そばにいるだけで大満足
「ねぇ〜、ローグ〜」
「断る」
 思いっきりかわいこぶって話しかけるや秒でそうきっぱり話をぶった切ったローグに、あたしはぷぅっと頬を膨らませた。
「まだなにも言ってないじゃない!」
「ああそうか悪かったな、てっきりこれまでの経験からお前が猫なで声を出してきたからには小遣いの無心だろうと思ってしまったんで。すまなかった、さぞ重要な用事があるんだろうな、さぁあますところなく口にしていいぞ」
「う……え、えとねっ! じ、実は……」
「実は?」
「……もーっ、ローグの意地悪! 最初っからわかってるくせにっ」
「断る、と言ったのに食い下がってきたのはお前だ。というかこんなもんで意地悪だなんだと言っていたら本当に意地悪されている奴らが可哀想すぎるぞ。ああそうか、つまりお前は軽くいじられるだけじゃ物足りない、もっと容赦なくいじめてほしいとそういうことを暗に要求して」
「わーっ、ち、違うってばっ! もういいっ、大したことじゃないからっ!」
 あたしはこれ以上とんでもないことを言われる前に、と慌てて立ち上がって部屋の外へと向かった。ローグは(さっきからなにか書き物してたんだけど)そんなあたしのことなんててんでかまわないで、平然とした顔ですらすらペンを走らせている。
 あたしはなんだかすっごくむかーっときて、「ローグのばーかっ!」と怒鳴ってあっかんべーをしてから思いきり扉を閉めてやった。この部屋にはローグ以外いなかったからいいけど、いたら叱られてたんじゃないかってくらい乱暴に。

「……もうっ、ローグのばーか。ばかばかばーかっ」
 あたしはぶちぶち言いながらガンディーノの街を歩いた。今あたしたちはパーティメンバーを入れ替えながらレベル上げをしているところなので、毎日寝るところがころころ変わる。場合によっては野宿して、移動する暇も惜しんでひたすら戦いまくるっていう時もあるんだけど、今日はたまたまガンディーノで休むことに決まった。
 今の時刻は午後三時。あたしたちにしては珍しいくらい早い時間だ。普段はこんなに早くに街にいることなんてなくて、少なくとも陽がかげってきてからじゃないとローグはレベル上げのための戦いをやめたりはしない。
 ただ今日は、珍しいことに早めに上がってさっさと宿を取ってしまった。あとは寝るまで自由時間。だから、っていうことは、もしかして。
「……ちょっとくらいプレゼントとか、してくれるのかと思ったのに」
 言ってしまってからあたしは慌ててぶんぶんとかぶりを振った。なに考えてるの、あたし。いっくらなんだって妄想しすぎでしょ。ローグがそんなこと、今日がどんな日かなんて気にしてるわけないのに。
 だって、ローグにとっては、ほんとに、ぜんぜん大したことじゃない話なんだから。
 そう思うとずーんと気持ちが落ち込んできて、しゅーんと舌を向きながら歩いていると、唐突に「おい」と声をかけられて肩をつかまれた。
「きゃっ! ……え、なに、テリー? なんでこんなとこに」
「……あのな、お前」
「バーバラさん、こんにちは。なにを落ち込んでいらっしゃるのですか?」
「あ、チャモロ」
 突然目の前に現れたテリーとチャモロに、あたしは目を瞬かせた。二人ともなにやら大きな買い物袋を抱えている。……今日、二人買い出し当番だったっけ?
「よろしければ、私に話してはくださいませんか。まだまだ未熟ではありますが、これでもゲントの神に仕える身、お悩みを聞くくらいならできると思いますよ」
「おい、チャモロ……迂遠な言い方をするな。バーバラ、お前な、なにがあったのか知らないが、前を見ないで歩くのはやめろ。また人と衝突事故を起こしたいのか」
「しょ、衝突事故って、そーいう言い方する!?」
「事実だろう。聞いてるぞ、お前前に街中で前を見ずに走って壁に穴を開けるなんて馬鹿馬鹿しい真似してるんだろうが」
「あ、あれはーっ! 別にそうしようって思ったんじゃなくて、アモスが恥ずかしいこと言うから、聞きたくなくて、耳ふさいで」
「それでわーわー言いながら走ったせいで姉貴たちの制止の声も耳に入らなくて、壁に突っ込んで穴を開けたんだってな。その話を聞いた時には、事実かどうかとか人災が出なかったかとかより先に、そんな阿呆みたいな力を持ちながら周囲に注意を払おうともしないお前のうかつさに呆れかえると同時に納得しちまったぜ」
「う、うぅー……」
「テリーさん。今は、そんなことを問題にするべき時ではないでしょう?」
 チャモロが少し強い口調で言うと、テリーはふん、とか鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。でもどこかに行っちゃう、とかじゃなくてそばには立ったまんまだ。
 この二人、なんでか知らないけどわりと仲いいんだよね。テリーって基本ミレーユ以外どうでもいいっぽいそぶりをすること多いんだけど(もちろん本当はそんなわけないのはみんなわかってるんだけど)、チャモロにはわりと素直っていうか。まぁ、チャモロってすっごく真面目でいい子だから、普通の人はつんけんした態度とか取ってられないんだけどね。
