「……やぁ、走一君。待った?」 僕のいくぶん間抜けな声に、走一くんはにこりと笑って答えた。 「待ってないよ、さっき来たとこだから」 その言葉に僕の鼻の下は思わず伸びる。ううーっ、デートっぽい会話〜! これってやっぱ、走一君も僕を恋人だと思ってくれてるってことだよな……なんてねなんてね! そんなでれでれになりそうな思いを必死に抑えて、僕はきりりとした顔を作り走一くんに微笑みかけた。だってやっぱ好きな子にはできるだけカッコいい自分を見てもらいたいし(そこ、もー手遅れとか言わない!)。 ――それにこれは、僕と走一君が、名実ともに恋人同士になってから初のデートだし。 やっぱラブラブな雰囲気になったりするよな……なんてねなんてね! 僕の名前は北澤昇治。現在高校二年生。 ふとしたきっかけから十二歳にして同級生でありエクスドライバーという特殊運転技能者でもある、菅野走一君とおつきあいをしてから、もう半年近くになる。 その間十数回に及ぶデートやプレゼント攻勢の甲斐あって、僕と走一君は、まぁその、えへへへへ……v な関係になって。 今日はそういう関係になってから初のデート。翌日走一君を送っていってから走一くんは仕事が忙しくなってしまって、ろくに会えなかったけれど。 でもいいんだ、メールや電話はしょっちゅうくれたから。えへへへへ。これってやっぱり、ラブラブな恋人同士って感じだよね!? 走一君も少しずつでも僕のことを好きになってくれてるんだなーv とやにさがってもいいはずだ! もう三学期、もうすぐ高校三年生に上がろうという年頃。大学入試のことも考えなきゃいけない時期に来てるけど、走一君と付き合って半年の時期は今しかないんだ、遊べる時に遊んでおかなくちゃ! ……もちろん走一君の恋人が浪人なんてかっこ悪いし愛想尽かされたくないので、勉強も頑張るけど。 ちなみに僕は理系志望。物理学を学んで車関係の仕事に就きたいなって。そうしたら走一くんと、もっと話が合うようになるかなって……えへへ。 とにかく、今日は走一君とデート! しかも走一君の方から誘ってくれたんだ! うおーめっちゃ楽しむぞー! 「走一君。今日はどこ行く?」 もうデートは両手の指にも余るくらいしている。といってもほとんどが走一君の車関係のお出かけに付き合うっていうのだったんだけど、待ち合わせて出かけて食事もしてるんだから立派なデートだ。 そういう時はたいてい走一君の愛車ケータハムスーパー7で出かけるんだけど(そうじゃない時はトラックとかを運転する。そしてどっちの時も隣に乗せてくれるんだーv もう十回は一緒に走ってるもんね、うくく)、今日は珍しく車つきじゃない。 しかも普段めったに二人で来ることなんかない繁華街での待ち合わせ。なんでだろうなー、とは思うもののこういうのも気分が変わっていい。 走一君は少しためらうように口ごもった後(この仕草がまた可愛いんだよ奥さん!)、にこっと天使の笑顔を浮かべて言った。 「今日は車抜きで遊びに行こうかなって。二人で一緒に街ぶらついて、ゲームセンター行ったりカラオケ行ったりしない?」 「へぇ。そういうのもたまにはいいかもね」 僕は軽い気持ちでそういったんだけど、走一君は一瞬苦しげな顔をした。伊達に半年間も彼と付き合ってるわけじゃないんだ、表情の変化くらい見抜ける。 ……走一君、なんか、隠してる……? 言おうかどうか迷ったけど、僕はとりあえず様子を見ることにした。走一君の中でなんて言えばいいか固まってない可能性も大きいし。今日のデートの終わりにはちゃんと聞きだすつもりだけど。 「じゃ、行こうか。どこから行く?」 