ロマリア〜カンダタ――2
「……さて。フォルデ、まずはお前に働いてもらうことになるぞ」
 王宮を辞して、宿屋に部屋を取り(旅の汚れは王宮に上がる際に落とさされたので)。ひとつの部屋に全員集まってラグがそう言うと、フォルデは不可解そうに眉をひそめた。
「は? なんで」
「……盗賊というのは本来パーティの知恵袋にもなりうるような立ち位置にいるもんなんだがなぁ……」
「う……うるせぇ腐れ武闘家てめぇに口出しされる覚えはねぇっ!」
「俺が口出ししないで誰が口出しするんだ。お前が未熟だと言ってやれるような厳しくも優しい指導者は俺以外にいないだろうこのパーティ内じゃ?」
「てめぇを指導者なんぞと思ったことはねぇっ!」
「はいはい、少し落ち着けフォルデ。ロンもからかうな」
 いつものごとくムキになったフォルデととぼけた顔のロンとの間に割って入る。普通なら厄介だと思うかもしれないが、この程度の揉め事ならセオの問題よりはるかに易しい(喧嘩の仲裁には慣れてるし)。
 にやにや笑いながら黙ったロンを軽く睨みつけておいてから、フォルデに向き直った。
「フォルデ。賊討伐という仕事にはな、なによりもまず相手の情報が必要なんだ。相手のレベル、拠点、思考に嗜好、戦術に戦闘方法、そういうものを知って作戦を立てなきゃならない」
「……そりゃ、わかるけどよ」
「そういう情報が依頼主からちゃんともたらされれば問題はないが、今回みたいに調べるのも仕事のうち、という場合。一番手近な情報源は盗賊ギルドなんだよ」
「………あぁ!」
 フォルデはようやく納得したらしくぽんと手を叩いた。その仕草はあどけないと言っていいほど子供っぽく、本人の主張するような一人前の男にはちょっと見えない。
「だからお前には盗賊ギルドに行って、カンダタの情報をありったけ仕入れてきてほしいんだ。一応言っておくけど情報料はパーティの共有財産から出すもんだから合計金額覚えておけよ。盗賊ギルドとの交渉の仕方はお前の方がよく知ってるだろうからどうこうしろとは言わないが……うまくやれよ」
「ふん、任しとけ。伊達に物心ついた時から盗賊ギルドとつきあってるわけじゃないってとこ見せてやるぜ」
「で、俺たちは酒場を回って情報収集。盗賊ギルドの情報よりも正確な情報はないと思うけど、なにもしないよりはマシだろうからね。――それでいいかな?」
「ああ」
「……セオもいいかい?」
「え! あ、はい、あの、もちろん、いい、です……」
 それまで真剣な顔で自分の話を聞いていたセオがびくんと震えてそう答える。これはたぶん、自分に意見を聞かれているとは思わなかったってことだろうな――ラグはそう考えて内心苦笑した。
「よし、それじゃ行動開始。――セオ、一人で情報収集できるかい?」
「え、あの、ご、ごめんなさい、頑張り、ます……」
「予防線張るつもりかいきなり謝ってんじゃねぇボケ! ……待ってろ、すぐ戻ってくっからな」
 そう言ってフォルデは出ていく。セオはしばらくラグとロンをおずおずと見比べていたが、二人とも席を立とうとしないのを察したか、泣きそうな顔をして部屋を出ていった。
 またなにか心配して傷ついてるのかな、とラグは苦笑する。悪いことをしたとは思うが、できるなら早めに済ませておきたかったのだ、この話は。
「……で? 俺になんの話があるんだ、お母さん?」
 ベッドに座って力を抜きながら言うロンに、ラグは肩をすくめた。いつものことながら食えない奴だ。
「俺はお母さんなんて言えるほど優しくないよ。――わかってるんだろう、セオのことだ」
「………ふむ」
 ロンはひょいと飛び上がって、ベッドの上にあぐらをかいた。おそらくはロンもこちらが目線で残るよう合図を送った時からわかっていたのだろう、表情に驚きはない。