「それで……バーバラさん。改めてお聞きしますが、なにがあったのですか? もちろん私があなたのお悩みをどうこうできると思っているわけではないのですが、悩みというものは一人で抱えているよりも誰かと共有した方が軽くなることが多いと思うのですが」
「………それは」
 あたしは正直、かなり迷った。チャモロの言ってることはすごくそうだなって思ったし、気持ちも嬉しかったんだけど、あたしの悩み……っていうか、今ぐじぐじ考えてることは、客観的に見ればほんとに大したことないっていうか、どっちかっていうと単なるわがままみたいなものだったから。
 そんな話をこんなに真面目に話を聞こうとしてくれてる人に、しかも(すごくしっかりしてるとはいえ)年下に相談していいんだろうかって、あたしは迷って困ってもじもじしたんだけど、それを見たテリーが顔をしかめて言ってきた。
「とりあえず、店に入るなりなんなりしたらどうだ。道端でいつまでも立ち話してるわけにもいかないだろ」
「あ……そうですね。すいません、ありがとうございますテリーさん」
「……別に。バーバラ、どこに入るんだ」
「え、えぇ!? もう入ること決定!?」
「……別に入りたくないならいいけどな。お前、この街はお菓子がおいしいだのなんだの力説してただろうが」
「あ! うんうんそうなのっ、ケーキも焼き菓子もみんなすっごくおいしいんだっ! 小麦も果物も質がいいんだって! 前に来た時『カフェ・グランディ』っていう店がすっごく並んでて、一度入ってみたいなーって思ってたんだけどなかなか来れなくてっ」
「カフェ・グランディ……あそこか」
「えっ!?」
 あたしは言われて初めて通りを少し行った先に『カフェ・グランディ』と看板を出しているカフェがあるのに気づいて、びっくりした。いつの間にこんなとこまで来てたんだろう、全然気づかなかった。
 おまけにおあつらえ向きにそこは今日はあんまり混んでなくて、でも本当においしそうなケーキを作ってるのはここからでもはっきりわかって(目がすごくよくなったのは盗賊をマスターしてからだけど、レンジャーマスターしてから鼻もすごくよく効くようになっちゃってたから、十数m離れたところからでもわかっちゃうんだ)、あたしは思わずごくっと唾を呑み込んでしまった。
 その様子を見て、テリーとチャモロは「あそこがいいんだな」「今日は混んでいなくてよかったですね」とか言いながら歩き出しちゃったので、あたしもなにも言えずあとに続く。うう、なんていうか、こんな大したことじゃない悩みにいちいち気を遣ってもらっちゃってすごくごめん、二人とも。
 そんな風に申し訳ない気持ちはすごーくあるのに、あたしってば。
「わぁっ! ここのカフェの内装、すっごくおしゃれー! なんていうかさっ、すっごくセンスいいって気、するよねっ」
「うわぁ……ほんとにここのケーキ、どれもすっごくおいしそう……! ねっねっ、チャモロ、テリー、なに食べるっ?」
 とか反射的にはしゃいじゃうんだから、なんていうか、もう……自己嫌悪。チャモロも苦笑してたし、テリーなんか(いつも通りに)思いっきり呆れた顔で肩すくめたりさせちゃった。
 それでケーキとお茶を注文し終えてから(あたしはケーキをちょっとずつ盛り合わせしてもらって、お茶はローズヒップティっていうの。チャモロは生姜の紅茶と(それもハーブティなんだって)マフィン、テリーは普通の紅茶にフルーツタルトを頼んでた)、改めてチャモロとテリーはあたしに向き直ってきた。
「で。なにを悩んでた」
「よろしければ、話していただけませんか?」
 ………うう。そんな風に、真面目に聞いてもらうような話じゃ、ほんとに全然ないのに。
 でも、ここまでお膳立てしてもらったのに、なんにも話さないとかひどすぎるし。だからあたしは、ちょっと遠まわしなところから、できるだけ誠実に話をしようとしてみた。
「あの、ね。ほんとに……なんていうか、大したことないことなんだけど」
「はい」
「……チャモロと、テリーは、さ。わがまま、言いたくなっちゃうことって、ある?」
 二人は目を少し瞬かせて、首を傾げた(揃ってそんなことをされるとなんか子供っぽくて可愛い……んだけどそんなことは当然言えない)。
「と、言いますと?」
「具体的に言え」
「うん……あのね。あたし、ある人に……すごく、わがまま言いたくなっちゃうんだ」
「…………」
「…………」
 二人は目を見合わせる。あたしは一生懸命、次になにを言うか考えながら言葉を紡ぐ。
「他の人には、ぜんぜんそんなことないんだよ? なのにさ、ある人にだけは、なんていうか、ほんとにすごく、わがままで。あれしてこれしてって、いろいろ言いたくなっちゃって。それがかなわないと、むくれてばーか、とか言っちゃって。大したことじゃなくても……ほんとに、大したことじゃなくても。これくらい覚えてくれていてもいいのに、とか、なにかしてくれてもいいのに、みたいな……すっごくよくない、可愛くない子になっちゃうの」
『…………』
「これじゃいけないって、思うんだけど。なんでか、止まんなくって。今日も、その人にわがまま言って、相手にしてくれなかったら腹立てて。なんていうか、ほんとに……その人にとっては、ぜんぜん……大したことじゃ、ないのに」
