
『やめんか!』
「というか俺が言ってたのは本当にそんな深い意味じゃないからなっ!?」
 会話のはずんでいる仲間たちをよそに、セオはエリサリの瞳をじっと見つめた。エリサリのためにも、仲間のためにも、それが自分にできる一番マシなことだと思うから。
 エリサリも言葉を失い、小さく息を呑みこみ、ぎゅっと拳を握りしめてセオを見つめ返す。その物言いたげな、切なげな瞳に、セオはエリサリの確かな意志を感じた。
 エリサリもまた、はっきりと自らの意志を持って神に仕え、生きているのだというのがよくわかる。その中で悩み、考え、苦悩し、自分の前にこうして来てくれたのだと。
 彼女の上司にとっては建前のために、ただその場に居合わせさせておけばいいだろうというぐらいのことでしかなかったとしても、彼女は彼女なりに、この場に決死の気構えで臨んでいたのだと。
 見つめる。見つめ返される。また見つめる。また見つめ返される。幾十幾百と視線が交わされたのち、エリサリの唇が震え、口が開かれた。
「セオ、さん。私は、神々のなさっていることは、正しいと、思います」
「はい」
「確かにはた目には無駄な犠牲を肯んじているように見えるかもしれません。でも、それは、できる限り検討し尽くして、そこで犠牲を出すのが一番結果的に失われるものが少なくて済む、と考えるからこそなんです。神々は世界を動かす黒幕なのではなく、世界のために全力で戦っている救済者なんです。それを考えずに、無視して、間違っていると、許せないと憤るのはおかしいと、私は思います」
「はい」
「本当に、そう、思うんです………」
 言って、エリサリはうつむいた。その仕草に彼女の苦しみが現れていて、セオは深く息をつく。
 できる限り彼女の近くで声をかけたくて、立ち上がりエリサリに歩み寄る。エリサリはびくっ、と小さく震えたが、うつむいたまま無言を通した。
 エリサリの目の前から、エリサリを見つめ、自分の心に湧き上がる感情のままに言葉を紡ぐ。今自分に求められているのは、そういうことだろうと思うから。
「エリサリさん。俺は、神々と呼ばれる存在と、会ったことも、話したこともありません。ですから、どういう存在か、ということを判断することは、できません」
「………はい」
「でも、あなたが、本当に頑張って、神々と呼ばれる、存在を擁護しようとしているのは、わかります」
「…………それ、は」
「あなたが、なにをするかは、あなたにしか決められ、ません。その中で、あなたが神々と呼ばれる存在の擁護をしようと考える、というのは、ものすごく、大変なこと、ですよね?」
「それは…………」
「俺は、その。あなたには、苦しんでほしくない、と思います、けど………でも、頑張って生きてほしい、とも、思います。俺は、どちらも必要で、大切な要因だと、思うので」
「え……はい……?」
 エリサリが怪訝そうに顔を上げる。それと真正面から向き合いながら、セオはわずかに顔を緩めて、告げた。
「だから。あなたが、愚痴を言いたくなったり、もやもやをぶつけたくなったり、誰かに会いたくなったり、俺たちに言いたいことができた時には、俺たちのところに、来てください。俺たちは、切羽詰まった用事があるという時でもなければ、いつでもあなたを歓迎、しますから」
「……………」
 エリサリがカッと顔を赤らめてまたうつむく。あ、やっぱり俺なんかがこんな偉そうなこと言うのは失礼だったかな、と一瞬おろおろするが、エリサリはすぐに顔を上げて、まだ赤い顔で小さく言った。
「……すいません、そろそろ次の仕事の時間が迫っておりますので。混沌召喚儀式の後始末関連の情報については、あとで改めて書面でお知らせします」
「え、あ、はい」
「忙しなくて申し訳ありません、ただ我々としても今は非常に忙しくて。この世界に降臨した魔王に影響されて魔族も活発に動いていますもので、その対策等も立てなければなりませんし……異端も小さいものも含めれば非常に多く発生していまして、やるべきことはとてもたくさんあるんです………けど」
 またうつむいて、さらに小さな声で、か細く告げる。
「話したい、と思うことがあれば、また改めて、セオさんのところにうかがいます、から」
