恋する人形1
 おれは、クリフトって人間が、どーにもよくわからない。
 わからないっていうと語弊があるな。クリフトは感情自体はすごくわかりやすい。今どんなことを思ってるのかとか、誰を好きなのかとかは。
 まぁ、ぶっちゃけ最初に会った時からクリフトはアリーナが好きなんだろうなーというのはわかった。だってうわごとで『姫様……姫様ぁ……』って言ってんだもん。これでわかんなきゃそいつの頭はスイカかカボチャだ。
 ただ――なんて言うんだろうな、そう、クリフトって人間の立ち位置がうまくつかめないんだ。会ってからもう二ヶ月は経つっていうのに、おれの中でうまく処理しきれてないっていうか。
 他の人なら全部おれはわかる。たとえばマーニャとミネアは姉のような身近な女性だ。世界がなくなって、なーんにもなくなってどーすりゃいいかわかんなくなったおれを助けて自分たちがいると言ってくれた人。
 特にマーニャはおれにとってはちょっと、かなり特別な人だ。おれが生きていることが怖くて怖くてしょうがない夜には、いつでも部屋にやってきて、朝が来るまで抱きしめて一緒に眠ってくれた。
 今はいないけど、ホフマンだったら初めての年の近い同性の友達、って感じだ。おれ、村では同じ年くらいの相手シンシアしかいなかったから、ホフマンとしょーもないことぐだぐだ喋ったり女の子の話したりするのすげぇ楽しかった。別れる時にはお互いちょっと泣きそうになっちまったぐらいに。
 パーティがなにかの理由でちょっと別れて単独行動取る時とか、寝る時はいつもホフマンのとこに行っちゃうぐらいには、そんでホフマンもしょうがないなぁって顔して受け入れて馬鹿話するぐらいには今でも仲いい。
 トルネコさんは叔父さん、って言葉がぴったりくる。家族っていうほど身近じゃないけど、なにかと面倒を見てくれて困ったことがある時にはすっと手を差し出してくれる人。村にはたくさんいたなそういう人。
 ブライさんは村でいうんなら呪文の師匠の爺ちゃん、そのまんまだ。頑固で偏屈で説教好きで愚痴っぽくて、でもしっかり人生経験豊富で飄々とした顔でひょいとわかりにくくアドバイスをくれたりする。
 アリーナも友達だな。異性の友達っていう点ではシンシアも同じだったかもだけど、こっちは本当にストレートに友達って感じ。村ではシンシアはおれのすべてみたいなとこあったし。
 男同士ほど下世話な話とかできないけど、男よりちょっと受ける感じが華やかでなんとなく心をときめかせたりできる。それにアリーナは組み手とかやると楽しいんだ、強いし本当に楽しそうに動くから。
 ライアンさんは……トルネコさんやブライさんには悪いけどパーティ内で一番大人の男だと思ってる、実は。普段はなんにも言わないで行動で仲間だって示して、こっちが苦しんでる時とかは黙ってずーっとそばにいて見守ったり話聞いたりしてくれる。そんでぼそっと一言二言なんか言ってこっちが一人で立てる手助けしてくれるんだ。
 なんていうか、男が惚れる男って感じなんだよな。兄貴! みたいな。最初おれのこと勇者殿って呼んでたんだけど、名前で呼んでくれって言ったらふって笑って「では、そうしよう。――ユーリル」って言った顔がすっげー優しくてさ。ああこの人いい人だなカッコいい人だなって思ったもん。
 で、クリフトなんだけど。
 優しいのは確かなんだと思う。マメだし。ミネアと一緒にパーティ内の食料やら日用品やらをこまごまと買い足してくれたりするし。
 戦闘でも本職の神官だけあって呪文技術は確かだし、殴り合いやらせてもそう弱いわけじゃない。強くもないけど、っていうかミネアより弱いけど。
 そつのない男、ではあるんだけど。
 そのそつのなさすぎるところのせいかどうかは知らんけど、俺は正直クリフトをパーティメンバーとは思えても友達と素直には言いがたいところがあった。なんていうか……行動にいちいちひっかかりを覚えるっていうか。
 本人にはそんな気ないんだろうけど、パーティ内の和を一人だけムキになって乱そうとしてる、みたいな気がするんだよな。――主にっていうかそういうのは全部そうなんだけど、アリーナ方面で。