 しゅん、となってうなだれる。言葉にしてみたらほんとにそうだなーって気持ちになって、ついつい落ち込んできちゃった。最近のあたし、ほんとによくない。わがままばっかり、勝手なことばっかり言っちゃう。相手の都合とかわかってるくせに、いろいろしてって思っちゃう。
 ――あたしは、いいあたしだけを覚えていてほしいのに、一緒にいればいるほど、したいこと、してほしいことが増えていっちゃう。だって、あたしは、いつまでも、あの人と一緒には
「お前、バカか?」
「ひゃいっ!?」
「テリーさん……」
 あたしは我に返って頭を上げる。目の前にはものすごーく呆れかえった、っていう顔をしたテリーと、困ったような顔をしたチャモロがいる。
「チャモロ、こんな奴に気を遣ったってどうしようもないぞ。ここまで言っておきながら自覚がないとか、鈍感で済まされるレベルじゃないだろ。こんな話聞かされる方はいい迷惑だ」
「め、迷惑って、そりゃくだらない悩みわざわざ相談しちゃったのは悪いとは思ってるけど、そういう言い方ってひどくないっ?」
「……そりゃくだらないはくだらないけどな。それ以前に、お前、そこまで言っておいて本当に自覚がないのか」
「え……え? 自覚って?」
「あの、テリーさん。こういうことは本人同士の問題ですから、他人が口を出すのは……」
「俺だって好きで口を出してるわけじゃない。……ったく、ローグの馬鹿が、どういうつもりなのか知らないがこいつがここまで迷走してるんだからとっととフォローしておけばいいものを」
「なっ、ちょ、なんでローグが出てくるわけっ!?」
「……だから、お前な」
「あら、テリー。バーバラにチャモロも」
『!』
「あ……ミレーユ? どうしたの、そんな荷物抱えて」
 いつの間にか店に入ってきて、あたしたちのテーブルの前に立っていたミレーユは、テリーとチャモロと同じように大きな買い物袋を抱えていた。にこり、といつもの優しい笑顔を浮かべながら、小さく首を傾げてみせる。
「買い物の途中で、少しお茶を飲もうかと思ったのだけど。同席しても、いいかしら?」
「あ、うん! もちろんっ」
「ありがとう」
 ミレーユは微笑みをあたしに向けてから、すっとおしとやかな挙措であたしの隣の席に腰を下ろした。その姿は本当に女のあたしでも見惚れちゃうくらいきれいで、ほう、とあたしは思わずため息をついた。
「あら、どうしたの、バーバラ?」
「あ、ごめんね。なんていうか、いいなぁ、って思っちゃって」
「あら、なにがかしら?」
「なにがっていうか……ミレーユってすごく、女らしいじゃない? 美人っていうだけじゃなくて、優しいし、おしとやかだし」
「あら、本当におしとやかな女性は魔物に正拳突きを食らわせたりしないと思うけれど?」
「そうだけど、ミレーユはそういうことしてても、ちゃんと女の人らしいじゃない。戦ったりしてても、周りの人への気遣い忘れなかったり、なんていうの、つつしみみたいなのもちゃんと持ってるし。そういうのってさ、すごく……人の気持ちを、ほっとさせてくれるんじゃないかな、って」
「あら、そう? ありがとう、バーバラにそう言ってもらえると嬉しいわ」
「ううん、ホントにミレーユはすごいって思うもん。……あたしは、だめだな。すぐわがまま言っちゃったり、腹立てちゃったり、ほんとに、ぜんぜん可愛くないもん」
 そう言って、ついしゅんと下を向いてしまう。こんなこと言うのもミレーユには迷惑なことかもしれなかったけど、なんかそのくらい落ち込んだ気分だった。なんていうか、自分の存在意義のなさを改めて自覚しちゃった、っていうか。あたしって、ほんとに、なんにもしてあげられてないなー、みたいな。
 でも、ミレーユは、そんなあたしにくすっと優しく笑ってみせた。
「バーバラは、本当に可愛い子ね」
「………は? え、あたしが? え、可愛いって、なんで?」
「私には、バーバラの言っていることは、もっと可愛くなりたい、可愛いって思ってほしいっていう、女の子らしい、それこそ可愛い≠がままに聞こえるのだけれど?」
「へ……え、えぇー? 可愛いって、わがままが? なんで、どうして? わがままって、普通、迷惑にしかならない……」
「そうね。確かに誰にとっても可愛くないわがままっていうものはあるけれど。人によっては、相手に、とても可愛いって思われるわがままもあるのよ?」
「えぇー? ほ、ほんとに? たとえばどんな?」
「そうねぇ……」
 いつの間に頼んでいたのか、あたしたちのセットと一緒に運ばれてきたお茶(カモミールのお茶なんだって。ケーキは苺のミルフィーユだった)を優雅な仕草で一口飲んでから、またくすりと笑ってミレーユは言う。
「たとえば、子供が、親や、上の兄弟みたいな、好きな人に。『もっとかまってほしい』って思うのは、可愛いわがままじゃないかしら?」
「え……そ、それは……そう、かも……」
「男の人の可愛いわがままっていうものもあるわよね。自分を認めてほしい、褒めてほしいって思うんだけれども、そんなことを言うのは男らしくない≠ゥら必死になって自分を鍛えて、格好をつけるの。まるで子供みたいと言ってしまえばそうなのだけれど、一生懸命自分にも周りにも格好をつけて、自分自身の考える格好いい男≠貫こうとする姿っていうものはとっても素敵だし、そういうことをやっている男の人の『女の人に褒めてほしい』っていうわがままは、ある意味とても可愛いと思うのだけれど、どう?」
