男女の鬼ごっこ
「温泉に行くぞ」
 狭間の世界から現実世界に戻るやそうきっぱり宣言したローグに、仲間たちはそれぞれ怪訝そうな顔を向けた。
「温泉、って……」
「私たち、レベル上げとテリーとルーキーの熟練度上げのためにこちらの世界に戻ってきたのよね?」
「なにか、お考えでもあるのですか、ローグさん」
「お前が唐突に自分勝手なことを言い出すのはいつものことだが、もうすぐ大魔王と戦おうという時にまでよくまぁそんな気楽なことが言えるもんだな。ある意味感心するぜ」
「はっはっは俺の方こそ感心するぞ、お前の根性のひね具合と視点の低さと学習能力の低さにはなぁ」
「なっ、なにをする気だ貴様っ、うわどこを触ってるやめろバカそこはなに考えてるんだわっ、あっ、あーっ!」
「テリーいじめてないで答えてってば。なんでいきなり温泉なの?」
 バーバラの問いに、ローグはぐったりとしているテリーを放置してくるりと向き直り、説明を始めた。
「さっき、俺たちはヘルハーブ温泉を通ったよな?」
「うん。もう力が抜けちゃうことはないけど、やっぱりとろとろーって気分になっちゃうよね、あの温泉に入ると」
「そういった術をかけていることに加え、ちょうどそのような温度を設定しているのでしょうね。力が抜けて、気力が萎え、いつまでもあの温泉に浸かっていたくなるような……」
「そこだ、チャモロ」
「え?」
 きょとんとするチャモロに、ローグはびしっと指を突きつける。
「あんな体が腐るような温度のぬるま湯温泉に浸かって、これから気持ちよく気合を入れてレベル上げができると思うか!」
「え……ええ?」
「少なくとも俺はあんなぬるくさいお湯を温泉とは認めん! 最初に通った時から気色悪いと思ってたんだ、せっかくの温泉だというのに、お湯に浸かった時のすがすがしい心地よさが微塵もない! あんなお湯に浸かった気色悪さを引きずったままで、傷の残った体を動かして戦うなんぞまっぴらごめんだ!」
「……えーと、つまり、お前は体が気持ち悪いから、気持ちのいい温泉に浸かってさっぱりしてからレベル上げをしよう、と言ってるわけか?」
「その通りだ」
 きっぱりうなずくローグに仲間たちは『…………』と顔を見合わせたが、すぐにアモスがばっと手を上げた。
「よし、アモス。発言を許可する」
「はいっ! そのキモチのいい温泉は、ですね。やっぱり混浴なのでしょうか!?」
「はぁ?」
 バーバラがあからさまに顔をしかめ、ミレーユがじっ、と表情を変えていないのにすさまじい冷気を感じる瞳でアモスを見やる。チャモロも眉をひそめ、ハッサンが「あちゃあ……」と言いたげな顔をし、立ち直ったテリーに至っては殺気すら放ちだしているというのにアモスはまったく気にした様子がない。
「やっぱり温泉といえば、露天風呂! 露天風呂といえば混浴ですよ! どうですみなさん、ここはひとつ、仲間同士で男女の垣根を越えて裸のつきあいをしてみませんか!」
「ぜっっったい、いや!」
「まぁ、確かに混浴っちゃ混浴だな」
 さらっと笑顔のアモスに答えたローグに、思わずほぼ全員目をむいた。
「………はぁ!?」
「そもそもいちいち分ける奴がいないからな。村の人間でも知っている奴の方が少ないような秘湯だ、猿だろうが鹿だろうがオスメスの区別なくどんどん入りに来るさ」
「え、村って……」
「ライフコッドに決まってるだろうが。自分で言うのもなんだがあれだけの辺鄙な山奥なんだぞ、温泉ぐらいある」
「おお、それじゃあちょうどいいですね! せっかくですからターニアさんもお誘いして」
 びきっ。場の空気に音を立ててひびが入ったのを、アモス以外の全員が確かに聞いた。
「おや、みなさんどうしました? そんなに怖い顔をして」
「アモスよ……お前が命知らずなのはいつものことだが、せめて体は大事にしろよ? 生き返れても痛いもんは痛いぜ?」
「いくらなんでもそこまで無謀じゃないと思ってたのに……」
「アモスさん、あの……いえ、私などが言えることではありませんね。大丈夫です、ゲントの神はどんな無鉄砲な行為でついた傷でも、慈愛をもって癒してくださいますよ」
「……まぁ、今回は自業自得だ」
「プルルルー……プルンッ」
「大丈夫よ、ローグは命までは取らないわ。死んだ方がマシとは思うかもしれないけれど……」
「え? みなさんなにを言って」
「……アモス? ちょっと来い」
「え、なんですかローグさ」
「貴様うちのターニアになに抜かすつもりでいやがるんだこの青色天井知らずボケナスがぁぁぁ!!!」
「ぎゃーっ!」

「おおーっ! これは確かに秘湯って感じですねぇ!」
 ローグにげちょげちょになるまで殴られながらも(すいませんでした反省しましたと百回言わせたのち回復したので)すっかり元気になった顔でアモスが歓声を上げる。その懲りなさっぷりを横目で見ながらも、ハッサンも大きくうなずいた。