僕がにこっと笑ってそう言うと、走一君は励まされたように笑顔を浮かべ(やっぱこれって僕に励まされたってことだよね!? うおー嬉しいー!)、言った。 「ゲームセンターから」 「うわ!」 モニター上の車は見事にスリップして壁に激突した。爆発、炎上。ゲームオーバーのテロップがモニター上に出る。 「北澤さん、ヘッタだなぁ」 走一君に笑われて、僕は照れ笑いを浮かべた。 「こういうセンスが必要なゲームって苦手なんだよね……走一君、やってみる?」 「………いいけど」 お? ちょっと……なんか、僕の言葉に引っかかった? うわうわうわうわ、どーしよ……僕注意してたつもりなんだけどどこに引っかかったんだ走一君!? とうろたえつつも僕は立ち上がって走一君に席を譲った。それ以外どうしようもないし……。 走一君は、やや浮かぬ顔でゲーム筐体のハンドルを握ると、ゲームをスタートさせた。さすがというべきか、あっという間に先行車を抜き去り、一位でゴールインする。僕は思わずぱちぱちと拍手した。 「さっすが走一君! 実際の車の運転とは感覚が違うだろうに、すごいね!」 「……車のシミュレーターは何度か扱ったことがあったから」 そうはにかみ笑いを浮かべる走一君はやっぱりめちゃくちゃに可愛い……。うおお今すぐディープなキスしてめろめろにしてあげたいーっ!(そんな度胸ないけどさ……ちぇっちぇっ) 「……じゃ、次、リズムアクションとかいってみようか。僕ほとんどやったことないんだけど」 迸る欲望を必死に抑えてそう言うと走一君はにこりとうなずいてくれた――けど、その笑顔はやっぱりどこか、苦しそうだった。 ゲーセンで僕は見事に全てのゲームで走一君に惨敗した。やっぱり器用な人っていうのは脳みそのクロック数が違うんだなぁ……。 それで今はカラオケに来てるわけなんだけど―― 「…………」 「ご、ごめんね……高校生のカラオケで『スターティング・オーヴァー』はないよね、やっぱり」 そう言って恥ずかしそうに席に着く走一君に―― 俺は思わずがっしと手を握っていた。 「!?」 「走一君、すっごいカッコよかったよ! 僕音楽あんまり聞かないんだけど、なんていうか……洋楽を歌い上げる走一君って、なんていうか、オーラがあった! まるでプロみたいって思っちゃったもん、僕!」 ええいこんな言葉じゃぜんぜん足りない――洋楽を歌い上げる走一君がどんなにカッコよくて、素敵で、色っぽかったか、どんなに言葉を尽くしたって足りやしない。 本当に……なんていうか、走一君ってなんでもできるんだなぁ……。しかも上手に。本当に、僕と走一君って釣り合わないんじゃないかとか思うよしみじみと……。 でも僕は走一君が好きなんだ。走一君も肌身を許すぐらいには(でへへ)僕のことが好きなんだ。その気持ちがある限り、僕は走一君のそばにいたい。いるって、決めたんだ。 走一君はちょっと呆気に取られたような顔をしてから、照れくさそうに微笑んだ。うおおもーめちゃんこ死ぬほど可愛いーっ! 「……褒めすぎだよ」 「ホントだって! 本気でめちゃくちゃカッコよかった! 洋楽好きなの?」 「親が聞いてた曲を歌っただけだよ。……俺、最近の歌謡曲とかあんまり知らないから」 「そっかー、走一君らしいかも。でも僕も音楽とかって疎いんだよね」 苦笑すると、走一君は一瞬、なぜか切なそうな顔をして、それから笑って僕に言った。 「でもさ、俺一個だけ曲覚えてきたんだ。デュエット曲なんだってさ」 「え!? ホント!? 一緒に歌っていい!?」 「もちろん。そのために覚えてきたんだし」 ああんもう走一君ってば……本当に素敵すぎ! こんなとこ見せたらどんな女だって即効走一君に惚れちゃうよ! 