「セオに――あの子に、発作を起こすほど暗い過去があるんじゃないかって話か? ――言ってみると陳腐だな」
「現実なんてたいていそんなもんだろう。……あの子は、たぶん心の中にいつ爆発するかもしれない爆弾を抱えてるんだと思うんだ。普段の卑屈な態度はその小爆発みたいなもんで。――あの子が自分の力で立てるようになるには、それを解決してやらなきゃならない」
「そりゃわかるがな。向こうから話してくれなきゃこちらだって対応のしようがないだろう。それともむりやり聞き出すか? かえって傷口を広げることになると思うが」
「……というか、な。俺はあの子は、自分で自分の傷の自覚がないと思うんだ」
「はぁ?」
 ロンは怪訝そうな顔をした。まぁ、確かに妙な話ではあるからな、とラグは苦く笑む。
「どういうことだ」
「ひどい傷を負うようなことがあったにも関わらず、そんな傷なんてどうってことない――違うな、そんなことを傷だと認めちゃいけないと思ってるんじゃないかと思うんだよ。あの自信過小の性格からして」
「ああそうか、つまりひどく傷ついたことがあったにもかかわらず、自分ごときが傷ついたなんておこがましい、そんな偉そうなこと考えちゃいけない、とか無意識なり意識上なりで思ったってことか?」
「うん。――俺、故郷で見たことがあるんだよ。あんな風にしょっちゅう発作を起こすほど傷ついてるのに、傷ついてると認めない子。……認めちゃったらもう二度と立ち上がれないとわかってたんだろうな、どっかで」
「ちなみにその子はどういう傷を負ったんだ?」
「――実の親に日常的に犯されて、暴力を振るわれてた。まだ月のものもこないような年頃からな」
「…………………えぐいな」
「……ああ」
 はー、と天井を見上げため息をつく。あの子の――セオの中には、本当にどんな傷があるんだろう。
「どう思う? あの子にもそういうことがあったと思うか? まぁあったとしてもおかしくないような顔ではあるがな、よく見れば」
「……勇者オルテガやその家族がそういう人間だったとは思いたくないけど――人間家庭の中ではなにをしているかわからないものだからね。あるかもしれないとは思ってる」
「で、それに対し俺たちはどうすればいいのかな?」
「機会があれば話を聞いてやりたい。聞き出す形になったとしても」
「ほう」
 ロンは面白がるような顔つきになった。
「それはまた思いきった話だな。あの子をより深く傷つける心配はしないのか?」
「だからって放っておいたらあの子は絶対言わないだろう。――あの子には自分を認める力が必要だ。自分は無価値じゃないってそう思える力が必要なんだ。そのためには、与えられた傷を、それは自分のせいじゃないって思うところから始めなくちゃならない。たとえ本当は責任があったとしても、自分はそれを償うためだけに生きてるんじゃないって、そう思えるようになってほしいんだ」
「……いやはや。本当にお前はとことんいい人だな。どうしてセオにそんなに入れ込むんだ?」
 少し呆れたような顔で言われ、少し照れくさくなりながらもラグは笑った。
「お前だってセオのことは気に入ってるみたいじゃないか」
「まぁ、可愛い子だからな。だがお前みたいに、相手の傷も苦しみも一緒に背負ってやろうってほどじゃない。旅の仲間として軽くちょっかいかけて楽しむくらいだ。俺は無責任だからな」
「……そうか?」
「ああ。お前も、別にあの子に惚れてるわけでもないんだろう?」
「惚れてるって……あのなぁ」
「あの子のなにがそんなにお前さんをそんなに惹きつけるんだ」
 珍しく真剣な顔で見られ、ラグはため息をつく。
「……別に、大した理由があるわけじゃないさ」
「じゃあどんな理由なんだ」
「……あの子が心の底から笑えたら――きっと本当に綺麗だろうって、そう思っただけの話」
