子供的には重大事件
 ひょうたん島の宿屋で、風呂から上がり。ずいぶん体が火照ってしまったので、少し夜風に上がって涼もうと普段居間として使っている場所を通りかかると、そこで談笑していたローグに声をかけられた。
「チャモロ」
「はい、なんでしょう、ローグさん」
「ちょっとこっちに来てくれるか」
「? はい」
 言われるままにローグに近づく――と、唐突にぎゅむっ、と背後から抱きかかえられた。そしてそのまま頭をさわさわと、ひどく優しげに撫でられる。
「…………あの…………?」
「なんだ?」
 訊ね返しながらも、ローグの手はチャモロの頭を撫でるのをやめようとしない。
「あの……。申し訳ないのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「当たり前だ。俺がお前の質問に答えなかったことがあるか?」
「いえ……あの、ではお聞きしたいのですが。なぜ、私の頭を触られるのでしょうか?」
 こんなことを聞くのは無礼かもしれない、と危ぶみながらの問いに、ローグはなぜか、ひょいとチャモロの顔をのぞきこみ、その満面の笑顔をさらしてみせる。
「チャモロ、お前、この頭は剃ってるんだよな?」
「え? はい。そうですが」
「にしては、お前の頭、産毛が生えたところすら見たことがないんだが。常につるつるのピカピカで」
「ええと、それは、手入れをしていますので。ゲントの村には、僧職についた人間のために、発毛を抑える薬があるのです。それを湯浴みの後に頭に塗って……」
「なるほど。ずいぶん速乾性の高い薬なんだな、もういつも通りのさらさらつやつやした感触だ」
「ええ、ゲントの村の薬草学は、世界でも類を見ないほどのものと自負しておりますので。自分たちの生活の一部を成すものとして何十年何百年と改良を進めた結果そういったことに」
「ふむ。僧職というのは、そこまで頭を丸めてなくちゃまずいものなのか?」
「まずい、というわけではありませんが……覚悟の程度が低い、と思われることもあります。私も長老の孫として、それ以上に僧職についた人間として、常に強い覚悟を持ち続けようと思っておりますので……」
「なるほどな。お前らしい」
「はい、ありがとうございます………」
 さわさわ。さわさわ。きゅっきゅっ、つやつや。
 そんなことを話している間もローグはチャモロの頭から手を離さない。さすがに不審に思って、怪訝な視線を投げかける――が、ローグはその視線をすっぱり無視して言葉を重ねた。
「ところでチャモロ、お前最近ずいぶん魔法力が伸びてるみたいだな?」
「え? あ、はい。そうですね、ここしばらくずっとレベル上げをしていましたので。おかげでみなさんの怪我をより多く癒せるようになったので、私としてはとてもありがたいことなのですが」
「私としては≠セけじゃなく、俺たちとしても非常にありがたいことだぞ。お前のおかげで俺たちも安心して無茶ができる。お前に迷惑をかけるのは本意じゃないが」
「いえ、迷惑などと、そのようなことは!」
「ああ、お前がいつもそういう風に当然のように俺たちの体調を気遣ってくれるから、細かいことを気にせず突撃ができるんだ。すまないが、これからもよろしく頼むぞ」
「はい、もちろん……」
 さわさわ、きゅっきゅっ。つるつる、ざわざわ。
 そんな話をしながらも、ローグの手は止まらない。チャモロの頭を何度も何度も、宝物を磨くように優しい手つきで撫でまわす。
 なぜそんなことをするのかはさっぱりわからないが、このまま触られ続けているわけにはいかない。いい加減聞いてもいいだろう、と意を決して口を開くが、それを待っていたかのようなタイミングでローグは口を開いた。
「ああ、そうだチャモロ。俺がお前の体を触っている理由はな」
 ああ、よかった、ローグさんはちゃんとわかっていてくださった、とほっとして、「はい」と相槌を打つ――が、ローグが笑顔で口にしたその理由≠ヘ、見事にチャモロの不意を突いた。
「お前のこの頭が可愛くて、お前によく似合っている上、つやつやと魅力的な雰囲気を醸し出しているので、撫で撫でして気持ちいい感触を味わいたいなぁ、と思ったからだ」
「………!!」
 思わずぽかん、と口を開けるチャモロに、ローグはにっこりと魅惑的な笑みを浮かべ、とん、とチャモロの背中を押す。
「呼び止めて悪かったな。夜風を浴びるんだろう? 湯冷めするなよ」
「え、あ、はい……」
 言われてチャモロはよろよろとした足取りで外に出ていく。自分の顔がひどく赤らんでいるのが自分でもわかった。歩を進めながらも、頭の中ではローグの言った言葉がわんわんと鳴っている。
 同時に、『ローグはなぜあんなことを言うのだろう』という毎度おなじみの疑問も、頭の中では響いていたのだが。

「……というわけで、最近、ローグさんの……そういった言動が、ずいぶん多くなっているような気が、するのですが」
「あー、そうだな。確かに最近あいつやたらチャモロかまってるよな」
 次の日にハッサンの部屋を訪ねると(ここしばらくはずっと夜はひょうたん島で休んでいるので、本来は宿屋の一室でしかないのだろう部屋が、自宅の自室≠ニいう雰囲気を強めてきている)、筋力トレーニングをしていたハッサンは、『暇つぶししてただけだからな』と手を止めて自分の話を聞いてくれた。時間を取らせて申し訳ないという気持ちも湧き起ったが、一度訊ねたことなのだからと相談をもちかけると、ハッサンはそうあっさり答えてくる。
「そうですよね……ローグさんの、ああいった言動は、以前から決してないわけではなかったのですが……」