「う、うーん……そう言われてみたら、そう、かも………」
「だからバーバラみたいに、可愛くなりたい、好きな人に可愛い女の子って思ってほしい、っていうわがままは、すごく女の子らしくて可愛いと私は思うわ」
 にっこり笑って言い放たれ、あたしは思わずちょうど口の中にチョコシフォンケーキを運んできたばかりのフォークをかしゃーんと机の上に落っことした。
「あら、バーバラ。どうかしたの?」
「どっ……うかって、したのって、いうか……な、なにそれっ!」
「まぁ、私、なにかおかしなことを言ったかしら?」
「お、おか、おかしなことって……言ったかしらって……い、言ったでしょっ! す……す、す、すきな、ひと、に……」
「『好きな人に可愛い女の子って思ってほしい』?」
 かしゃーん。あたしはまたフォークを落っことした。
「べっ、別にあたし、ローグのことなんてっ……好き、じゃないわけじゃ、ない、ことも、ない、けど………でっでもあたし、別にそんなローグに可愛い女の子とか思ってほしいわけじゃっ! あたし、いっつもいっつもローグには他の人にはぜんぜん言わないわがまま……あれしてこれしてとか、そういう迷惑なわがまま言っちゃうしっ!」
「つまりそれは、ローグにかまってほしい、こっちを向いてほしいって主張してるわけでしょう? 小さなわがままをいっぱい言って一生懸命好きな人の気を惹こうとする女の子って、とっても可愛いと思うわ」
「そ、そーいうわがままが通らなかったら、すぐむくれちゃうしっ!」
「好きな人にはわがままを聞いてほしいわけよね? 好きな人には自分の王子さまになってほしいっていうのは、すごく女の子らしい可愛いわがままだと思うけれど?」
「う……け、けど、あたし他の好きな人にはそんなことぜんぜん言いたくならないもんっ! ただ、ローグにばっかり……ローグが王子さまの仕事とかで忙しくしてるの見た時とか、うわーってわがまま言いたい気持ちになっちゃうんだよ……」
 ずべ、とあたしたちの向かい側から立った奇妙な音に、あたしとミレーユは揃ってテーブルの向かい側を見る。そこに座っていたチャモロとテリーは、椅子の上で滑ったみたいな、腰が椅子にひっかかって転んだみたいな、奇妙な格好になっていた。
「わ! チャモロ、テリー、どしたの!? 大丈夫!?」
「……お前、正気でもの言ってるのか?」
「は? 正気って……なにが?」
「ミレーユさんのおっしゃっていることに当然のように言葉を返してらっしゃったので、バーバラさんもきちんと自覚した上でお話してらっしゃるのかと思ったのですが……バーバラさんは、まったくの無自覚でいらっしゃったわけですね……」
「? ? ? だからなにが?」
「テリー、チャモロ。女の子が思い悩んでいる時に、横からくちばしを入れるのはよくないわよ?」
「は、はいっ! 申し訳ありません、ミレーユさん」
「す……まな、かった、姉さん」
「? ? ?」
 あたしは(ミレーユは普段と変わらず優しい微笑みを浮かべているのに)顔を蒼褪めさせてミレーユに謝る二人にちょっときょとんとしたんだけど、ミレーユは笑顔をあたしの方に向けて話を続ける。
「でも、バーバラ。あなたは、ローグに嫌われたいわけではないでしょう?」
「! うんっ! そんなの当たり前だよ、あたしローグに嫌われるなんて絶対やだっ!」
 ……って勢いよく答えちゃったけど、あたしのやってることを改めて考えて、そんなこと言えた義理じゃないってことに気づいて、あたしはまたしゅんとしてしまった。
「でも……ローグは、あたしのこと……きっと、やだなって思った、よね。忙しい時とかに、いろいろ、わがまま言われるって、やな気持ち、すると思うし」
『…………』
 なんでかテリーの眉間に皺が寄って、チャモロがものすごーく困ったように首を傾げたけど、ミレーユはまるで気にした風も見せないで笑って言った。
「なら、聞いてみたら?」
「え……えぇっ!? 無理無理そんなの無理、そんなの、恥ずかしいし、みっともないし……怖い、し……」
「ローグにじゃなくてもいいのよ。別の男の人に、そういうことをされたらどんな気持ちがするかって聞いてみたら?」
「別の男の人? ……チャモロとか、テリーとか?」
 あたしが二人を見つめてみると、二人は揃ってぶんぶん首を振る。え、なんで? とあたしが首を傾げる横で、ミレーユはやっぱりにっこり笑って言った。
「二人よりは、大人の男性の方がいいんじゃないかしら。ローグは、どちらかというとそちらの方に価値観が近いと思うし」
「え? 大人の男性……って、ハッサンとか……?」
 アモスとか、と続けようかと思ったけど、アモスを大人の男性と言い切る自信があんまりなくて口を濁したあたしに、ミレーユは笑顔でうなずく。
「そうね。ハッサンはローグとのつきあいが長いし、きっといい答えをくれると思うわ」
「……うーん……そう、だね」
 もっともなミレーユの言葉にあたしはこっくりうなずいて、レアチーズケーキのラズベリーソースがけをぱくりと口の中に入れた。