「はっ!」
「くっ!」
 おれは鞘をつけた剣でアリーナの蹴りを受けた。速い上に重みがあるアリーナの攻撃は、剣の上からもずっしりと言いたくなるほどの重さでおれの腕を押す。
「せぇいっ!」
「ふっ!」
 そこから宙に飛び二段蹴りを放ってくるアリーナに、おれは体さばきで対処しつつ喉元を突こうとするが――
「やぁっ!」
「ぐっ……!」
 二段蹴りがさらに変化して回転蹴りになったらもう駄目だった。剣はおれの手の中から吹っ飛びおれは側頭部を蹴られてぶっ倒れる。
 アリーナは倒れたおれの前で、嬉しげにガッツポーズで叫んでくださった。
「やったぁ、三連勝!」
「……あーくそっ、また負けたっ……アリーナお前どうしてそのリーチでそんなに大きく動けるんだよっ!」
 まだぐらんぐらんする頭を必死で振って正気づかせようとしながら、おれは叫び返す。実際けっこう悔しかった。だってこっちからすると三連敗だぜこれ。
 アリーナはきょとんとした顔で返してくる。
「あら、だってユーリルだってその前にわたしに二連勝したじゃない。勝率としてはとんとんでしょう?」
「それでもおれの勝率五割に届かないだろ……んっとにお前みたいなのを天才って呼ぶんだろうな。実際その成長速度に勝てる気がしねぇ……」
「あら、そんなに簡単に負けを認めちゃうの? 面白くないなぁ。男なら負けるもんかって奮起してみなさいよ。女でもだけど」
 ちょっと顔を膨らませてそう言ってくるアリーナに、俺は肩をすくめて笑ってみせた。
「お前はすごいって言ってんだよ。ここは素直に褒められとけ」
「んー……そうね。ありがと」
 屈託なく笑うアリーナに、おれは今度はちょっと意地悪に笑んでみせる。
「ま、本気だったらおれも呪文使うからどうなるかわかんねーけどな」
「あ、そういうこと言うなら本気で勝負してみる? わたしはかまわないわよ」
「姫様!」
 だっと血相を変えて現れたのはクリフトだ。「あ、クリフト!」と嬉しげに手を振るアリーナに、クリフトは即座に駆け寄ってベホマを唱え、それから説教に入る。
「姫様。姫様が武術の稽古をすること自体はもはや私もどうこう申しません。ですが稽古をする時は必ず私かミネアさんが一緒にいる時にしてくださいと申し上げているでしょう? 万一怪我でもなさったら取り返しがつかないのですから」
 ……おれも「よう」って手上げたんだけど、それをすっぱり無視して説教モード。ていうかアリーナはほとんどかすり傷なのに頭思いっきり蹴られたおれは無視でベホマ、か。
 アリーナはむっとした顔で言い返す。
「平気よ。お互いちゃんと手加減してるもの」
「それでもなにかの拍子に手元が狂うということもあるでしょう? 姫様はサントハイム唯一の跡継ぎでいらっしゃるのですから、御身に万一のことがあってはただではすまないのですよ?」
「んもう! こんな冒険の旅の中でそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!? それよりユーリルを回復してあげてよ、今ちょっといいの入っちゃったから」
 その時ようやくクリフトは初めておれに気づいた、というような顔でおれを見て、顔をしかめた。
「勇者さん、あなたもあなたです。どうして私を呼ばないのですか? いえそれ以前に、ほいほい姫様の稽古のお誘いに乗らないように、と以前お願いしたでしょう?」
「……クリフト、飯の準備してたからな。おれも回復呪文は使えるし。ほいほい稽古の誘いに乗るなったって、おれも稽古したかったんだからしょうがないだろ」
「そこが甘いというのです。もしあなたが意識を失って、姫様を回復できない状況になったとしたらどうするのですか?」
 ……そうなったらアリーナより先におれの心配をするとこじゃないか、普通? っていうか会ってから二ヶ月経ってんのに勇者さん≠ヘないだろ。
「クリフト、回復……」