「ないわけではなかったっつうか、しょっちゅうだっただろ。お前がなんか可愛いこと言うたびに、あいつ抱きついたり頭撫でたりくすぐったりしてたじゃねぇか」
「そ、れは……確かに、そうなのですが」
 そう、ローグがチャモロに、いわゆる可愛がる≠ニ言うべきだろう振る舞いを行うのは、決して初めてではなかった。というか、ことあるごとにやられていたような気がする。撫でられたりくすぐられたりはまだ序の口で、抱きつかれたり抱き上げられたり、それをされながらくるくる回られたり、なんてことをかなり頻繁にやられていたのだ。
 チャモロはそのたびに、真っ赤になりながら『恥ずかしいのでやめてください』と抗議したのだが(ゲントにはそういった肉体的な接触を行う習慣があまりないのだ)、ローグはそのたびににっこり笑い、『可愛いと思う相手を可愛がるというのはむしろ義務なんだぞ』『当然のように万人に可愛いと思われる時期は短い、だからこそその一瞬一瞬を愛で、美点を伸ばそうとする努力を怠ってはならないんだ』『というか可愛いは正義なんだから可愛がらせろ』等々、チャモロの思ってもみなかったような理屈を持ち出してこちらを論破してくるので、結局されるがままの状態を保つしかなかったのだが。
「本当に……ローグさんはなぜあのようなことをおっしゃるのでしょう。私はすでに成人している人間なのですから、可愛いなどと言われるような振る舞いをするわけがないでしょうに」
「や、俺もお前は普通に可愛いと思うぜ? 普段固い奴だから、いきなり可愛げのあること言うとよけい目立つっつーかさ」
「え……」
「っつーか、成人って、お前まだ十五とかじゃなかったか?」
「いえ、もう誕生日が来ましたので十六になりました」
「ああ、そういや誕生日パーティやったよな、悪ぃ悪ぃ」
「そもそも、ゲント族は基本的に十五で成人とみなされますので、旅に出る前から成人ではあったのですが……」
 などと益体もないことを説明しながらも、チャモロは内心かなりショックを受けていた。まさかハッサンまでもが自分を可愛い≠ニ認識しているとは思わなかったのだ。自分はゲントの僧、長老の孫として、誰に恥じることもないよう振る舞ってきていたつもりだったのに。
「私は……そこまで、子供っぽく見られているのでしょうか。ローグさんに、ああもからかわれるほど……」
「やー……そういうわけじゃねぇだろうけどよ。あいつ、基本的に可愛いと思った奴はとことんまで可愛がる性格だからな」
「そう、かもしれませんが……」
 こてん、と小首を傾げる。ローグは確かに動物好きだし、子供も好きなようではあったが、自分を子供扱いするのはそれとはまた別の話なような気がするし、そもそも自分を可愛いと考える理由がチャモロにはさっぱりわからない。
「ハッサンさん、私は、普段そこまで隙を見せているでしょうか? 私なりに身を慎んでいるつもりなのですが……そこまで、だらしないと、思われているのでしょうか……」
「え……いやいやいや、なんでそうなんだよ。お前いっつもきちっとしすぎるくらいにきちっとしてるだろ?」
「ですが、ローグさんにも、ハッサンさんにも子供っぽいと思われているようですし」
「いやだからよ、俺らは別にお前のことガキっぽいなんぞ思っちゃいねぇって。むしろしっかりした仲間として頼りにしてんだぜ?」
「そう、でしょうか……」
「そうだって。マジで」
 ハッサンにそれ以上言葉を重ねさせるのも申し訳なく、その場は引き下がったのだが、チャモロの頭にはしっかりとハッサンの言葉が残った。自分は子供っぽいと思われている=\―その衝撃は、確かにチャモロの中に、はっきりとした跡を残したのだ。

「テリーさん! なにをしてらっしゃるのですか」
「は? ……なにって、見ての通りだろうが」
 風呂上がりなのだろう、まだ濡れた髪を翻しながら、ひょうたん島の表層部分で夜風を浴びつつ剣の稽古をしているテリーに、チャモロはびしっと指を突きつける。
「お風呂上りに稽古など、体によろしくありませんよ! しかも夜風を浴びつつなどとはなおよろしくありません。湯冷めなさったらどうするのですか!」
「湯冷めもくそも……俺には日課なんだから、いちいち口を挟むなよ」
「いいえ、挟ませていただきます。もしそれが原因で体の調子を崩されたらどうなさるのですか! 場合によってはそれがきっかけで病気がパーティ内に蔓延し、パーティが崩壊するかも」
「そんなわけないだろう……ああもういい、わかったわかった。外で稽古をしなけりゃいいんだろう」
「外で、ではなく、どこでやられても困ると申し上げているのです。稽古をなさりたいなら、お風呂に入る前か、後ならば汗がひいて普段と同程度の状態になってからにしていただきたいと」
「わかったって言ってるだろう。ったく……」
 面倒くさげに言って、テリーは剣を鞘に納めひょうたん島の内部へと入っていく。チャモロはふぅ、と小さく息をついて、いやいやこんなところでくじけてどうする、と自分の頬を叩いた。
 自分はもっと、ちゃんとしっかりしなければならないのだ。ローグの気が回っていないところを指摘できるぐらい、しっかりと。

 夜、全員揃っての食事の席にて。
「バーバラさん! 食事の時に食べながら喋るのはやめてください。あまりに行儀が悪いですよ!」
「え、えぇー!? 急にそんなこと言われても……」
「急にではありません、以前から注意すべきだと思っておりました。あまりに差し出がましいかと思って黙っていたのですが、旅の終わりが見えてきた今に至ってもまったく改善される様子が見えないからには申し上げないわけにはまいりません。そのような振る舞いを続けていては、あなたの人柄まで軽蔑されることになるのですよ!」