「本当だな。さすがに獣はこっちの気配察して逃げちまったみたいだが……どう見たって人の手の入ってる雰囲気が微塵もないっつぅか、ほとんど人が来たこともねぇだろうって感じの、ほとんど岩場のでかいお湯溜まりって感じのとこだし」
「でも、景色いいねー! 周りの森もきれいだし、崖際にあるから下に広がる景色とかもう絶景! って感じ!」
 バーバラが楽しげに笑うと、ローグは軽くうなずいて言う。
「ああ、ライフコッドの村と比べてもそう遜色はないだろう。それなりに広いし岩場もごつごつしてるから、男女の垣根はしっかり守れるから心配しないでいいぞ。……お前が心配するようなことは、俺が絶対にさせないからな、ターニア」
「うん、大丈夫だよ、ローグお兄ちゃん。お兄ちゃんたちが変なことするわけないって、私わかってるもの」
 がっし、と手を握って真剣な目で見つめながら言うローグに、ターニアはにこっと微笑んで答えた。
 結局ローグの言葉に反論する相手がいなかったので(別にムキになって反論することでもないだろうと。温泉に対する興味もあったのだろうが)、一行は揃ってライフコッド(上世界)へとやってきた。こちらの世界では村で生まれ育ち出世した好青年として評判のいいローグは、きっちり村人たちに挨拶をしてその評判を守りつつ、(こちらの世界では名実ともに)妹であるターニアのところへ赴き、告げたのだ。
「ターニア、久しぶりに一緒に温泉に入りにいかないか?」
 笑顔で放たれたアレな台詞に背後の仲間たちはあるいは慌てあるいは慄いたが、ターニアはにこっと笑ってあっさり答えた。
「うんっ、いいよっ。お兄ちゃんとお風呂入るの、久しぶりだね!」
 まさに心境的に驚天動地の中に叩き込まれた仲間たちは、ターニアが自分たちの分も風呂用具を用意している間に、揃ってローグに詰め寄り。
「おい、ローグ……まさかお前、この年になってターニアちゃんと一緒に風呂入ってるのか?」
「は? 阿呆かお前、ターニアの年をいくつだと思ってる。いくら俺がターニアのことを誰より愛し慈しみ護り続けている兄とはいえ、いやそれだからこそ年頃の娘が男と一緒に風呂に入るなんて真似をさせるわけないだろが」
 真剣な顔で睨まれ、ハッサンはじめ仲間たちはほっと胸を撫で下ろしたのだが。
「そ、そうか。ほっとしたぜ……いや、お前の場合正直油断ならねぇとこがあるからな」
「ローグさんが良識を有してらっしゃる方でほっとしました……あ、では、ターニアさんがおっしゃっていたのは……?」
「ああ、俺が風呂に入ってるところに背中を流しに入ってくることがなかったなって意味だ。俺の場合は兄だから肌を垣間見られても問題ないからな!」
 ズビシ! と親指を立てられて、一同はしばし『…………』と沈黙したのち、揃ってローグを袋叩きにした。
 そんな顛末があったものの、ターニアも含めて総勢九人(うち一匹はスライム)になった一行は、ローグの案内で温泉へと向かったのだった。
 たどり着いた温泉は、仲間たちを全員感心させるに足るものだった。眺めもいいし泉質もいい。ちょっとした泉くらいの広さがあり全員悠々入ってもまだ余裕がある。岩場でうまい具合に視線が区切られている。お湯の温度も少し熱いが十分入れる、と文句のつけどころがない。
「こっち来ちゃダメだからねー」
「心配するな。そっちをのぞくような男がいたら逮捕・告発の手間をすっ飛ばして即・斬殺だ」
「……ターニアちゃんがいるから?」
「当然だろが。……ま、そうでなくとも大切な仲間の肌身を無理やりのぞくような奴は、死刑が上等だと思ってるがな」
「…………」
 バーバラの言葉にきっぱりうなずいた時は岩場の向こうで一気に殺気が高まったが、続けて発されたローグの言葉に霧散する。ハッサンがやれやれ、と肩をすくめつつ、率先して服を脱ぐローグの脇をつついた。
「いつもながら、うまいな、お前」
「俺は素直な心を口にしているだけだ、というかお前に言われたくはないわモヒカンマッチョ。……さて、入るか」
「おいおい、そう焦るなって」
「す、すいません、少々お待ちいただけますか……っ」
「どうしたチャモロ、服が脱ぎにくいのか? なんなら俺が優しく、時に激しく脱がしてやるぞ」
「い、いえ、そういうことではなく! ……なんというか、その、ゲントの郷では同性の間であろうとも肌を見せるような経験がなかったものですから……」
「……肌を見せてはならない、という宗教的な戒律はなかったと思うんだが」
「ええ、戒律があるわけではないのです。ただ……その。なんといいますか……その、気恥ずか、しくて……」
 服の胸元に手をかけながらそう顔を赤らめるチャモロに、ローグはにっこり微笑んで、がばぁっ、とチャモロを抱きしめた。
「ひゃぁっ!?」
「心配するな、チャモロ。お前が恥ずかしいというのなら、俺が壁になって他の奴らからお前を隠してやるから」
「いえあの、そういうことではなくですね、ローグさんが例外になるわけではなく、むしろローグさんだからよけい恥ずかしい気持ちもありましてですね……」