「勇者さんは回復呪文が使えるのですからご自分で回復できるでしょう。ですが姫様は薬草しか自力での回復手段がないのですよ? そこのところご自覚いただけていますか?」
「それはわかってるけど……」
「本当に? ご自分がサントハイム王国の王女として――」
「クリフト」
 おれはアリーナとクリフトの間に割り込んだ。
「おれたちを飯に呼びにきてくれたんだろ。だったら説教はあとにして早く行かねぇとみんな待ってんじゃねぇの? 飯も冷めるしさ」
 その言葉にクリフトは渋い顔をしたが、ふぅ、とため息をついて肩をすくめた。
「わかりました……みなさんをお待たせするわけにもいきませんしね。ですが、姫様? これからはくれぐれも自重してくださいませね?」
「はーい、気をつけまーすっ」
 ぴしっと手を上げてよい子の返事をするアリーナに、クリフトはふぅ、とまた息をついて歩き出す。おれたちは並んでそのあとに続いた。
 アリーナが背伸びをしておれに耳打ちしてくる。
「ありがと、ユーリル! またご飯抜きでお説教かってうんざりしてたとこだったの」
「気にすんなって。おれだって飯抜きで説教聞くのなんてやだしな」
 にっと笑いかけてやると、アリーナも嬉しげな、けれど申し訳なさそうな笑みを返す。
「ごめんね、クリフトったらあなたの回復しないでお説教までして」
「お前が謝るこっちゃねーよ。それにおれが自分で回復できるのも確かだし。それに説教されたのはお前も同じだろ?」
「うん」
 今度は文句なしに嬉しげな笑みを浮かべてアリーナがうなずく。おれも笑い返してやった。
 ――クリフトがこっちの会話に神経尖らせてるのはなんとなくわかったけど、なにも言わなかった。だって他にどうしようもないから。

「いっただっきまーす!」
 アリーナが歓声を上げて野ウサギの包み焼きにかぶりつく。いつも通りにブライさんが叱った。
「これ! 姫様、はしたない!」
「だってお上品に食べてたら冷めちゃうじゃない!」
「そーそー、ご飯食べる時ぐらい説教はやめたら、お爺ちゃん?」
「姉さん! ブライさんをからかわないの!」
「ですがまぁ、確かにご飯ぐらいは好きなように食べたいですからなぁ。こういう仲間内での食事なら、相手を不快にさせなければ礼儀作法をそううるさく言わずとも……」
「こういうことは普段から注意しておかねば、いざという時にもひょいと出てしまうものですぞ、トルネコ殿」
「いいじゃん、ブライさん。どーせいざっていう時≠フ料理に野ウサギの包み焼きなんて出ないだろ?」
「そうよそうよ!」
「じゃからそういう問題ではなくですな……」
 いつもながらのお喋りをしながらみんなで飯を食う。クリフト謹製の料理はどれもうまかった。おれもばくばくかぶりついてあっという間に自分の分を食べ終える。
 おれの向かいで同じように食べ終えたアリーナは、はーっと息を吐いてごろん、と地面に寝転んだ。
「食ってすぐ寝たら牛になるぞ、アリーナ」
「寝ないってば。食休み食休みー」
 そう言っておれの目の前で足をぱたぱたさせる。―――と。
「姫様っ!!」
 ――クリフトが叫んだ。そして居住まいを正し、説教を始める。
「姫様、いつも申し上げているでしょう? サントハイムの王女たるもの、常に身を慎んでくださいと」
「え……わたし、なにかまずいことした?」
「いつも申し上げているはずですが? 男性の前で足をはしたなく広げるようなことは、姫君のするべきことではないと」
「だってちょっとぱたぱたさせただけじゃない……」
「それがよくないというのです。世間一般の目から見れば、まるでアリーナ様が相手の男性に心を許しているということになるんですよ?」
「許しているわよ? クリフトもブライもユーリルもライアンさんもトルネコさんも」
「そういう意味ではなく。契りを交わすほどに、という意味です」
「そんな。考えすぎよ」
「いいえ、世間の目というのはそういうものです。アリーナ様はサントハイムの王女であらせられるのですから、醜聞は厳重に避けなければ――」
 ――ほら、また引っかかる。
「いいじゃん、クリフト」
「勇者さん……」