「そ、そんなぁ……うー、わかったよぉ、食べながら喋るのはやめるようにするから……」
「わかっていただければけっこうです」
 チャモロは小さくうなずいたが、それで黙ったというわけではなく、それからも食事の間ずっとバーバラ、のみならず周りの人間の食べ方、礼儀作法等々ににびしびしと細かな指摘を続けた。

 街を歩いている途中、アモスが酒場女に声をかけた際。
「アモスさん! 女性に対しそのような言葉遣いをするのはやめてください。品性を疑われかねませんよ!」
「え? いやいや、これは私的にというか酒場での男女的にはいわば共通語なんですよ! チャモロさんにはちょっと早いかもしれませんが、男と女の間の深い溝に架かる橋というか」
「言い訳は無用です。そのような言葉は使うだけであなたの心を穢します。むろん相手の心もです。のみならず周囲の人間にも耳の穢れです! 仲間として、あなたのそのような行いを放置しておくわけにはまいりません!」
「え、いやあの、なんかチャモロさん、怖いですよ……? なにをそんなに怒って」
「……私がなにを怒っているかもわからない、というわけですか。ならば、若輩の身で恐縮ですが、ゲントの僧の端くれとしてあなたに少しばかり説法をさせていただきます!」
 そうしてそれから一時間、ノンストップでチャモロはアモスに説法を続けた(しかも街中、端に寄っているとはいえ横を普通に人が通る往来で)。

 スライム格闘場、通りかかったスライムとルーキーが話し始めた際。
「ルーキーさん! 言葉が通じないからといって、そのように言いたい放題勝手なことをおっしゃるのはやめてください。あなたのみならず、スライム族の品位まで損なうことになりますよ!」
「プキッ! プルリプキッププルリリップキップリプキップルリプリプキッ!」
「いいえ、言わせていただきます。あなたがそのようなことを言われるところを、スラッジさんが見たらどのように思われると思うのですか。人もスライムも、育ててくださった方に顔向けができないようなことをしたり口にすることは断固として慎まねば」
「……おい。チャモロって、スライムと話ができるのか?」
「うーん、なんか言ってることはなんとなくわかるらしいよ? やっぱりスライム系の防具装備できるからなのかな?」
 そんなのんきな感想をよそに、チャモロは周囲が遠巻きにする中、ルーキーが根負けするまで説教し続けた。

 ひょうたん島の自室にいるローグのところに、テリー、バーバラ、アモス、ルーキーの三人+一体は揃って押しかけた。
「……お前、いい加減になんとかしろ」
「そうだよー! なんかチャモロ急にすっごく固くなっちゃって! あれじゃ一緒にいると疲れちゃうってば!」
「いやー、私はあれはあれでチャモロさんらしいかなー、とも思うんですが……やけにピリピリしてるのは確かですからねぇ。ここはやはりローグさんのお出ましを願いたいんですが」
「プルリップリップキップリップルリップルリプキッ!」
 口々に現在のチャモロに対する窮状を訴える三人+一体に、ローグは小さく肩をすくめた。
「お前たちが揃って行動するとは珍しいな。特に某一人ぼっち系天才美形剣士(自称)が他の人間と足並みを揃えることができるとは、明日は雪か?」
「ふざけたことを抜かしてないでさっさと答えろ。お前、なんとかする気があるのか、ないのか」
「そうだよー、ローグだってわかってるんでしょ? 今のチャモロ、なんかおかしいもん! 注意しまくって楽しいとか嬉しいとか……あと、えっと、充実してるとかならまだしも、すっごいキリキリしてて辛そうだもん! あのまま放っとくなんてダメだよ!」
「………ふむ」
 ローグは考え深げに腕を組んでみせる。テリーやアモスだけならさんざんにやっつけて追い返すという展開もありえただろうが、バーバラが一緒ではそんなことはありえない。ローグは基本(嫌っていない)女にはかなり甘いからだ。バーバラには、特に。まぁルーキーに対してもだだ甘くはあるが。
 テリーは苛々と歯を噛みしめながら、バーバラは真摯に、アモスはぽりぽり頭を掻きながら、ルーキーはいつものスライムフェイスでローグを見つめる――と、唐突に部屋の扉ががちゃりと開いた。
「おーい、ローグ、チャモロに話つけといたぜー。待ち合わせ、オッケーだとさ。なんか泣きそうな顔はしてたけどな」
 いきなり現れてずかずか部屋に入ってくるハッサンに、テリーとバーバラは思わず目を見開いたが(アモスは「おやハッサンさんこんにちはー」などといろんなものをあっさりスルーした)、ローグは驚いた風もなくまた肩をすくめる。
「ノックくらいしやがれこの骨の髄まで脊髄反射脳筋。てめぇには礼儀だの品性だのってのの持ち合わせはねぇのか」
「ねぇわけじゃねぇけどさ、お前相手にそんなこと考えてもしょうがねぇだろ。っつうか、なんだよお前ら雁首そろえて。なんかこいつに用事だったのか?」
 ハッサンはきょとんとした顔で自分たちを見つめてくる。それにテリーは忌々しげに舌打ちをしたが、バーバラはちょっと慌てつつも素直に説明した。
「えっとね、チャモロが最近すごいみんなに注意とかしまくってるでしょ? それがなんか、変だなって。なんか、ピリピリっていうかキリキリっていうかしてる感じで。チャモロらしくないなって。そんでローグになんとかしてって頼みに来たんだけど……もしかして、もう?」
「あー、まーなー、ちょうどのタイミングだったな。まぁ、こいつのお呼び出しが本気で『なんとかする』もんなのかどーかは知らねぇけど」
「なにか文句があるのか鶏頭マッチョ」
「いや、別にねーけどさ。お前がどういう風に方をつける気なのかは気になるな。ぶっちゃけ、チャモロをどうする気なんだ?」