「はぁ? 女の子のわがままをどう思うかぁ?」
「おおー、バーバラさん、さすがいいところに目をつけられましたねっ! そういう質問なら女心マスターの私にまかせてくださいよ!」
 ハッサンたちは市場で買い物をしているだろう、といるだろう場所を教えてもらってやってくると(なんでみんな今日に限ってそんなにたくさん買い物してるんだろう?)、ミレーユの言った通りハッサンとアモスはそこにいて、なんかいっぱい荷物を抱え込んで買い物してた。そこに突撃して聞いてみると、ハッサンは困ったようにぼりぼりと頭を掻いてみせる。
「んなこと聞かれてもなぁ……俺ぁ、女の子にんなこと言われたことねーし」
「う……じゃあ想像でもいいからっ! わがまま言われたらどう思うか、教えてっ!」
「はぁ……想像でいいんなら、いいけどな。っつか、バーバラお前なんでそんなことわざわざ」
「任せてくださいバーバラさん、自慢じゃないですが私はデートのシミュレーションの経験は百度やそこらじゃないですからね! そういう状況も想定済みです、ばっちりお答えしてさしあげます!」
「あ、うん、ありがと……?」
「アモス、それマジで自慢にゃなんねぇからな?」
「で、ですねー。女の子のわがままについてなんですけど。男としては、女の子のちょっとしたわがままを聞くのは、だいたいの場合楽しいんですよ」
「……だいたいの場合、なんだ」
「そうですねー。わがままのレベルっていうか、種類にもよりますよね。好きだから言ってくれるわがままとかだったら、なんとしてもかなえてあげたいっ! って思いますし」
「え……好きだから、言ってくれるわがまま?」
 思わずきょとんとして問い返すと、アモスは力強くうなずいてみせる。
「はい。こっちが好きで、こっちに甘えてるから言ってくれるわがままって、こっちをかまってほしいっていうサインですよね? そーいうのをがっちり捉えてかなえてあげたら、二人の距離は一気にぐーんと縮まると思いますし!」
「それ、は……ミレーユも、言ってたけど」
「でしょう? 男女の関係って、そーいう、なんていうんですか、甘えみたいなのが必要だと思うんですよね〜」
「甘え……」
「ええ。私だって女の人と仲良くする時には、こっちのわがままっていうか、甘えとか聞いてほしいな〜とか思いますし!」
「そ、そういうもんなの?」
「うーん……だれもかれもがそーいうわけじゃねぇとは思うけどな。まぁ、お前の場合だったら、本人に聞いてみるのが一番早いんじゃねぇの?」
「へ? ほ、本人って……」
「だから、ローグだろ? お前が……その、なんだ、わがまま言いたい相手って」
「そっ……! う、なんだけど……なんで、そんなことわかるの?」
「そりゃー、はたから見てりゃ嫌でもわかるさ。なぁ、アモス?」
「うーん、私としては実はバーバラさんもミレーユさんもこっそり私を想っているという可能性に賭けたいところではあるんですけど。確かに、バーバラさんがローグさんのことを特別視してるのは見てればわかっちゃいますね……」
「そ、そんなにっ!?」
「だからさ。こんなところでうだうだ話してるよりも、本人に聞いてみるのが一番いいと思うぜ。お前だって、いつまでもぐだぐだ話してるよかそっちの方がいいだろ?」
「うーん……うん、そうだね。あたし、ローグにちゃんと話、聞いてくるっ!」
 行ってくるり、と踵を返しかける――や、ハッサンが「あ!」と大きな声を出した。
「きゃっ! え、なに……?」
「あ……あ〜〜〜、いやいやいや、大したこっちゃねぇんだけどよ。バーバラ、悪ぃけど買い出し手伝ってくんねぇかなぁ? 俺らだけじゃ手足りなくてよ」
「え? うん、いいけど。なんか今日、みんなしてすごい買い物してるんだね。ミレーユも、チャモロもテリーも買い出ししてたし」
「それはですねぇ、ば」
 アモスが言い終わる前に、ハッサンはずむっとアモスのお腹に肘を入れた。現在ドラゴンをやっているハッサンの一撃に、アモスは「げっほげほげほっ!」と咳き込む。
「わ、アモス、大丈夫? どうしたの、ハッサン、いきなり」
「いやいやいや、大したこっちゃねぇよ! まぁ、それはともかくとしてだ、買い出し頼めるか? 俺らは他にも用事があるんでこの辺で別れなきゃならねぇんだが」
「うん、いいよ。あたしだってもう勇者なんだから、荷物のひとつやふたつ簡単に持ち運べるし」
「そっか? 悪いな。じゃあ……」
 言いながらさらさらと紙に品目を書きつけ、「これ頼むな」と渡してくる。そこに書いてあるのは市場にあるものばかりではあったんだけど、市場の売ってる場所が離れてて、あちらこちらを巡らなきゃならないものがほとんどで、あたしはこっそりげんなりした。
「じゃあな、バーバラ。買い終わったら、ちゃんと宿屋に戻ってこいよ!」
「その頃にはちゃんと支度が……おごっ! げほっ、げっほ、げほげほっ」
「アモス、お前頼むからちょっと黙ってろ! ……それじゃな、バーバラ!」
 言ってハッサンとアモスは去っていってしまう。ぽつんと一人取り残されたあたしは、どうしよう、と困惑しながらちょっと考えた。
