パーティ
 ゲット・クランズは勇者である。
 代々勇者を輩出してきた軍人の家に生まれ、オルテガという志半ばで倒れた偉大な勇者を父親に持ち、当然のように勇者になることを要求され、幼い頃からそのための訓練を施されてきた。
 毎日幼い頃から手の皮がすりむけるまで剣を振らされ、呪文の勉強をさせられ、遊びらしい遊びなどほとんどできずにただ勇者としての訓練に邁進させられてきた。
 だが、それを特に不満に思ったことはない。彼はある意味非常に素直で、人に言われたことをなんでも深く考えずに受け入れる子供だった。
 なので幼い頃から母親に、祖父に、周りの人間に、「オルテガの跡を継げるような人間になれ」と言われたのを素直に受け入れた。ああ、俺はお父さんの跡を継げるような人間にならなくちゃいけないんだなぁ、とあっさり思ったのだ。
 そしてなんでもやり始めたらとことんまでやる人間だったので、剣の稽古も呪文の勉強もとことんまで打ち込んだ。剣の素振りをすればぶっ倒れるまで黙々と振り、呪文の勉強をさせれば(剣に比べれば明らかに才能がなく上達は非常に遅かったにもかかわらず)目を回して教師に止められるまで教本を読み込んだ。
 なので剣はみるみるうちに上達したし、呪文も勇者の検定試験に一発で受かる(ギリギリだったが)ぐらいには理解できるようになった。
 ゆえに今年勇者資格を得た人間の中では注目株で、アリアハン王からも期待の言葉をかけられ、母からも祖父からも近所の人たちからも、さすがオルテガの息子だ、その名に恥じないようにしっかりやるんだぞ――などと言われ(いかにオルテガが世界に名を轟かせた英雄とはいえ死後十年も経てば覚えているのは親戚じゃなきゃ近所の人ぐらいだ。オルテガファンの国王は覚えていたようだが)、怒涛のようにプレッシャーをかけられまくった。
 だがだからといってゲットは特に重圧を感じることもなく、平然と淡々と王に挨拶に行きサークレットを授かってきた。別に人生を諦めているわけでも重圧を周囲に見せないように耐えているわけでもない、ただ単にそういう性格なのだ。
 鈍感というか深く考えないというか、とにかくゲットは周囲に言われたことを淡々とやり遂げるという人生しか送ってこなかったせいか、そういう心の機微にはとことん疎かったのだ。
 みんながやれと言っている。だから、やる。
 ゲットの心理としてはその程度で、勇者の使命に逆らいはしないが猛烈な熱意を持っていたわけでもない。ただ生来の性格ゆえ努力を惜しむことはなかったが。
 とにかくゲットは王にサークレットを授けられると、いったん家に帰って昼食を取り、ルイーダの酒場に向かった。

 扉を開けたとたんむわ、と紫煙と酒気がぷぅんと漂ってきてゲットは顔をしかめた。ゲットは今日ようやく成人したところなうえ教育ママな母と石部金吉な祖父に厳しく育てられてきた。酒場の空気に馴染みなどあろうはずがない。
 だがルイーダの酒場――冒険者ギルドでなければそうそう三人もの仲間は手に入らないのだ。周囲の冒険者たちの視線が突き刺さるのを軽く無視しながら、ゲットは奥のルイーダのいるカウンターへ向かった。
「ゲット・クランズかい?」
 肌は艶々と若々しいが、縦も横も女性離れして大きいおそらくは中年の女が微笑みかけてくる。
「ああ」
 ゲットはうなずいた。ルイーダの酒場の店主ともなれば国内の勇者となる人間の顔ぐらいは頭に入っているだろう。
「噂通りでかいね。おまけになかなかいい男だ。こりゃ若い娘が放っとかないね」
「…………」
 ゲットは無言でルイーダを見つめた。その手のからかいにはこうして無言で対処することが有効だと学んでいたのだ。
 堅物な母と祖父が女との交際など認めてくれるはずがない。女からは常に遠ざけられてきたゲットは、女という存在に対して特別に興味も関心も持っていなかった。なのでこんな風なことを言われてもなにも言えないし言う気もない。
 そんなゲットを見てルイーダはやれやれとその立派な肩をすくめる。
「そして噂通りの堅物か。……仲間を探しに来たんだろう? どんな子がお望みだい?」
 ゲットは『パーティの基本は戦士・僧侶・魔法使い』と教わっていたので、なんにも考えずそれを復唱しようと口を開けた。
「戦士、僧侶、魔法つか……」
「武闘家、盗賊、遊び人にすべきです」