「…………」
 ローグはわずかに眉を寄せた。その表情は普段自分に怒涛のように言いがかりをつけてくる時のそれと同じように見えたのでテリーは反射的に身構えて睨みつけるが、ハッサンは気にした風もなく普通の顔をしてローグの返事を待っている。
 こいつ、いつものことながらよくまぁこいつの前でこうも気を抜けるな、俺と同じようにくそみそに言われているくせに、とテリーはつい猜疑の視線を向けてしまう。この態度のせいで、テリーはどうもハッサンに対して苦手意識が拭えないでいた。思考回路がまったく理解できない。雇われているわけでも脅されているわけでもないのに、なぜああも当たり前のように滅私奉公できるのか――そして、ローグの前でリラックスできるのか。まるでそこが自分の当然いるべき場所とでもいうかのように。
 そしていつものようにテリーの視線もハッサンの視線もまるで気にする風もなく、ローグはしばらく考えるように間を取ってから淡々とした声で告げた。
「正直、どうするべきか、迷ってはいるな」
「………! はぁっ!?」
「ああ、やっぱりなー。チャモロ本人は悪気はない……っつうか、なんとかしなけりゃって必死になってるみたいだから、ばっさり切り捨てるのも気の毒だし」
 ローグが自分たちに弱音を吐くなど考えたこともなかったテリーは思わず仰天してしまったのだが、ハッサンはさして動じもせずにうなずいている。バーバラとアモスも真剣な顔でうんうんとうなずいている。ルーキーは当然いつものスライムフェイスなので、まるで自分だけがうろたえているようだ、とテリーは悔しさに思わず唇を噛み締めたが、ローグは当然それを気に留めた様子も見せない。
「そもそもが自責の念からああいう行動に出たわけだからな。それを理解せずに行為の誤謬を咎めるのは理不尽な上に傲慢としか言いようがない」
「ふーん、まぁよくわからねえけどよ、今のチャモロをなんとかしてやる気はあるんだろ?」
「当然だ。が……そうだな。ひとつ訊ねるが、お前たちだったら今のチャモロになんと言う?」
「は!?」
 今度は自分たちの意見を聞く、だと!? とまたもテリーは愕然とする。別に意見を聞かれるのが嫌と言うわけではない、いやあれこれと口うるさく訊ねられるのはごめんだが、とにかくそういう問題ではなく、ローグがこれまで誰かに意見を聞いたところなど、テリーはまるで見たことがなかったのだ。この傲岸不遜を絵に描いたような男が人の風下に立つことを許すなど、あるわけがないと思っていた。
 が、ローグは仏頂面ではあるがあくまで真剣な表情を作って自分たちに訊ねてきている。なんだこいつ今度はなにを考えているんだ気色の悪い、と苛立つテリーをよそに、ハッサンとバーバラは真剣な顔でうーん、と考え込んだ。
「そーだなー……ムキになってるところに水差しても反発されるだけだろうしな。まぁ、チャモロの言うことは聞き流しといて、そんなにムキになることないぜって折に触れて言うくらいがいいんじゃねぇか?」
「ふむ、ま、真っ当なやり方だな」
「うーん、あたしはどうするのがいいかとかよくわかんないけど……チャモロになんかあったのかって聞くのがいいんじゃないかなぁ。今のチャモロ、絶対なんか変だもん。なにがあったのかとか、すごい心配になっちゃうし」
「なるほど……お前らしいな。テリーはどうだ。俺に文句をつけてくるくらい、はっきりした考えがあったんだろう?」
「っ……」
 言葉には引っかかるところがあるが、言っていることは間違いではない。仏頂面になりながらも、テリーはローグにやらせようと考えていた(というかこういうのはローグの役目だろうと考えながら腹を立てていた)ことを告げる。
「そんなもん、正面からはっきり言えばいいだろう」
「そうかぁ? かえってかたくなになっちまわねぇ?」
「あいつなら正面から『迷惑だ』と言われれば引き下がるだろう。理由はともかく、あいつなりにためを思って≠竄チたことなんだからな」
「えぇ!? 迷惑って……そういう言い方ってチャモロがちょっとかわいそうだよっ」
「いや、それも正論だ。こっちの気持ちを相手にきちんと伝えるってのは、コミュニケーションの基本だからな」
 あっさりうなずくローグにさらに愕然とし(自分の言葉に素直にうなずくローグなどほとんど覚えがない)、テリーはこいつは本当になにを考えていやがるんだと睨みつけたが、ローグはそれを気にした風もなく肩をすくめてみせる。
「だが、今回あいつがやたら空回りしてるのは……しかも自分の行動がどう見られてるか承知の上で空回りしてるのは、おおむね俺のせいだからな」
「…………!」
 こいつが自分の非を認めた、だと!? とまたも目をみはるテリーをよそに、ローグは軽く眉間に皺を寄せた。
「まぁ、どうなるかはわからんが、話はした方がいいだろうな。子供と真正面から話すのは、苦手だが」
「っ……!?」
「ほほー、珍しく弱気じゃねーか」
「は? 阿呆か貴様、俺が自分の得意不得意を見誤るほど間抜けだとでも?」
「や、だってお前街で子供とかと話す時もすげー人気だろ? 猫かぶり全開で爽やかなお兄さんやってんじゃねーかよ」
「当然だろが。俺はどんなに不得意なことだろうが一人前以上にこなせる、こなせなくともこなせるようにするぐらいの能力は持ってんだよ。てめぇらみてぇなぶきっちょどもの基準と一緒にするんじゃねぇ」
「貴様……そんなに俺に喧嘩を売りたいのか」
 いつもの調子に戻ってむしろほっとしながら剣の柄に手をかけると、ローグはふんと鼻を鳴らし、眉間に皺を寄せたまま肩をすくめる。
「事実を言ってんだよ。――俺にもできないことはある。いつかなんとかしようとは思ってても、今は不得意なことがな」