 あたしがいくらあんまり頭よくなくたって、ハッサンとアモスがなにかしようとしてるのも、それをあたしが帰る前に終えたがってるのもわかる。それを無視してさっさと帰るわけにもいかないとは思うんだけど(あたしは素早さがかなり高い方だから、全力で走ればさして時間をかけずに買い物を終えられる)、ローグがなにを考えてるかもすごく気になる。ローグはあんまり夜遊びとかする方じゃないけど、できるならローグが書き物を終える前に戻りたい。あれってたぶん王子さまの仕事とかだと思うから、終わったらレイドックに行っちゃってしばらく戻ってこないと思うし。
 で、結局ちょっと早足くらいで買い物を終えることにした。別にローグが戻ってくるのがちょっとくらい遅くなったって、あたし起きてられるし。待ってれば会えるんだから、別に焦ることない。明日も、明後日も、たぶんあたしたちはレベル上げを続けるんだろうし。旅はそのあとも、ずっとずっと続くんだろうし。
 ――だけど、いつかは終わるのだ。あたしたちの旅も、あたしがみんなと一緒にいられる時間も――
 一瞬ちらりとよぎったそんな声を、あたしは頭を振って聞かなかったことにした。そんなことわかってる。そう、本当にわかりきってる――だって、それが当たり前、なのだから。

「ただいまーっ」
 買い物袋を抱えながら宿屋の扉を押し開ける。あたしたちの泊まってる宿屋は武器屋とひとつながりの棟を使っているせいか、わりとこぢんまりとした造りなんだけど、それでもホテルのフロント前にはソファやらなにやらが並べられて休憩室っぽくなっている。そこにローグが堂々と腰かけていて、あたしの声に軽く手を上げて応えた。
「おう、おかえり」
「あ……うん、ただ……いま」
 あたしはうなずいて、そそくさと自分の部屋に戻ろうとしたんだけど、ローグに呼び止められた。
「ちょっと待て。荷物はこっちだ。袋を持ってるのは俺だからな」
「あ……うん」
 ローグが旅を始める時から持っていたっていう不思議な袋。どんなに大きなものでも、種類が分けられるものならば九十九個までは入ってしまう。そのおかげであたしたちは飢え死にしそうになったこともないし(ローグとハッサンはそれに近い状態に陥ったこととかあるらしいんだけど)、装備しないものもいっぱい持ち歩くことができる。なんでそんなもの持ってるのって聞いたこともあるんだけど、「俺が主人公だからに決まってるだろうが」ってふんぞり返って言われちゃって、本当に知ってるのかどうかは教えてくれなかった。まぁ、便利だからあんまり気にしたことないけど。
 言われるままにローグと一緒に袋に買ってきた荷物を入れていると、軽く笑んだローグにさらっと言われてしまった。
「で、なんだって? 俺にわがまま言っていいか聞きたいんだったか?」
 あたしは思わずぶっ、と吹き出してしまった。げほげほ咳をしながら(ローグがそっと背中を撫で下ろしてくれた)、ローグを睨む。
「な……んなっ、なんで、知って……」
「戻ってきた奴らから聞き出した。……あいつらを責めるなよ、単に俺が常識外れに観察力が高いせいで、普段との違いからなにかあったなと察しただけだ」
「うー……別に責めたりする気、ないけどさ……」
 あたしはうつむいてぽそぽそ言う。なんていうか、本人を前にしたら『こんなことって改めて聞くことかなぁ?』って気持ちが湧き出してきちゃったんだ。実際、こんなのあたしの子供っぽい駄々みたいなもんなわけだし。『わがまま言ってもいい?』なんて……なんていうか、すごく、みっともない話なんじゃないかなー、って……。
「バーバラ。お前、自分がなんで俺にだけわがまま言いたいか納得はしてるのか?」
「え? それは、うん。ミレーユに教えてもらった。あたしが、ローグのこと好きだからって。ただ、なんで他の好きな人には言いたくならないのに、ローグだけに可愛くないわがまま言いたくなっちゃうのかは、いまいちよくわかんないんだけど……」
 あたしが(恥ずかしいから)小声でぽそぽそ言うと、ローグはまじまじあたしのことを見つめ、それからぷっと噴き出した。
「あ、あーっ! 笑ったーっ! なにも笑わなくても……そりゃあたしだって、おかしいとは、思うけどさ……」
「いや、気にするな。そりゃまぁ俺はお前のある意味異常なくらいの天然っぷりは確かに笑えるとは思うが」
「ひ……ひっどー」
「そういうところが特に可愛い、とも思っているからな」
「っ………」
 あたしが怒鳴りかけるのをうまいタイミングで遮ってこの一言。か、可愛いって、可愛いって……べ、別に、そんな風に言われるのこれが初めてってわけじゃないけど、いつもながらなんでそんな風にさらっと、当たり前みたいな顔で……
 だからあたしはぷいっとそっぽを向いて(悔しいことに自分でも顔が赤くなってるのはわかってたけど)、むくれてる時の顔と声で言う。
「嘘つき」
「なにが嘘だ」
「だってローグっていっつも平然とした顔で嘘つくじゃない。仲間にもさ。そーいう人がそんな顔して言ったことなんて……信じられないもん」
「……ま、俺が嘘つきなのは否定せんがな」
「やっぱりーっ」
「お前に、俺の気持ちを伝える時は嘘をついた覚えはないぞ」
「なっ……」
 あたしはかーっ、と真っ赤になった。な、な、なにいきなりそんなことしれっとした顔でーっ!