惚れられたら嫌だから言わないけど。 ――でも、なんだか走一君は、やっぱりなにか考えてるみたいだった。 次はウィンドウショッピングということで、あちこちの店を冷やかして歩く。 僕は普段買うものを買い物に出る前から決めておくタイプで、買い物に時間をかけるのってあんまり好きじゃないんだけど……走一君と一緒ならやっぱり楽しい。 それに走一君の趣味を知ることができるというメリットもあるし! 車関係の趣味はほぼ完全に網羅してるつもりではあるけど、それ以外の趣味ってわかんないんだもん車関係以外の話したことないから! というわけであちこちの店を冷やかしているんだけど―― 「……走一君。疲れてる?」 「……うん。ちょっと」 苦笑する走一君は少し辛そうだった。精神の疲労が肉体にまできたんだろうか。なんていうか……無理がたたったって感じだ。 「走一君……ちょっと、無理してなかった、今日?」 「………え」 「なんていうか……すごく僕に気を遣ってたような気がするんだけど。ゲーセンもカラオケもウィンドウショッピングも、走一君の趣味じゃないでしょ?」 僕の趣味ってわけでもないけど。走一君は余暇どころか人生全部車につぎ込んでるような車フリークだもん。車に関係ないところで遊ぶのは苦手なんじゃないかなー、と思ったんだけど、その予想は当たっていたらしい。走一君は無言でうつむいてしまった。 「走一君……今日、なにかあったの?」 「……北澤さん……」 「あーっ! あんた、走一! なんでこんなとこにいんのよ!?」 ふいに後ろからでかい声が聞こえて僕は一瞬飛び上がりかかった。恐る恐る振り向いてみると――そこにいたのはクラスメイトで走一君の同僚である、エクスドライバーの榊野理沙さんと遠藤ローナさんだった。 「……うるさいなぁ。休日に俺がどこにいようとお前の知ったこっちゃないだろ?」 走一君が榊野さんにはいつもそうなるように、普段より少し柄の悪い調子で言う――そういう口調もなんか悪ぶってるって感じで超魅力的なんですけどね! 「あたしのショッピングにつきあえっていう命令を無視しておいて、こんなところうろついてるなんてどういうつもりッ!」 「お前のショッピングとやらには一度つきあってもう懲り懲りだよ。人に荷物持たせといてあっちの店だこっちの店だ。体力がもたないっつの」 「あんたは普段の任務でさんざんあたしに割り食わせてるでしょーが! こーいう時くらい役に立とうって気持ちはないわけ!?」 「任務遂行時のポジションに割りを食うも食わせるもないだろ!? お前わがままもいい加減にしろよな!」 ……走一君って榊野さんと口喧嘩してる時はすごく遠慮がないんだよなぁ。いや、そういう走一君も魅力的なのは確かですがここで言いたいのはそれでなく、僕は走一君の素の表情を引き出せてないのじゃないかと思うと……へこむ。かなり。 はー、とため息をつきつつ視線を揺らすと、遠藤さんと目が合った。にこっと微笑まれて、なんとなく照れくさくなりながらも頭を下げる。 ……走一君の周りの女の子って、レベル高いよなぁ。榊野さんも遠藤さんもニナさんも美人だし……はー落ち込む……。 いやいや、僕には僕の取り柄があるんだ! 少なくとも走一君に優しくできるという点では誰にだって負けないぞ! 「……とにかくっ、俺は今この人と遊んでるんだから口出すなよ!」 「へ」 いきなりぐいっと腕をつかまれて、僕は慌てた。だがここは走一君の彼氏として、びしっと同僚たちに決めなければ……! 「……あ、あの、そういうことなんで……すいませんけど……」 ………っ駄目だ――――っ!!! どーしてこーも腰低いんだ僕の馬鹿! どーしてもっとびしっと男らしく言えないんだよぉぉぉ。 