「……貴様………」
「だがどんだけ不得意だろうがやらなきゃならねぇことはばかすかやってくる。今みたいにな。正直、気は進まんが……俺の行動が理由だ。やるしかねぇだろ」
「お、殊勝だねぇ」
「やかましいわボケたまに優位に立った程度で上から目線でもの抜かすんじゃねぇ!」

 ひょうたん島の廊下を、チャモロは足早に歩いた。晩の食事を終えて、あとは寝るだけという余暇の時間。それはつまり、仲間たちが気を抜いてしまう頃合いだということだ。
 ここのところ、こういう時はその気の抜けたところを注意するために、チャモロはひょうたん島中を見回っていたのだが、今日はまだそれが果たせない。ローグに呼び出しを受けているからだ。
 食堂兼受付前の扉をがたりと開けて、島の表層部に出る。この島の建築物は表層部に出ている部分はほんのわずかで、大部分は地中、というか海中(窓から浅い海の中が見えたりすることもあるのだ、もちろん海上を眺められる窓もあるのだが)に埋まっている。爽やかな風を素直に味わうためには、表層部の、木々や草花が植えられている場所にやってこなくてはならなかった。
 けれど、それに文句をつける人間は一人もいない。表層部に出た時の風の心地よさを知っているからだ。
 さまざまな草花の香り、緑の香り。そして木々に生った果物のむせ返るような甘い香り。それらが潮の匂いと渾然一体となって、他ではちょっと味わえないような爽やかな香りとなって鼻孔を愛撫する。
 こちらの世界で訪れていない場所のない今、動く必要がないので基本的にひょうたん島はダーマ神殿近くに泊まっているが、ときおり機能を確かめる意味もあって海の上を走らせることもある。その時の風の心地よさといったらない。魔法の絨毯で宙を飛ぶのも、天馬で天高くを翔ける時も、それぞれにたまらない心地よさがあるのだが、チャモロはひょうたん島での航海もそれに負けないくらい気に入っていた。
 だが、今はそれを味わっている暇はない。緊張しながら歩を進め、待ち合わせ場所である木陰に、人影が立っているのを見て足を止めた。
「……ローグさん」
 人影はくるりとこちらを向いて、微笑む。
「よう、チャモロ」
「………はい、こんばんは」
 ぺこり、と頭を下げて礼をする。どんな状況であろうと人として当然の礼儀を欠かすわけにはいかない。ゲントの僧として、長老の孫として。そして――
 小さく首を振って雑念を追い出す。今はそのようなことを考えている場合ではない。ローグがどのようなことを考えているのかは知らないが、今この時にわざわざ自分を呼び出すということは、おそらく、自分のやったことに問題がある、とローグが考えているということなのだろうから。
 ローグはこちらをじっと見る。チャモロもじっと見返す。今日も夜空には満天の星が輝き、月が大地を照らしている。木陰でなければ明かりがほとんど必要ないほどだ。その光を浴びながら、チャモロとローグはじっとお互いを見つめ続けた。
 見つめ合うこと数分。先に痺れを切らしたのはチャモロの方だった。真剣に、真っ向からローグを見つめ、口調も真面目にローグに訊ねる。
「ローグさん、私にどのようなご用だったのでしょうか。ハッサンさんは、なにもおっしゃってくださらなかったのですが」
「お、これはすまなかったな。お前と真正面から見つめ合う機会なんてめったにないから、つい堪能してしまった」
「………! ローグさんっ!」
 またそんな風に自分をからかって、と顔を真っ赤にする――が、ついで告げられた言葉に、思わず固まった。
「俺がこんな風に言うのが、そんなに嫌だったのか?」
 静かな声で。優しい声で。落ち着いた口調で、そう告げる。
 チャモロは顔を真っ赤にしたまま麻痺したかのように固まった。こんなことを訊ねられるのではないか、と予想したこともある言葉のひとつではある、だがそれでもそのたびになんと答えればいいのかわからず沈思してしまった言葉でもあった。
「………そういう、わけでは………ない、とは言いませんが………」
「が?」
「………………」
 どう言えばいいのか。このどうしようもない感情を。自分のわがままでしかない気持ちを。どれだけ言いつくろったところで、これはゲントの僧として、いや人として抱くべき感情ではないというのに。
 表せば責められるのは当然の未熟この上ない感情だ――だが、自分はそれを行為によってなんとか昇華すべくこれまで行動してきた。それも自分のわがままから発露した行動であるのは間違いはない、それはわかっている、それでもせめて少しでも人のために、と思うことすら、やはりわがままでしかないのだろうか――
 なんとかローグと視線を合わせながらも、どうしてもうつむきそうになって沈黙してしまうチャモロに、ローグは小さく首を傾げて、どちらかというと淡々とした口調で言う。
「俺がお前を可愛いと思うのと、お前が未熟な子供だというのは別に同義じゃないぞ。ま、お前が成熟した大人だとは思わんが、その年頃を鑑みなくともガキだとは全然思わんし。お前は極めてまっとうに、すくすくと成長した人間だと俺は思ってるんだが」
「………はい。ありがとう、ございます………」
「なるほど、それとは別問題だ、と」
「え! いえあの、そういうわけでは……」
「ふむ、完全に間違っているわけでもない、と、なれば………」
「いえ、ですから、そのようにわざわざ考え込むようなことではないのですが」
「が?」
 真剣な表情を向けられて、チャモロは固まる。どう言えばいいのか、この感情を。言ってみれば子供っぽい駄々でしかないというのに、そんなものをぶつけられてはローグも困るだろうに――
「聞かせてくれないか、チャモロ。どんなことでもかまわないから」