「ま、それを言い出したら仲間内でそんなしょーもない嘘をつく相手の方が少ないわけだが」
 そしてかっくんと椅子の上でこけた。そ、そーだよね、仲間に対してそんな嘘つかないよね……なに舞い上がってんだろあたし……。
「そもそもいつも可愛いなんぞと思ってる相手が、俺にはお前くらいしかいないわけで」
「なっ……」
 かーっ。
「逆に言えば、まれには思う相手はそれなりにいるわけだが。それも女の子≠ニいうカテゴリにおいてのことで、男の子≠チていうカテゴリも入れたらチャモロとかいるし、魔物≠煌ワめたらルーキーをはじめとしたスライムの仲間たちとか可愛すぎるし、身内≠チていうカテゴリにはどどーんとターニアが不動の第一位の座を占めているわけだが」
 かっくん。
 そんな風に上がったり下がったりしてるあたしを、ローグは楽しげに見つめ、くっくっとか笑ってる。あたしはもー恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがない気持ちで、泣きそうになりながらローグを睨んだ。
「ローグ……そんなにあたしをいじめて楽しいわけ……?」
「ああ。自分の好きな子が、自分の言葉で一喜一憂するのを見るのが楽しくない、なんていう男はそうそういないと思うぞ」
「すっ……!」
 だ、だからそーいうこと、さらっと言うのやめてよーっ! あたしの方は、ほんとに、恥ずかしくて、恥ずかしくてしょうがないってのに……。そりゃ、自分で言う分には平気なのかもしれないけど……あたしも、仲間には大好きーとか普通に言っちゃったりするし……ローグには、最近は、真正面から言うのなんか恥ずかしくなっちゃってあんまり言えてないけど……。
「ローグってさぁ……そーいうの、どんな気持ちで言ってるの」
「なんだ、そーいうの≠チて」
「だ……だから、す………好き、とかっ! あと、可愛い、とか……あたしは、そういうの、言われるの、全然平気じゃないのに……ローグ、すっごく普通で……なんていうか、あたしばっかり、ずるい、っていうか……」
「………ふむ」
 ローグは小さく肩をすくめた。それからすい、とあたしの方に少し体を近づけて、囁くように言う。
「お前は、どっちがいい?」
「………え?」
「平然としながら言う好きと、まったく平常心を欠いた状態で言う好きと」
「そ、んなの……ローグの気持ちでしょ。あたしが決めることじゃ、ないじゃない」
「確かに、そうなんだがな。俺は正直、決めかねてるんだ」
「へっ? 決めかねてるって……気持ちを?」
「いや。一歩を踏み出していいものか、どうか」
「一歩……?」
「お前と俺の間の距離を縮めて。普通の仲間とは違う存在にして。世界と比べてもお前を選ぶほどただ一人の大切な相手にして。そうして生きて、本当にいいのか、ってな」
「ロ―――」
 言葉だけ聞いたら。ローグの言ってることは、遊び人の台詞みたいにいい加減に聞こえた、かもしれない。
 でも、ローグの瞳はびっくりするくらい静かだった。静かで、ものすごく真剣だった。それこそ、世界を背負った選択を迫られてるみたいな切羽詰まった光があった。
 なんでそんな風に思うんだろう。あたしにはわからない。わかる? ううん、わからない。わかる。わからないよ。わかる――わからないんだってば!
 あたしの頭の中で言葉がぐるぐる回る。ローグの言葉が、あたしの言葉が。現実で聞いた言葉が、夢の中で聞いた言葉が。夢? どこからが? この世界で、そんな区別、つけることができるの? あたしの中で、それは、ちゃんと分かたれているの?
 ローグはあたしを見ている。静かにじっと見ている。あたしはそれを必死に見返して、口を開いて、閉じて、また開いてというのをくり返して、なにか言わなくちゃって口を開いて、そのままなにも言えず固まって――
「おーい、ローグ、バーバラ! 準備できたぞー!」
 宿屋の扉を開けてハッサンが飛び込んできたせいで、ようやく硬直が解けた。なにも言えないままじっとローグを見つめながら口を閉じるあたしに、ハッサンは怪訝そうな顔をして言ってくる。
「どうしたんだ、バーバラ? ローグ、お前なんか言ったのか?」
「ちっ、違うよ、そういうんじゃ全然ないから! どしたのハッサン、準備ってなに?」
 ハッサンは少しもの問いたげな顔をしたけど、すぐに笑ってうなずいた。
「ま、来てみりゃわかるさ。上の世界の、ひょうたん島までな」

「うわぁ………!」
 あたしは思わず歓声を上げてしまった。ひょうたん島の、今では食堂に使ってるところが、すごくきれいに飾りつけられている。
 いくつものテーブルに並べられた、きれいな炎を燃やす色とりどりの蝋燭。それを支えながら光を跳ね返してきらきら光る蝋燭立て。その光をさらにいろんな色に染め上げる色つき水晶の飾り物。びっくりするくらいいろんな種類の色も香りも鮮やかな花々。それを支える花瓶。そして、テーブル中に並べられた、すっごくおいしそうな料理とケーキ!
