戦闘開始
 滝川はあえぎながら、コクピットからカーゴへ降り立った。
 めちゃくちゃ疲れた。いつもの戦闘の優に数倍は疲れた気がする。
 舞は既にカーゴに降りており、滝川が近寄っていくと振り向いて、ちょっと笑った。
 めちゃくちゃ疲れてるのに、どきりとした。
 こいつの笑い顔って……やっぱ、なんつーか……可愛い。
 滝川がそばに並んで立つと、舞の方から話しかけてきた。
「見事だったぞ」
「へ? ……なにが?」
 きょとんとした滝川に、舞はわずかに眉を寄せる。
「戦闘だ。複座型を初めて動かすとは思えない操縦だった」
「あー……」
 滝川はぽりぽりと頭をかいた。
「俺わけわかんなくって……必死でやってただけなんだけどな。ま、いつも戦闘の時は夢中でわけわかってないけどよ」
 でも褒められるのは嬉しい。
 滝川はへらっと笑って、言った。
「サンキュ」
「うむ」
「けどお前の方こそすげえじゃん。よくあのタイミングでミサイル撃つってわかったよな。俺が言う前から準備してたんだろ?」
「当然だ。私が今まで何度出撃したと思っている。いつミサイルを撃つかというタイミングは研究し尽くしている」
 そう言うと、舞は少し顔を傾けた。
「というより、お前が見事なほどセオリーにのっとった行動をとってくれたからだな。敵の中心に飛び込んで防御姿勢からミサイル、と。お前が複座の戦い方をよく見ているとは思っていなかったのだが。研究したのか?」
「え、いや、研究、つーか……」
 そうだ。あれはなんだったんだろう。
 最初スキュラに狙われて硬直したあと、頭に浮かんだメッセージ。
 体が先にあのメッセージに従ってしまったのだけど。あれでよかったのだろうか?
 と、突然舞が硬直した。
「芝村?」
「そ、そそ、そうだ! 戦闘のデータを見直して次の戦闘に備えねばならんな! ではさらばだ!」
 言うや、脱兎の勢いでその場を離れていく。
「なんだよ……」
「僕を意識してるんだな。可愛いね」
「………!」
 後ろから声をかけられて、滝川は慌てて振り向く。
 そこには速水が立っていた。
「速水……」
 そうだ。忘れてたわけじゃないけど、意識の外においてた。
 こいつが言ったことから今回の戦闘が始まったんだ。
 滝川は速水と向かい合った。
 滝川はゴクリと唾を飲んで速水を見る。感情の置き所がない。どんな顔をすればいいんだろう。
「舞が実際は君よりも僕のほうを意識してるってこの一事からだけでもわかるよね。それじゃ恋人なんて恥ずかしくて言えないよね、普通は」
 滝川はぐっと言葉につまった。
 同時に頭に血が昇った。
 ぎっと速水を睨みつける。そう、こいつに対してはこういう顔をすればいい。
 はっきり言って、怒っていいと思う。
「なんであんなこと言ったんだよ。そのせいで俺、危うくやられそうになったんだぞ」
「自分の未熟さを棚に上げて他人の非難かい。僕はしごく当然のことを言っただけだよ、それで感情を乱すなんてお話にならないね」
「お前司令だろ!? 戦闘に私情挟んでいいのかよ!?」
「君にハッパをかけたってことでみんなには納得してもらってる。それに……」
 速水はいつもの顔でにっこり笑った。
「僕は君を苦しめるために司令になったんだ。司令の仕事は誰にも真似ができないレベルでやってやってるんだ、このくらいの特権はあって当然だろ?」
「なっ……」
 絶句した滝川に、速水は笑ったまま近付いていく。
「僕は君が憎いなんて言葉じゃ言い表せないくらい憎いんだ。舞とつきあう、だって? 身のほど知らずの大馬鹿者が。君に何ができるっていうんだい? 閉所恐怖症の、毎回戦闘が怖くてしょうがない落ちこぼれパイロットのくせに。戦争を終らせるのに何か貢献できるなんて馬鹿なことを考えているのか? 君は無力で頭の悪い何も取り柄のない愚かなガキなんだよ。死んだところでまったく影響のない、クズ学兵だってことを自覚するんだね」
「………」
 滝川は顔を真っ赤にして速水を見る。もう二人はほとんど鼻を突き合わせるようにして立っていた。
「俺は、お前のこと、友達だと思ってた……でもお前は、やっぱり俺のこと友達だなんて思ってなかったんだな」
 そう滝川が言うと――速水から、ぐわっと目に見えない何かが立ち上った。
 速水は笑ったまま、その何か――感情のオーラをまといながら、滝川の首に手をかけた。
「二度と、僕のことを友達だなんて言うな……」
 滝川は気圧されて動けない。速水は首にかけた手に、ぐっと力を込める。
「僕は、一度だってお前のことを友達だと思ったことなんてないんだ」
 ぐぐぐっと滝川の首が締まる。滝川は息ができなくなって速水の腕に手をかけたが、速水は小揺るぎもしない。
「僕がどんなにお前を引き裂きたいと思ってるか教えてやろうか?」
 滝川はばたばたと暴れる。速水は笑いながらぐいぐいと滝川の首を締める。滝川の顔が真っ赤になって――
 ばんっ、と速水は滝川を突き放した。顔には笑いが張りついているが、息はひどく荒い。滝川も当然息荒く空気を吸い込んだ。
「まだ、こんなものだと思うなよ……」
 荒い息の中で滝川を笑いながら睨む。
「苦しいということがどういうことか、教えてやる」
 そう言うと後ろを向き、足早に歩き出した。


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