レベルが上がった!
 ユィーナとヴェイルが賢者になったのち、ゲットたちパーティはガルナの塔にやってきていた。ユィーナが知っているメタルスライムがうじゃうじゃ出てくる場所というのが、ガルナの塔の五、六階だそうだからである。
 メタルスライムはその硬さと素早さ、そしてなにより凄まじいまでの逃げ足の速さで、はぐれメタルに次いで倒しにくい魔物No2の座を勝ち取っている魔物である。そして経験値でもNo2。ガルナの塔の魔物はそれなりに強いのが多いし、経験値稼ぎにはちょうどいい場所なのは確かだろう。二人もレベル1の人間がいて大丈夫なのかという危惧はあったが、すぐに案外大丈夫っぽいことが判明したし。
 ――しかし。それはわかっているにせよ。
「ねぇユィーナ〜……もーこれだけレベル上がったんだからいいじゃないよ、帰ってもさー」
「冗談ではありません、まだ私たちがレベル15にしかなっていないではないですか。最低でも私たちがマヒャドを覚えるまではレベル上げを続けます」
 マヒャド。ヒャド系最強呪文である。当然のことながら使える人間はめったにいない。
「……それ賢者が覚えるの何レベル?」
「32です」
『32!?』
 ディラとヴェイルは揃って声を上げた。転職していないディラとゲットですらレベルはまだ20なのだ。32というのは歴戦の勇者のパーティしか達しえないレベル、どころかそのくらいのレベルに達した勇者たちなんてほとんどいないんじゃなかろうか。話にすら聞いたことがない。
「いくらなんでもそりゃ上げすぎだろ、もうちょい常識的なレベルで……」
 文句をつけようとしたヴェイルはユィーナの絶対零度の視線をぶつけられ固まった。
 ……ユィーナさん、マジで怖いんですけど。
「……いいですか、レベルはいくら上げても上げすぎということはありません。上げれば上げただけ旅は安全に、快適になるのです」
 そう説明をするユィーナの目は血のように紅く爛々と輝き、燃えている。普段の氷のような冷たさからは考えられない姿だ。……でもやっぱり視線はヒャダルコより冷たいけど。
「敵の魔物はこれからどんどん強くなります。私はこのパーティを動かす者として、パーティメンバーが死ぬ可能性を限りなく低くしなければなりません。そのために最も効率のいい手段はレベル上げなのです」
「で、でもさ、ユィーナ? あんまりレベル上げに固執してるとその間に誰か魔王倒しちゃったり、魔物の被害が広がったりすんじゃないかなー、とかあたし思っちゃったりするんだけど……」
 ひきつった笑顔を浮かべながらディラが言うと、ユィーナの瞳がぎらりと輝いた。
「そのことは既に考えてあります。時間と効率と体力と精神力。その全てを考え合わせた結果がレベル32という数字なのです。いいですか、賢者がレベル32になるまでに必要な経験値は330188。ざっとメタルスライム三百三十匹分です。私の口笛により魔物はすぐさま呼び寄せられます、よってここでの一回の戦闘時間は長くなっても約三分。勇者の力により休憩時間は必要なくなります。毎回メタルスライムを呼び寄せられるわけではありませんが、平均してざっと600点程度の経験点は入手できると考えてよいでしょう。すなわち32になるまではざっと550回、1650分間戦闘すればよいわけです。時間に直してわずか27.5時間、一日と少し。この程度旅が遅れたところで大勢に影響があるとは思えません。よって、レベル32というのは十分に現実的な数字なのです。わかりましたか」
 立て板に水の口調でまくし立てられ、ディラとヴェイルはかくかくとうなずいた。本当はよくわかっているわけではなかったのだが、ここでわからないと言ったら絶対ひどいことになりそうな気がする。
 なんというか――ユィーナがレベル上げを非常に重要視しているのは知っていたが、ここまでレベル上げ大好きなレベル上げの鬼とは思わなかった。なんというか、ぶっちゃけ怖い。
「よろしい。では、レベル上げを続けましょう。――ゲットを起こしていただけますか」
「……はーい」
 ディラは渋々ぶっ倒れているゲットのそばによってゲットの体を揺らした。ゲットは反応しない。
 活を入れてみた。起きない。
「……やっぱあれしかないわけね……」
 ディラは嘆息し、ゲットの耳元で囁いた。
「ゲット。ユィーナが今すぐ起きたらチューしてあげるって言って」
 がばぁっ! と凄まじい速さでゲットは飛び起き、ユィーナに飛び掛った。
「ユィーナ君はそこまで俺のことを愛してくれてるのか大丈夫だ俺も愛してる!」
 ばぎぃっ。ユィーナが全力で鋼の剣でゲットの顔をぶん殴る。どぷー、と鼻血が出たがゲットは輝くような笑顔でぐっと親指を立てた。
「素敵な愛情表現だぞ、ユィーナ! 今度は俺の番だな! さぁ二人っきりになれるところへ行こう、ラブvラブ愛のお注射が君を待ってるぞ!」
「妄想を終了しなさい。現在はレベル上げ中です。落ち着いてすぐさま戦闘体勢に戻りなさい」
「わかった、妄想やめる。落ち着く。戦闘体勢に戻るぞユィーナ」
 喉元に刃を突きつけられて、鼻血を流しながらようやくゲットは真剣な顔になった。
 ディラとヴェイルははーっ、とため息をつく。今朝からもう十回くらいこういうやり取りは繰り返されている。
 ヴェイルが賢者のレベル1になり、隊列を組む時ユィーナとの間にヴェイルを挟むことになってしまったゲットは、ユィーナが不足していると言い張り、戦闘中は我慢しているものの戦闘が終わるとユィーナのところへ速攻でちょっかいをかけに行くのだ(本人は愛の営みと主張)。
 むろんユィーナがそんなことにつきあうわけはなく、ゲットが反応する前に口笛を吹いて新たな魔物を呼び寄せる。一応勇者としての責任は果たすつもりでいるらしいゲットは戦うのだが、それでもすぐに辛抱たまらなくなるらしく、戦闘数回につき一回の割でユィーナが口笛を吹くより早くユィーナを襲うのだ。
 さっきはユィーナを押し倒し、『大丈夫か、怪我してないか、見せてみろ俺が隅から隅までしっかりねっちょり触診して治してやる!』と叫び出したところを、ディラがいーかげんにせんかとぼこでこに殴って気絶させたのだ。
 ただでさえメタスラ戦は神経が消耗するのに、どーしてこんな気苦労を背負いこまにゃならんのか。こいつらについてきたのは間違いだったかなぁと二人が遠い目をしている間に、ユィーナが口笛を吹いた。――凄まじい速さでやってきたのは大量のメタスラとスカイドラゴンだ。ユィーナの目の色が変わる。
「全員ディラから三歩前のメタスラを集中攻撃! なんとしても仕留めますよ! 仕留められなかったら罰金です!」
「了解!」
 ゲットは威勢良く返事をするが、ディラとヴェイルは『へーい……』と疲れきったような返事しかできなかった。何度も炎を吐かれれば全滅必死のスカイドラゴンがいるというのに、もう死ぬというところまで追い込まれなければ回復もスカイドラゴンを倒すこともさせてくれないことをよーくわかっていたからだ。
 変態男と冷徹女……ゲットとユィーナってある意味すごくお似合いなんじゃないだろーか、としみじみ思う二人であった。

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