 そう言うと、ロンは凄まじく奇妙な顔をした。
「……本気か?」
「ああ――あの子が心の底から幸せになれたら、きっといろんな人を幸せにするだろう。そうしたら俺は嬉しい。苦しくて苦しくてたまらないって顔してるあの子を幸せにできたら嬉しいと思った――ただそれだけのことだよ」
「なんというか――ラグ。お前もなかなか読めん男だな」
「お前に言われたくはないよ」

 セオは半ばぼうっとしながらロマリア城下町の街並みを歩いていた。なんというか――衝撃的だったのだ。
 ロマリア城は大きさといい雰囲気といいアリアハン城とさして変わらなかった。様式はそれなりに違ったが、迫力自体はアリアハン城の方が大きかったかもしれない。
 しかし――この街並みの広さ、にぎやかさ、華やかさは! 世界最大の国家というのは伊達でも酔狂でもないわけだ。
 セオの育ってきたアリアハンの街の人口は十万強。世界の中でも大きい方に属する都市だ。
 だがロマリアの街の人口は二十万を軽く超える。それはわかっていたが、実感として感じるのとはやはり大きく違う。
 まず、ロマリアの建物は歴史を感じさせる古びた建物が多かった。ロマリア人はアリアハン人と異なり古いもの、伝統を感じさせるものを大切にするというのは本当だったらしい。
 それと建物の背が高いのも特徴だ。世界でも有数の建築技術を誇るロマリア首都、風景が縦長に見えるほど建物の背は高く、その中にさまざまな店が入っているらしい。大きな看板が軒先に吊るされていた。
 なのに道はアリアハンに倍するほど広い。交通量も半端ではなく、しょっちゅう馬車やら荷車やらが通る。人々の活力もアリアハンに倍するようにさえ思えた。道を歩いているだけでしょっちゅう店の呼び込みに声をかけられる。アリアハンではそんなこと一度もなかったのに。
 ――もしかしたらそれは、自分がアリアハンでは駄目勇者として知れ渡っていたせいなのかもしれないけれど。
 その結論にたどり着き、セオはどっぷり落ち込んでうつむいた。そんなことにも気づかないなんて――自分は本当に、なんて駄目なんだろう。
 とにかく、ラグに言いつけられた仕事をしなければ。セオは顔を上げ、酒場を探して周囲を見回した。ここらへんは商店街らしいから、酒場の一つや二つ見つかるだろう。
 ――そう思っていたが甘かった。どこまで行ってもあるのは八百屋に肉屋に魚屋に乾物屋……要するに食べ物屋ばかりなのだ。
 そういえばロマリアではひとつの商店街には同種の商店しか入れない、という法令があったが。しかしいったいどこまで続くのだろう、この商店街は。
 裏道に入ってみようかな、と辺りをきょろきょろ見回していると、ふいに声がした。
「お嬢さん、どこを見てるんだい?」
 当然のことながら自分に言われたとは露とも思わないセオは、ひたすら周囲を見回し続ける。
「お嬢さん……無視はないんじゃないかい? なにを探してるんだい、なんだったら一緒に探してあげるよ?」
 セオは気づかず、きょろきょろし続ける。
「お嬢さん!」
「はいぃぃっ!」
 ぐいっと腕をつかまれて、飛び上がって振り向く――そこにいたのはいかにも遊び人風の優男だった。
「あ、あの……?」
「お嬢さん、なにを探してるんだい? 一緒に探してあげようか?」
 笑顔で言う優男に、セオはおずおずと申し出る。
「あの……その、俺、お嬢さんじゃ……」
「ん、なんだいお嬢さん?」
 にっこりと笑顔で言われ、セオは泣きそうになった。
 こんなことを言ったらこの人に恥をかかせてしまうんじゃないだろうか。そんなのは駄目だ、でも言わないと、この人俺を女と勘違いしてるんだし。でもそんなこと言ったらこの人ががっかりするかも――
 ああ、どうしよう、どうすればいいんだろう!?