「え……?」
「俺はお前がなにをどう感じているか、知りたいんだ。なぜそんなに苦しそうなのか、少しでも理解したいと思ってる。――子供っぽかろうがわがままとしか思えなかろうが、本来人としてあるべきじゃない醜い感情だろうが、そんなことはどうでもいいから……お前が気にするならその葛藤も理解しよう、ってくらいのことでしかないから。聞かせてくれないか。頼む」
「ま、待って、待ってください……!」
 じっと見つめられて、頭を下げられそうになって、チャモロは慌ててそれを止める。この人にそんなことはさせられなかった。レイドックの王子だからとか、そういったこととは関係なく、心の底から――ことによっては、世界の誰より尊敬している人だから。
 自分を見つめてくるローグの前で、チャモロはは、と息を吐いて、気合を入れて小さく深呼吸をした。ことここに至っては、自分の感情を余すところなく告げるしかない。たとえどれだけ軽蔑され、嫌な気持ちにさせてしまおうとも。このまま黙っている方がこの人は迷惑だろう、と思うから。
「……ローグさん。非常に失礼な質問だと思うのですが……聞かせていただいても、いいでしょうか」
「言っただろう。当たり前だ。時間があるのにお前の質問に答えないほど、俺は狭量でも傲慢でもないぞ」
「はい……それでは、聞かせていただきたいのですが」
「いつでもどうぞ」
「……私は、あなたの役に立てましたか?」
「………は?」
 心底怪訝そうな顔で聞き返され、ひどく面目ない気分になりながら続ける。
「いえ、もちろんそのようなことは自らの行いを省みることによって自身の心から答えを得るべきだということはわかっています。ですが……私には、どうにも自信がなかったのです。自らの行いを、省みて」
「………ふむ」
「まったくローグさんや、みなさんの役に立っていないとは思いません。ゲントの僧としても、共に戦う仲間としても、できる限りのことをしてきたという自負はあります。ただ……それでも、ローグさんの……心の苦しみを癒すことは、できなかったと、思えてしまうのです」
「…………」
 ローグが小さく目をみはる。それに情けない気持ちになりながら、小さく首を振った。
「いえ、わかっています。人の心は他人にはどうすることもできはしない、ただその人が自身の心に触れることを許した人ならば少しばかり影響を与えられるかもしれない、というほどのものです。仲間であるから、無条件にあなたの心の苦しみを癒す資格があるとは思っていません。それは理解している、つもりです」
「…………」
「ただ……もうすぐ旅が終わる、少なくとも終わりが見えてきたという事実と、自分がみなさんに子供っぽいと思われているということを知り……私の中に、ひどく、焦るような気持ちが生まれてきたのです。みなさんには迷惑でしかないであろう、『みなさんに忘れないでほしい』という気持ちが」
「…………」
「子供というものは、可愛いものですけれど、大人が正面から相手にするには不足な存在です。私はそれを知っているつもりです。その時は可愛いと相手されていても、その人の内に跡を残すことは普通ありえない……だから、つい……自分なりにできることをしなければ、と思ってしまったのです。自分のわがままのおしつけでしかないとわかっていても、せめてみなさんの……ローグさんの、少しでも心の役に立つことで、わずかであろうともよすがとなれたら、たとえもう会わなくなってしまっても、思い出で、想いで繋がっていられたらと、そんなわがままな気持ちを、抱いてしまい、まして………」
 最後の方は恥じ入るあまり消え入るような声になってしまった。そのような振る舞いは子供っぽい、と理解していながらもどうしても合わせる顔がなくうつむいてしまう。このような気持ちを告げられても、ローグも困るだろうとわかっていたのに――
「チャモロ」
「は、はいっ!」
「手を出せ」
「え……?」
「手を、出せ」
「あ、はいっ」
 真剣な顔で告げられて、慌ててばっと手を突き出す――その手がぎゅっと、握られた。握手をする時のように。
「……あの………?」
 しばらく真剣な顔でチャモロの手を握り続けたあと、ローグはすっと身をかがめ、ちゅっ、と手の甲の上にキスを落とした。チャモロが慌ててわたわたとする――が、それにかまわず立ち上がり、ぐっとチャモロの体を引きよせて額の上にもキスを落とす。
「あ、あのっ、ローグさんっ、ローグさんにそのような意図がないのはわかっているのですがこのような振る舞いはっ」
「どこだかの詩人が書いてたんだがな」
「え、は、はい?」
「手の上なら尊敬のキス。額の上なら友情のキス=c…俺なりに少しでも、お前に対する友情と、尊敬を示してみた」
「ろ、ローグさ……」
「これまできちんと言ったことがなかったな。チャモロ、俺はお前をこの上なく大切な仲間だと思っている。大した奴だと思っているし、これから先どれほどの年月が経っても、お前のことを忘れるなぞありえないと断言できる」
「え、あ、の」
「そして今日からは、心の底からの想いを込めて、お前を尊敬する」
「え―――」
 思わずぽかん、としてしまったチャモロを間近から見つめ、ローグはひどく真剣な顔で告げる。
「俺はお前を尊敬する。心の底から。忘れないでほしいという感情を、そんな風に行動で示すことで想いで繋がっていようとするなぞ、俺には考えもつかなかった。前向きで、ひたむきで、一途で……俺にはその想いこそが、この上なく眩しく見える」
「ローグ、さん……」