「ねぇねぇっ、これなに? どうしたの、まるでなんかのパーティみたい!」
 あたしがはしゃぐと、みんなが揃ってローグの方を見る。ローグは肩をすくめて、ひょいと袋から花束――それもすっごいきれいな、いろんな種類が彩りよく束ねられてつやつや輝いてるやつを取り出し、あたしに差し出し、にっこり笑って告げた。
「誕生日、おめでとう。バーバラ」
「え……え? え? えぇぇっ!!?」
 あたしは仰天して周囲を見回す。誕生日って、誕生日って、えぇ!? だってあたし、だって……
 そんなあたしの狼狽っぷりにもかまわず、みんなはにこにこ笑いながら言ってくる。
「ローグが考えたんだぜ。飾りつけのやり方とか料理とかまで。ま、俺らももちろん案出したけどさ」
「お料理はだいたい私と宿屋の方が協力して作ったけれど、みんな手伝ってくれたのよ」
「秘密にしていて申し訳ありません、バーバラさん。ローグさんが最初の誕生日パーティはさぷらいずが基本だ、とおっしゃって……」
「みんなで示し合わせて内緒にして、びっくりさせることにしたんですよー! 驚きました? 驚きました?」
「……ま、別に大して手間のかかることでもなかったしな。このくらいならやってもいいだろう、って」
「プルリリッ、プルプキップルルッ」
 みんなをわたわたと見回して、あたしはこんなこと言うの空気読めてないんじゃ、と思いつつも、ついおずおずと言ってしまった。
「でも、その……あたし、自分の誕生日とか、知らないんだけど……」
 だってあたしには記憶がぜんぜんないんだから――と言いかけるのを、ローグが遮った。
「俺がカルベローナの人に聞いた。その時は驚いたぞ、偶然なのかなんなのか知らんが、お前が俺たちと会った日と同じなんだからな」
 ――――!
「お……覚えてて……くれた、んだ」
 あたしがほとんど呆然としながら言うと、ローグはにやっと、いつも通りに偉そうに笑ってみせる。
「当然だろが。俺をそんじょそこらのアニバーサリーにうとい男と一緒にするな」
「……ありがとう……ありがと、みんな! あたし、すっごい嬉しい……!」
 じわぁっ、と瞳が潤むのを堪えながら頑張って笑ってみせると、みんなはそれぞれの顔でしてやったり≠ニいう表情を浮かべながら、ぽんぽんとあたしの肩や背中を叩いたり頭を撫でたり歓声を上げたり鼻を鳴らしたりしてきた。もう、もうもうもう、みんな、優しすぎだよ……!
「あ! でもさ、他の人のは!? 他の人の誕生日パーティって、したことないじゃない!」
「ミレーユは誕生日は教えてもらったが、願をかけているからパーティはしないでいいと言われた。ま、その願というのが弟を見つけることだったそうだから、次の誕生日は祝えるがな。チャモロとアモスはパーティに加わる直前に誕生日があったんで、誕生日はこれからってことになるな。テリーも似たようなもんだ。誕生日が来た暁には、嫌というほど祝ってやるから覚悟しとけよ、お前ら」
「……だから、俺はいいと言っているだろうが……」
「は! たわけが。貴様がどれだけ嫌と言おうが、俺に誕生日を知られた時点で祝われることは避けられんのだ! 俺の記憶力のよさとアニバーサリーに対するこだわりを恨むがいい!」
「っつーかさー、それ言うなら俺の誕生日も祝ってくれてね……いって!」
「なに抜かしていやがるこのボケが。貴様は最初に誕生日を聞いた時に『覚えてない』なんぞと抜かしただろが! 肉体と記憶を取り戻してから聞きはしたが、その誕生日は今日から二週間後! 要するにうまい具合に間に挟まって祝いようがなかったんだよ、そのくらいのことは覚えとけ脳味噌筋肉!」
「でもでも、ローグは!? ローグの誕生パーティもしたことないよね!?」
「……俺の誕生日は今から二ヶ月ほど前なわけだが。なにせ誰にも言ってないからな、祝われようがない」
「えーっ! なんで言わないのっ」
「誰にも聞かれなかったからな」
 う、とちょっとあたしは怯んじゃったけど、すぐにきっと顔を上げて、ローグを見つめて言う。
「聞かなかったのはごめん。でも、そういう教えといた方がいいことは教えてよ! そうじゃないと、あたしたちだってどうしていいかわかんないんだから!」
 ローグはちょっと驚いたような顔をしてから、ふっと笑って、それからくしゃくしゃとあたしの頭を掻きまわしてきた。
「わ、ちょ、ひゃ」
「そうだな。今度からはそうするよう心掛ける」
「………うんっ!」
 あたしは心の底から嬉しい気持ちでいっぱいになって、満面の笑顔でうなずく。本当に、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
 パーティの中で、全員にプレゼントもらったり、ルイーダの酒場にいる仲間たちも入れ替わりで連れてきたりもして、いろんな人に祝われて。すっごく幸せで、楽しくて。
 ――ローグはいつも、そんな風に、あたしのわがままをさらっと受け止めて、思いもしない方向からかなえてくれるんだ。あたしをすごくあっさり幸せな女の子にしちゃうんだ。
 いつまでもこんな風に夢を見ていられるのかわからないのに――そんな考えが、幸せな気持ちで押し流されちゃうくらいに。

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