「というか、旅の間に何回俺がお前にセクハラをしたと思ってるんだ。いまさら裸見られたところでぶっちゃけ超いまさらだぞ」
 きっぱり言うローグと固まるチャモロ。その間にハッサンが割って入って、二人を引き離した。
「はいはい、だからお前はチャモロをいじめるなって! こいつがウブなのはお前もよーく知ってんだろうに」
「いじめてるんじゃない、セクハラをしてるんだ。それとウブだからセクハラをしてるんだろうが、反応が可愛いから」
「そーいうことを堂々と言うなっての。いいからお前はテリーでもかまってろ」
「は!? なんで話をこっちに振る!」
 黙々と脱いでいたテリーが仰天するのに、ローグは少し考えるそぶりを見せた。
「そうだな、あんまりセクハラしてもチャモロの場合可哀想だし……世界一の美形剣士(自称)の脱いだところをあますところなく観察しておくのも悪くないか」
「き、気色の悪いことを言うなこの変態! というか俺は世界一の美形剣士なんぞと自称した覚えはない!」
「そうだな、心の中でこっそり思っているだけだな。まぁそれはいいからとっとと脱げ」
「な、なんでお前にそんなことを命令されなきゃ」
「は? お前、温泉に服を着たまま入る気じゃないだろうな? 意味がないし不都合が多いし第一そんな温泉に失礼な真似俺が許さんぞ。それともこんな当たり前のことでも俺に命令されるのは矜持が許さん、とでも?」
「っ……」
 テリーはぐ、と顔をしかめた。まったくそういう気持ちがないとは言わないが、それ以上に服を脱ぐところをじろじろ見られるのは嫌だというごく当たり前の気持ちがあるだけだ。なによりテリーは、同性にそういう*レで見られる経験は一度や二度ではなく、その不快さや腹立たしさをよく知っている。
 だがそれを正直に言うのも業腹だ。自意識過剰だと言われるのも腹が立つし、気恥ずかしい気持ちもあるし、なによりローグの視線にまったくいやらしいものがなく、どこまでも自分に恥ずかしい気持ちを味わわせていじめてやろうという気持ちしかないのがよくわかっているから(それがなによりも最悪なのだが)、そんなことを気にした方が負けという気がする。
 なによりローグ自身は堂々と脱いで裸身を晒して恥じるところがまったく見られないため、ここで退くと男としてローグに負けた気がする。やられっぱなしでなるか、と気合を入れて、テリーはするりと服を脱ぎ、裸身を晒してどうだ、とローグを睨みつけてみせた。
 ローグはどうという顔もせずあっさりとうなずき、さらりと言う。
「下の毛が銀髪だと見た時一瞬パイパンっぽく見えるんだな。初めて知った」
「っっっ貴様っ!」
「なにを怒ることがある。別にお前がパイパンだともそれが悪いとも言ってないだろが」
「ほれほれ、喧嘩してんじゃねぇよ。せっかくの温泉だ、仲良く入ろうぜ」
「まったくだな。よし、全員、ちゃんとかけ湯をしてから入れよ」
 怒り心頭のテリーをさらりと無視して、ローグはさっさとかけ湯をしてから足をお湯に浸す。ちなみに風呂に使う際の桶は、旅の間に水を汲む時などに使うので、全員自分用のを持っている(袋があるのでその程度の荷物は荷物のうちに入らない)。
 全員それに(一部憤懣を抱えながらも)それに倣い、少しずつ体をお湯に浸していく。肌に触れるお湯はかなり熱く、ある種の硬さすら感じるほどで、浸かっているだけで体中をさらさらと洗い流されているような感覚があった。
「ふぅ……」
 ローグが珍しく穏やかに息を吐く。他の者たちの口からもそれぞれ、「はぁ……」「ほぅ……」と吐息が自然に漏れた。
「くぅ〜……沁みるなぁ。なんつーか、日ごろの疲れが癒されてく気がするぜ」
「そうですね……健康法として言うならば、ぬるめのお湯に下半身だけをゆっくりと浸けた方が全身が温まるのですが……こういった熱いお湯に短時間浸かるというのは、それとはまた違った爽快感がありますね」
「だなぁ。肌がさっぱりするっつぅか、体の中からすっきりするっつぅか……なぁテリー」
「だからなんで話をこっちに振る。……まぁ、いい湯だけどな」
「そうですねぇ……」
 ピーヒョロロー、と鳥の鳴く声。見てみれば、空の遥か上を鳶が旋回している。崖の下から上がってくる心地よい風が汗をかいた顔を冷やす。少し視線を巡らせれば、はるか崖下にどこまでも広がる絶佳の眺望が望める。普段旅をしている間には望めない贅沢な時間に、一同の間にしばしの沈黙が下りた。
 そしてその沈黙を、にこやかな調子の声で破ったのはアモスだった。
「しかし、みなさん見事なくらい予想通りでしたねぇ」
「予想通り? って、なにがだよ」
「いえ、体格通りというか。ハッサンさん>私>ローグさん>テリーさん>チャモロさん、という順番で」
「だからなにが……」