「俺の心の苦しみを癒せなかったなぞと、たわけたことを言うな。俺はこの旅が、いろいろありはしたが最終的には、この上なく楽しい、幸福なものになったと思ってる。それは間違いなくお前のおかげでもあるんだ、チャモロ。お前が可愛いことを言ったりしたりしてくれるたびに、どれだけ俺が嬉しくなったか、お前全然自覚してないだろう?」
「か、可愛いことを言ったりしたりしたから、なのですか……」
「言ったはずだぞ。可愛いは正義だと。お前の今言ったことも、俺には死ぬほど可愛く見えたし――同時に、心から尊敬できる考え方だと思った」
「……ローグさん……」
「だから、無理をするな。相手が迷惑がっているのがわかっているのにムキになって注意し続けられるほど、お前は鈍感でも一方的でもないはずだ。そんなことをしなくとも、お前の存在はこの上ないほど俺たちの中に深く刻まれてるんだからな。なんなら他の奴らにも聞いてみろ、絶対に俺と同じことを言うぞ」
 真剣に、真正面から、真面目にそう言ってのけるローグの、これまで自分にはほとんど向けられたことのなかったその表情に、チャモロは「はい……」と、素直にうなずいた。うなずくことが、できたのだ。

「……と、いうわけなのです……みなさん、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
 食堂に仲間全員で集まって、深々と頭を下げる。仲間たちにも考えていることを告げた方がいい、というのはローグの提案だったが、食堂に全員を集めて一度に言おうと考えたのはチャモロだ。その方が全員に早く話が通せると思ったからなのだが(いつまでも自分のせいで不安な気持ちにさせておくわけにはいかない)、チャモロが自分の行動の理由を告げるや、仲間たちには揃ってため息をつかれてしまった。
「……あの……やはり、お気に障られましたでしょうか」
「あのなぁ……チャモロ」
「はい……」
「そーいうことで悩んでるならもっと早く言えっての! 心配したじゃねぇか、ったくよぉ」
「え……?」
「というか、そんなしょうもないことで悩んでたのか、お前は」
「は、はい、申し訳」
「バカ。お前頭がよすぎて、いろんなことを考えすぎだ。子供っぽいっていうなら、お前以外の奴らはほとんどお前より子供っぽいだろうが」
「え……はい?」
 口調は少し呆れたように、けれどほっとした顔で言うハッサンに続き、仏頂面のテリーにこう言われ、チャモロはぽかんと口を開けてしまった。そこに笑顔のバーバラとミレーユが続く。
「そーだよー、自分で言うのもなんだけどさ、あたしチャモロより子供っぽいとこいっぱいあるっていうか……ほとんどのところがそうだもん! 子供っぽかったら忘れちゃうっていうんだったら、あたしなんかあっという間に忘れられちゃうじゃん!」
「ふふ、もちろんそんなことにはならないけれど。チャモロ、あなたは自分が一人前のことができていないと思っていたようだけれど……私たちも全員が余すところなく一人前のことができているわけじゃないっていうのは、わかっていたかしら?」
「え? あ、はい、それはもちろん承知しておりましたが」
 思わず正直に答えてしまったチャモロに、ミレーユはそう、と微笑んでローグに視線をやる。
「だったら、ローグ。私たちのことを、誰か一人でも忘れてしまったりすることがあるかしら?」
「あるわけないだろが、そんなもん。俺は健忘症じゃないし、第一大人じゃなかろうが一人前じゃなかろうが『一緒にいてもいい』と思えない奴を口先だけでも仲間なんぞと呼べるわけがねぇ」
「ね? そうでしょう。私たちはみんなまだまだ未熟だけれど……それでも一緒に旅をしたい、しようと思うから一緒にいるわけでしょう。そんな相手を簡単に忘れるなんて、できるわけがないわ。それこそ、想いで繋がっているんですもの。ね?」
「え、あの、いや……はい。ありがとう、ございます」
 深々と頭を下げると、仲間たちは揃って朗らかな笑い声を立てた。
「あー、でもまさかこんな理由だとは思ってなかったなー! なんか、すごい安心しちゃった!」
「そうですねー、チャモロさんって普段すっごいしっかりしてますもんね。こういう風に私たちより子供っぽいところを見せてもらえると、年上として威厳が保てたなーって気分になりますよね!」
「なっ、あっ、ちょっ、なに言ってんのアモスってばーっ! あたしは別にその、そういう……こともない、わけでもないけどさ……でもメインはチャモロの心配事が解決できてよかったなって気持ちだもん!」
「……わかったから、ムキになるなよ。そうやっきになってるとよけい怪しまれるぞ」
「なっ、もっ、テリーまでーっ! テリーたちだってチャモロにいろいろ言われてショック受けてたくせにーっ」
「俺は別に……」
「うっそだーっ、普段優しいチャモロがなんかすごい口うるさくなったってちょっとしょぼーんってしてたじゃんっ!」
「なっ」
「え……そ、そうなのですか、テリーさん。申し訳ありませんでした、私の浅はかな考えのせいでそのような」
「だから違うって言ってるだろうっ!」
「あら、もう、うふふ。バーバラったら、テリーをあんまりいじめないであげてくれるかしら? 私だってチャモロが突然変わってしまったのには、ショックを受けてしまったんだし」
「ちょっ……姉さんっ」
「はーい、ごめんなさーい……でもさ、ショックを受けたっていうけど、ミレーユは全然注意されてなかったよね。やっぱり口を挟む隙がなかったから?」
「え? あ、はい、そうですね。ミレーユさんは常にきちんと身を持していらっしゃいましたので……」
「うんうん、そこらへん、やっぱりすっごい大人だなーって思うなぁ。チャモロに注意されなかったのって、ミレーユと……あとはローグくらい?」