 クリフトは厳しい目をおれに向ける。でもおれは負けずに言う。
「飯食ってる時ぐらい説教やめろっていっつも言ってるだろ。ていうか気にしすぎ。アリーナだって気許してない人が相手だったらもっと警戒するよ、普通に。こういう周りに誰も他人がいない時くらい、気ぃ抜いたっていいじゃんか」
「………………」
 クリフトはじとっとした目でおれを睨む。おれは普通の視線で見返す。そこにトルネコさんがいつもみたいに笑いながらぱんぱんと手を叩いた。
「まぁまぁ、お二人とも矛を収めて。どちらの言い分ももっともですが、今は楽しく食事をしようじゃありませんか」
「……そうですね。申し訳ありませんでした」
「うん。ごめん、みんな」
「いーえー。女を巡って争う若い男っていうのは絵になるから気にしないでいいわよ?」
「姉さん!」
 そうしてまたお喋りが始まるんだけど、クリフトはずーっと黙ったまんまだった。
 黙って、ひたすらじーっと、どっか苦しそうな目でアリーナを見つめてた。……アリーナはみんなと喋ってて全然気づいてなかったけど。

「ユーリル。なんであんた、クリフトにそんなに突っかかるの?」
 聞いてきたマーニャを、おれはじっと見つめた。
 翌日の野営時、一緒に薪を集めている時。……別に二人きりなんてこの二ヶ月の間でも何度もあったからいいんだけど。
 マーニャの顔がちょっと真剣だったので、おれは茶化さずごまかさず答えた。
「クリフトの行動が気に入らないから」
「ふーん? どういうとこが?」
「……あのさ。クリフトがアリーナに説教するのって、心配した時か、やきもち焼いた時だよな?」
「えーそうね。あんたもわかってんじゃないの。なのになんでいちいち突っかかるわけ? 他人の恋路に口挟んだって疲れるだけよ? ひっかき回すのは面白いけど」
「恋路に口を挟む気はないけどさ。……心配した時はまだわかるけど。クリフトってやきもち焼いた時にもサントハイム王女がうんぬんって持ち出すだろ? あれ、すっげー気に入らない」
「なんで?」
「ずるいじゃん、だって。自分の気持ちごまかして嘘ついて。言う方は大義名分が立って楽かもしんないけどさ、言われる方にしてみたらたまんないよ。自分が王女としてふさわしくないのかとか思っちゃうじゃん。そーいう思いを嫉妬した時にまで味わわせるのって、すっげー理不尽だと思う」
 おれがそう言うと、マーニャは少し目をぱちくりさせた。
「なるほどねぇ……あたしはあの報われない片思いしてる神官くんが可哀想って視点で見てたけど、そーいう考え方もあるのね……」
「おれはそう思うよ。大体なんで好きなら好きって言わないわけ? その気持ち隠して大義名分で自分正当化して口出しするのって、すっげー卑怯だよ」
「まー、話がそう簡単に進めば恋で苦労する子はいないんだけどね……」
「……そういうもんかな……」
 おれは薪を拾いながら、小さくため息をつく。
 ――戻ってくると、アリーナとクリフトが喧嘩していた。
「クリフトってどうしてそうなの!?」
「姫様、どうか私の話をお聞きください!」
 ……珍しい。ていうかおれたちと出会ってから初めてじゃないだろうか。クリフトはいつも通りのうろたえながらも丁寧な物腰だけど、アリーナがかなり怒ってる。
「話ならいつも聞いてるわよ! だけどクリフトは全然わたしの話は聞いてくれないじゃない! いっつもお説教してばっかりで、わたしがどんなこと考えてここにこうしてるのかとか、わたしがクリフトにお説教されてどんな気分になるのかとか!」
「アリーナ様、どうか……お願いですから……!」
「お願いですからってなによ。クリフトはわたしのことお願いすれば納得してないことでも言うこと聞く単純な奴だと思ってるんでしょ!?」
「姫様……そのような。どうか話を……!」
 おれはその様子を静かに見ているライアンさんに近寄って聞く。
「なにかあったんですか?」
「なにか、というほどのことは。いつも通りクリフト殿がアリーナ姫に説教を始め、それにアリーナ姫が言葉を返しているうちに双方頭に血が上ってきてしまったようなのだが」