「……はい。お待ちしております」
 またわずかに顔を緩め、こっくりとうなずくセオに、エリサリはぎゅっと顔をしかめ、「それではすぐ帰らねばなりませんのでっ!」と言って部屋を出て行った。一瞬やはり自分の言い草が気に入らなかったのでは、と思うが、敵意や怒気は感じない。自分の言った言葉がちゃんと伝わったのか確信は持てないながらも、一応の成果は感じて振り向くと、仲間たちの物言いたげな視線と目が合った。
「………? あの、なにか………」
「や……別に、なんかあったってわけじゃ、ねーけどな」
「なんか仲よさそうだったなーって。俺あんま知らないけどさ、セオにーちゃんってエリサリのねーちゃんと仲いいの?」
「っ、ばかやろ、てめっ」
「仲……がいい、とは思わないけど。ただ……エリサリさんは、すごく一生懸命な人だから、尊敬している、かな……」
「ふーん……」
 レウは納得いったようないっていないような顔をしていたが、すぐに違うことを思い出したようで、顔をしかめてうーんと伸びをする。
「あー、それにしても……つっかれたー!! なんかめちゃくちゃ話長かったなっ!」
「……ま、確かにな。裏を明かしたってのは確かだろうけど、事情やらなんやらも付け加えやがったからとんでもなく長ったらしい話になったって気がするぜ」
「一言で長ったらしい話って言ってしまうのもどうかとは思うが……確かに疲れたな。正直、少し休みたいよ。とりあえず、お茶でも淹れるか」
「休みたいと言いながら率先してお茶を淹れるお前の主夫度はいつもながら大したものだと思うが、まぁ、そうだな。とりあえず、俺たちには今の情報を咀嚼する時間が必要だ」
 ふぅ、と揃って仲間たちは息をつく。慌ててラグがお茶を淹れるのを手伝いながら、セオも仲間たちの様子をうかがい、気遣って回った。全員それぞれに疲れているようだ――偽王からの戦利品についての話は、また後に伸ばすしかないだろう。

 マイーラはのろのろと身を起こした。なんだかひどく、頭ががんがんしている。
 眠る前の記憶が薄いのだが、自分はどこでなにをしていたのだろう。ここは自分の部屋のようだが寝間着も着ていないし――などというのんきな考えはセオと目が合った瞬間に吹っ飛んだ。
 勇者セオが、気遣わしげな表情で、寝台に横たわっている自分をのぞき込んでいる。
「――――――ッ!!!! ゆっゆっゆっ勇者セオっ!? あ、あ、あなたなにを………ッ!!?」
「え? マイーラ、姫殿下の、お加減はどうか、と思って、様子をうかがっていた、んですけど……?」
「………っ、………っ、……………、そう、ですか。それは、失礼を、いたしました」
 まだ高らかに鳴っている心臓を押さえながら、なんとかそう呟く。状況がいまだによくわからないが、セオが紳士としての振る舞いをする以上、こちらも淑女として振る舞わなくてはならない。
「マイーラ、姫殿下。エリサリさんが、お詫びを言って、おられました。仕事が迫って、いるので、すぐ帰らなくては、ならない、と」
「え、エリサリ………? ………、はぁ、そう、ですか………」
 なんだか一瞬一気に体温が冷めると同時に猛烈に苛ついたのだが、淑女として毅然とした態度を取るのにはそれは役に立った。きっ、とセオを見つめ、堂々と言ってのける。
「それで。勇者セオ、あなたは私になにかご用でもありましたの?」
「はい」
 こっくりうなずかれて一瞬心臓が跳ねる――が、その真剣な面持ちからすぐに落ち着いた。マイーラも真剣な表情で、セオに問う。
「どのようなご用か、お聞きしても?」
「はい。グスタヴォ陛下は、いまだ臥せって、らっしゃるとのことなので、先にこれだけはお聞き、しておきたい、と思いまして……」
 不思議な響きの声で、静かなのにはっきりとした眼差しでセオは問うてきた。
「変化の杖を使った俺を、アリアハンへの使節に任命していただけないでしょうか?」
「――――は?」
 一瞬、マイーラはぽかんとして問い返す。――まるで意味がわからない。

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