 脇からいきなり割り込まれ、ゲットは少し驚いて声のした方を向いた。
 そこにはスカートタイプのバニースーツにうさ耳バンドという遊び人スタイルの少女がいた。髪は水色、瞳は紅。バニースーツを着ているにしては胸が控えめで、ああそれでスカートタイプなのかとなんとなく思った。
 ルイーダが驚いたように言う。
「ユィーナ……」
「なんだ、あんた?」
 そう訊ねると、その少女はなぜかじっとゲットを見つめてきた。なんなんだと思いつつゲットが見返すと、ふ、と小さく息をついて肩をすくめ、切り口上で言い始める。
「私はユィーナ。遊び人です」
「それは見りゃわかる」
 そのバニースタイルは遊び人以外のなにものでもない。
「率直に言います。ゲット・クランズ。あなたは私をパーティに加えるべきです」
「はぁ?」
 ゲットは顔をしかめた。加えるべき、って。遊び人だけはパーティに加えるな、とパーティ編成の授業の時に習ったのだが。
 ユィーナと名乗った少女は形のいい眉をきりきりっと眉を吊り上げて、つけつけと言ってくる。
「いいですか、私が遊び人になったのは悟りの書なしで賢者に転職できるためです。ガルナの塔で入手できる悟りの書は一パーティにつき一個。普通にやればパーティ内には一人しか賢者は作れません」
「………はぁ」
「ですが私がいればもう一人賢者を作ることができ、補助・回復・攻撃とオールラウンドな呪文使いが二人誕生することになります。戦闘の効率は一気に倍以上になるでしょう。悟りの書は盗賊に使い、盗賊呪文を使える賢者を誕生させます、盗賊呪文は20レベルで打ち止めですから。探索行動の効率も盗賊がいないパーティよりはるかにアップします」
「…………はぁ」
「さらに私は成長すれば魔物を呼び寄せる口笛≠覚えますから、レベル上げも通常よりはるかに楽になります。私はメタル系魔物がうじゃうじゃ出てくる場所を知っているので、経験値稼ぎはその点でも有利なはずです。武闘家を連れて行くのは会心の一撃が出る確率が他より格段に高いためです、メタル狩りには適性人材でしょう? 冒険初期は呪文戦力がなくともなんとかなります、薬草を大量にまかなえば回復役の不足も補えるでしょう」
「……………はぁ」
 立て板に水の勢いで喋りまくるユィーナに気圧されていると、ユィーナはきっとゲットを睨み、きっぱりと言う。
「私にはあなたの役に立てる自信があります。あなたは私を連れて行くべきです。私を連れて行くなら、あなたに二年以内に魔王を倒させて差し上げます」
「………………」
 そのむやみに自信に満ちた言葉に圧倒されてゲットは黙りこむ――そこに、しーんと静まり返っていた周囲から大きな笑い声が上がった。
「なに言ってんだユィーナちゃんよ! 馬鹿なこと言うのもいい加減にしろよ!」
「お前みたいな遊び人が、勇者の役に立てると本気で思ってんのか? しかも二年以内に魔王を倒させてみせる? 無理に決まってんだろそんなの!」
「世界中の勇者が挑んでも魔王はまだ倒されてないんだぜ? 自惚れるのもいい加減にしろっつぅの!」
 周囲にどんなに馬鹿にするようなことを言われようが、ユィーナは反論しなかった。真剣な、きつい眼差しで、耳を少し赤くしながら、きっとゲットの方を睨みつけている。
 ――ゲットは、すっとユィーナに手を差し出した。ユィーナがはっとする。
「あんたの言葉、信じるよ」
「………………」
「あんたを仲間に入れればいいんだな?」
「………はい」
 周囲のどよめきの中で、ユィーナは一瞬目を閉じ、深い深い息をつき――目を開けた時にはさっきと同じ、きつい目でこちらを睨みながらもゲットの手を握って熱い握手を交わした。
(変な女)
 と、ゲットは思っていた。
(けど俺の仲間になりたいみたいだし、連れてけば二年以内に魔王倒させてくれるっていうし。こいつと一緒にいると細かいこと考えなくてよさそうでいいや)
 ―――とか、そんなことを思っていた。
 そんなロマンチックのかけらもない出会いなのにもかかわらず、のちにゲットはこの出会いを『運命の出会い』と称し、ユィーナを振り向かせることに命をかけてユィーナにつきまといまくることになるのだが―――
 それはまだ、どちらも知りえぬことである。

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