「あー……」
 おれは頭を押さえた。そういうのは放っておけば収まるんだろうけど、途中で止めるのは一番やりにくい。
 アリーナとクリフトは言い合いを続ける。
「わたしだってそれなりに考えてやってるのに、クリフトはいっつもお説教ばっかり! 王女の自覚がないとか王女としてふさわしくないとか! わたしだって自分で選んで王女に生まれてきたわけじゃないのに!」
「アリーナ様……本気でおっしゃっているんですか!?」
「どうせ王子だったらって思ってるんでしょ!?」
 アリーナの怒声に、その場にいた全員が額を押さえた。それは違う。全然違う話だ、それは。
「……姫様。私は姫様が王女としてお生まれになったことを喜びこそすれ、王子として生まれてほしいなどとは」
「嘘つき! わたしが王女らしくないのがすごく気に食わないくせに!」
「……姫様、それは……」
「なによ。言ってみなさいよ!」
 クリフトは顔を赤くして沈黙したが、少ししてから絞り出すような声で答え始めた。
「私はただ、臣下の勤めとして、姫様が誤解されることのないよう、少しでも王女としての心得を学んでいただこうと………」
「それが王女らしくしろってことでしょ!」
「姫様、どうか……」
 アリーナはきっと、どこか切羽詰った瞳でクリフトを見た。
「クリフト。わたしはあなたのなに」
「―――姫様」
「わたしはあなたにとってどういう存在? 答えてよ、クリフト……!」
「………姫様……私は………」
 真っ赤になってだらだら汗を流し、何度も唾を飲み込み。クリフトは、こう答えた。
「―――あなたは私の世界の誰より大切な主君です、アリーナ様」
「………っ!」
 ――その瞬間、おれはクリフトの前に走り出ていた。
「待てよ、クリフト」
「……ユーリル?」
 クリフトはちらりとおれを見て、うるさそうに言った。
「……勇者さん。これは私と姫様の問題です。どうか口を」
「あー本来なら口を挟んじゃいけないんだろーさ。どんな選択だろーと黙って見守るのが大人のやり方なんだろーさ。けどおれはガキだから、納得いかないもんは納得いかないって言うんだよ! 特に仲間に関わることはな!」
 カッチーン、ときた。クリフトにはクリフトの事情があるんだろう。想いを抑えて、身分をわきまえようとして、知られないようにと必死に苦しんでるんだろう。
 ――だけど、そんなのアリーナには全然関係ない、クリフトだけの問題だ。
 だから、アリーナが必死に真剣に訊ねた問いに、嘘をついて、ごまかしていいはずなんて、全然ない。
「お前、ほんっとにそれでいいのか? そうやって相手の真剣な気持ちに嘘ついて真正面から向き合うの逃げて、本当にそれでいいのか?」
「あなたには関係のないことでしょう。おせっかいはやめてください」
「おせっかい、そーかもな。けどな、おれはすっげぇムカついてんだよ! お前にもお前のその言い訳にも!」
 そうだ――おれはムカついてたんだ。こいつのやり口に。好きだと言いもしないくせに独占欲だけは人一倍で、強烈な嫉妬を大義名分で正当化して、ただそばにいてただ恋する相手としてアリーナだけを見つめるそのやり方に。
 ――アリーナにもおれたちにも、それってすっげー失礼だと思う。
「クリフト。お前、アリーナが好きだよな」
「――なっ」
「形はどうでもいいよ。アリーナが好きだよな。大切だよな」
「――ええ、誰よりも敬愛していますよ。誰よりも大切です。当然でしょう、私の主君ですから」
 はっ、とおれは鼻で笑った。
「主君、主君、主君。お前の言うことはそれしかねーのかよ。今にも死にそうな傷負ってる奴よりアリーナのかすり傷回復させること優先させるくせに」
「………っ、そんなこと今は―――」
「お前がアリーナのこと大切で、ひいきしたいっつーならそれはそれでしょーがねーよ。好きになるななんて言えねーし言う気もねーし。たとえおれたちのことその半分も大事に思えないとしてもな。――けど、それならそれで、どーして大切に主君だから≠つけんだよ。どうして姫だからじゃないただの<Aリーナが大切って言わねーんだ!?」