「というか、なんでローグは注意しなかったんだ。いつもとまったく変わらず無意味に態度のでかい俺様野郎だったってのに」
「え、えと、それは、ですね」
「ほーれ、お前ら、チャモロが決死の思いで気持ちを打ち明けたってのに、そういちいちかまうなっての。またぐるぐる考え込んで暴走しちまうぞー?」
「そっ、そのようなことは決して!」
「ははっ、だからそう固くなるなって。心配しなくても、お前がこんな風にことを起こすのって今までになかったからな、俺らとしてはむしろ新鮮っつーか楽しいぐらいのもんだったんだぜ?」
「まったくだな。なぁ、バーバラ、テリー」
「え? えっとー……」
「なぜ俺たちだけ名指しで聞く」
「ほう、言わせたいのか? つまりお前たちが普段どれだけ考え込んだり脊髄反射で行動したりで暴走というのをくり返しているかという」
「ちょっ、あたしそんなに考え込んだりしてな……いや、脊髄反射で行動してるってわけでも……ないとは言えない、かも……うぅ、あたしそんなに暴走してるかなぁ?」
「こいつの抜かすことなんぞ無視しろ、バーバラ。そもそも俺たちが暴走してるとしたらその理由の大半はお前にあるということを理解しているのかこの抜け作が!」
「もちろん理解しているとも。お前たちが俺のことを愛するがゆえだということはな。心配するな、もてる男は辛いなぞという寝言を抜かす気はないからな。これからも遠慮なく、力の限り俺を愛し続けていいぞ」
「ちょ、な―――っ!!! あた、あたしそのそんな愛するとかって、な、もおぉぉっ……!!!」
「……なるほど。貴様、俺に喧嘩を売っているわけだな?」
「(ふふんと笑って)だとしたら?」
「……殺す!」
「お、始まりましたね、いつもの対決! ハッサンさん、どうします、今回は?」
「そうだなー、テリーも最近ずいぶん強くなってきてるしなー。まぁ基本まだローグとやるには役者が足りてない感じなんだが……」
 突然始まったローグとテリーの喧嘩を、チャモロは少し困った顔をしつつも微笑んで見つめた。この二人の対決が、(話の流れということはもちろんあるにせよ)自分を慰めるというか、今回の自分がしたことに『気にしなくていい』(『他の人間がこんなに問題を起こしているんだから』という理屈で)と告げるためのものだというのは、なんとなく理解していた。
 そしてきっと、ローグは気づいているのだろう。自分が言ったことはすべて嘘偽りない正直な気持ちではあったけれど、自分には、告げられなかった――言葉にできなかった気持ちがあったことを。
『ローグに一人前と認められたい』。今回の行動の根本には、そんな気持ちがあった。自分でもはっきり言葉にして考えていたわけではないけれど、心の底ではちゃんと気づいていたと思う。自分を旅に連れ出してくれたローグ、自分に新しい世界を見せてくれたローグ、この旅の主人公≠スるローグに、他の人のように一人の人間として認められたい、なにを考えているのか心の内を明かしてもらえるほどの人間になりたい、と。
 もしかしたらハッサンやミレーユも気づいているのかもしれない。まるで自覚はなかったが、ローグに対してはまったく注意をしていなかったというのだ、聡い人間は当然気づいているだろう。自分のこんな、わがままで、傲慢この上ない気持ちを。
 そしてローグも気づいて、さりげなく断ってくれたのだ、と思う。ローグは自分に心を打ち明けられることはできないと、少なくとも今は保護対象でしかないと、それをさりげない言葉で匂わせてくれたように思うのだ。一生懸命に自分を慰めてくれようとした、その言葉で。あの人がわざわざ、慰めようとしてくれた言葉だからこそ。
 それは本来ならば、がっかりすることだろう、とは思うのだけれど。
「プルリリッ?」
 ルーキーがぴょんぴょんとこちらに近づいてきて、ぷるりんと身を震わせ傾ける。その問いかけの表情に、チャモロは微笑んでうなずいた。
「いえ、大丈夫ですよ。……大丈夫だということに、ようやく気づけた、と思うので」
「プルルップリッ?」
「そうですね……このような言い方はローグさんにも失礼かとは思うのですが。親が子供を一人前とは扱えなくとも、愛していないわけではないのと同じようなことだと思います」
 チャモロは少し照れくさい気分になりながらも、小さく微笑む。たとえ自分があの人の保護対象でしかなかったとしても、それは自分が大切に想われていないわけではないと、あの人なりに自分を大切に想うからこそ話せないこともあるのだと、そう納得することができたのだ。あの人の、心からの気持ちに触れたと思うから。
 あの人が『お前を尊敬する』と告げた時の、あの表情、あの言葉、あの伝わってくる魂の震え。それは間違いなくあの人が心からの気持ちを告げたのだと、本当に自分を尊敬する気持ちが湧き起こったのだと、自分に理解させてくれたので。
 まだまだ自分は未熟で、ローグさんにも他のみなさんにも物足りない存在かもしれない。けれどそれでも、繋がっているところがあるから。これから先も繋がっていけると思える関係だから、焦らなくてもいい。自分なりに精進していけばいいのだ。そうしてしっかり成長したのち、今度はきちんと一人前の意見としてみなさんに自分の説法を聞いてもらおう。
 そんなことを想いながら、実はいろいろ口うるさく言ったことは実際心の中で思っていたことではあったりする基本礼儀作法に厳しく生活態度に問題のある者にも厳しいチャモロは、いつも通りのローグとテリーの喧嘩と、それを生暖かく見守る仲間たちという大好きな光景を眺めつつ、ゲントの神に許しを請うべく祈ったのだった。

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