榊野さんは顔をしかめて僕を見て、それから眉をひそめた。 「えー、えーと、えーえーえーえー、なんだっけ誰だっけ、どっかで見たような気がするんだけど………」 「理沙、北澤くんよ、北澤昇治くん。クラスメイトじゃない」 遠藤さんにそう言われても榊野さんはぴんとこない様子で首を傾げている。 「そんな名前だっけ……まーとにかくそいつがなんで走一と遊んでんのよ?」 「それは、まぁ……クラスメイトだからじゃないの?」 「クラスメイトだからってなんであたしの誘いを断ってまで遊ぶのよ」 こんな地味な奴と、という言葉が聞こえてきそうな勢いだ。……えーえーそりゃ僕は地味ですよクラスでもめったに注目浴びることなく地味に生きておりますよ走一君とは釣り合わない人間ですよ、でもそれでもあんたよりはよっぽど走一君に優しくできるぞ! ……っつっても意味ないよなぁ……。 「あ、走一ちょっとあんたまさか。あたしに聞いてきた一般的高校生がどこに遊びにいくかってあれ、こいつのためじゃないでしょうね!?」 ―――え!? 「……だったら悪いかよ」 「悪いわよ! なんであたしがあんたとそいつのためにデートコース考えなきゃなんないのよ!」 「ま、まぁまぁ理沙、落ち着いて……」 「……うるさいな。俺が誰とつきあおうと理沙には関係ないだろ?」 「―――なんですってぇ!?」 榊野さんのボルテージが一気に跳ね上がる――と思った瞬間、僕はぽん、と走一君の肩に手を置いていた。 「……北澤さん」 「走一君、今の言い方ちょっとよくないよ。自分でもわかってるよね?」 走一君は顔を赤らめて苦しげな顔になり、ぎゅっと拳を握り締めてうつむく。――ああそんな姿もモーレツ可愛いんですが今はそんな場合ではなく! 「………うん」 「ちゃんと謝れる?」 「………うん」 走一君は榊野さんに向き直り、仏頂面になって頭を下げた。 「――悪かったよ。嫌な言い方して」 「え……いや……」 ぽかんと口を開けた榊野さんと遠藤さんが目を見合わせる。走一君はくるりとそんな二人に背を向けた。 「行こう、北澤さん。……理沙、ローナさん、また宿舎で」 「あ、そうだね。……じゃ、榊野さん、遠藤さん。よい休日を」 にっこり笑ってそう言って、走一君と並んで歩く――背後から「なにあれ!?」という絶叫が響くのを聞いて、僕は思わずほくそえんだ。 ふっ、ふっふっふっ、そんな場合じゃないのはわかってるけど、優越かーんっ! ――いや、そんな場合じゃないんだ。走一君は今、落ち込んでる。たぶん。 そして、その理由が、僕にはなんとなくわかり始めていた。 走一君はずーっと黙りこくってすたすた歩いていく。僕も少し遅れてそのあとに続いた。 ……怒ってる……のとは、やっぱりちょっと違う……かな? 繁華街を通り抜けて住宅街の公園までやってきて、走一君は足を止めた。 そしてうつむき、頭を抱えてしゃがみこむ。 「………ちくしょう………」 「そ、走一君……大丈夫?」 「大丈夫じゃないよ。全然」 「…………」 僕は、そっと走一君のそばに近づいて、背中を撫で下ろした。走一くんはしばらくされるがままになっていたが、ふいにぼそりと言う。 「もう、やだよ、俺」 「――――!」 予想もしなかった言葉に僕は固まった。 「そ、そそそ走一君、もしかして僕に愛想をつか……?」 「違うよ、そういうことじゃなくて!」 少し泣いているような声で叫び、走一君はうつむいたまま言う。 「俺………北澤さんといると、なんだかどんどんガキになる」 「…………」 うん、君がそれを気にしてるの、なんとなくわかってた。