「――――」
「おれは山奥育ちだし礼儀とかさっぱりわかんねーし主君への忠誠心ってのがどんだけ強いのかなんて知らねーよ。けどよ、それってそんなに大切なもんか? アリーナを苦しめなきゃならないほどか?」
「………なにを」
「本来は主君でもなんでも今はこうして一緒に旅してる仲間だろ。お互い背中預けて戦ってんだろ。お互い守りあってなんぼだろ? なのに滅私奉公してどーすんだよ。命駆けて一方的に守られるだけってのが、共に戦いたい相手に仲間として認めてもらえないのが、どんなにいたたまれなくて申し訳ないかわかってんのかお前!?」
「―――………」
「少なくとも相手が本気で必死で聞いてんのに、意地だか見栄だか知らねーけど自分の都合で嘘つく奴が、相手のこと誰よりも大切とか言ってんじゃねぇっ!」
「………………っ!!」
 クリフトがおれに向かいばっと手を上げた――だがその手はクリフトのもう片方の手で押さえられ、そろそろと下に降り、ぶるぶると震えた。クリフトの口から叫びが漏れる。
「あなたにっ……あなたなんかに、そんなことを言われる筋合いはない!」
 そう言うや踵を返して走り出してしまう。
 ――おれは、それを見送って、ため息をついた。ライアンさんが肩をすくめ、ブライさんが渋い顔で髭をいじり、トルネコさんが苦笑いし、ミネアが難しい顔をし、マーニャが苦笑しておれの頭を叩く。
「あんた、言いすぎ。あんたにあんたの想いがあるように、クリフトにはクリフトの想いがあるんだからね」
「……うん。あとで、謝っとく」
「――ユーリル………」
 アリーナが、戸惑ったような顔で話しかけてくる。
「……アリーナ。……悪かったな、勝手な口出しして」
 自嘲をこめてそう言うと、アリーナはぶるぶると首を振った。
「ううん、嬉しかった。わたしが言いたくて言葉にできなかったことばっかりだったから」
「そっか……」
 そう言いながらも、アリーナはどこかもの問いたげな視線でおれの顔をのぞきこんでくる。
「なんだよ」
「うん……あのね、なんであんなに必死になってくれたのかな、って思って。クリフトが必死になるのは、いつものことだからわかるんだけど……ユーリルがどうしてあんなにムキになったのかわからないの。ユーリルは、いつも仲間同士の和を大切にしてるでしょ?」
「…………」
 おれは、アリーナの問いに肩をすくめて答えた。
「半分は仲間だから=B仲間同士がどー聞いてもおかしいって理屈で口喧嘩してたら、それはおかしいって言うだろ、普通」
「うん」
「それと、あと半分は……ムカついたから≠セな」
「……なにに?」
「自分が昔やられたことみたいだったんだよ。……おれも、勇者だから≠チて自分にはどうしようもない理由で、仲間と一緒に戦わせてもらえなかったから、さ」
「………ユーリル」
 アリーナは悲しそうな顔になっておれを見つめてきた。んっとにこいつは、感情あからさまに顔に出すよな。そっちの方がわかりやすくていいけど。
 だから、おれはつん、と上から(おれの方が背は高いんだ)アリーナの額をつっついてやった。
「んな顔しなくていーって。ただ、おれにもお前の気持ちはわかるよってだけ。……ま、勘違いかもしれねーけどな、王女と勇者じゃ全然違ぇし」
 おれの言葉に、アリーナはぶるぶるぶると勢いよく首を振った。
「そんなことない! わたし、嬉しかったもの! わたしの気持ち、わかってくれたって思って!」
「………」
 興奮したのかちょっと顔を赤くしながら言うアリーナに、おれはなんか可愛い奴、と思って。
「そか。ならいーや」
 そうにかっと笑ったのに、アリーナも少し照れたようににこっと笑い返してきた。
 ―――あとで聞いた話では、この時初めてアリーナは、おれを異性として意識したらしい。
 おれはそんなこと、はっきり言って少しも気づいちゃいなかったんだけど。

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