 と言いかけて、ハッサンはアモスの言いたいことに気づいた。テリーも気づいたようで、下品な言動に苛ついたからかそれとも自分の順番に不満があるせいか不快気に眉を寄せる。ローグの表情に特に変化はなかったが、こいつの場合気がついていないわけはないだろう。チャモロ一人が意味がよくわからないようで、きょとんと首を傾げている。
「アモス、お前よぉ……そういうこと女がいる前では言うなよ?」
「え? なにを言っているんですか、言うわけないじゃないですか。ちっちゃいことを女性に知らしめられたら、男としてのプライドが傷ついちゃいますものね!」
「いや、だからそういうことじゃなくてだな……」
「……女にそういうことを聞かせるのは普通はセクハラになるんだよ。お前、少しはデリカシーってもんを学べ」
 そうぶっきらぼうに言ったのはテリーだ。テリー自身デリカシーのあるなしで言えば確実にない方になるんじゃねぇのかなぁ、とハッサンは思ったが、あえて口にはせずにおいた(その生い立ちのせいか普通とはだいぶずれてはいるが、テリーはテリーなりに繊細な心というものも持ち合わせているんだろうことはわかっていたので)。
「え、セクハラ? そうですかねぇ? 私は女の人たちが胸の大きさを比べっこしてるのとか聞いたら、胸がドキドキしちゃう自信がありますけどねー」
「男と女じゃ違うだろ」
「……それとこれを一緒にするな」
「あ、あの……すいません、アモスさんが先ほどおっしゃられたことは、その……なにか、恥ずかしい類のお話、なのでしょうか……?」
『…………』
 おずおずと、それこそひどく恥ずかしそうに、頬を染めつつ視線を逸らしつつ訊ねてきたチャモロに、男性陣は揃って沈黙した。ピーヒョロロー、とまたはるか上空で鳶が鳴く。
「わぁ……! ねぇねぇこっち来てみてよ、ミレーユ、ターニアちゃん! ここ、すっごい眺めいいよ!」
 予想外の近さでその沈黙を破ったバーバラの声に、男性陣は揃ってぎくっとした。それに続き、ミレーユやターニアの声まで間近から響いてくる。
「あら、本当ね。お湯に浸かりながらこんな素敵な景色を眺められるなんて初めて。お湯の質もそうだけれど、本当に入っていて気持ちのいい温泉ね」
「えへへ、そう言われると、ちょっと嬉しいです。あ、別に私の手柄じゃないんですけど……ここの温泉を見つけたの、お兄ちゃんだから」
「へぇ、ローグが見つけたんだ! やっぱりローグって、なんのかんの言うけどやる時はやるよねー」
「ふふ、バーバラったら、とっても嬉しそう。バーバラは本当に、ローグが好きなのね」
 ぶっと噴き出しかけて、ハッサンとテリーは揃って口を押さえた。アモスは目を輝かせ、チャモロはカッと頬を染め視線を逸らす。だがそんな中でも、ローグはごく平然とした顔で指先で汗を拭っていた。
 だがバーバラは明らかにうらたえた様子で、ばしゃばしゃ音を立てながら声を上げた。
「べ、別にそういうわけじゃないったら! ただ、ローグってばいっつも偉そうだから、そういう風に、たまには役に立ってくれないとーって」
「ふふ、そうなの?」
「そうっ! あたしは、別に、ローグのこと、そういう……あ! ごめんね、ターニアちゃん」
「え?」
「だって、あの、ターニアちゃんにはお兄ちゃんなのに、いっつも偉そうとか言って」
「えっと……いいですよ、そんなの。私は、どっちかっていうと、聞いてて嬉しいですし」
「え! な、なんで?」
「だって……お兄ちゃんって、普段私といる時はいつも、すごく優しくて、格好よくて……お兄ちゃん≠チて感じだから」
 いやそれはローグが単に妹の前でも外面を取り繕う奴ってだけじゃないのか? と思った人間の存在を知ってか知らずか、ターニアは少し寂しそうに続ける。
「だから……ちょっと嬉しいんです。バーバラさんたちみたいな、仲間のみんなとだったら、お兄ちゃんも気を抜いて、気楽に喋れるんだなぁって思えるから。……ちょっとは、寂しいな、って気もしますけど」
「……そんなことないよっ!」
 ばしゃばしゃっ、と音が立つ。おそらくバーバラがターニアに向かい駆け寄ったのだ、とハッサンは音の流れでわかった。
「ローグはさ、あたしたちにはいっつも偉そうだし、ターニアちゃんにはすっごく優しいけど、それって別にターニアちゃんの前で演技してるとか、そういうんじゃないと思うんだっ。なんていうか、ターニアちゃんが大事だから自然とそうなっちゃうっていうか……ローグってすっごいカッコつけだから、ターニアちゃんの前ではすっごくカッコつけたいんだよ、きっと! 大事な……すごく大事な妹、だから、さ」
「そうね。ローグは本当に、恥ずかしがり屋だから……ターニアちゃんのことがあんまり大事すぎて、素のままの自分を見せるのが恥ずかしくなってしまうんだと思うわ。それに、私たちの前でも、素のままというわけではないのよ。格好のつけ方が違うだけ。自分の弱いところや苦しがってるところなんて、絶対に見せてくれないもの」
「え……そうなん、ですか?」