君が高校でそうしてるように、エクスドライバーの仕事でそうしてるであろうように、背伸びして馴染もうと精一杯頑張ってるのも。 でも、走一君。僕は。 「学校でも、仕事でも、別に無理してるってことなかったのに。普通に、当たり前に、一人前って扱われるだけのことができてたのに。なのに――北澤さんといると、俺本当にガキみたいにどうすればいいかわからなくなっちゃうんだよ……」 「……だから、榊野さんに聞いて、一般的高校生がするような遊びをしようとしたんだね? そうすれば高校生に近づけるって思った?」 「違うよ、そうじゃなくて……! 俺、北澤さんが俺のどこが好きかわからないんだ!」 「………は?」 ……走一君、それ本気で言ってますか? 「俺、車のこと以外何も知らないし。他のクラスメイトとかなら勉強とか教えられるけど北澤さん頭だっていいし」 そりゃなぁ、走一君に教えられるぐらいに! を合言葉にこっそり猛勉強したもん。 「北澤さんのそばにいると本当に俺ガキなんじゃないかって思う。今まで知らなかったことがどんどん俺の中に入ってきて、それを与えてるのは全部北澤さんで。それで北澤さんは俺を甘やかすんだ。与えたものを俺が受け入れるのを待って、ずっとそばで見ててくれるんだ」 いや、それは単に僕がヘタレなだけのような気も……。 「俺、一人前に仕事も学業もやってきたつもりなのに、北澤さんは俺のこと子供みたいに扱う。人格は認めてくれてるのに、クラスメイトのみんなやエクスドライバー関係者の人たちみたいに一人前に扱うんじゃなくて、守る対象として見てる」 そりゃ、だって走一君は十二歳なんだしさ……庇護欲湧くよ。惚れた相手がそんなちっちゃな子だったら、守ってやりたいって思うのが男心じゃない? 「それで……それで、それが俺、気持ちよくなってきてるんだ。北澤さんに甘やかされるの、気持ちいいんだ」 ………! うおお、初めて聞いた走一君からの感想! たまらん、たまらん、もっと甘やかしてやるー! 「だけどそんなガキが、車のことしか知らないガキが、北澤さんになにを与えてあげられるのかって、そもそも北澤さん俺のどこが好きなんだろうなにがよくて俺と付き合ってるんだろうって考えたらなんだかどんどんわかんなくなってきて、そ、その、え、エッチとかしたら冷めちゃうんじゃないかって不安になってきて、俺だって普通の高校生みたいなことできるんだって言ってやりたくて」 あー……それでああいう行動に出た、と。 まぁだいたい予想通りといえば予想通りだ。全然見当違いだけど。だって走一君がどんなに魅力的な存在か走一君自身は全然わかってないんだから。 でも、今それを言っても走一君は納得させられまい。なので、僕はてこてこと移動して走一君と視線を合わせ、微笑んだ。 「…………」 「走一君。あのね、ひとつ言えるのはね」 「…………」 「僕は、どんな君も好きだよ」 「………!?」 走一君が顔を真っ赤にしてばっと立ち上がる。僕はそっとそれを抱き締めて言った(この半年で僕だってそれくらいはできるようになってるんだ)。 「周囲に馴染もう、一人前として認められようって努力してちょっと背伸びしてる走一君も。エクスドライバーとして働くそんじょそこらの年食った男よりずっとずっとカッコよくて一人前の男してる走一君も。僕に甘やかされるのが嬉しいって思う、年相応で等身大の走一君もみんな全部好きだよ。それぞれにそれぞれの魅力があって、全部可愛いって思う。全部魅力的だよ」 「…………」 「だからね。そのまんまでいいんだよ。変わっていくなら変わっていくでいいし、変わらない部分は変わらないままでいい。