「ねぇ、お嬢さん。よかったら一緒に食事でもどうかな? 俺おいしい店知ってるんだけど」
「あの、その、えっと……」
「ね、一緒に行こう。決まり。さ、こっちだよ」
 まだセオがなにも答えないうちに男はセオの手を引いて歩き出す。セオはどうしようどうしようと思いながらも、なにも言えないまま男に引っ張られていった。

「―――なんだそりゃ?」
 フォルデは思いきり顔をしかめた。
「なんだそりゃもなにも。言ったまんまさ。カンダタ一味に対する情報はそれで全部だ」
「こんなもん情報とは呼べねぇだろ。カンダタの氏素性不明、レベルおそらく25前後、構成人数おそらくは二十名前後、拠点不明戦術不明!? 確定してる情報が一個もねぇじゃねぇかっ!」
 だん! と窓口を叩いて叫ぶ。実際考えられない話ではあった。裏の世界の情報は全て盗賊ギルドに集まる。王宮に侵入するほどの盗賊となれば、盗賊ギルドの中でも名が売れているはずである。なのに情報がないなんて考えられない話だ。
「ロマリアの盗賊ギルドは情報集める気ねぇとか言うんじゃねぇだろうな!? ……それともカンダタの情報は話せねぇ、とか?」
 ギルド内の有力者とコネがあるなりすればそういうこともありえる――そう思っての発言だったのだが、盗賊ギルド情報窓口の係員は首を振った。
「いや。そうじゃねぇ。本当に情報そのものがねぇ≠だ」
「……どういうことだよ?」
 係員は顔をしかめ、手を振りながら説明した。
「カンダタは盗賊ギルドに属してねぇ。上納金も払ってねぇ。だから当然掟破りとして暗殺者を差し向けなきゃならねぇんだが、どこにいるか本気でわからねぇんだ。盗賊ギルドの構成員でカンダタを見たやつは一人もいねぇ。カンダタはその手口そのものが異常なまでに鮮やかでまったくと言っていいほど人の目に触れない上、目撃者を一人残らず殺しちまうからだ」
「…………」
「そういうわけだから、お前らアリアハンの勇者パーティがカンダタを見つけようがぶち殺そうが盗賊ギルドは口を挟まねぇ。むしろ歓迎してやるぜ?」
 一瞬フォルデは絶句しかかったが、動揺を押し隠して無表情に言った。
「なんのことだ」
「とぼけんなって、アリアハンの盗賊銀星のフォルデ=Bカンダタを見た奴はいなくてもな、あんたら勇者のパーティが王宮に招かれるのを見た奴は何人もいるんだよ。今頃盗賊ギルドの構成員全員にお前らの似顔絵が渡ってるだろうぜ。だから少なくとも盗賊に狙われる心配はしなくていい――勇者のパーティに手ぇ出そうなんて命知らずはいねぇだろうからな」
「…………」
 フォルデはぎっと係員を睨みつけて、無言で盗賊ギルドを出ていった。

「冗談じゃねぇぞクソッタレ! なんで俺が勇者のパーティの一員ってことになってんだよっ!」
 激怒しながらフォルデは裏通りをのしのしと歩いた。道行く奴らがうるさそうな顔で見るのもお構いなしだ。
「俺はただ借りを返すために同行してるだけだっつーの! それがなんで勇者の付属物みたいに言われなきゃなんねーんだっ! あーくそムカつくムカつくムカつくムカつくーっ!」
 だんだんだん、と石畳を踏み鳴らす。ただでさえフォルデは自分がおまけ扱いされるのは気に食わないというのに、その勇者があのボケだというのがたまらなくムカついた。
「あーあのクソタコっ、帰ってきたらぶん殴ってやるっ……お?」
 フォルデはふと目をすがめた。通りの向こうを男に引っ張られながら歩いているのは、ボケ勇者ではないか。
「……なにやってんだあいつ」
 勇者は泣きそうな顔になりながら男に引っ張られている。男は朗らかな表情で話しかけながらすたすたと歩いている。
「あのボケタコ野郎……嫌なんだったらとっとと断りゃいいだろうがっ!」
 見たところ、女に間違われて声をかけられ、断れなくてついていっているというところだろうか。さっさと男だと言ってしまえばいいものを、どうせ言い出せなくて困っているとかなのだ。軟弱というのももったいないほどの気弱さ、卑屈さに苛立ちがこみ上げる。
「……知るか、あんな奴」
 殴られるなりカマ掘られるなり好きにしやがれっ、と呟いてきびすを返そうとする――が、その動きは途中で止まった。
 男の歩き方。あれは盗賊のものだ。気配を殺し、足音を殺し、できるだけ足跡をつけないように歩く、盗賊の。
 つまり、あの男は盗賊で、ボケ勇者を娼館に売り飛ばすなり本気で強姦するなりかなりの確率でしてのける奴なわけで――
「…………〜〜〜〜〜〜っ、あのクソッタレ勇者がっ!」
 フォルデは走り出した。内心は苛立ちと腹立ちでいっぱいだ。あのボケは自分の身も自分で守れないというのか。甘やかされたクソガキが。その程度のこともできないなら家で母親の乳でも吸っていればいいものを。
 額に青筋を何本も立てながら、フォルデは勇者を救うべく走った。

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