「そうよ。ローグは本当に、照れ屋で、恥ずかしがり屋で……ものすごく意地っ張りだから、私たちの前だっていつも遠慮しているし、気を遣っている。私たちにしてみれば、とても水くさい話だけれどね」
『…………』
「……そうだよね。ローグって、偉そうで、態度おっきくて、言うこともやることも俺様だけど……気ぃ遣いだよね」
「いつもすごく優しくて、格好よくて、いいお兄ちゃんだけど……私たちの前だと、いつもそういうお兄ちゃんを、意識してやってて……」
「そうよね。だから、これからの教育が重要だと思うの。ローグに、そんなに気を遣わなくって、私たちはあなたから離れていかないわよ、って教えてあげなくっちゃ、でしょ? それに実際、これまでの教育でローグも少しずつ変わってきているのよ。ちょっとずつだけど、私たちに心を許して、気を許して、一緒に旅をすることを楽しむようになってきてくれているもの」
『…………』
「ミレーユって、ほんとに、すごいねぇ……」
 バーバラがほとほと感心した、というような(そしてその中に羨望と寂寥を忍ばせた)声を出す。ミレーユは柔らかい笑い声でそれに応えた。
「なぁに、突然」
「突然じゃないよー、ほんとにすごいよ。ローグのこととか、いろいろ、すらすらーってわかっちゃうしさ、家事とかいろいろなんでもできちゃうしさ。それに……すっごい美人だし」
「バーバラだって、とても可愛らしいじゃない?」
「そんなことないよー、あたしくらいのなんてどこにでもいるもん。おっぱいだって……こんなにおっきいしさ」
 ぱしゃん。いかにもなにか弾力性のあるものを動かしたような――ぶっちゃけでかい胸を持ち上げたんじゃね? という感じに響いた水音に、男性陣の間にさっと緊張が走った。
 だが岩の向こうの女性陣は、そんな緊張になど当然気づくことなくふざけあう。
「あら……もう。バーバラったら、いたずらっ子なんだから」
「そうですよね、ミレーユさんって本当に胸大きいですよね……形もすごく、きれいだし。同性でも、見惚れちゃうくらい……」
「ターニアちゃんまで……なぁに、もう。恥ずかしいじゃない」
「えー、いいじゃん、ちょっとくらい。こんなにむねおっきいのに、恥ずかしがるなんておかしいよ」
 ぱしゃ、ぱしゃぱしゃん。
「もう。バーバラだって最近すごく胸、大きくなってきているじゃない? ほら……こんなに」
 ぱしゃっぱしゃっ、ぱしゃん。
「きゃっ! ミレーユってば、もうっ! ……ほんとに、むね、おっきくなってる?」
「ええ、以前と比べたら歴然と。ほら、自分でも持ち上げてみて? 重みが全然違うって、わかるでしょ?」
 ぱしゃり、ぱしゃっ。
「そ、そうかな……自分ではあんまり、意識したことなかったんだけど……」
「また胸の下着のサイズを変えたほぅがいいかもしれないわね。無理して小さいのをつけていると、型崩れしちゃうわよ?」
「う、うん……じゃあ、そうしよう……かな」
「いいなぁ……バーバラさん。私、もう十七なのに、ぜんぜん胸が成長しなくって……」
「あら、ターニアちゃんの胸は、とってもきれいだと思うけど?」
「え……きれい、ですか?」
「ええ。形がきれいで、大きさもちょうど手のひらに収まるくらいでしょう? ターニアちゃんのプロポーションを、とてもきれいに形作ってくれていると思うわ。それに、ターニアちゃんの可愛らしい顔貌も合わせて全体の印象としてみると、とっても優しい、可愛い雰囲気になるのよね」
「……そんな風に言われたの、初めてです。ミレーユさんって……優しい人ですね」
「そうだよねぇ、ミレーユってばよく気がつくし、優しいよね。でも、ターニアちゃんもすっごく優しいよ? 家に来た時、いっつも笑顔であたしたちのこと出迎えてくれるし」
「え、そ……そうですか? でもそれは、お兄ちゃんの友達のみなさんに、当たり前のことをしてるだけで……」
「むー、素直じゃないなぁ。そんな子には……こうだっ!」
 ばしゃしゃっ、ばしゃっ。いかにも女の子同士がじゃれあってますよ、という感じの音が立つ。それぞれ複雑な(除くアモスとローグ)表情で口を閉じ、固まらざるをえない男性陣をよそに、女性陣は盛り上がっていた。
「ほらぁ、こんなに腰回り細くてきれいじゃーん。どこもかしこもほっそりしてるのに柔らかくてさぁ。あたしたちなんかいっつも旅の空だから筋肉ついちゃって……」
「きゃっ、もうっ。……バーバラさんだってこんなにきれいじゃないですか。体にすごくきれいに肉が乗ってて。腰の線なんかすっごく女の子らしくって……」
「え、そ、そうかなぁ? でも、それ言うならミレーユだよ〜。どこ見てもすっごくきれいで、肌なんかもうこんなつやつや。玉のお肌ってこんな感じだよね〜。いっつも服の下にはこんなきれいなの隠してるんだ〜」
「あら、バーバラだってターニアちゃんだって、服の下にはとっても素敵なものを隠してるじゃない。こんなに柔らくて、きれいで、触ると気持ちいいものなんて、男の人が知ったら放っておかないわよ?」
「や、やだぁもう、ミレーユってばっ」