どっちでも僕は受け入れて、愛するから」 「…………」 「走一君は悪い方に変わることを肯んずるような子じゃないって、僕にはよーくわかってるからね」 「……やっぱりガキ扱いしてるじゃんか……」 「いいじゃない、ガキなんだから。走一君も僕だってまだ十代だよ。世間的にはまだまだガキだよ」 「そりゃそうだけど……」 「ガキの時代は一度しかないんだから、それはそれで楽しめばいいんだよ。君がその時代を早足で通り抜けようとしてるのはわかるし、それだけ大切なものがあることはすごいと思うけど――別に無理して大人になる必要もないでしょ。ガキなりのやり方で、やっていけばいいんじゃない?」 「………………」 ぽふ、と僕の胸に体を埋めて(こういう時身長差万歳! とか思う)走一君は笑い声を立てた。 「北澤さんって、ほんっと……」 「なに?」 「――俺より大人だ」 小さく言って、走一君は顔を引き剥がし僕を見た。 「北澤さん。久しぶりに、ちょっと走らない?」 「………え」 「ドライブにつきあってよ。一時間くらいで終わるから」 「え……」 つっても走一君の運転はドライブなんて穏やかな単語とは程遠いきょーれつなもので、過去に体験した僕は何度も吐きかけたんだけど――(嬉しかったけどさ) でも走一君が僕の答えなんてわかりきってるって顔で、いたずらっぽく微笑むから、僕はこう答えるしかないだろう。 「もちろん、喜んで」 「………ふはー………」 丘陵地のふもとからてっぺんまでを二往復し、てっぺんのパーキングエリアで休憩。 僕は体力をごっそりと削られてぐったりとしていたんだけど、走一君に冷たいコーヒーを頬に押し付けられて飛び上がった。 「うひゃ!」 「はい、俺のおごり。お疲れ様」 「……お疲れ様だったのは走一君だよ」 本当に、あんなとんでもない速度で車を走らせて、平気な顔してるんだから。 「俺は別に。慣れてるからね」 「……ねぇ、走一君」 僕は地べたに腰を下ろしながら、夕陽の中優しい笑顔を浮かべて立っている走一君を見つめた。 「なに?」 「僕はね、走一君が可愛くて可愛くてしょうがなくて、甘やかしたくてしょうがないのも本当だけど――エクスドライバー菅野走一の、一番のファンなのも本当なんだよ」 「え……?」 きょとんとした顔になる走一君に、僕は気合を入れて微笑む。 「たったの十二歳でエクスドライバーになって、五年も飛び級しててまだ余裕があるくらい成績優秀で。なにより自分を高める努力を常に怠らない菅野走一っていう男の子を、僕が世界で一番カッコよくて凄くて偉い、って心から認めてるってこと」 「…………北澤さん、欲張りだね」 「恋する男だからね」 ちょっと格好をつけてそう言ってやる――体がぐったりしてるからサマにはならないけれども。 走一君はちょっと笑って――その笑みがなにもかもを受け入れたかのような超然としてそれでいてあどけないもー壮絶カッコ可愛い微笑なんですって奥さん!――すっと顔を僕に近づけ――ってちょっとこれはまさか! ちゅっv ―――僕の唇に唇で触れた………。 走一君はかーっと真っ赤になって(多分やってから恥ずかしくなってきたんだと思う)、ぽすっと僕の腕の中に身を預けた。そして小さな掠れた声で言う。 「……俺、北澤さんのこと、大好きだからね」 …………………………!!! そ、そ、そ、そ、走一君からの、初めての愛の言葉………! も、も、も、もう僕死んでもいい………!!! いやいや死んじゃ駄目だ駄目駄目駄目。これからも僕と走一君はいろんな思い出を作っていくんだから! ……とりあえず、今日の帰りにお触りぐらいは許してくれないか、聞いてみることにしよっと。 そう思いながら、僕は走一君の髪を撫でつつ頬を摺り寄せた。 |