ゴールドソード
「………」
 胸につけた勲章を取って、眺める。
 その顔がにへらーっとだらしなく笑み崩れた。
「へへへ……」
 うれしそうににへにへ笑いながら勲章をいろんな角度から眺めてみる。陽にかざしたり、裏側から見たりして、それがすむとまた胸につける。さっきから滝川はそんなことを何度も何度もくりかえしているのだった。
「――たわけ」
 冷たい声が聞こえてきた。
 滝川は慌てて周囲を見まわす。
 向こうから舞がやってくるのを見て、嬉しそうに笑いながら言った。
「よう、芝村!」
「さっきから見ておれば何をだらしなく笑っているのだ。安っぽいメダルを眺めて悦に入りおって」
「悦に入るって……別にそんなんじゃねーけどよ……」
 滝川はまだ嬉しげに笑ったまままた勲章を胸から取った。
「なんかさ、最初は実感なかったし、俺なんかがもらっちゃっていいのかって怖いくらいだったんだけど……ガッコに帰ってきて、みんなにすごいすごいって言われてるうちにそっか、俺ってすごいことしたんだ、って思えてきてさ……」
「それが悦に入っているというのだ」
 冷たい口調で言う舞に、滝川はむっとしたように反論する。
「だってよ! うれしいじゃんか、俺まだまだだとは思うけど俺なりにがんばってきてさ、戦闘でもやっとなんかコツをつかんだ感じになってさ、それを……なんつーか、みんなに認めてもらえたって思えてさ……よく頑張ったねって、自分のやったことでほめてもらえてさ……みんな優しくて……俺、なんかすげえ嬉しくてさ……」
 最後の方は思い出すように目を閉じてうっとりと語る滝川に、舞は冷たく言い放った。
「幻獣は勲章をもらった人間を区別してはくれないぞ。今のお前のようにたかだか安っぽいメダルをもらったくらいで調子に乗っている者が一番死にやすいのだ、覚えておくがいい」
「そ、そりゃ、そうだけどさ……」
 ちょっとくらいいいじゃんかよ、としゅんとしてしまった滝川の目を覗きこんで舞は言った。
「死ぬな」
「………」
 滝川はきょとんとした。
 やがて理解がやってくる。
 舞は自分のことを心配してああ言ってくれたんだ。
 滝川はへらっと顔が笑み崩れるのを感じた。
 それじゃあ……俺、頑張らないと!
「芝村、一緒に訓練しねえか?」
「わかった、まかせるがいい」
 舞はかすかに笑んでそう言うと、滝川より先にグランドはずれに走り出した。
 滝川もその後に続こうとする――と、その足が止まった。
 速水が向こうから歩いてくる。
「………」
 速水としばし睨み合った滝川は、やがて目をそらし走り出そうとした。が、その腕を速水ががしっと掴む。
「………なんだよ」
 速水はこちらの骨が折れるのじゃないかと思うほど凄まじい力でギリギリと滝川の腕を握り締める。だが滝川はあえて放せとは言わずに、速水の顔を見た。
 速水は微笑んで、締め上げた滝川の腕に持っていたバッグから黒いものを取りだし、着けた。
 とたんずしっと腕が重くなる。この前と同じ錘だ。
「今は全部は持っていないからね、途中までにしておいてあげるよ」
 言った通り、滝川の両手足にずっしりと錘はついたものの、この前よりは幾分少ない。
 いぶかしんで滝川は速水を見たが、速水は笑いを崩さなかった。
 すっと手を滝川の首に伸ばし、後ろから前へと撫でるように触る。
 滝川はなんとなく、ぞくりと身を震わせた。なんだか自分の命を掌の上で転がされてるという気がする。
 速水の親指が滝川ののどぼとけにかかった。また首を締める気か、と反射的に手を上げる――
 だが速水は手に力をこめることなく、首からすっと手を放した。
 拍子抜けする滝川に、速水は微笑んだ。
「その首輪、ね」
 言われて初めて気がついた。いつのまにか滝川の首に首輪が巻き付いている。
「君の体から出る熱量を測定するようになってるんだ。中には爆弾が仕込んであってね、熱量がある程度の時間一定以下になっていると――」
 パッ、と手を開くような動作。
「どっかーん」
 そしてまたにこっと笑う。
「まあ頭の悪い君にも理解できるように言ってあげると、しばらくの間――そう、5分かそこら訓練を休んだだけでその首輪は爆発するってことだよ。どの程度の爆発かは教えてあげない。ただ、他人を巻き込むことがないのは確かだって言っておくよ。君は死ぬかもしれないけどね」
 指先を滝川ののどぼとけにつきつけて言う。
「この前と同じ訓練メニューをこなしたら僕のところへおいで。その首輪を外してあげるよ。生きていられればの話だけど」
「………」
「怖気づいた? でももう逃げられないんだよ。どんなにあがいても、何をしても、ね――」
 滝川はちらり、と速水を見た。
「……お前、本当に俺のことキライなんだな。……俺のこと、殺したいのか?」
 一瞬速水の微笑みがぐらりとゆらぎ、歪んだように見えた――が、すぐに元に戻る。
「当たり前のことを聞かないでくれないか。――もし死んだら幻獣共生派の仕業と言うことにしておいてあげるよ。黄金剣のエースを狙った犯行だってね――早く行かないと、爆発するよ」
 速水は素早く後ろを向き、足早にその場を立ち去った。


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