「は、恥ずかしいですから、言わないでください……でも、ありがとうございます。……私くらいの胸でも、そんな風に思ってくれる人、いるのかな……」
「もちろんよ。こんなぷるっとした、若い肌なんて見せようものなら……どんな人でも理性失っちゃうと思うわ」
「あたしのおっぱいとか見ても、そんな風になる?」
「もちろんよ。土台になる筋肉がしっかりしてるから、胸が大きく前に張り出しているし……それを前に突き出してみせでもしたら、大変よ?」
「えへへぇ……なんか嬉しいなー……」
 ここでテリーが小さく舌打ちをして、湯から上がろうと立ち上がった。さっきからテリーはずっと頬を上気させながら黙ってうつむいていたが、ついに羞恥に耐えられなくなったのだろう。
 が、その際ぱしゃりと鳴った水音を聞きつけたか、バーバラがばしゃりと水音を立てながら言った。
「あ! ねぇねぇ、向こうでなんか音がしたよ!」
『……………!』
 このバカ野郎! と言いたげな形に顔を歪めるハッサン、恐怖のあまりにかさーっと顔から血の気を引かせるチャモロ、もしかしてドキドキイベントがあるかも!? と期待感を前面に押し出した顔になるアモス。ローグ一人が平然としているが、その内心はどんなものだか。もちろんテリーは恐怖と混乱で固まっている。
「もしかしてお猿さんかなんか入りに来たのかな! ちょっと見に行ってみようか!」
「え……あの、バーバラ、待って。たぶん、あれはね」
「ああ、この温泉猿とか鹿とか、この山の獣も入りに来るんですよね。湯治っていうか、入ると力が湧いてくるってわかってるのかも」
「ほんとに!? わぁ、すっごいなぁ、絶対見たい!」
「あのねバーバラ、ちょっと待って? あれはね、たぶん」
「せーのぉっ!」
 ひょいっ、どばっしゃぁん。バトルマスターもマスターしているバーバラは、視界を隔てていた巨大な岩を、あっさり持ち上げ脇に放り投げる。
 ――そして当然、固まっている男性陣と、一人平然とこちらを見ているローグと目が合った。
『――――!』
 男も女も固まって、真っ赤になって、なにを言えばいいのかわからず思考を空転させる中、ローグは一人平然と、さらっとこんなことを言ってみせる。
「先に言っとくが、岩をどけたのはお前だぞ」
「………きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 絶叫とともに、バーバラの体から一気に魔力が立ち上った。その魔力は空気を沸騰させ、大地を鳴動させ、天地を砕かんとばかりに純粋な力場の爆発を広げていき――
 つまり、全力でのマダンテが炸裂して、男性陣は全員一瞬で全滅した。

「……ごめん。ほんっとに、ごめん」
 バーバラは(ミレーユのザオリクで)全快した男たちに、深々と頭を下げた。
 当然全員服は着直しているが、それは素っ裸で湯に浮く男たちにミレーユが(裸で、自分も見られる危険を冒して)ザオリクをかけてまわった結果である。バーバラ自身は半狂乱になっていて、ターニアが落ち着かせてくれなければまだまともに話もできなかっただろう。バーバラとしては、自分の失敗で仲間たちに……見られる♂H目に陥って、暴走して、その後始末にもいろんな人に世話をかけ倒して、と本当に面目次第もございません、としか言いようがない状況だったのだ。
 テリーが仏頂面でため息をついてみせ、チャモロがうつむき、アモスが首を傾げる中で、ハッサンは一人(照れくさそうにではあったが)笑ってみせた。
「はは、まぁそんなに気にすんなって。その、なんだ、ああいう状況になりゃちっとくらい我を忘れちまうのも仕方ねぇよ」
「ううん……いっくらなんだって、マダンテはやりすぎだよ……みんなHP全快だったのに一撃死させちゃったし……」
「……というか、そこを気にする前に、俺たちが別の場所に入っているのがわかっているのにほいほい岩をどける粗忽さを気にしたらどうだ」
「テリーさん!」
 チャモロに慌てて制止されたが、それでもその仏頂面でぼそっと言い放たれた言葉はバーバラの胸を鋭くえぐった。しゅん、とあからさまにしょんぼりしながら、ぽそぽそとまた謝る。
「ううう……ほんとに、ごめん……」
「厳しいですねー、テリーさん。見られたのはお互い様ですし、そんなに気にすることもないんじゃないですか? というか個人的にはいいものを拝ませていただいて嬉しいですし。そりゃあ女性のみなさんに見られちゃったのは恥ずかしいですけど……あ、もしかして大きさが控えめなのを知られちゃったから恥ずかしいんですか?」
「え……」
「お前はなにを言ってるんだ一回殺すぞいい加減っ!」
 大きさ? と一瞬なにを言っているのかバーバラはわからなかったが、数秒考えて思い当ってかーっと顔を赤くしてうつむいてしまった。大きさ、って。男の人もそういうの、気にしたり、するんだ。やだ、もう、なんだかすごく、ほんとに、恥ずかしい……。
 と、目の前にすっとマグカップが差し出された。
「……え」
「飲め」
「えぇ?」
 慌てて差し出した腕の持ち主を見上げると、そこには予想通りにローグの顔があった。こんなことのあとなのにいつも通りの平然とした顔で、思いっきり偉そうにのたまってくる。
「風呂に、特に熱い風呂に入った後は水分補給が重要なんだぞ。温泉に入るなら常識だ」
「え、あの……これ、水? なんかすごく冷たいんだけど……」
「冷やした香草茶だ。さっき淹れたのをヒャダルコで冷やした。放っておくとぬるくなる、いいからとりあえず一口飲め」
「え、う、うん……」
 言われるままに口をつけ、思わず目を見開く。
「おいしい! すごくすっきりした香りがする!」
「当然だ。ライフコッド秘伝の香草茶だからな。しかも俺の調合したオリジナルブレンドだ、うまいに決まってる」
「ローグが調合したの!?」
「当たり前だ。山育ちには薬草摘みも仕事の一つだからな、調合の一つや二つ覚える」
「へぇぇ……すごいね!」
 思わず満面の笑顔になって言うと、ローグはあっさりうなずいてさらっと言う。
「頭に血が昇った時は冷やす、落ち込んでる時は腹になにか入れる。これも常識だ、覚えとけ」
「ちょ……あたしそんなに単純じゃないもん!」
「ほー、獣が見たいって理由で岩を放り投げるような奴が単純じゃないとは、なかなか言うな」
「………ううー。ごめんなさい……」
 またしゅん、と頭を下げると、ふん、と鼻を慣らされてぽすぽすと頭を叩かれた。そして頭の上からいつも通りに偉そうに言われる。
「言っとくが、マダンテかました程度のことで落ち込んでも意味ないぞ。というか落ち込む必要なんぞない。あんなシチュならマダンテかますぐらい普通だ、普通」
「え、えぇ!? そ、それいくらなんでもおかしくない!?」
「どこがだ。男の裸と女の裸は価値が違う。女が男に裸を見られようもんなら、それがたとえ女の行動が理由だろうが死刑が基本と決まってるだろが」
「い、いや、それはちょっとどうかなぁ……そりゃ、裸を見られたのは恥ずかしかったけど……」
「俺ルールではそうなんだからそれでなにがなんでも納得しろ」
「い、いやローグについてはそれでいいかもしんないけど、他の人にとってはそれはまずくない?」
「なら本人に聞いてみろ。どうだ、お前ら。さっきのあれに文句を言いたい奴はいるか?」
 そう水を向けたローグに、ハッサンは苦笑して、チャモロはぶんぶんと、アモスは笑顔で首を振り、テリーはため息をつきつつも肩をすくめた。
「だから、俺だって言ってるだろ? 気にすることねぇって。そりゃまぁちっとは痛かったけど、あの程度なら旅してりゃ日常茶飯事だし。もう生き返らせてもらったんだし、なぁ?」
「はい、あの、というか、こちらの方こそ本当に申し訳ありません! 修業中の身であのようなっ……女人の肌を垣間見るような無礼極まりないことをしでかしてしまいっ……!」
「チャモロさん、あんまり気に病むのもよくないですよー? 責任取るとかいう話になっても、取られる方が困るってことけっこうありますからねぇ。ちなみに私はさっきも言いましたが、素敵なものを拝ませていただきましたのでオールオッケーです!」
「……少しは気をつけろ、とは言いたいがな。いまさら文句なんぞ言っても仕方ないし。反省して今後こんなことを起こさないようにする、というんなら勘弁してやる」
「う、うんっ! がんばるっ!」
「よし、頑張れ。……というかテリー態度が大きすぎるぞ貴様! 貴様風情に勘弁されなきゃならん筋合いがどこにある!」
「文句があるかどうか聞いたのはお前だろうが!」
「それはそうだがそれはそれとしてお前に上からものを言われるとイラッとくる」
「お前……人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!? いつもいつも人のことを目の敵にしやがって……!」
「阿呆、目の敵にしてるんじゃない、たまたま目についた時にいじめているだけだ」
「それのどこに違いがある!」
「大いに違うだろうが、貴様ものの道理わかってんのか!?」
「お前に切れられる筋合いはないっ!」
「こらこらお前らー、喧嘩すんのもそんくらいにしろって」
 いつものごとくじゃれ合い始めたローグとテリーに、場の雰囲気は一気に緩む。バーバラもつい、ほうっと息を吐いてしまった。もちろん反省はしなきゃいけないけど、みんなが自分のことをこんなに簡単に許してくれて、それはつまりみんなとの間にはそんなに簡単に壊れないくらいの強い関係が築かれてるってことで、それはなんていうか本当に、すごく嬉しくて幸せなことだな、と思えて――
「まぁ、そうだな。確かに俺の言い草は理不尽極まりないな。嘘を言っているつもりはまったくないが、お前には腹の立つことだろう。悪かった、謝罪しよう」
「え」
 深々と頭を下げるローグに、場の空気が固まる。ローグが、テリーに、謝った?
「……お前、なにを企んでる」
「企んでる? なにを言っている。俺はただ、これがお前と話す最後の機会になるかもしれないと思うからきちんと筋を通しておこうと思っただけだぞ」
「……最後の、機会?」
 ローグはにっこりとほほ笑むと、すらり、とラミアスの剣を抜く。そうだ、気づけば、ローグはこの場にやってきた時から腰にラミアスの剣を差していた――
「――うちのターニアの肌を垣間見やがった覚悟……できてるんだろうな? できてなくても十回は地獄の汚泥の中で窒息させてやるから心配するな」
「わ、ちょ……待てぇっ!」
「誰が待つかこの××××野郎ども! とりあえずチャモロは保留するが、他の奴らは全員ぶった斬る!」
「チッ……やれるものならやってみろこのシスコンが!」
「貴様にだけは言われたくないぞこのシスコンが!」
「わ、ちょ、待ってください、どひゃーっ!」
 いきなり始まった戦闘に呆然としていると、ミレーユにくいくい、と袖を引かれ、バーバラは戦闘圏内から離れて、ミレーユとターニアと、一匹でいつの間にやら温泉に入っていたのか、さっきの香草茶を藁のストローですすりつつぷるぷると濡れた体を震わせているルーキーと座って男たちを眺めた。なんとはなしに、ため息が漏れる。
「なんで、いきなりこんな展開になるんだろう……」
「うふふ。男の人たちって、可愛いわよね」
「お兄ちゃんってば、もう……しょうがないなぁ」
 苦笑するターニアの頬はうっすら上気し、困りはしているものの自分のことでローグがあんなに怒ってくれているのが嬉しい、という気持ちもあることを示していた。……そういう気持ちは、わかっちゃいけないのかもしれないけど、なんとなくわかる。
「なんていうか……男とか、女とかって、時々めんどくさいよね。なんか、違いがあるのとか、すっごい馬鹿馬鹿しい気持ちになったりしちゃう。ほんとはそういうの、よくないのかもしれないけど……」
「そう、ですね……」
「あら、それは二人が男女ってものをよく知らないからじゃない?」
「えー? 男だけじゃなくて、女も?」
「違うわ。男と女じゃなくて、男女」
「えっと、男の人と女の人の関係、っていうことですか?」
「うーん、ちょっと違うかな? 男と女の在り方、って言うのがいいかしら。体の形が違って、心の形も男女なりに人それぞれ違って……すれ違うこともあるけれど、だから得られるものも、生まれるものもある。同じだから得られるものがあるのと同じようにね。それにこだわるというのもひとつの在り方だし、とらわれないのもまた在り方のひとつだわ。人によって心地いい間合いっていうものは違うけれど……お互いのかたちってものがわかったら、お互いの違いがなんだか愛しくなってくるんじゃないかしら?」
「うーん。そうなのかなぁ……」
 バーバラにはよくわからない。他の男性陣に向けて剣を振り回すローグをじっと見つめているターニアには、わかるのだろうか。男と女の違いというものが、愛しく思えたりするのだろうか? 今の自分には、裸を見られたっていうだけで、恥ずかしくて暴走してしまうくらい、相手との違いが気恥ずかしくてしょうがないのに。
「ルーキー。ルーキーにはそういうの、わかる?」
「プルルップルー」
 ルーキーは小さく体を揺らして答える。いつもながら言っていることはさっぱりわからないが、なんとなく『焦るな』と言われたような気がして、それでいいのかなぁ、と思いつつも膝に顔をうずめつつローグたちの方を見つめた。――もしかしたら自分には、理解する時間なんて残されていないかもしれないのに。
 ……具体的にそんな当てがあるわけではないのだが。

 ちなみにローグと男性陣との戦いは、死闘の末男性陣全員(ローグ含む)にターニアの家の周りの(主に力仕事の)強制労働、というところに落ち着いた。

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